死者の遺品を無断借用した魔法使いは、盗人猛々しく不平を漏らす。
最終局面を迎えた王の間では、精霊の神の復活を望む者、それを阻む者達が対峙していた。
「ハリアス」
ソレットが前を向いたまま、後ろのハリアスに声をかける。ハリアスは自慢の頭を全力回転させる。
このパーティの司令塔を自負する自尊心の全てを賭けて、ハリアスは知略を振り絞った。
「ゴントと俺はあの老人だ!ラストル!お前はクリスと共に鞭使いと戦え!おっさんとその弟子は単眼の巨体だ!」
ハリアスは考え抜いた布陣を叫んでいく。
「ソレット、ハーガットは······」
「ああ。奴は俺一人でやる」
急に歯切れが悪くなったハリアスの言葉を遮るように、ソレットは狂気王に向かって歩き始めた。
「すまんソレット。俺達が援護に向かう迄、持ち堪えてくれ」
ハリアスの心配そうな声に、ソレットは左手を挙げて応えた。ここぞと言う正念場の時、ハリアスはいつもソレットに一番危険な役目を任せて来た。
ソレット自身も、そんな役回りを進んで引き受けた。ゴントとクリスも同様に、自分の役目を知り抜いていた。
そうして彼等四人は、数多の死線を乗り越えてきた。
「でかい態度と生意気な面構えは伊達じゃ無いな黒いの。いい配置だ」
タクボはハリアスの背中に向かって、采配を評した。
「おいおっさん。アンタには後で、俺の出自から現在に至るまでの華麗な経歴を懇切丁寧に説明してやる。そうすれば俺の名前を絶対に覚えるぞ」
ハリアスは横顔だけをタクボに見せ、魔神の元へ歩き出す。タクボも単眼の悪魔の元へ進む。
「長い話は苦手だ。手短に頼むぞ黒いの」
「どんなに短くまとめても一晩はかかるな。心配するな。俺の波乱に満ちた身の上話は眠気も吹き飛ぶ。生き残ったら必ず聞かせてやる。だから死ぬなおっさん」
「お前もな。黒いの」
ハリアスとタクボは、背を向け合いながら自分の戦場に向かった。
「ラストル。久しぶりだね。手紙で知らせてくれてありがとう」
クリスがラストルの元へ寄り、笑顔で再開を喜ぶ。
「クリスさん。来てくれてありがとうございます。正直間に合うとは思っていませんでした」
ラストルの呼吸に乱れが生じている事を、クリスは見逃さなかった。クリスは飄々とかつて流血王と呼ばれた男の前に立つ。
「その巨漢に大剣と漆黒の鞭。やれやれ。見るからに強そうな相手ですね」
クリスはため息をつくと、手にしたメイスを無造作に放り投げた。
「貴様は神官か。いや違うな。貴様からは血の匂いがするな。染み付いた血の匂いだ」
コドレアは白い神官衣の男を見下ろした。神を信奉する者にしては、余りに血なまぐさい空気を流血王は感じていた。
クリスはゴドレアに笑顔を向ける。
「戦士殿。素手で戦う事を提案します。一つ私と手合わせして貰えますか?」
クリスの突然の要望に、ゴドレアは大剣をクリスの喉元に突きつける。
「素手で戦えば、貴様は俺を愉しませる事が出来るのか?」
コドレアの殺気がこもった声に、クリスの表情が温和な物から冷たい物に少しずつ変わって行く。
「殺戮皇帝」
クリスが低い声で短く呟く。その言葉を聞いたコドレアが不敵に笑う。
「神官。貴様、黒帝城地下格闘大会の優勝者か」
クリスが口にした言葉は、大会の優勝者に与えられる称号だった。
「おや。やはりその大会を知っていましたか。これで戦士殿も裏の世界の方だと分かりました」
クリスはそう言うと、首の骨を鳴らし柔軟体操を始めた。
「······戦士殿。私は早く仲間の援護に行きたいんです。いい加減に決めて貰えますか?」
クリスの挑発めいた言葉に、ゴドレアは大剣と魔法石の杖を投げ捨てた。
「良いだろう。余興にしては面白い。相手になってやるぞ神官」
鈍い音が響いた。ゴドレアは両の拳を打ち合わせ、クリスの間合いに向かって来た。
「ク、クリスさん!」
「ラストル。君は少し休むんだ。恐らくその時間はたっぷりとあるよ」
ゴドレアとクリスは互いの肉体を武器に、殺し合いを開始した。
魔神バームラスは、先程と同じ様に巨大な扉を出現させた。魔神の能力をタクボから聞いていたハリアスは愛用の杖をかざし、扉に地下重力の呪文をかける。
本来、真下にかかる重力は、ハリアスの改良により真横に作用した。強力な重力が扉にかかり、扉全体が軋んだ。バームラスが扉を開こうとしても容易に実行出来なかった。
「ゴント!今だ!バームラスを仕留めろ」
ハリアスの絶叫を背に、赤い鎧をまとったゴントが長剣を構え疾走し、バームラスに迫る。
「ふむ。ならば、死霊自ら出てもらうか」
バームラスが小さく呟いた瞬間、軋む扉が僅かに開いた。扉を内側から押すように、一体の死霊が顔を覗かせた。
「出させるか!」
ハリアスが更に重力を強める。扉が強制的に閉まり、死霊は首を扉に挟まれ窒息死した。
ゴントがバームラスに近づいた時、扉の隙間から何かが伸びできた。それは、人間の胴体程の太さを持った腕だった。
腕には槍が握られており、バームラスに接近したゴントの頭上に落とされる。ゴントは即応し、長剣で槍を払い退けた。
「死体を踏み台にするだと?」
ハリアスが舌打ちをして扉を見る。先刻扉に首を挟まれた死霊の身体をふみにじり、新たな死霊が一体扉の隙間から出てきた。
甲殻類の様な顔に、鞭のようにしなる長い両腕。死霊はバームラスを守るようにゴントの前に立った。
「今迄多くの化物達と戦ったが、死霊とやらは初めてだな」
死霊は長い両腕を同時にゴントに叩きつける。ゴントは前方に身を投げ出しそれを避ける。
死霊の両腕に握られていた槍が大理石の床を粉砕した。ゴントは前転した勢いそのままに死霊の腹部を切り裂いた。
甲殻類の顔をした死霊は大量出血しながら後方に倒れた。そこは、僅かに開いた扉の入り口だった。
「······完全に隙間が出来上がったな」
ゴントが自身の身長の五倍はある高さの扉を見上げる。最初に窒息死した死霊。そしてゴントに倒された死霊。
二体の死体は扉の入り口に重なり、扉は閉まらなくなってしまった。その隙間から、三体目の死霊が顔を覗かせた。
単眼の悪魔の元へ共に歩む師弟は、相手が右足を失い自由に動けない事をいい事に、無駄話を交わしていた。
「師匠。何故対策を怠ったんですか。その加齢臭は既に危険水域ですよ」
「······チロル。今は戦いの最中だ。目の前の敵に集中しろ」
「そのボロ雑巾のような臭い皮の鎧。そこに加わった加齢臭。それでは寄ってくる女性は絶対に居ませんよ」
「大きなお世話だ!お前こそ、人の事を言えない年季が入った皮の鎧を着ているじゃないか!」
「師匠。聞いて欲しい話があります。先ずは師匠を探す旅に出てから一ヶ月目の話です」
三年振りに再開した師弟の会話に花が咲きそうになった時、二人はジャミライスの目の前に立った。
「······チロル。この戦いが終わったら幾らでも聞こう。必ず勝つぞ」
「はい師匠。待てば海路の日和あり。ですね」
愛弟子の口から急に飛び出した諺に、タクボは正しい使い方を諭そうとした。だが、その行為は単眼の悪魔によって阻まれる。
「ほほほ。眼が潰され姿は見えんが、随分と若い者達が相手か。ワシの名は······」
ジャミライスが礼儀正しくに名乗ろうとした瞬間、不意打ちには絶対に自信があるタクボが杖をかざす。
「ほ?」
ジャミライスが大理石の床に張り付いた。否、強制的に張り付かされた。タクボの地下重力により、強力な重しが単眼の悪魔にのしかかる。
「ルトガル。杖を借りるぞ!」
タクボが手にしていた杖は、ルトガルが愛用していた杖だった。タクボの人生において、これ程高価な魔法の杖を扱うのは初めてだった。
「この魔力の増幅振りは何だ!?全く、こんな高価な杖を常時使うなど、不公平も甚だしいな」
死者に鞭を打つが如く、タクボは不平を漏らす。
「師匠!盗人猛々しい。ですね!」
我が師に的確な批判を言い残し、チロルは単眼の悪魔に突進を始めた。




