桜の花
自分のお気に入りの少女、小夜の物語です。
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北の地にある臼井村は春がやっと訪れて、雪が全て溶け、山にある桜の花が全て咲き、隠れ里を彩っていた。
「トビ……」
その村である一人の少女がポツリといた。桃色の髪をした少女、小夜は孤独であった。誰よりも愛しい人が自分の側からいなくなってしまい、小夜の胸の中はポッカリと空いてしまった。
胸が張り裂けそうに痛くて、暗闇の中を彷徨ってるようで、奈落の底に堕ちたような気持ちであった。
「ひどい顔……」
小夜は池の水面に映る自分の顔を見て小さく呟く。目にヤニができ、顔色は悪く、明るかった少女の顔とはかけ離れてるぐらいにやつれていた。相当泣き疲れたのであろう。
明るい笑顔ならいくらでも出来た。それこそ一番側にいてくれた愛しい人にいつも笑顔を向けていた。
小夜は村中をフラフラと彷徨った。もしかしたら、彼はまだ村のどこかにいるのではないかという思いを抱えながら。
だが、いくら探しても彼はいない。村を彷徨う度に彼と一緒に遊んだり、喧嘩した思い出の場所を見る度に空しさを感じる。
すると、ふと目の前にある桜の大樹を眺める。
「桜……」
春に咲く桃色の花びらを見て、小夜はまだ小さかった頃の過去を思い出す。
その頃、自分はこの桃色に染まった髪が大嫌いだった。皆は普通の黒髪なのに自分だけが他とは違い、生まれつきで生えたこの髪が嫌で嫌で仕方がなかった。
この髪の色のせいでよく村の子供達が気味悪がって自分に石を投げつけてきた。
だが、物心ついた頃から耕作を生業としてる為にもともと筋力はあった為、この力量のおかげでいじめてくる子供達にもやり返して来たし、喧嘩をする度にどんどん強くなってきた。
やがて自分が普通の女の子とは次第にかけ離れてしまう事に嫌気がさし、挙句の果てには一時、村にも流行病がやって来て、村人の多くが死に絶え、両親もまた自分の前からいなくなってしまった。
その事があってから子供達は村がこうなってしまったのも小夜のせいだとますます蔑み、自分を「災いの子」だと名付けて罵ってきた。
小夜は自分の髪を呪った。こんな頭をしてるから村は呪われたのだと。両親の命を奪ったのは全部この髪の毛の呪いだと憎んだ。
小夜はその憎しみのあまりに、自らの手で髪の毛を掴み、ブチブチブチと引き抜き始めたところを止めたのが彼であった。今でもあの頃の事を思い出す。
ーー私なんかほっといて……!
小夜は両手で頭を隠しながら少年に涙目で言い放つ。
ーー見ないで! 私がこんな醜い頭をしてるから私の両親も村も呪われるのよ!
まるで自分を害虫だと言わんばかりに、泣きそうな声で叫んだその時、少年は優しく小夜の桃色の髪を撫でる。
ーー俺はそうは思わないな。お前のその髪、桜の花みたいで好きだぞ?
ーーえ……?
ーー俺、桃の実と桜の花が好きなんだ。
あの時かけてくれた言葉に少女はどれだけ嬉しかったことか。どれだけ救われたことか。今でもよく覚えてる。
それ以来、小夜は少年を気にするようになり、いつしかお互い側にいる仲へと進展した。
とはいえ、恥ずかしさのあまりにずっと友達のままでいいと引いていて、今まで避けてて恋人までには至らなかったが、いつか私がお嫁に行くんならこの人だと小夜は決めていた。
だが、今となってはもはや叶わぬ夢である。
その時、
「うわ……!」
突如、春風が吹き始め、大樹に綺麗に咲いた桜の花が空しく散り始める。
その光景を見た途端、小夜は訳も分からずに目から涙が流れ始める。
「ぁ……うぁ……あぁ……ぁ……!」
自分でもなぜ泣いているのか分からなかった。だが、どうしても感情が抑えきれず、小夜は散り落ちる桜の花びらが舞う木の下で子供のように泣き出した。