法外な利息がつけられた一宿一飯の恩義は、戦場でしか返済出来ない。
トウリュウ。ゾルイド。ウラフ。草原で三つ巴の戦いを繰り広げる軍団は、マクラン要塞を手に入れる為に死力を尽くしていた。
その戦場の中を草履で歩く者がいた。元青と魔の賢人の一人、マサカドだった。空腹の余り倒れていたマサカドは、トウリュウ軍団に拾われた。
一宿一飯の恩を返す為に、マサカドはトウリュウ軍団の戦いに加わった。その初めての戦いで、マサカドは敵首領を生け捕りにした。
マサカドとしては恩義を十分果たし、トウリュウ軍団を去るつもりだったが、マサカドの実力を知ったトウリュウはそれを全力で阻止した。
「マサカド。一宿一飯なんて軽く言っちゃいけねえな。命を救われた恩ってのは、おいそれと返せないモンだぜ?」
トウリュウの言いがかりに、マサカドは細い目を面倒そうに見開いた。
「おい。トウリュウ。お前一度戦いに参加すれば十分だって言っていなかったか?」
マサカドの真実の言葉に、トウリュウは大袈裟におどけて見せた。
「そんな事言ったか?それよりマサカド。俺の思い描く世界に興味は無いか?身分の無い世界。考えるだけで心躍るだろう?」
「全く踊らんな」
マサカドは無下に言い捨てた。マサカドが興味があるのは、三年前に自分を倒した美しい女剣士だった。
その女剣士を妻にする為に、マサカドは生涯を賭ける事を決めた。だが、組織を飛び出して迄探したこの三年間。
手ががりすら見つけられず、路銀も尽き行き倒れになる始末だった。マサカドの目的を聞いた時、クレイド達は驚いた表情をしていたが、トウリュウだけは涙を流し無理やり共感して来た。
「おめえは男だぜマサカド。一人の女の為に全てを捨てる。なかなか出来る事じゃねえ」
マサカドは両手をトウリュウに握られ、いつの間にかこの草原の戦争迄付き合う事になった。
「全く妙な男だ」
マサカドはぼやきながらトウリュウをそう評した。だが、トウリュウはマサカドが集団行動に適さない事を見抜いていた。
トウリュウはマサカドに単独行動を許した。だが、ただ許しただけでは無かった。
「さて。敵の大将は何処だ?」
マサカドは細目で遠くを見やり、戦況を眺める。なんとトウリュウは、ゾルイド、ウラフの暗殺を命じていた。
ゾルイド軍団は、ウラフ軍団にその矛先を向けていた。首領のウラフは舌打ちをして配下に戦闘開始の命令を下す。
七千のウラフ軍団は一斉に動き出す。トワイス軍に手痛く敗れた恨みを怒りに変えて、ゾルイド軍団に叩きつけた。
見当違いの怒りを向けられた側は、それを粉砕するような勢いで突入して来た。ゾルイド軍団とウラフ軍団は激しくぶつかり合う。
ゾルイドに共闘を持ちかけられたトウリュウは、その戦闘に参加せず留まっていた。ゾルイドに言わせると、戦況を見守る卑怯者となったが、トウリュウはゾルイドとウラフの共倒れを待ってはいなかった。
ゾルイドとウラフが消耗し、一番効果的な時期に自軍を攻め入らせる。トウリュウはその重要な攻め時を、ライハクに丸投げして任せた。
「突撃するぞトウリュウ」
突然のライハクの宣言に、トウリュウは慌てて首を横に振る。
「おいライハク。ちょっとばかしまだ早いんじゃないか?ゾルイドもウラフも、まだ元気そうだぜ?」
先刻ゾルイドは、ライハクに共闘を持ちかけた。このまま静観していると、今度はウラフに共同戦線を提案し、トウリュウを攻める可能性があった。
「行くにしても、ゾルイドとウラフ。どっちを攻めるんだライハク?」
「ゾルイドだ。あの男は強過ぎる。背後から襲うぞ」
ゾルイドと鉾を交えたライハクは、それが唯一の勝機だと判断した。
「ゾルイド様!後方からトウリュウ軍団が突撃して来ます!」
倒した敵兵は四十人以上。それ以降、数えていなかったゾルイドは報告を受け直ぐに判断を下す。
「ハーケル。ジミル。そなた等はウラフの動きを止めろ。私は後方の指揮を取る」
「はっ!承知致しました」
ゾルイドは副将の二人にウラフとの戦線を任し、自らはトウリュウ軍団を相手にする為に後方に向かう。
そのゾルイドの愛馬の前を細身の男が道を塞いだ。甲冑もつけず唐草模様の長衣の男に向かって、ゾルイドは愛馬を加速させる。
「そこを退げ!さもなくば斬るぞ!!」
ゾルイドの一喝に、マサカドは小さくため息をついた。
「やっと大将と出会えたようだな。恨みは無いが、一宿一飯の返済の為だ。悪く思うなよ」
マサカドは腰の刀を抜刀し一閃させる。ゾルイドは殆ど本能でそれを避けた。ゾルイドの身代わりになる様に、愛馬の首が切断された。
「ゾルイド様!」
ゾルイドの周囲の兵達が、一斉にマサカドに向かって来る。マサカドは刀を円を描くように回す。
すると、その円を囲むように刀の残像が無数に発生した。
「カゲマサ。参る」
愛刀の名を呼んだ瞬間、残像の刃は四方に飛んだ。
「ぐわあっ!?」
ゾルイドの兵達は、飛来した残像の刃に次々と倒れていく。馬から降り、槍を構えたゾルイドはマサカドを睨む。
「······その力。お前は何者だ?」
「通りすがりの浪人だ。高く売りつけられた恩義の為に、お主の首を貰う」
マサカドは淡々と返答する。マサカドの放った残像の刃は、一本だけまだ残っていた。それは、ゾルイドの頭上に静止していた。
この三年間で、マサカドは残像の刃を自在に操る術を習得していた。
「自由に動かせるのは、まだ一本程度だかな」
マサカドが呟くと、静止していた刃はゾルイドの首筋めがけて動き出す。完全に死角からの攻撃に、ゾルイドの首は裂かれる筈だった。
「······何だと?」
マサカドが当惑の声を発した。ゾルイドを捉えた刃は、見えない壁に当たったように四散した。
「これは?」
事態を察したゾルイドは、瞬間的にモラットと交わした会話を思いだした。それは、戦場に赴くゾルイドに、いつもモラットが言っていた言葉だった。
「陛下。もし陛下が戦場で不覚を取った時。一度だけ僕が守って差し上げます」
「守るも何も、お前はいつも最前線にいるだろう。どうやって私の側に都合よく来るのだ」
「僕はその場に居ませんよ。いいですか?繰り返しますが、一度だけですよ」
モラットの言葉の意味を、ゾルイドは諒解した。モラットは精霊の力を使い、主君に見えない盾を張っていた。
「······何とした事か。私はいつもお前に守られていたのか」
ゾルイドは静かに独語した。そして、両手に握った槍を猛然と突き出す。すると、ゾルイドの赤い槍の先が青く輝いた。
その瞬間、マサカドの足元が閃光に包まれ爆発が起きた。
「私の槍は魔法の槍だ。爆裂の呪文と同様の効果を出せる。本来なら余り使用せぬが、異能な力を持つ相手には別だ」
粉塵の中から、全身に裂傷を負ったマサカドが姿を現す。ゾルイドは止めを刺すべく、マサカドに迫った。
「我が神速の槍、受けてみろ!」
風を切り裂き、ゾルイドの槍がマサカドの胸に迫る。マサカドは細目を見開き、刀を槍に叩きつける。
槍は軌道を変えて地面に突き刺さる。マサカドの刀は、ゾルイドの槍をなぞり火花を散らした。
槍から離れた鋒は、ゾルイドの左肩に深く刺さった。兵達が殺到して来た為、マサカドは戦闘の継続を諦め、その場を立ち去った。
「ゾルイド様!お怪我は!?」
傷口を手で抑えながら、若き覇王は敗北感に歯ぎしりした。トウリュウ軍団との交戦が始まった為、治療の為ゾルイドは戦線を離れた。
乱戦の中、クレイドはトウリュウとはぐれ
、ウラフ軍団との最前線にいた。クレイドの目の前で、褐色の肌をした大男が剣を振るっていた。




