玉座に座す者を巡り、王の間は流血に染まる。
青い甲冑が揺れ金属音が鳴る。恐れを微塵も見せず歩むソレットの姿を、足を組みながらハーガットは眺める。
狂気王と人々から恐れられた自分の右腕を切り落とした相手を、ハーガットは歓迎するかのように左腕を広げた。
「黒き力を操る勇者よ。何故そなたは勝算無き戦いに挑む?」
ソレットは呪われた右手に剣を握った。剣を振れば呪いが強まるが、そんな悠長な事が許される相手では無かった。
「俺は亡き恋人と誓った。この世界を平和にすると。その障害になる者は、どんな相手でも倒す」
ソレットの断言に、ハーガットは左手で口を塞いだ。
「······おお。先の戦いでそなたの前に現れた黄色い髪の女剣士か」
ハーガットは手のひらを口から離すと、不気味な笑みを浮かべた。
「どうだ勇者よ。余の配下になる気はないか?さすれば、そなたの死んだ恋人を甦らせよう」
「戯言は止めろ。もう土色の人形などに惑わされん」
「先刻の人形などでは無いぞ。血と肉。そして心を持った正真正銘の命を復活させる事が余には可能だ」
狂気王の言葉がソレットの心の水面を僅かに揺らした。その変化をハーガットは瞬時に察した。
「余はありとあらゆる禁術を読み解いて来た。無論、成功には困難を極める技術が必要だかな」
悪魔地味だ言葉の誘惑を振り払うように、ソレットは力強く一歩を踏み出す。
「······例えそれが事実だとしても答えは否だ。俺はもう、ジャスミンに張り倒されたくないからな」
戦う時以外は深窓の姫君のようにおしとやかなジャスミンだったが、激昂すると張り手を繰り出す癖があった。
そんなジャスミンの癖などハーガットが知る筈も無く、ソレットの返答に眉をしかめた。
ソレットは剣に光を発動させる。白銀色の光は、呪いにより刀身の根本から黒色に染まって行く。
「おお。余の右腕を奪ったその力。一体どのようにして扱うのだ?」
ハーガットがベンチから身を乗り出し、ソレットの剣に注目する。
「邪神教団に問い質してくれ。最も、呪いをかけた者はもうこの世にいないがな」
ソレットは言い終えると、猛然とハーガットに迫り、黒く輝いた剣を一閃する。その瞬間、ハーガットの周囲に障壁が発生しソレットの剣を阻んだ。
障壁と剣が衝突し、放電しかのような光が弾ける。呪いの力で威力が増したソレットの剣を止めた障壁は、微動だにしなかった。
「······この剣を止める障壁。禁術の類か」
ソレットは左手を伸ばし、雷撃の呪文を唱えた。大小三本の光の筋は、またも障壁に弾かれた。
「見たか勇者よ。そなたは余に指一本触れる事も叶わぬ。今一度考え直せ」
ハーガットの言葉を無視するかのように、ソレットは障壁に向かって何度も斬りつける。
「ハーガット。お前の魔力はあとどれ位残っている?」
「······何?」
ソレットの意外な言葉に、狂気王の顔から笑みが消えた。
「禁術を使い続けるのは結構だが、膨大な魔力を消費している筈だ。お前の魔力が無尽蔵なら勝ち目は無いが、そうでなければ魔力が尽きた時。それがお前の最期だ」
ソレットは障壁に剣を振り続ける。呪いはその度にソレットの身体を蝕んで行った。ソレットを見据えるハーガットの眼から、不遜な色が無くなった。
その時、ハーガットの周囲に無数の黒い影が浮き出た。その影は短剣程の大きさで、先が尖った鋭利な形をしていた。
影の刃が一斉にソレットを襲う。ソレットは後方に移動しながら剣で影の刃を叩き落として行く。
だが数が多過ぎた。致命傷には至らなかったが、影の刃はソレットの甲冑を傷つけ破壊して行く。
ハーガットは再び笑った。三つの黒い刃は、ソレットの後方に飛び去って行った。
クダラは凄まじい形相でアマラ、モラットと交戦していた。炎の壁でアマラを牽制し、風の刃でモラットの地竜を削って行く。
上位精霊を扱うアマラとモラットを同時に互角に戦う姿に、モラットは戦慄していた。それが若いモラットを焦らせ、勝負を急がせてしまった。
「クダラ!悪く思わないでよ!」
モラットの操る龍の形をした岩石の塊は、周囲に炎を纏った。勝負を賭けたモラットは、炎の地竜をクダラに向けようとした。
その時、何かが風を切り裂き飛来した。ハーガットが放った三つの黒い刃は、モラットの背中を貫いて行った。
「······何だよ。これ」
モラットの身体に空いた三つの傷口から、血が吹き出した。少年が抱えていた黄金の兜はその手から離れた。
「よくやったわハーガット!!」
狂気に満ちた表情で、クダラが空中で素早く移動する。モラットは床に落下し、黄金の兜はクダラが左手で掴んだ。
「······陛下。ごめんなさ······い」
急速に薄れ行く意識の中で、モラットは主君に詫びた。途切れそうな意識が最期にモラットが見せたのは、ゾルイドの治める世の姿だった。
「姉さん!もう止めて!」
少年の無残な最期に、アマラは姉に向かって叫ぶ。だが、その姉はとうに一線を越えていた。
クダラは玉座に座るウェンデルの元へ、歓喜の表情を浮かべ一直線に飛翔した。そのクダラの動きを、ラストルは視界に捉えていた。
コドレアとクリスは壮絶な肉弾戦を続けていた。コドレアの重く凄まじい一撃をクリスが回避し、流血王の身体に打撃を加える。
ただの打撃では無かった。クリスはゴドレアの急所に確実に拳や蹴りを命中させていた。
「いいぞ神官!素早く、そして無駄の無い動きだ」
ダメージや痛みを一切表情に出さず、コドレアは笑いながら攻撃を繰り出してくる。
「お褒めに預かり光栄ですね」
クリスはコドレアの拳を頬にかすめながら避ける。全身が異常に隆起した巨漢から放たれる攻撃。
それを一撃でも受ければ、即致命傷だとクリスは悟っていた。いくら急所を攻め立てても、コドレアは不死身の如く動きを鈍化させない。
クリスは戦いの経験から、ゴドレアには即死する一撃を与えないと勝機は無いと判断した。
この時、ラストルはクダラに向かって駆け出していた。クリスは勝負に出た。故意に大振りの突きを見せ、体制を崩したかのように見せた。
コドレアは必殺の一撃を加える為に、右腕を大きく振り上げた。その時、クリスは瞬時にコドレアの懐に侵入する。
「はああっ!!」
クリスは地を蹴り飛び上がった。勢いそのままに渾身の蹴りをコドレアの首に放つ。
鈍い音がクリスの耳に届いた。コドレアの首の骨を粉砕した事を、クリスは確信した。たが、クリスは信じられない物を目にした。
首が不自然に曲がったゴドレアが笑っていた。そして自信の首の骨を折ったクリスの足首を掴み、身体ごと床に叩きつけた。
「······そんな馬鹿な?」
床がひび割れ、クリスは大きなダメージを負った。ゴドレアの身体が白銀色に包まれ、首が正常な位置に戻る。
その光景を、クリスは身動きが出来ない身体で凝視していた。
一方、魔人バームラスは戦況を静かに眺めていた。相変わらず扉にはハリアスの地下重力がかけられ開かない。
辛うじて出来た隙間からは、一体の死霊が出るのがやっとだった。その度に死霊はゴントに倒された。
膠着状態に陥る前に、ハリアスは勝負に出た。扉にかけていた重力を扉の裏にもかけ、扉自体の破壊を試みた。
前後から強力な圧を受け、扉は軋みひびが入り始めた。大きな音が響き扉が崩れ落ちた。その時、ゴントは既にバームラスに向かって走り始めていた。
「ふむ。見事だ。私の持つ三つの扉を全て排除するか」
バームラスはゆっくりとコートを脱ぎ捨てた。その瞬間、異変起きた。バームラスの身体が変化していった。
「くそ!コイツは死霊を操るだけじゃないのか!?」
ハリアスは髪を掻きむしり叫んだ。魔人と呼ばれた老人は、その異形な姿とは裏腹に変わらぬ声色を発した。
「我が名バームラス。この世を混沌の底に落とす者」
ゴントのハリアスの前に、巨大な魔獣がその姿を現した。




