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紅茶色の髪の青年は、精神世界で三者対談を行う。

 ウェンデルを包む黄金色の輝きは、更に増していく。それは、ラバートラが正に降臨する瞬間だった。


 そんな精霊の神の器の背後に降り立ち、短剣を喉元に当てたのはエルドだった。


「······ウェンデル。僕が考え得る最悪の状況になったよ」


 エルドは王の間の天井に潜み、戦況を見守っていた。エルドの目的は、最悪の事態に陥った時、ラバートラの器を破壊する事だった。


 驚愕したクダラが何かを叫んでいたが、エルドの耳には入らなかった。黄金の光は、全ての音を消し去るようにエルドの身を静寂の空間に置いていた。


 エルドの短剣を持つ手と声が震えた。


「······さようならウェンデル。いつかあの世で君に詫びるよ」


 兄貴分のウェンデルの喉を裂こうとした時、その声は聞こえた。


「エルド。少しだけ待ってくれ」


 エルドの身体が硬直した。今自分が耳にしたのは、紛れも無くウェンデルの声だった。エルドは混乱した。


 だが、黄金の兜を被ったウェンデルがエルドに振り返り、その邪気の無い笑顔を見せた時、エルドは手にした短剣を離してしまった。


「······ウェンデル?君なのか?」


 掠れた声でエルドは問いかける。それは、三年振りに聞いたウェンデルの声だった。


「そうだエルド。久し振りだな。少し時間を私にくれ。ちゃんと話をつけてくる」


 まだ当惑しているエルドには、ウェンデルの言葉の真意が理解出来なかった。


「ウェンデル。話すって一体誰と?」


 エルドの問いに、紅茶色の髪の青年は片目を閉じた。


「私の中に居座る居候達とだ」



 ······暗く深い。そこは遥か地下にある深海のような静けさだった。ウェンデルは自らの精神をそこに深く潜らせた。


 そこには、ウェンデル以外の二つの人格が存在していた。ウェンデルはそんな二つの人格に陽気に語りかける。


「最初に自己紹介をして置こう。私はウェンデル。一応この身体の所有者だ」


 ウェンデルの言葉に、一つの人格がため息混じりに口を開く。


「······この状況下に置いて、何故お主はその様に呑気なのだ」

 

 オルギスは呆れた口調で言いながら、ウェンデルの精神力に戦慄していた。降臨の儀式の瞬間、ウェンデルの人格は所有者が不在の空の状態だった。


 長く精神の底で押し留められていたウェンデルは、その一瞬の空白を逃さず人格を取り戻した。


 そんなウェンデルは更に明るい声を出す。


「オルギス。我々とは初対面の相手がいるのだ。自己紹介を頼む」


 三つの内一つの人格は、諦めたように投げやりに呟く。


「余はオルギス。つい先日までこの身体を占有していた者だ」


 ウェンデルとオルギスは、残ったもう一つの人格の言葉を待った。


「······我が名はラバートラ。精霊の神と呼ばれる者」


 ウェンデルは破顔し、オルギスとラバートラ三人でこれまでの経緯を振り返った。そして、多くの事柄を語り合った。


「ではラバートラ。貴方は復活など望んでいないのか?」


 ウェンデルがラバートラに質問する。それはこの一連の争いで、一番重要な要所だった。


「······我々はロッドメン一族に敗れ衰退した。無念さはあるが、強き者が残るは自然の摂理。その流れを逆行させるつもりは無い」


「だが現に、ガジスト一族はそなたを復活させる為に必死だ。そもそも復活させる手段が何故存在しているのだ?」


 オルギスがラバートラに質問する。本来なら因縁ある二人だが、動かす身体も存在しないこの精神世界では、言葉しか手段は無かった。


「······私を降臨させる術は確かに存在する。だが、それはこの世を破壊する為では無い。この世が救いを求めている時に役立つよう残された手段だ」


 ラバートラは続ける。現世に降臨すると、器になった者の自我は消え去り、ラバートラの人格が身体を支配すると言う。


「うむ。私がガジスト一族にそう伝えても良いが、貴方を私の身体に降臨させると私はどうなるかな?」


「私が汝の身体を支配する。この世界を破壊する事も可能だ。だが、数ヵ月しか身体が持たず死ぬだろう」


 ラバートラの答えに、ウェンデルは沈黙した。暫く考え込み、オルギスに言わせると、とんでもない事を言い出した。


「ならばラバートラ。貴方はこのまま表に出ず私の中に居てくれないか?」


 ウェンデルの提案に、オルギスは開いた口が塞がらなかった。


「お主は何を言っている?仮にも神と呼ばれる存在を、安宿に泊めるかの様な言い様だぞ」


「勿論オルギス。貴方も居てくれていい。私達は最早、運命共同体の様な物だ」


 ウェンデルの言葉にオルギスは更に呆れた。自分の身体を乗っ取った相手に対する提案では無かった。


「······人間よ。私は今の世界を良くは思っていない。このまま私が表に出て、一度破壊するのも一つの手立てと考えている」


 ラバートラの穏やかでない言葉に、紅茶色の髪の青年は、無防備な笑みを返した。


「聞いて欲しい。精霊の神よ。私は元軍人で戦争の残酷さは骨身に染みている。軍人を辞めてからは冒険者になった」


 ウェンデルは過去を思い返すように話を続ける。冒険者になり目撃したのは、力と言う暴力の前に無力な人々だった。


 それら人々は真面目に働き、税金を納め、家族と共に慎ましく日々を過ごしていた。そんな人々の依頼を受け、野党や魔物を退治していく内に、ウェンデルは思う所があった。


 この世界は、弱き力の人々が大半を占めている。一部の権力者や暴力を振るう者達がそれを脅かしていた。


 ウェンデルは訪れた村々で見た。貧しくも子を正しく育てようとする親を。そんな親の背中を見て育つ子を。


 お互いを労り合い。大地を耕し。その恵みを受け自然の流れと共に生きる人達を。依頼を達成した後、そんな村人達と一緒に飲む安酒は、どんな美酒も及ばずウェンデルを酔わせた。


「精霊の神よ。この世界は正しき心を持ち日々を暮らしている人々の物だ。誰かがどうこうして良い物ではない」


 静かに。だが揺るがない意思を持った言葉をウェンデルは口にした。暫くの静寂が続き、ラバートラは沈黙を破る。


「······人間の騎士よ。ならばその言葉を私に証明してみろ。この世界が、まだ在り続ける価値がある事を」 


「無論だ。私の命が続く限り、私は自分の正義を貫く。そして、多くの人々が脅かされない世界を私は作ってみせる」


 ウェンデルの言葉を聞きながら、オルギスは妙に心が落ち着いている事を感じた。以前、オルギスはウェンデルの底知れぬ器に恐れを抱いた。


 だが、目の前にいる男が望む物は、人々の平和な笑顔と一杯の安酒だった。かつて世界を武力によって統一したオルギスとは、見ている地平線の景色がそもそも違っていた。


「······底が知れぬ筈だ。この男が欲していた物は、余りにも身近にあり過ぎた。そんな男の思考を、分かる筈もなかったか」


 オルギスの胸の中に、敗北感とは少し色合いが異なる物が去来した。だが、それは不思議と不快では無かった。


 ウェンデルの身体に棲む内に、彼の影響を知らずに受けていた事は否定出来なかった。だが、皇帝の自分に影響力を及ぼした青年に、オルギスは清々しい気持ちで喝采を送った。


「ウェンデル。お主は余の手に負えぬわ」


 オルギスのこの言葉が、三人の討論会の結びとなった。オルギスとラバートラはこの先もウェンデルの中に留まり、紅茶色の髪の青年の生涯を見続ける事になった。


 ウェンデルは精神の深い場所から、頭上を見上げた。そこには、自分が帰るべき場所が在った。



 王の間では、誰一人動かず玉座に座る男を凝視していた。ウェンデルの身体を包む黄金の光が急速に消え去り、玉座に座した男はゆっくりと立ち上がった。


「······今立った者は何者だ?」


 タクボは乾いた喉から掠れた声を出した。全身を黄金の甲冑で固めたあの青年の中身は、一体誰が支配しているのか。


 その青年は両手で兜を外した。周囲に穏やかな表情を向け静かに口を開く。


「精霊の神ラバートラ。皇帝オルギス。両名は私の中に留まり続ける。私の名はウェンデル。戦いはもう終わりにしよう」


 ウェンデルはクダラに向けて微笑んだ。その瞬間、クダラは嗚咽を漏らし敗北を悟った。精霊の神は、この地上に降臨しなかった。


「······この正義馬鹿。精霊の神をどうやって丸め込んだんだ」


 エルドは消え入りそうな声を出し、涙を堪えた。その震える肩に、ウェンデルが手を置いた。


「ただいまエルド。長い間世話をかけたな」


 ウェンデルのこの言葉に、エルドは一筋の光を見た。暗闇の世界を生きてきたエルドは、陽が当たる出口を探していた。


 その出口を、かつてウェンデルの清新さが照らしてくれた。その光を失って三年間。エルドは今、その暗闇から脱した気分だった。


「ウェンデル兄さん!エルド兄さん!」


 チロルが二人の兄貴分に駆け寄る。ウェンデルは成長した妹分を笑顔で抱きしめる。だが、歓喜の瞬間は直ぐに終わった。


 ラストルが倒れているヒマルヤに必死に呼びかけていたからだ。チロルは直ぐ様ヒマルヤの元へ走った。


 チロルはヒマルヤの衣服を掴みその名を呼ぶ。だが、幾ら呼んでもヒマルヤからの返答は無かった。


「······ヒマルヤ?嘘でしょう。ヒマルヤ!」


 チロルの叫び声と重なる様に、モンブラ叫び声が聞こえた。


「ソレット様!しっかりして下さい」


 モンブラが倒れているソレットに呼びかける。ハリアスが飛ぶ勢いでソレットの元へ来来た。右手にあった黒い染みが、ソレットの喉元まで広がっていた。


「······呪いの染みがここ迄。右手を使いすぎたか」


 ハリアスは深刻な表情で呟いた。ソレットはうなされ苦しそうに顔を歪める。そんな勇者の元へ、アマラが近づいた。


「······アマラ」


 モンブラがすがるような目でアマラを見た。


「モンブラ。やれるだけやって見ます」


 アマラはそう言うと、両手でソレットの右手を握った。すると、ソレットの右手は眩い光に包まれ行く。


 王の間は、その光で満たされていった。



 ······草原を駆ける赤い甲冑の騎士がいた。ゾルイドは自ら殿を務め、追撃の危険が去った事を確認していた。


 安堵したゾルイドの身体に風が吹いた。その鼻孔に、微かにベルガモットの香りがした。


 ゾルイドは暫く俯き、風が過ぎ去って行く迄その場を動かなかった。

 


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