24話 有翼族の少女 ノリミ
俺はこのクエスト参加で相当数のゴブリンを見た。アビスレインの襲撃もあわせて、その恐ろしさもおぞましさも知り尽くしたと思っていた。
だが、見ていないゴブリンの闇はまだあった。
ゴブリンの苗床だ。
「………うっ……うぇっ」
その場所にきたとき、俺は思わず吐き出してしまった。
そこには裸の様々な種族の女性の死骸がいくつもあった。
さらにそこに小さなひな形のようなゴブリンが群がっている。生まれたばかりの子ゴブリンだ。
ユリアさんの話によると、孕み袋にされた女性は死ぬと子ゴブリンのエサにされるそうだ。
「あなた、この場所は初めてなの? 最初は大抵吐くものだけど、二回目からはそうでもないのよ」
ユリアさんは事もなげに言った。
本当にこの人の見方がすっかり変わったよ。最初に感じた『可憐な佳人』というイメージは、もはやカケラも無い。
「みんなはそこらにいる子ゴブリンを殺しておいて。ヒロト、あなたは私と奥へ進んで依頼の女の子を保護するわよ」
「生きているのかな?」
「しっかりしなさい。二人ともタブレットに”ノークリア”って表示がされているでしょう? つまり生きてるってことよ」
そうだったな。タブレットで転移者の生存を確認できるのは便利だ。
さらに奥にある、生臭い獣の精液の臭いが漂う部屋にその娘たちはいた。
所々むしられてはいるが、背中に一対の鳥の羽を持った二人の少女たちだ。
彼女らはすえた臭いのする藁の上に裸で投げ出されていた。
「ああ、この娘たちだわ。依頼の特徴通りの有翼族の女の子。ノリミとミュンって娘よ」
鳥の羽を持つ有翼族か。
おおかたイメージでそれを選んだのだろうが、あまり戦闘が強い種族とはいえない。ぶっちゃけ弱い。
空を飛べる種族なのだが、引き換えに体重がひどく軽くて当たりが弱いのだ。
「あら、子ゴブリンがここにもいるわね。退治しておかないと」
彼女らに群がっている生まれたての子ゴブリンを発見して、事もなげにユリアさんは言った。
ゴブリンとはいえ、子供を簡単に『殺す』と言えるユリアさんに俺はけっこう引いている。
そんな引きつった顔をした俺に、彼女はたしなめるように言った。
「ゲームは別にしてもゴブリンは生かしちゃいけないのよ。子供だからってね。すぐに大きくなって人間を襲うようになるわ。特に襲撃にあったゴブリンは凶暴になるわ。人間への怨みを絶対に忘れないで残忍になるのよ。
子ゴブリンを殺したことがないなら経験しておきなさい」
と、親切にも子ゴブリンの始末を俺にまかせてくれた。
まったく、ヤクザかマフィアの入会儀式でも受けさせられてる気分だ。
涼しい顔でそれを指示する彼女は、そこの冷酷な女幹部か。
俺は小剣を握って構えた。カルマーリアから借りたものだ。
怯えた目をむける子ゴブリンは人間そっくりな恐怖の表情をして、どうにも手が震える。
だが覚悟を決めて刺し貫こうとした時だ。
ふと、倒れていた有翼族の少女の一人が目をさまし、ムクリと起き上がった。
「あ…………あなた達……は?」
「あ? ああ、君達を救助しにきた冒険者パーティーだ。ついでに言えば、君達と同じ転移者だ」
今から殺そうと思った子ゴブリンは「キーッキーッ」と鳴いてその子にすがっている。
まずいな。状況から見て、そこらの子ゴブリンはこの娘が産んだものだ。
まさかと思うが、子ゴブリンに情でも移ったら殺しにくくなってしまう。
と、心配したのだが…………
「うっ………うわぁぁぁぁぁ!」
いきなりその娘は叫びだし、子ゴブリンを振り払った。
そして俺のレイピアを奪うと、無茶苦茶にふりまわして群がっている子ゴブリンを殺しはじめた。
「あんた達なんて………私の! ミュンの子供じゃない! このこの!」
その狂ったように子ゴブリンを殺しまくる姿に、俺もユリアさんも唖然と見ているだけだった。
『ゴブリンの子供を産む』ということがどういうことか。彼女の様で想像できてしまった。
「落ち着いたか?」
「………うん。もう大丈夫。いきなり暴れたりしないよ」
子ゴブリンを全て殺してしばらくすると、ようやく彼女は落ち着いた。
俺はユリアさんに「なだめといて」と言われて彼女についている。
本来なら女性のユリアさんの役目だろうが、もう一人の具合があまり良くなく、光魔法で【小癒】をかけるためにそっちへついている。
「名前は?」
「ノリミ。ねぇ、あっちの方にタブレットがあるはずだから取ってきて」
彼女の言う通り部屋の片隅を探してみると、本当にそれはあった。
彼女ともう一人の二つともだ。
「よく捨てられなかったものだ。ヤツらにとっては只の石版だろうに」
ノリミにタブレットを渡しながら言った。彼女は大事なもののようにそれを抱きしめた。
「これは元の世界に帰るのに必要なものだから最後まで守ったの。これさえあれば、いつか日本へ………」
「やっぱり帰りたいか。日本へ」
「………うん。こんな体になっても生きていたい。私の家に帰りたい。お父さんお母さん、それに舞に会いたい。学校の友達にも…………」
『舞』というのは彼女の生まれたばかりの妹だそうだ。
はからずもゴブリンとはいえ、彼女も出産を経験して何を思ったのか………やめよう。
それはともかく、残り時間から考えてその願いは叶いそうにない。それでもわずかな可能性は残されているか考えてみる。
「さっき殺した子ゴブリンがカウントされたかもしれん。ノルマはあと何匹だ?」
ノリミはタブレットを操作しながら自分の残りノルマを確認する。
「あと四十八匹。これでもがんばったんだよ」
「四十八か。君がクリアするには遠すぎる数だな。時間的にも狩りに出直す猶予はない。残念だな」
「………………うん、わかっている。それでも、このままゴブリンの巣で最期を迎えるよりずっといいんだよね。仲間たちと一緒にここじゃない場所で死ねるから幸せなんだよね………」
この言葉はノリミが自分に言い聞かせているように感じた。
そのまま彼女は俺の胸で泣き出した。
「………でも……でも………みんなに会いたいよぉ……………」
俺は何も言えず、黙って彼女を支えてやるだけだった。
胸に濡れる彼女の涙がやけに熱く感じた。




