16話 ゴブリン色の悪夢
確かに俺たちをこの異世界へ送った神は、禄な奴だとは思えなかった。
しがし、ここまで邪悪な存在だとは考えたくはなかったぜ。
『神』を名乗るゴブリンは情け容赦なく俺達を抹殺しにきた。
無数のゴブリンを俺達にけしかけてきたのだ。
これに唯一対抗できるライデンは、瞬時に最適解を出した。
「カルマーリア、リッカ。二人の得物を貸せ!」
ライデンは左右それぞれに短剣と小剣を握り、俺たちをかばいながら向かって来るゴブリンを手当たり次第に切り落としていく。
「ヒッ……ヒロトさん」
「二人とも体を小さくしていろ。こいつらはこの前見たものとは違う!」
そう。このゴブリンは竜眼で見るまでもなく、討伐で見たゴブリンとは明らかに違っていた。
体は一回り以上も大きく、短剣や混棒の威力も鋭い。
何より息の合った攻撃は、俺たちをかばいながら戦うライデンを苦しめていた。
それを愉快そうに眺めるアビスレイン。
「はっはっは。そいつらは戦闘力を一段階あげた兵士ゴブリン。そのゴミどもをかばいながら何時まで持つかな?」
二人を背中にかばいながら何もできない俺は、せめて奴と会話をする。
「アビスレイン! 何故こんなことを!? どうして俺達をおそう!!」
「ククク………この第一ゲームはゲームを理解できなかった愚か者を淘汰するためにある。そして勇者の紋章を持つライデンに私は干渉することができる。
すなわち! お前たちを残忍に殺し、ライデンにゴブリンゲームをより知ってもらうことが目的よ。ヒャハハハ!」
くそっ! そんなにゲームスタートを失敗したことが悪いのかよ。
「うあらららぁ! オラオラオラララララァ!」
ゴブリン共はますます激しく襲ってくる。
だがライデンは信じられない体捌きですべて斬り落としていく。
アビスレインはその姿を愉悦に満ちた表情で鑑賞している。
「ふふん、やるなライデンよ。だが竜眼持ちよ。己が運命をよーく見ろ。自分の最期がみえないか?」
一瞬竜眼が見せた光景に、俺は冷や汗がどっと出た。
「ライデン! 弓だ! 右手に弓兵がいる!」
その瞬間、霧の向こうから数本もの矢が飛んでくる!
俺はカルマーリア、りっちゃんを地面に伏せさせ、ライデンは矢を迎撃する。
だが………
「ラ、ライデン。矢が………」
ライデンは全てを迎撃しきることは出来ず、肩と足に一本ずつ矢を受けてしまっていた。
「なぁに、かすり傷じゃ。まだまだ余裕じゃ」
ライデンは笑ってそう言ったが、竜眼持ちの俺の目はごまかせない。
矢のダメージは相当深く、これまでのような動きは出来ないはずだ。
そしてその隙を突き、ゴブリンが一匹カルマーリアに迫った!
俺はいち早くそれに気がついたものの、無手の俺にはゴブリンを迎撃することなど出来ない。
「くっ!」
カルマーリアを背にかばいながら、せめてにと竜眼で睨んだ。
――――変化はその時におこった。
飛びかかったはずのゴブリンがいきなり「ビクッ」と体を震わせ、地面に落ちたのだ。
そしてそいつは苦しそうにピクピクピクと痙攣している。
「これは………これも竜眼の力?」
一旦離れていたゴブリン共はにじり寄り、再び襲撃を開始した。
傷を負いながらもライデンは、先ほど同様にゴブリンを迎撃する。
だが動きにキレがない。明らかに動きがおちている。
やはり傷からくるダメージは深刻だ。このままじゃライデンは持たない!
「やめい! ものども、一旦止まれい!」
突然アビスレインが大声をあげ、ゴブリン共の襲撃をやめさせた。
うん? 奴は苛立っている?
「ライデン、貴様いったい何をしている? 何故いつまでもそやつらを見捨てない?」
……………何だ? 奴はいったい何にいらだっているのだ?
「いかに足掻こうと、其奴らを守り切ることはできん! この状況で貴様の最善の行動は、さっさと足手まとい共を見捨て、このゴブリンの群れを倒しポイントの糧とすることだ。それ以外の道などない!
まったくくだらん情に溺れ、この程度の状況判断もわからぬヒヨッコだとはな」
確かに俺も彼女達もライデンの足手まといだ。
それでも、簡単に殺されていいなんて強者の理屈には腹がたつ。
そしてライデンもこれに答える。
「じゃかぁしい! 外道の理屈なぞワシに押しつけるなやぁ!」
「…………なに?」
「仲間やダチをワシに見捨てろだと!? 力のために戦えだと!?
そんなクズはワシではないわ!
ワシは決して仲間をも友も見捨てん! この大光院雷電、貴様如き外道の思うとおりに動くと思うなやぁぁぁぁ!!!」
ライデンのこの返事にアビスレインは心底落胆したような顔をした。そして疲れたように言った。
「………見込み違いだな。そんなつまらん理屈にとらわれているようでは真の強者にはほど遠い。真の強者とは強くなるために何でもする者。この世のあらゆるものを己の糧とする覚悟を持ったものにしか到達し得ん。
【勇者の紋章】は貴様にふさわしくはなかったようだ。そのままつまらんプライドを背負って死んでいけ」
――――――パチンッ
アビスレインが肩を落として軽く指を鳴らすと、同時にゴブリンどもは再び殺気をみなぎらせた。あちこち「グルル……」と低いうなり声で威嚇してくる。
動かないのは、おそらく襲撃のタイミングを合わせているためだろう。
「マユ、魔力をありったけ俺によこせ。ためしてみたいことがある」
「な……なんとかできるんですか、コレ?」
「わからん。だが、やってみる価値はあると踏んでいる」
「わかりました。お願いしますリーダー」
「ヒロトさん、ライデンさんを助けてください」
「頼むヒロト。私たちのリーダー」
『リーダー』か。
似合わない役だというのに、妙にみんな信頼してくれるものだ。
そしてそれで俺もやる気になるから不思議だ。
そしてライデン。
アビスレインはああ言ったが、俺は感動した。
ありがとう。俺たちを見捨てないでくれて。
――――だからやってやるさ。この思いつき、本物にしてみんなを救う!
マユが俺にもの凄い量の魔力を送ってくる。
俺は目を閉じてそれを受ける。
「………くっ、まだだ。まだ解放するな」
体がはち切れそうになる感覚を覚えながらも、俺は一心に耐えてタイミングを待つ。待ち続ける。
――――――そして運命の瞬間は来た。
「グギギィィィ!!!」
一匹の大きく響くうなり声と共に、ゴブリンは一斉に襲ってきた!
前後左右上下すべての方向からの一斉襲撃!
空も地面も全て醜悪なゴブリン一色。
俺たちを包み込み、消し去る悪夢そのもの。
「ひぃぃぃぃぃ!」
「うわぁぁぁ! ライデンさーん! ヒロトさーん!」
「コーンコーン! ケーンケーン!」
「クッ、ダボがあぁぁぁぁ!!!」
――――瞬間、俺は目を開けた。
迫り来る絶望!
全滅の危機にヒロトの賭は成功するか?




