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月の手毬 (月星雪✻②✻) 中巻  作者: YUQARI
序章 始まりの時
1/40

 春の夕暮れ時。


 飴色に溶けた夕焼けが、優しく柔らかい光を降り注ぎながら、静かに沈んでいく。


 甘く美味しそうに熟れた柑子(こうじ)のような、その光に照らされると、ホッと優しい気持ちになれる。


 夏に差し掛かった昼間のその日差しは、何もかもをさらけ出してしまうような、そんな力強さがあったが、夕暮れは、ほんのり柔らかで、全ての憂いを優しく包み込む。


 ケロケロケロ……と、田畑で蛙が鳴きはじめた。

 もうすぐ日が暮れる。



 淡く優しく辺りを包むその光に、鉄鼠(てっそ)は目を細めた。


 無理を言って、朝から一日忙しく働いてもらった配下の鼠達も、今はぐっすり眠っている頃だろうか? そんな事を考えながら、少しずつ瞬き出した星々を眺めた。


『今日もまた、一日が無事に終わったのぉ……』

 ポツリと呟く。


『……』


 けれど、その言葉に答えるはずの二人は、しゅんと下を向いて、元気がない。


『おいおい、どうしたと言うのだ? 『月の手毬』のありかが分かったぞ? 後は、取り返す算段でもしようぞ……?』

『……』

『……』


 鉄鼠(てっそ)は明るく振舞おうとするが、相変わらず二人は暗い。

『……』

 つられて鉄鼠(てっそ)も黙り込む。小さく溜め息をついた。


 《無理もない……》

 鉄鼠(てっそ)は、思う。


 それと言うのも、例の白狐がその後、どうなったのか調べる術がないのである。



 鉄鼠(てっそ)も後から、その白狐の話を二人から聞いて、経緯を知った。


『……』


 けれど、経緯を知ったところで、どうするというのだ。


 相手は、信じられない程に妖力を溜め込んだ白狐なのだ。

 自分より強い者を助けるなど、おこがましい限りだ。


 かたやその相手は、陰陽師ときている。

 到底、太刀打ちできる相手ではない。



 普通の妖怪と、普通の陰陽師ならば、話は違うかもしれないが、現場を目の当たりにした鉄鼠(てっそ)には、如何ともし難い。


 相手は普通の妖怪でもなければ、陰陽師でもなかった。


『……』

 鉄鼠(てっそ)は黙り込む。



 確かに三人は、古参の妖怪だ。

 長い年月を生きてきた。


 けれどそれは、要領が良かっただけだ。

 力が強いという訳ではない。

 単に運が良かっただけの話である。



『はぁ……』

 鉄鼠(てっそ)は溜め息をつく。



 実際のところ、白狐のその後をひどく気にする玉兎(ぎょくと)の為に、三人は()()()()に戻ってみた。


 午前中の出来事であったが、正直三人は戻るのが恐ろしく、直ぐに確認に行くことが出来なかった。



 白狐の吐き出した瘴気と、陰陽師が放った鬼神の気配で、近づくだけで気持ちが悪くなった。


 どうしても行かなければと、頑張ってみたが、生まれ持った防衛本能には抗えない。


 ようやく覗き見る程度に、近づけるようになったのは、つい先程の事だ。



『うぷっ……』

 鉄鼠(てっそ)は、思わず嘔吐(えず)く。

 その時のことを思い出しただけで、吐き気がした。




 現場は、綺麗に片付けられていた。


『……っ!』

 けれど、妖怪である三人には見えた。



 白狐が吐き出した大量の瘴気。

 飛び散った血液の跡。

 陰陽師が出した鬼神の気配。

 鬼神が焼き切った、木々の残骸。


 そこここから、おびただしく立ち上る霧瘴(むしょう)に、三人はあてられる。



『オェェ……ッ』

 我慢できずに、胃袋の中身を全部吐き出した。


 全部吐き出したのにもかかわらず、拒絶反応で、胃液どころか胃がひっくり返りそうな程、三人は吐きまくった。


 事が起こって、半日近くは経つというのに、この有様。

 当分、この界隈に妖怪は近づくことも出来ないに違いない。


 三人は真っ青になりながら、その場を離れた。

 吐きすぎて、喉の奥がヒリヒリと痛かった。



 しばらくの間、三人は何も出来ずに、その場にうずくまっていたが、一番最初に言葉を発したのは、鉄鼠(てっそ)だった。


 狐丸や陰陽師に、あまり関わっていない分、ショックも小さくて済んだのだろう。

 月の手毬の在り処が分かったことを、二人に報告したのであった。



 鉄鼠(てっそ)は、どう月の手毬を奪還するか、訊ねる。


 けれど、玉兎(ぎょくと)姮娥(こうが)は、それどころではなかった。


 曲がりなりにも、会話を交わした白狐。

 白狐から逃げる時に、助けてくれた陰陽師。


 二人の気持ちは複雑だった。


 そして、それらを(こじ)らせたのは、紛れもなく自分たちなのである。


『……』


 鉄鼠(てっそ)の問いかけに、答えることも出来ず、更に時間は過ぎていく。


 ようやく気持ちが持ち直し、玉兎(ぎょくと)が口を開く頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。


『き……狐丸さまは、生きておられるのでしょうか……?』


 玉兎(ぎょくと)は、涙目になりながら、二人に訊ねた。



 頭の中は、その事でいっぱいである。

 所在の見つかった、月の手毬の事を考える余裕は、少しもなかった。


『……』

『……』

 けれど、狐丸の安否について、二人は答えることが出来ない。

 あの惨状を目の当たりにして、簡単に無事だろうとは言えなかった。


 二人は顔を見合わせる。



『……生きておられることを、信じるしかありませんわ……』

 姮娥(こうが)が、ポツリと呟いた。


 その呟きに、玉兎(ぎょくと)は哀れなほど顔を歪ませ、今にも泣きそうになる。

 長い耳を伏せながら、顔を手のひらで覆った。



『わ、私が狐丸さまに怯えさえしなければ、こんな事にはならなかったのに……』

 ふるふると、長い耳が揺れる。


『な、何を言いますの? ウサギが狐を怖がらなくて、どうやって生きていくと言うのですか!』


 姮娥(こうが)が強い口調で、玉兎(ぎょくと)を叱責する。


 その言葉に、鉄鼠(てっそ)も同意見だと言わんばかりに、大きく頷いた。


『そうだぞ! 我も白狐を見たが、あの鬼火の凄まじさと言ったら……! 我でも追いかけられれば必死に逃げると言うもの……!』

 ブルルッと巨体を震わせる。


『正直、(わたくし)も恐ろしゅうございましたもの……』

 落ち込みながら、姮娥(こうが)は続ける。


『けれど、玉兎(ぎょくと)を助けようとしてくれていたのも、また事実。恐ろしくはありますが、出来ることなら、またお会いしとうございます』

 ゆっくりと、空を見上げる。



『……』

 空には、銀色の星たちがチラチラと瞬き出す。


 金平糖を撒き散らしたかのような星々を見ながら、三人は想う。


 狐丸もこの星を無事に見ているだろうか? それとも、あの星の瞬きの一つになってしまっているのだろうか……。


 そんな事を考えながら、三人は空を仰ぐ。



 玉兎(ぎょくと)は空に向かって、手を合わせた。

 心の底から祈りを捧げる。


『どうか、どうか空の神様。私の願いを聞いてください……』

 ふるふると震えながら、切実に願う。


『私が悪かったのです。この命で賄えるのなら、捧げましょう……』



玉兎(ぎょくと)……!』

 姮娥(こうが)の、非難めいた叫びが上がる。


 玉兎(ぎょくと)は静かに、首を振る。


『後悔は致しません。狐丸さまが無事ならば、この命……惜しくはありません! ですから、なにとぞ……なにとぞ願いを叶えて下さいませ……っ』


 ポロポロと涙を流した。



『……玉兎(ぎょくと)

 そんな玉兎(ぎょくと)を、姮娥(こうが)鉄鼠(てっそ)が優しく見つめる。


 そっと二人も手を合わせる。



 妖怪は、本来なら他を思いやることなどしない。


 けれど玉兎(ぎょくと)は狐丸を想い、姮娥(こうが)鉄鼠(てっそ)玉兎(ぎょくと)を想う。




 ──どうか……どうか()の人が、無事でありますように……。




 と。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おお、新たに始まった感ありますね! しばらく3匹?でかな?
[良い点] 1/1 ・やっほい。開幕綺麗な夕日、ありがとうございます [気になる点] 愛ですね。愛情。 [一言] ほんとどーなったのさ。きになる
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