朝日の音
ビシュッ、ビシュッ
「ん、あれ今日は朝からか珍しいな」
12月21日も終わりが近づき、温暖化だとかなんだかんだ言っても朝の6時の気温は一けた、寒い寒いと布団で一人ごちりながらもぞもぞと芋虫みたいに蠢いているとガチャりと部屋の扉が開き、廊下の冷気と供にママと茶々が入ってくる
茶々は2歳のトイプードルすぐ私の上に乗っかってくるうちのお犬様だ。
「みちる起きてる?もうそろそろ外も明るくなるから茶々のお散歩に行ってほしいんだけど!」
ママの名前は都、今年で39歳元気で明るいママだ。
「んぅ、わかったぁ」
ぽすぽすと布団の上で足を押し付けてくる茶々を持ち上げ、布団からゆっくり這出る、ぼぅっとする頭を少しずつ働かせながら高校の部活で使っているウインドブレーカーにいそいそと着替える。
準備が終わったころには6時半、外も明るくなってきた。
私が住んでる場所は小さなボート船が4、5艘停泊できそうなくらいの波止場の前、1時間に一本しか走らないバスターミナルがある。
「茶々ぁ行くよ」
真っ赤な運動靴を履き愛犬と一緒に家の外へ、外は昨日の放射冷却の影響かキンキンに冷えた外気が体に刺さる、ほぅっと息を吐けば真っ白
テコテコ波止場の方向に歩く、テコテコジャッジャテコジャッジャビシュッビシュッ
進むにつれて波止場の音が大きくなってくる
「おはようございます。今日は朝からなんですね」
「ああ、おはよう、今日は仕事が休みだからね、朝に掛けてみた」
ジャッジャ、ジャッジャッ
「何釣ってるんですか?」
「イカだよ、イカたぶん釣れると思ったんだがなぁ」
「釣れてないんですね、まぁおじさんが釣れてるところ見たことないけど」
「失礼な、釣れてるよいつも帰っちゃった後に、でも今日はすでに釣れてるんです。」
ジャッジャッジャッと軽快に竿を振りながらどや顔で水の入った容器を指さし言ってくる。
「うそっ、見せて見せて!」
いつも見るイカはスーパーに並んでいるすでに事切れたイカのみ、生きているやつなどめったに見られないと茶々を抱え食い入るように容器に顔を近づける
そこには大きくて、茶色で、オレンジで、赤で、無数の黒色の斑点がある・・・・・・・魚がいた・・・・・
「魚じゃん!」
ガックシと肩を落とし騙されたと嘆く
「はっはっは、アコウだよ誰もイカが釣れたとは言ってないよ」
俺もこんなのが釣れるとは思っていなかったとおじさんが言う
「アコウ?何で?釣れてるじゃないですか」
「ああそうか、知らなくても当然だちょっと待ってて」
そう言うとおじさんが金属っぽい機械のハンドルのところをクルクルさせ出した
「おっキタキタ、これだよコレエギって言うんだけどね」
おじさんがピンク色のエビみたいな奴を見せてきた。
「うわ!可愛い」
「そうそうかわいいでしょ、イカ釣りの必須アイテムなんだけど魚がかかってもなかなか釣れないんだ、針のところが普通の針となんか違うでしょ、これじゃ普通のお魚はなかなか釣れないんだ」
笑いながらおじさんが言う
「そうだ、やってみるか?イカ釣り」
「えっ、いいの?でも茶々の散歩中だからうぅん、一回だけやってみてもいい?でも投げ方とかわからないよ?」
「大丈夫投げるのはやったげるから」
そういうとおじさんは竿を振りかぶり、ビシュッ、ぴょーんとさっきのエギが飛んでいく海面に着水したのを確認すると
「はい、竿とリール、リールはクルクル糸をまいたり出したりできるんだ、で今テンションをかけてるから竿先がちょっと曲がってるでしょ海底についたらひょんって感じでまっすぐになるからよく見てて」
いきなり道具を渡された、おずおずと竿とリールを受け取り言われ通りに竿先を眺めていると、ひょんっ
「あ、まっすぐになった。」
「お、わかったね、竿をビュンビュンってやってみて、そしたら先のエギが水中でぴょんぴょーんてはねてイカさんにアピールできるから、いたらだけどね」
「いたらかーい」ビュンビュン
「あれ意外と難しいかもおじさんみたいにひゅんひゅんできない」
「最初はそうかもね、まあとりあえずビュンビュンしたらイカが抱きつけるように、ちょっと何もしないで待つ、またビュンビュンする、とかリール巻いたりやってみて」
おじさんは茶々をなでながら船のロープを止める鉄の塊に腰を掛ける
「全然つれないよおじさん、こんなのやってて楽しいのおわっ、うわっわわうわぁあああ!」
ジュイイイイイイイジジィィィィィ
全然反応がなくおじさんに悪態をつけようかとした矢先のこと
「やばいおじさん助けて、引きずり込まれる!」
グングンと引っ張られ態勢が崩れる
「うひょぉ、まじかよ、あっ、大丈夫だから、竿を立ててゆっくりリールを巻くんだあがってくるから!」
おじさんも本当に掛かるとは思っていなかったのか慌てた様子でアドバイスをくれる
「大丈夫、落ち着いて、気をしっかり持って!」
おじさんが大丈夫じゃない
「ひぃ、ひぃ、ひゃぁあああああああ!」
リールを巻いたかと思えばジジッィィィィィィイイイ!と言う音とともにグーンと竿が引っ張られる
ひいひいと顔をゆがめながら必死にリールを巻く
すると
ザァバァッ!と、エギに食いついてきた奴が上がってきた。
「えっえっ!あれ何!エイリアン!」
くちばしのような物を触手がうにょうにょと囲っている。
「すげぇ、あいつは2キロ超えてるんじゃないか!?」
おじさんのテンションがMAXだ凄く驚いているのがわかる。
「あ、油断するなよ!まだ潜るぞ!竿のテンションを抜くな!」
おじさんの注意とともにブシュッウウッ!ブシュッ!と水を吐き水中に潜ろうとするでかいエイリアン
「わわ!わああ!めっちゃなんか飛んできた!」
慌ててなにをやっているのかわからないが、とにかくリールを巻いた
じゃばぁっ!
「よしとれたぞ!」
おじさんが網でエイリアンをすくってくれた、すごくでかい化け物だ。
「ナニコレめっちゃでかいヤバッヤバッ!」
とてもはしゃいで声を荒げる茶々も私が異常にはしゃいでいるから興味津々だ、おじさんも目を見開いてすげぇすげぇと驚いている。
ぴょんぴょん飛び跳ねながら喜んでいると
「嬢ちゃんスマホ持ってるか写真撮ってやるよ、イカ持てイカ」
おじさんがイカと私を一緒に写真撮ってくれた
「すごい、顔より大きい重いぃ」
「こりゃすげえよ、いきなりキロアップ、しかも絶対2キロ超えてやがる、こんなの俺も釣ったことないよ」
「ほんと?いきなりおじさん超えちゃった!」
じろじろとイカを持ちながら眺めていると、ぶしゅぅ!
「うわ!なんかかけられた!ヴぇー」
「うはは、顔に墨吐かれてるぞ!」
いつまでもすげぇすげぇとやっていると
「みちる!何やってんの!」
ママがすごい形相でこっちに向かってくるの
「あ!ママ!見てすごいの釣れた!下足が親指より太い!」
「すごいじゃないわよ、すごい悲鳴出して何事かと思ってすっ飛んできたわよ!」
「あぁ、すいませんねぇお母さん、私が釣りをさせてみたんですが、こんな大物が釣れるとは思ってもいなくて」
おじさんが申し訳なさそうに弁解する。
「ええまあ確かにすごい、ええ、えぇっ!これ娘が釣ったんですか!!」
「そうなんです、まぐれも実力のうちですが本当に上げてしまうとは、絞めてビニール袋に入れるんでぜひおいしいものを作ってあげてください」
「ええっ頂いちゃっていいんですか」
「もちろんですよ、娘さんの釣果です」
「へへへ、おじさんありがとうございます!」
「いいよいいよ、ワンちゃんも散歩の途中にごめんね!良いもの見せてもらったよ!」
「おじさん本当にありがとう!またくるね!」
「ああまたね、今度はおじさんが釣ってるところ見せないとね」
バイバーイとママからイカ墨が顔にかかっていることに指摘されながらも帰路に着く家まで何と徒歩1分
「あんたさっさとお風呂入ってきなさい一応女の子なのよ」
はいはーいとお風呂に入る、鏡を見ると所々黒々してるタトゥー見たいじゃないか?と思ってもみたけどそうでも無いのかも
ジャジャッジャ、ジィジジィィイイ、ふふふあれは楽しかった
おじさんがいつもビュンビュンしてるのが何となくわかった
髪をゴーゴーと乾かしながら衝撃の余韻に浸る
あと少しでお正月、もしお年玉が貰えたら釣り道具を買うのも良いのかもしれない、家の目の前であんなに楽しいことができるのだから。
「おじさんまた教えてくれるかな」
お風呂を上ると食卓に着く、朝っぱらからイカのお刺身が並んでいた、ママに早速作ってくれたんだねと言うと、お父さんがどうしても今すぐ食べたいって、なんか嬉しかったからおじさんに取ってもらった写真で自慢した
朝焼けでおじさんのお魚にも負けない真っ赤なエイリアン、今は淡い白色でとても綺麗
「うわぁ、甘くてクッソ堅ぁい」
うん大きいイカは堅い、めっちゃもちゃもちゃする
「ところでみちるあの人のこと知ってるの?」
「おじさんの事?ううん知らない!近所の会社で仕事してるんだって!」
「知らないってあなた怪しい人だったらどうするの!?後おじさんって言うにはまだ早いような・・・」
「大丈夫だよ何回か喋った事あるもん、後おじさん最近年を感じてきたって言ってた」
「なら大丈夫なのかしら?」
「それよりママ!エメラル◯スって高いの?」
「ごめんなさいね、ママにはわからないわ」
途中で疲れた