08話 冒険者ギルドに咲くエルフの花
アルバノ地区冒険者ギルド――――
異世界文字でそう書かれている建物の前にきた。
付近には荒事仕事を請け負いそうな筋骨逞しい人間やら亜人やらが、出たり入ったりたむろしてたりしている。
「やはりここの文字も問題なく読めるな。よし、それじゃ入ってみるか」
「なあヒロト。オレ……私たち見られてないか? 格好とか、それほどおかしいとは思えないんだが」
そう。俺たちは冒険者ギルドの建物を観察しているだけ。
なのに、何故か付近の注目を集めている。
もっとも、そう言ったカルマーリア以外は何故でも不思議でも何でもない。
原因はまさにそのカルマーリアのあまりの美貌にあるのだから。
「えーとカルマーリアさん? もうちょっとみんなの中心にいてください。なるべく姿を出さないようにして顔もふせて」
「フードとか買ってきた方がいいですね。それから入りましょうか?」
「面倒じゃ。女子の面など見たい奴には見せとけ。入るぞ」
行動力の男、ライデンはさっさと建物に入っていった。
いちいちカッコいいな、ライデン先生。
『男の価値は顔ではなく行動だ』って全身で表現してるよ!
建物の中も『いかにも冒険者』な体格のおっさんや兄ちゃんで賑わっている。
ここにいると細身な俺は浮いてしまうな。
いや、俺だけじゃなく、りっちゃんやカルマーリアもか。
マユは隠れられていいな。
「よし、ここで情報収集をするぞ。とりあえず難易度の低そうな仕事を受けてみるか?」
「ワシはまだるっこしいのは嫌いじゃ。あそこでふんぞり返っているオバちゃんが受付らしいのう」
「え? ライデンさん?」
ライデンは俺の方針を無視してそのまま一直線に受付に向かった。
「おう、オバちゃん。ワシら、【はねる双魚】ってパーティーじゃ。適当なゴブリン退治の仕事を頼む」
カッコ良すぎだライデン先生。バカ野郎が!
行動力あるにも程があるだろうが!
「………【はねる双魚】ね。ランク外だけど、特例で確かに初期の討伐は受けられるようになっているね。けど、どういうことだい? 声のでかいコイツ以外、どう見ても特例を受けられるナリじゃないよ。アンタら!」
オバちゃんはジロリと胡散臭そうな目で俺らを見た。
特例とは、討伐に行くことを認めらないランク外の冒険者でも、それなりの強さを認められて討伐の仕事を受けられる者のことだそうだ。
名のある騎士や冒険者の推薦を受けた者など。
「まずリーダーとかいうやさ男! どう見ても荒事に向かない体つきだよ。ここの便所掃除がお似合いだね!」
ドッと周りから笑い声がおこった。
俺のことか。このオバちゃん、言うことがエグいな。
「そこの狐娘も同じ! ノームなんてどうやって冒険者になったっていうんだい!? 冒険者の登録した時のことを聞きたいね、アンタら!」
知らん。俺らをこの世界に送った神に聞け。
「そして一番に声を大にして言いたいのが………」
今でも十分大きい。しかしやはり一番ツッコムのはカルマーリアか。
「そこのエルフ娘! あんたは最初っから間違っている! 討伐なんて荒事やるナリじゃないだろう! 綺麗な服でも着て金持ちの妾でもやってるのがお似合いだよ!
アンタは身元がきれいなら、アタシが仕事紹介してやるよ。冒険者なんかより儲かる仕事をね」
ゴブリン退治をやらないでもいいなら、別の仕事をやらせていたよ。
俺も捜し物とかの探偵でもやっていた。
「私は冒険者に命を賭けると決めています。悪いですが辞退させてもらいます」
「オバちゃんよ。ゴチャゴチャ言っとらんと討伐よこせい。それで生き残れん者は死ぬ。それでよかろう」
「…………仕方ないねぇ。南のテボヌ村にゴブリンが頻発している。村はずれの森の中に巣があると予想されている。それを見つけ出して潰すのが仕事だ。やるかい?」
「もちろんじゃ。最初からさっさとよこせい」
「それとギルドマスター権限で、今回はサポートメンバーが必要と判断した。つけさせてもらうよ」
このオバちゃん、ギルドマスターだったのか。道理で貫禄があると思った。
サポートメンバーの説明も聞いた。それはクエスト達成の判定が難しいと予想される場合などに、ギルドから見届け人として付けられる者のことだそうだ。
初心者パーティーや評判の悪い冒険者のクエスト評価のためにつけられることもあるそうだ。
「あんたらには特別に武闘派をつけてやる。サポートメンバーが撤退が必要と判断したなら従うように。そしてそいつらの手を借りて撤退した場合、アンタらの討伐資格は剥奪させてもらう」
ヤベェ。いきなりのピンチじゃねぇか。
オバちゃんが言い切った瞬間、また周りからドッと笑い声がおこった。
「うっひゃっひゃ。おいおい、本当にそいつらに討伐ふるのかよ!」
「あの便所掃除の兄ちゃん、女騙くらかす腕はいいようだぜ。エルフの娘なんてどうやって連れ出したんだよ」
「しょうがねぇ。ひとつ可哀想な綺麗な姉ちゃんに救いの手を差し伸べてやるか」
ふと気がつくと、カルマーリアのそばにワラワラと荒くれ冒険者どもが寄ってきた。予想はしていたが、予想以上に男の吸引力凄いな、カルマーリア!
「なあ、エルフの姉ちゃん。今夜酒場に酌につき合ってくれねぇか? 金は払うからよ」
「いくら何でもアンタが冒険者はねぇだろ? やって欲しいことがあるなら、ベテランの俺らがやってやるぜ。デート一回でよ」
「仕事失敗したら俺のところに来な。あんなヒョロい兄ちゃんについて行っても先はねぇぞ」
カルマーリアは冒険者の輪から無理矢理逃げ出すと、俺の腕にしがみつく!?
柔らかい胸が腕にあたる! 美しい顔が側にキター!?
「すまんヒロト。悪いがしばらく使わせてくれ。気持ち悪くてたまらない」
俺は気持ち良くてたまらない! 綺麗な瞳に吸い込まれそう!
「コーン……ヒロトさん。気持ち悪く笑っている場合じゃないです。みんなヒロトさんを凄い目で見てますよ」
りっちゃんの言葉にハッとしてまわりを見ると、荒くれ冒険者共の視線がとんでもなくヤバイ!
嫉妬の視線が殺気を帯び始めてさえいるよ!
このままではこの熊みたいな大男共に小突かれそうだ。
結局、長居は無用と、逃げるように冒険者ギルドを後にした。
一回で行きたくなくなったよ、冒険者ギルド!
ゴブリン討伐は明日早朝からとなった。
その夜は俺たちはなけねなしの金で宿に泊まった。
「ライデン! 何でいきなりクエスト受けに行ったんだよ! 戦い方とか、装備どうするかとか、ゴブリンの情報収集とか、何も決められないまま始まったじゃねぇか! オマケに討伐資格の剥奪の危機!」
「制限時間を考えるなら、そんな気長なことはしておれん。戦い方は今決めろ。ワシは普通に戦う。金がない以上、装備の話も無駄じゃ。ゴブリンの情報は当たって知るのが一番早い」
手持ちの金では武器、防具のようなものは何も買えず、結局ライデンのすすめで伐採用のナタと荒縄、水筒を買った。
「ワシもパーティーの結束やリーダーであるお前さんをないがしろにするつもりはないがの。お前さんらはあまりに素人すぎる。無謀だろうと、一度当たって修羅場を見ろ。このクエスト一回で経験をつんで一人前になれ」
スパルタだなライデン先生は! 本当にリーダーにしなくて良かったよ!
準備も整わぬままいきなりゴブリン討伐に出発!
はたしてヒロトたち【はねる双魚】はゴブリンを倒せるのか?