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陛下から命を受けて、この城に来たときはまだ、かなりの面倒を任されてしまったという気持ちが強かった。
だがその思いが霧散するまでにそれほど時間はかからなかった。
「ようこそお越しくださいました。大使殿。あなた方のお世話を仰せつかっております、妖精族のサラと申します。よろしくお見知りおきを願います」
大人の女性の声とは裏腹な幼い外見もさながら、キラキラと輝く四枚の羽から目が離せなかった。
もちろん、それは飾り物などではあり得ない。サラと名乗った妖精の百センチほどの身体を浮かせ、羽ばたいているのだから。
「大使殿?」
再び呼ばれてようやく我に帰り、出迎えの礼を伝えたが、目はやはり輝く羽から離せずにいる。
その様子にキースの内心を悟ったらしいサラがくすりと笑いを漏らした。
「わたくしなどで驚かれていては身が持ちませんよ。妖精は人間に羽が生えただけのような容貌をしていますでしょう? だから魔王様はわたくしに皆様の世話係をお任せくださったのです」
だけ、などとはとんでもない。
声を聞く限りこの人は成人の女性なのだろうが、見た目だけでいえば十歳の少女のようだし、輝く羽と相まって、更に幼くも見える。
しかしこのサラの発言は全くもって間違いではなかったのだ。
魔王城の庭はキース達の知る城の庭園などとは程遠いものだった。
城の庭園というのは何十という庭師により計算し尽くされた、一種の芸術品だ。地面には隙間なく煉瓦が敷かれ、季節に応じた花々が、その花弁の色まで計算された位置で見事に咲き誇る。区画によってテーマが決められ、伝統的な区画や自然をテーマにした区画など様々あるのが一般的だが、これは自然を意識して整えられたものでは決してない。
森だった。
それも、鬱蒼とした、が付く森だった。
城に滞在して数日、庭を拝見してもよろしいですかという、お決まりの社交辞令にサラは嬉しそうに頷いて言ったのだ。
「魔王城の庭には多くの種族の住う地域への扉がいくつもありますから、きっと楽しんでいただけると思いますよ」
多くの種族の、住う地域への──扉?
思わず首を傾げたキースを見てサラは「すべての種族に皆様のことは周知されています。行けば、分かりますわ」と少し悪戯めいた笑みを浮かべてキース達を城から放り出したのだ。
そして現在、キースはガタガタとした悪路を馬車にしがみ付いて耐えながら、同じ馬車に同乗する面々に問いかけた。
「僕、庭が見たいって言ったよね?」
近習のライルが同じく馬車にしがみ付いて答えた。
「仰いました。間違いなく」
「庭と森って聞き間違えることあるかな?」
同じくゴードンが唸りながら言った。
「ありません。間違いなく」
「……ここは、どこだろうか?」
「……ですから、ここが庭なのではありませんか」
そんな馬鹿な、とよほど言いたかったが、馬車が大きく跳ねて慌てて口を閉じた。舌を噛みそうだ。
そもそも庭が見たいといえば大抵徒歩だ。馬車が必要なほど広大な庭を見て回りたいなどとは決して言っていない。
キース達が乗っている馬車には屋根がなかった。景色や森の空気までたのしめるようにとの配慮と思われる。これで道が整備されていれば思い切り馬車を走らせて風を切る感覚を楽しむことができたが、いかんせん道が悪すぎる。
楽しみな気持ちよりも後悔が遥かに上回ったとき、上空から妙な視線を感じた。
「殿下」
護衛であるゴードンも気付いたらしい。腰を浮かせて挿した剣に手をやりつつ、開いた上空を睨んでいる。
大きな羽ばたきの音がした。
妖精のサラの羽ばたく音は極めて小さく、隣り合って歩くときに僅かに聞こえる程度のものだった。
今聞こえたのは、明らかに鳥類の翼の音だ。
見上げたキースの頭上に、翼を広げる鳥が確かにいる。悪路を覆う木々から飛び降りてきたような格好の、大型の鳥だと思った。しかしそれが馬車のヘリに降り立ったとき、その判断が半分間違いであると知った。
ヘリを掴む足は紛れもない鳥類のものだ。多くのシワがくっきりと刻まれ、先には太く鋭い鉤爪が見える、どこからどう見ても鳥類の足だ。しかしその大きさが尋常ではない。大の男であるキースの拳よりも遥かに大きいのだ。
もちろん、体長もその足に合わせて大きくなる。
好奇心半分、恐ろしいもの見たさ半分のキースの視界が徐々に鳥の上半身へと動く。
二本の足はキースのものと同じほど太い。羽毛に覆われたそれが腰にあたる部分では驚くほど細くなり、まるで女性のくびれのような見事な曲線を描いて、胸にあたる部分では大きな膨らみすら見える。
しかし胸の上に当たる部分には羽毛がなかった。
その部分は、どう見ても人間の肩だ。肌はやや日に焼けていて、左右対象の鎖骨がくっきりと見える。
その人間の肩から伸びるのは腕ではなく、大きな象牙色の翼だった。今は大人しく体の脇で折り畳まれているが、広げられたらこの馬車よりも長くなるだろう大きさだ。
流れ作業のように視線を上へと移動させると、見えてきたのは白く短い髪を持つ、女性の顔だった。
だが、どう見ても人間の女性の顔だと思うのに、ただ目が違う。
黒目の小さい、金の目がこちらを真っ直ぐに捉えている。
キースは陛下に連れられて鷹狩りに出たことが何度かあった。だから分かった。これは、紛れもなく猛禽の目だ。
それがキースを映し、まるで人間がするように笑みを浮かべた。真っ直ぐに引き結ばれていた人間そのものの唇は、その両端が持ち上がり、瞳からは親愛を感じることができる。
「ようこそ。人間の方。ここは我々、ハーピーの住む森。皆さんを歓迎します」
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