人生は、災難と災厄が仲良く手を繋いでやってくる。
魔王軍の本拠地は、険しい山の中にあった。先の戦いで、この本拠地を守る、最後の砦とも言える要塞が勇者達に落とされた。勇者達人間の総攻撃がいつ始まるか。魔王の居城では、兵士達が神経をすり減らしていた。
だが、一行に攻め入ってくる様子が無い。不審に思う内に、勇者達に落とされた要塞で暴動が起きた。理由は、魔王軍から略奪した金銀財宝の取り分を巡ってだ。
勇者達が有利と見て、その麾下に馳せ参じた冒険者達に、不満と不審が募った。なぜ魔王の居城を目の前にして、総攻撃を行わないのか。彼等の目的は、魔王軍から奪い取る財宝が目的だった為、勇者と古参の仲間が独占するつもりかと疑った。
勇者の古い仲間達は、目先の利益しか考えない冒険者達が苦々しかった。攻めたくとも出来ないのだ。勇者本人が、恋人の仇を討つ為に不在なのに、どうして総攻撃など出来ようか。
そして、冒険者達と古参の仲間達との間で武力衝突が起きた。要塞は大混乱に陥り、冒険者達を見限った古参の仲間達は、要塞を放棄して消えた。
冒険者達は、目の上のたんこぶが居なくなったと狂喜し、自分達だけで魔王の居城に攻撃を仕掛ける事を決めた。指揮官不在のその行動は、野盗と何ら変わらない有様だった。
魔王軍にとって勇者達人間の混乱は、要塞を奪還する千載一遇の機会だった。だが、その知らせが届いた時、魔王の居城も混乱を極めていた。
魔王の居城を見下ろす崖の岩肌に、4つの人影が見える。皆一様に黒いローブを羽織っている。城を見ながら、一人の男が吐き捨てるように呟く。
「魔族も人間も、自分達がいいように踊らされている事に、気づかないようだな」
その左目は、閉じられていた。閉じた目には刀傷があり、その左目の視力は失われていた。
「ザンドラ兄貴、頂く物は頂いた。さっさとずらかろうぜ」
長身かつ屈強な身体の男は、その体躯に似つかない子供のような声を出し、隻眼の男に話しかける。左手で、先刻奪った剣を試し振りをしている。利き手が左だからでは無い。右腕が無いからだ。
「モグルフ兄さん。せっかく手に入れた剣を、崖の下に落とさないで下さいよ。」
眼鏡を掛けたその細い顔は、学者を思わせるような顔立ちたった。彼が一歩くと、右足から金属音がした。彼の右足は義足だった。
「ターラ。白いローブの目撃情報は、三件で間違い無いな?」
ザンドラと呼ばれた隻眼の男が、四人の中で一番小柄な女に話しかける。ターラと呼ばれた女性は、灰色の長髪をかきあげ、頷く。
各国の重臣を金銭で買収している彼等は、必要な情報を、かなりの精度で得ていた。
ターラの喉には、黒い傷跡が生々しく残っている。彼女の声帯は潰されていた。
「ラフト、どこから調べていく?」
ザンドラが、学者風の男に問いかける。
「近い順がいいでしょう、ザンドラ兄さんさん。隣国の王都、その二つ先の国の都市の順ですね。一番遠方は、ここから国を四つ渡った先の小さな街です」
ラフトが地図を見ながら答える。
「よし。その順で行こう。」
ザンドラは、奪った剣を腰のベルトに掛け、冷たい笑みを浮かべる。
「青と魔の賢人狩りだ」
彼等が奪った四本の剣には、魔王軍の軍旗と同じ紋章が刻まれていた。
穏やかな引退生活を望む魔法使い。彼が住むこの小さな街にも
、お祭りがあった。この地方には、実りある秋の収穫を得る為に、大地の精霊達に祈りを捧げる風習があった。
精霊祭と名付けられたその祭りは、あと一週間後に迫り、街の雰囲気は、どこかそわそわして浮き足立っている様子だった。この祭りには、王都から民衆に酒が振舞われ、酒代が無い者にも酔っ払う権利が与えられている。
支給するなら、酒なんぞより金貨を支給しろ。三十代半ばの魔法使いは、祭りを知らせる掲示板を見て、不満を漏らす。
「アナタって本当に守銭奴ね」
「タクボ、金銭より大事な物があるぞ。例えば人助けをして感謝される事とかな」
「予定では、あと一年貯金すれば引退生活が出来るんだよね?そう上手く行くかなあ」
タクボは憤慨する。人の人生設計を、根幹から否定と非難する有り難くない声が、後ろから聞こえてきた。
マルタナ、ウェンデル、エルド。タクボと最近出来た扶養家族一名は、この暇人三名となぜか毎日、朝食を共にするようになってしまった。
その扶養家族が、路地から出てきて、こちらに戻ってくる。
「師匠。平穏、安寧、質素に餌をあげてきました」
少女は、毎朝の日課を師匠に報告した。暇人と呼ばれた三名が訝しげな表情をする。
「チロル。その妙な言葉どこで覚えたの?」
「はい。マルタナ姉さん。野良猫達の名前です」
黒猫が平穏。白猫が安寧。ちょび髭猫が質素。一日でも早く、引退生活を望む魔法使いが名付けた名前だ。
「······タクボ。チロルの教育上、もう少し普通の名前にしたらどうだ?」
紅茶色の髪の青年は、この師弟には自己の正義感が、刺激される事が多すぎるらしい。
「でも先代の猫達の名前は、金貨、銀貨、銅貨だったらしいよ。それよりは、進歩したんじゃない?」
タクボが酒の席で、酔って口を滑らした話を、エルドが暴露する。
マルタナが冷たい視線をタクボに浴びせた後、一人去って行った。
「なんだアイツ。朝食は食べないのか?」
タクボはエルドに、酒席の話題は忘れろと注意している所だった。
「マルタナは、仕入れの買付けがあるってさ。酒の席と言えばさあ。この前マルタナと飲んだ時、聞いたんだけど」
今から一ヶ月前。この小さな街で、勇者と魔王軍ナンバー2が衝突した日。白いローブを纏った、一人の賢人が現れた。エルドとマルタナは、その男を見て驚愕していた。
エルドの話では、前職の暗殺稼業で唯一仕留めそこねた相手だったらしい。当時エルド達は、ある要人警護の任務を請け負っていた。ある屋敷を警護し、近づく者は排除する依頼だった。
そこに姿を見せたのが、白いローブの男、アルバだった。エルドを除き、仲間達は全滅した。エルド自身も、逃げ切れたのは奇跡と言っている。警護する筈だった、十一歳の少年は、アルバに連れ去られた。
「······もしや、その誘拐した少年と言うのは」
ウェンデルが、ある確信を持ってエルドに問う。
「恐らく勇者の卵って奴だろうね。あの男の仕事は、卵達を見つける事だから」
タクボは、施設時代のアルバとの思い出が、暗く、灰色になっていく感覚に陥った。
青と魔の賢人達は、その目的の為なら、手段は問わないらしい。
「マルタナは、僕より深刻でさ」
諜報員時代のマルタナは、同僚と二人で、ある組織の調査を命じられていた。組織が使用している小屋を特定し、忍び込む時に返り討ちにあった。
組織の人数は3人。その中に、真紅の髪をしたアルバがいた。マルタナの同僚は、金髪の男に石化の呪文をかけられ、石像と化した。小屋の周辺に潜んでいた兵士達が突入し、三人は撤退したのでマルタナは命を拾った。
「その石化の呪文をかけられた同僚と言うのは······」
タクボはマルタナの言葉を思い出し、言いかけた。以前マルタナが、病気の恋人がいると嘘ぶいていた事があった。
「うん。その同僚、マルタナの恋人らしいよ」
古代呪文。遠い昔に消え去った呪文の名だ。ごく少数だが、それを蘇らせ操る者が居る。石化の呪文は、古代呪文の一つだ。
石化の呪文は、術者しか解けない。勇者と死神が戦っている時、マルタナはアルバに金髪の男の居所を聞いたが、冷たくあしらわれた。自分達賢人は、世界各地に散っているので、定着した居所など無いと。
「それはマルタナも辛いな。せっかくの手掛りが途絶えてしまうとは」
ウェンデルが元諜報員に同情する。マルタナが諜報員の仕事を続けていたのは、恋人を助ける情報を得る為だったのだ。
沈んだ空気が流れたが、朝食を食べねば仕事も出来ぬと、三人の男と一人の少女は、茶店に向かった。我々一行の横を、一台の馬車が通り過ぎる。タクボは、アルバ達の乱暴な行動について考え事をしていた。
「師匠。あの人、馬車に轢かれます」
チロルの一言で、タクボは我に返った。馬車の前に黒いローブを着た女が歩いている。馬車の御者が大声で退けと言っているが、女が気づいている様子が無い。三頭の馬は、勢いを緩めず女に迫る。
タクボは、咄嗟に衝撃波の呪文を女に放った。黒いローブの女は、馬車と衝突寸前に衝撃波によって突き飛ばされた。
御者が去り際に罵声を浴びせていく。タクボ達は、女に駆け寄った。呪文の威力を最弱にしたので、大きな怪我にはなっていない筈だ。
女は、腰を地につけ辺りを見回している。何が起こったのか分かっていないのだろう。
「大丈夫ですか?お嬢さん」
ウェンデルが、紳士らしく片膝を着き、非の打ち所が無い言葉と姿勢で、女に手を差し伸べる。
返事は無い。女は不思議そうに我々を見ている。年は二十代前半だろうか。灰色の長い髪に青い瞳。卵型の輪郭に、高い鼻と形いい唇。端正な顔立ちは、万人が美女と讃えると思われた。だが
、喉に痛々しい傷跡が見えた。
人間の耳にしては尖っていたが、魔族程の鋭角な形をしていない。腰には小柄な身体には、少し大きい剣を掛けていた。冒険者だろうか。
首を傾げる灰色の髪の美女に、タクボ達は戸惑った。もしやこの娘は、声が出ないのだろうか?
するとチロルが石ころを拾い、地面に石で字を書いていく。馬車に轢かれそうだった事。呪文で突き飛ばした事を伝えた。灰色の髪の美女は、両手を合わし、驚いた表情に変わった。美女はタクボ達に頭を下げ、チロルと同じように、地面に字を書いていく
。
自分は、喋る事が出来ない事。耳もあまり良くない為、御者の声に気付かなかった事。普段は、人の唇の動きで言葉を理解しているとの事だった。
「お姉さん、お名前なんて言うんですか?私はチロルと言います」
チロルがゆっくり口を動かし、美女に問いかける。
灰色の髪の美女は、微笑して手に持った石ころを動かす。ターラと申します。地面には、そう書かれていた。
タクボはチロルの言動を見て、嬉しさがこみ上げて来た。自分情操教育の賜物だろう。身体に不自由がある相手に対して、なんとも人間らしい対応を見せてくれる。
引退後は、人里離れた場所で、自給自足の生活を考えていたが、子供達相手に、教師の真似事も悪くないと思わせる程、チロルの成長は顕著だった。
「師匠!ターラお姉さんを、お嫁さん候補にどうですか?」
そうそう。我が愛弟子は、私の配偶者の心配もしてくれるのだ······ん?
「師匠。何を呆けているんですか。こんな綺麗な人と、知り合いになれる機会はなかなかありませんよ」
いや、ちょっと待て愛弟子よ。お前は一体何の話をしているのだ?
「引退前に、お嫁さんを見つけないと、老後はずっと一人で過ごす事になりますよ」
この娘は、私の身を案じているのだ。決して、モテない独身男を憐れんでいるのでは無い。そうだろう?いや、そうだと言ってくれ我が弟子よ。タクボは、声にならない声を上げた。
ウェンデルとエルドが、チロルの言葉に、堪えきれず笑い出す。チロルの唇を読んでいた、ターラも手を口に当て笑った。我々に対する警戒心が解けたのか、ターラは、タクボ達と朝食を共にする事になった。茶店に入ると、奥のテーブルに黄色い長衣を纏った男が座っていた。
いつからこの茶店は、人間と魔族の交流の場となったのだ。タクボは呆れ返った。
「久しいな。皆の者。」
死神は既に食事を済ませ、お気に入りの紅茶を口にしていた。
いやお前、気軽に来すぎだろう。魔王軍ナンバー2はそんな暇なのか?もっと仕事をしろ。私のように。タクボは何時にも増して毒づく。
無視する分にもいかず、タクボ達は死神と同じ席に着く。チロルの誕生日を祝ったあの夜以来、マルタナも含め、ウェンデルとエルドは、サウザンドに対して友好的な空気が感じられた。特にチロルに関しては、この死神にやたら懐いている。
「サウザンド。いいのか?こんな所でのんびりとお茶していて。情勢は落ち着いたのか?」
チロルが、サウザンドの飲みかけの紅茶を嬉しそうに分けて貰っていた。
「我が君の廃位が決まった」
その口調は、茶店の品を注文するようだった。
勇者達が陥落させた要塞は、勇者本人と古参の仲間達が居なくなり、財宝目当ての冒険者達が好き放題に占拠する状態になった
。
そして冒険者達は、統制の取れて無いまま、魔王の居城に攻め込んだ。その時魔王軍は、正に九死に一生を得た。サウザンドが帰還したのだ。
副司令官の死と、勇者の剣の盗難という大混乱を物ともせず、サウザンドは魔王軍を率い、冒険者達を一戦で滅ぼした。その勢いを駆り、勇者達に落とされた要塞も奪還する事に成功した。今やサウザンドの名は、人間、魔族両方の国々に轟いた。
青と魔の賢人の使いが、サウザンドの元を訪ねて来たのは、そんな時だった。これまでの魔王本人の評価は低く、この先も向上が期待出来ない。魔王は、玉座を降りよ。それが賢人達の決定だった。
魔王とサウザンドは、賢人の決定に逆らいようも無く。それを飲むしか選択は無かった。近々、別の魔族の国で、新しい魔王が即位を宣言するらしい。サウザンドの国は、魔族の世界で一等国から二等国に格下げされた。
「なんと······この一月で事態がそこまで激変したのか」
ウェンデルが、コーヒーを片手に苦々しい表情をする。
「勇者の剣さえ、奪われなかったら、そんな事にはならなかっただろうね」
エルドは、元々その勇者の剣を、自国に持ち戻る任務を帯びていた。自分が関わった案件で、魔族の歴史が変わったのだ。無関心では居られなかった。
「残念な報告の割には、サッパリとした顔をしてるじゃないか、サウザンド」
タクボは、自分の生活を脅かされる話じゃ無かったら、あまり熱心に聞くつもりは無かった。
「我が君はまだお若く、お優しすぎる一面があってな。元より戦いには向いて無かったのかも知れん。周囲に担がれた所もあった。我が君にとっては、ある意味重い荷を降ろす事が出来たやも知れん」
死神は、細い目を穏やかに閉じながら話す。その話を、否、サウザンドの唇の動きを、ターラは瞬き一つせず凝視していた。彼女の青い目から柔和さが消え、たちまち氷のような冷たい目に変わった。
この小さな街に、二人の男達が風の呪文で来訪してきた。二人は白いローブを纏っており、一人は真紅の髪、もう一人は、金髪の髪の色をしていた。




