17話 吠えるルーザー
溜めた魔力を竜眼に集中させ、一気に解き放った。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
気がつかないうちに俺は叫んでいた。
常時放っている竜眼の光が、魔力によって何千倍にも増幅され、閃光となってゴブリン共を照らす。
その光に照らされたゴブリン共は、雷にうたれたように体を痙攣させた。
そして意識を失い、バタバタと糸の切れた人形のように倒れていった。
「おおおぉぉぉぉぉ……………」
ようやく竜眼の光が弱まった頃には、全てのゴブリンは地に伏し倒れ、一匹たりとも動くものはいなくなっていた。
「ハァハァ………やっ………た………」
気が抜けた瞬間。俺の体もグラリと傾き、大きくドサッと音をたてて倒れてしまった。
「ヒロト!」
「ヒロトさん!」
体が動かない。
さっきやったことは俺の体に相当の負担をかけてしまったようだ。
これは自分のレベルを超えた技を使った代償か。
「……………貴様」
その怨嗟に満ちた声を発したのはアビスレイン。この事態を引き起こした野郎だ。
そいつがいつの間にか近づいていて、憎悪の眼で俺を見下ろしていた。
ライデンが戦闘態勢をとるも構わず、俺をただ睨みつける。
やれやれ。体がきかないときにそんな目で見ないでほしいな。
「あれは【竜の威圧】。その技は貴様ごとき雑魚が使う技ではない!」
「そんなことは知らないね。使えるものを使ったまでだ。それで? あんたの用意したゲームはクリアしたぜ。俺達をどうするんだ。『ゴブリンゲームの進行役』さんよ」
俺はあえて『ゲームの進行役』を強調する。
会話から、奴はゲームに縛られた存在だとアタリをつけたからだ。
「…………よかろう。このゲーム、貴様らの勝ちだ。さっさと其奴らにトドメを刺してゲームをクリアするのだな。どうせ貴様らは第二ゲームに生き残れん!」
その言葉と共にアビスレインは背を向けて歩いていく。
そして霧の向こうへ何処とも知れず消えていった。
「どうにか生き残るさ。あんたのお遊びがくれたこの竜眼でな」
負け犬も吠えてみるもんだ。
たまには傲慢な絶対強者を退けることもある。
やがて霧は晴れた。そこは街を幾分か離れた郊外であった。
そしてまわり一面に大量のゴブリンが気絶して倒れている。
平和な青空が眩しく、思わず笑みがこぼれた。
「大丈夫? ヒロト」
いまだ動けない俺。その頭をカルマーリアが膝枕をして乗せてくれた。
コイツは一馬のはずだが、最近ますます女っぽくなってきやがった。
そしてマユはカルマーリア肩の上で辺りを見回して言った。
「修羅場でしたが、報酬は大きかったですね。このゴブリンにトドメを刺せば、ヒロトさん、りっちゃん、カルマーリアさんのノルマは達成です。私はその手段がありませんが………」
「マユのノルマは後日術具を買って何とかしよう。とにかく今日四人がクリアできるなら、相当楽になる」
見ると、早速りっちゃんがライデンの指導を受けてゴブリンにトドメを刺してまわっている。
しかしライデンの肩と足に受けた矢が痛々しい。
「やはりパーティーに回復役は必要だな。第一ゲーム終了でポイントを使えるようになったら、お前に回復手段を覚えてもらうか」
「それはいいけど、あのアビスレインってゴブリンがまた襲ってこない? あんなとんでもない能力をもった奴がまた来たら………」
確かにカルマーリアの心配はもっともだ。
千匹ものゴブリンを召喚した奴の能力は恐るべきものだ。
しかし………
「なに、奴はゲームの枠内でしか俺たちにちょっかいをかけられないようだ。それなら何とかなる。とりあえず第一ゲーム終了までは安心だろう」
無論、第二ゲームまでに奴を迎え撃つ準備をしておく。
震えて待ってたりはしないさ。
「コーン! ノルマ達成しましたー! これであたしは第一ゲーム勝ち抜けだコーン!」
りっちゃんが終わった頃、俺のめまいと頭痛も治まったので、カルマーリアの膝から頭を離した。
そろそろ俺とカルマーリアもいくか。
「よし、カルマーリア行ってこい。ゴブリン共はまだ目を覚ますようには見えないが、気をつけていけよ」
「ええ。ヒロトも気をつけて」
そんなあまりに自然に女らしい雰囲気の元男の親友の背中を見て、思わず声をかけてしまった。
「なあ、カルマーリア」
「え、なに?」
「お前、本当に俺の悪友だった一馬か?」
「なに突然。悪友は今もでしょう?」
そう言って笑うカルマーリアに密かにときめいてしまう。
こんなにも可憐に笑う彼女に、『今も』とか言われても『そうだ』とは自信をもって言えない。
「そうなんだがな。最近のお前、姿だけじゃなく仕草まで女っぽくなって、アイドルに狂っていた頃のお前と重ならなくなってきたんだよ」
彼女は少し考えるようにオレの顔を見た。
「―――ああ、昔偶然に推しだったドル子ちゃんが汚い言葉でしゃべっている素の顔を見ちまったときがあってな。それが軽いトラウマになっているんだよ」
カルマーリアはいきなりオレのよく知る一馬の話し方で話した。
「で、オレだけは女でいる間は出来る限り女らしくして、オレに夢もってる野郎共の夢を壊さないように決めた。そのせいで演技過剰になっていたかもしれん」
…………そういうことか。
考えてみればコイツ、【演技才能】のスキルも持っていたな。
「悪い。つまらんことを言ったな。さっさとゴブリンにトドメを刺してきな」
「わかった。ヒロトも」
そう言って笑う彼女は、それでも可憐な花のようだった。
――――しかし、カルマーリアの存在は全て虚構。
舞台裏を知っているオレまでアイドルエルフに振り回されてどうする?
オレは頭を振ってカルマーリアに背を向けた。




