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王の間で、最後の戦いが始まる。

「タクボ。君の言う通りだ。レベル一になってからの私は、胸の躍動感を抑えきれない」


「つまり何だ。ルトガル。君は身震いする恐怖がどう仕様も無く好きだと言う事か。救いようが無いな」


「違うよタクボ。私だって最初はレベル一から始まった。そう。これは、冒険者になりたての頃の胸の高鳴りだ。あの時の私の視界には、世界は無限のように広がっていた」


 星がよく見えた夜。ゾルイド軍団の陣営で、紅く燃える薪を挟んで交わした会話を、タクボは何故か思い出していた。


「······ルトガル。貴方まで······」


 メーシャがルトガルの亡骸に両手を添え、必死で涙を堪えていた。


「······僕のせいだ。僕がもっと上手く戦えば」


 意識が戻ったローニルは、穏やかに目を閉じているルトガルを見て、両目から涙を溢した。


 チロルが身に着けていたマントを外し、ルトガルの身体にかける。


「······ありがとう。チロル」


 絞り出すように声を出し、メーシャは銀髪の少女に礼を述べる。そんなメーシャに、チロルはきょとんとしいてた。


「あの。どなたですか?どうして私の名前を知っているんですか?」


 チロルの返答に、メーシャは小さい瞳を限界まで広げた。


「はぁ!?あんたこの私を忘れたって言うの!?この天才美少女メーシャ様を!!」


「はい。全く覚えていません」


「はぁぁっ!?あんた、ちょっとばかり瞳が大きく成長したからって調子に乗るんじゃないわよ!あと二年経てば、絶対に私の方が可愛くなっているんだからね!!」


 メーシャは気付いていなかった。三年前と同様、またもや現時点での敗北宣言をしてしまった事に。


 威勢よく叫ぶメーシャの頭に、タクボが手のひらを置いた。


「そうだメーシャ。お前はまだ若い。先に逝ってしまった者達の分まで生きるんだ」


 タクボの言葉に、メーシャは暫く放心したように黙り込んだ。そして、せき止めていた涙腺が決壊し、大粒の涙を流す。


「······ルトガル。トロッコ。みんな······」


 泣きじゃくるメーシャの肩を、ローニルが優しく抱いた。タクボは無言でチロルと頷き合い、モラット、ソレット一行と一緒に広間を出た。


 壁の蝋燭は、長い直線通路を案内するように点火して行く。タクボ、チロル、モラット、ソレット一行は、歩きながら各自が持つ情報を共有する。


「では、ハーガットはラバートラの黄金の剣で甦ったと言うのは本当か!?」


 ハリアスが信じ難いと言った表情で叫ぶ。テデスが命を犠牲にしてラバートラを一時的に降臨させた。


 そして、命の代償に過去の化物達を甦らせた。タクボ達は、精霊使いのモラットに真相を問い正した。


「ラバートラの復活の儀式については、僕は詳しくは知らされていない。けど、精霊達の様子を見ると、ラバートラはまだ復活していないみたいだ。やっぱり、残りの黄金の兜が必要みたいだね」


 黄金の兜を背負ったラストルの姿が、チロルの脳裏に浮かんだ。そして、急に胸騒ぎが銀髪の少女を襲う。 


 ウェンデルの奪還を優先し、チロルはラストルを一人先に行かせた。その判断が正しかったのか、少女は不安に陥った。


「······大丈夫。ラストルなら」


 いつも穏やかに笑い、自分やヒマルヤを支えてくれたラストル。そんなラストルに、自分は甘え過ぎていたのでは無いか。


 チロルは胸の奥底に、不鮮明な痛みを覚えていた。


「最悪の場合、ラバートラの器を破壊する事になる」


 ソレットが短く言い切った。それは、クダラだけでは無く、ウェンデルも手にかけると言う事だった。


 通路を歩く七人に沈黙が流れた。それを破るように、チロルが口を開く。


「ガジスト一族の正統後継者はもう一人います。恐らく器はもう一人います。アマラさんと言う女性です」


 チロルの憶測は、事態の混迷を混乱に導く要素を含んでいた。



 細くなった通路の終わりに、鮮やかな銀細工で装飾された扉が見えた。ラストル、モンブラ、アマラの三人は、迷いなくその扉を開けた。


 扉の中は、今迄で一番広い空間だった。絵画が描かれた天井の高さは見当もつかない程だった。


 床には大理石が敷き詰められ、巨大な円柱がこの大広間に幾何学的に配置されている。


 大広間の奥にあった玉座にラストルは気づく。そこには、黄金の甲冑を着たウェンデルが座っていた。


 ウェンデルの両目は閉じられており、意識があるようには見えなかった。


「王の間にようこそ。兜を携えた勇者よ」


 ラストルは頭上からクダラの声を聞いた。ラストルを見下ろすクダラの表情が歪んだ。


「······アマラ。何故貴方がその連中と一緒にいるの?」


 島に残っていた筈の妹の姿を見たクダラは、既にアマラの目的を察していた。


「クダラ姉さん!精霊の神を復活させては駄目よ!私は、世界の人々を守る事を優先させます!」


 アマラの小刻みに震える声と身体を、モンブラは手を握り支えた。アマラの瞳に怯えと恐怖の色はあったが、迷いは無かった。


「説得は無益のようね。アマラ。これより貴方は敵よ。邪魔立てするなら容赦しないわ」


 テデスは冷然と言い捨てた。そして視線を兜を背負うラストルに向ける。


「クダラ。精霊の世界に人々の幸福が本当にあるのかい?」


 ラストルは黒い瞳を真っ直ぐクダラに向けた。


「無論よ。精霊を扱える者のみが生き残り、魔力に汚れた邪魔な凡人達は消え去る。極楽浄土がこの世に生まれるわ」


 浮遊するクダラは、冷たい視線でラストルを射抜く。


「······そうかな。その世界でもきっと力を持つ物が無い物を支配するんじゃないかな。それは、この世界と同じだよ」


 ラストルの返答は、クダラの意表をついた。


「憶測で勝手な事を言わないで。遥か太古の昔、精霊は世界の大切な一部だった。それを貶め、端に追いやったのは今の人間や魔族よ」


 テデスは語気を荒げた。だが、ラストルは穏やかな表情でクダラを見つめる。


「君も世界の一部だクダラ。僕も。魔族も。他の多くの種族も。世界はその集まりで形作られている。精霊がそれを一掃するのは、とても不自然だ。本当に、精霊はそんな事を望んでいるのかい?」


 ラストルの言葉に、クダラは数瞬沈黙した。


「······純粋で真っ直ぐな瞳ね。私には永遠に手に入らない物だわ」


 クダラは静かに言い終えると、左手を掲げた。すると、巨大な火球が数十個出現した。


「ラストルさん!退がって下さい!」


 アマラが叫びながら、両手を伸ばす。その手の先に、長大な氷の結晶が冷気と共に現れた。


 上位精霊を操る姉と妹が、精霊の神の地の力を加えて激突した。炎と氷がぶつかり合い、王の間にそれが拡散した。


「ラストル!僕がウェンデルさんの元ヘ行く。アマラの援護を頼む!」


 戦闘能力の無いモンブラは、迷い無く自分の出来る事を選んだ。厚みのある豪華な刺繍が施された絨毯の上を駆け、モンブラはウェンデルの座る玉座に迫った。


 だが、モンブラの歩みは突然中断された。少年の前に、見知った者が立ち塞がっていた。


「久しいな小僧。随分と成長したか?」


 心臓をわし掴みするような野太い声。長身体躯に異常に太い右腕。そして両目には、黒い布が巻かれていた。


「······りゅ、流血王。ゴドレア?」


 モンブラは驚愕し、身体が金縛りにあったように固まっていた。三年前、勝者無き戦争で死んだ筈のゴドレアが、何故今ここ立っているのか。


「······まさか?ラバートラの黄金の剣で?」


 モンブラの言葉に、ゴドレアは右手に持った大剣を肩に置いた。


「不本意な事だがな。お陰でガジスト一族に逆らう事は出来ん。この上は、戦いを愉しむしかなかろう」


 コドレアは言いながら、モンブラの後方から駆けて来る少年を睨む。


「退いていろ小僧。非力なお前が近くにいると気が散る」


 コドレアの太い右腕が更に隆起する。ゴドレアは咆哮し、その手に握られた大剣を振り下ろす。


 コドレアの剣先は地面を直撃した。絨毯が裂かれ大理石が吹き飛ぶ。ラストルは流血王の一刀を避け、そのまま玉座に向かって走る。


「俺を無視するか。面白い小僧だ」


 ゴドレアは太い歯を見せ口の端を釣り上げた。左手に持った魔法石の杖に、漆黒の鞭を発動させる。


「ラストル!危ない!」


 モンブラが叫んだ。ゴドレアの振るった漆黒の鞭は、唸りを上げてラストルの足元に迫った。


 ラストルは光の剣で鞭を弾こうと構える。だが、鞭は軌道を変えラストルが背負った荷袋を引き裂いた。


「しまった!兜が!」


 荷袋から姿を現した黄金の兜は、金属音と共に床に落ちた。ラストルは急いで拾おうとするが、ゴドレアの鞭がそれを阻む。


「そんな物を抱えていては、全力で戦えんだろう。目の前の相手に集中しろ小僧」


 黄金の兜を挟んで、流血王とラストルは対峙した。


 


 







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