皮の鎧が繋いだ縁は、師弟を再び巡り合わせる。
絶望下の状況で現れた少年に、ボロボロの革の鎧を着た魔法使いは、即座に交渉を始める。
「······モラット。今我々は少々困っている。君が協力してくれると助かるんだが」
自分を見上げる三十代半ばの男に、モラットは冷たい視線を送る。
「どの口が言ってんのおっさん。陛下の軍団に忍び込み、情報を得る為に散々僕を利用しただろう?」
「君も精霊の神の復活阻止の為に、私とルトガルを利用しようとしただろう?モラット。ボタンのかけ違いはあったが、今我々は同じ目的に向かっている。ここは過去の経緯を忘れ一致協力しよう」
タクボの流れるような都合の良い言い様に、モラットは辟易した。戦況を一瞥し、白いローブを纏った三人を確認する。
一人はタクボと同じくゾルイド軍団に潜入していたルトガル。大量出血し倒れてる。残りの二人、長身の男と茶色い髪の少女は肩で息をしていた。
「テデスとクダラが言っていた賢人の生き残りか。三人共戦力になりそうもないじゃないか。おっさん。これでも僕に協力する利益があるって言うの?」
「あるぞモラット!私は三年前の勝者無き戦争を、この頭脳で生き残った。私はまだ戦える!君の役にきっと立つ!」
掴むべき藁を決して離さないかの様に、タクボは次々と口からでまかせを言い放つ。
「ちっ。いいかおっさん。主導権は僕だ。僕の指示に従って貰うよ」
ふらっと現れた藁を掴んだ事を、タクボは確信した。
「いいかモラット!あの死霊達は攻撃魔法が効かない!君の精霊の力を試してみてくれ!」
「ったく。主導権は僕だって言っているだろう!」
モラットはぼやきながら死霊の頭上に移動する。獣の死霊は頭部の大蛇が奇声を上げモラットに襲いかかった。
「上位精霊!地竜!!」
モラットが浮遊したまま右手を地面に向けて伸ばす。その瞬間、モラットの真下から何かが地を割り飛び出して来た。
それは、岩石で出来た巨大な竜に見えた。地竜は素早く胴体を動かし、大蛇の頭に噛み付く。
獣の死霊も負けじと両腕で地竜を掴み、壁に叩きつける。巨体同士の戦いに、大広間は揺れるように振動する。
タクボはもう一体の球根の死霊に、幻を見せる呪文を唱え時間を稼ぐ。
「ローニル!今だ来てくれ!」
タクボの声に応えるように、ローニルは駆け出そうとした。だが、ローニルは三歩進んだ所で崩れるように倒れた。
「ローニル!?」
メーシャがローニルの側に駆けつける。ローニルは疲労から完全に気を失っていた。
「······何と言う事だ」
頼みの綱のローニルが倒れ、ルトガルを救う手立ては途切れた。球根の死霊はタクボの呪文が効いた様子も無く、無数の手足を動かしタクボ達に向かって来る。
「······ここ迄か」
過去に幾度も死を間近に感じたが、今回は本当に終わりだとタクボは感じた。頭に浮かぶのは、三年前に離れ離れになったチロルの顔だった。
その時だった。何者かが扉を破り、この広間に侵入して来た。バームラスが後ろを振り返った瞬間、侵入者はバームラスを横切り跳躍した。
タクボが目にしたのは、眼前に迫った球根の死霊が光の線と共に両断される光景だった。
二つに割れた球根の死霊の後ろに人影が見えた。タクボの視線の先に、光輝く剣とボロボロの皮の鎧が見えた。
「······チロル?」
タクボの中のチロルは、三年前の小柄な少女のままだった。その少女が三年経ったら、こんな風に成長しているだろうか。
その想像を具現化した少女が、タクボの目の前に立っていた。その少女は驚愕の表情をタクボに見せた。
そして無我夢中の様子でタクボに向かって走り出す。一歩ずつタクボに近づく度に、少女の表情は崩れ涙が溢れ出す。
タクボも無自覚に前に歩き出していた。その歩みは直ぐに早足になる。
「······師匠!師匠!!」
「チロル!!」
師弟は万感の思いで抱き合う。
三年の時を経て、師弟は再開を果たした。それは、お互いが身に着けたボロボロの皮の鎧が繋げた邂逅だった。
「······大きくなったな。チロル」
「······師匠の加齢臭は少しきつくなりました」
涙で震える声を出し、チロルはタクボに笑顔を見せた。その時、咆哮が広間に響いた。モラットの地竜と獣の死霊が揉み合いながら互いを噛み合う。
「チロル!話は後だ。あの扉の前に立つ老人を倒すぞ」
チロルは振り返り、コート着て悠然と構える子供の様な身体をした男を見た。
「私が斬り込みます。師匠は援護を」
涙を拭いながら、銀髪の少女は師の元から再び離れる。タクボも駆け出し、チロルの後方に付いた。
「この時代には、骨のある者達が居る様だな」
バームラスが静かに呟くと、その小さい足元からもう一つの巨大な扉が石畳を割り出現した。
「······別の扉が!?」
巨大な扉が二つ屹立する光景を見て、タクボは悪寒が走った。
「この扉は、先程呼び寄せた死霊が巣食う層より、更に下層に繋がっている」
バームラスは二つ目の扉を見上げた。そして必死の形相で走るタクボを、乾いた目で見つめる。
「先程の百体の死霊より格が上の死霊達だ。私はそ奴らを二百体呼べる」
それは、バームラスによる言葉と言う名の死刑宣告だった。
「チロル!あの扉を破壊するんだ!扉が開かれた一環の終わりだ!!」
タクボは絶叫しながら爆裂の呪文を唱えた。巨大な扉は炸裂音と共に爆風に晒される。だが、扉には傷一つつかなかった。
それを見たチロルは、標的をバームラスに変えた。扉を操る使い手を絶命させれば、扉は消え去ると判断した。
チロルは身体全体に光を纏い、バームラスに突進する。
「······この力は?」
バームラスが疑問の声を発した。跳躍し回避しようとするが、チロルの振るう一撃が一瞬早かった。バームラスは腹部を裂かれ、そのまま後退する。
「いかん!扉が開く!」
タクボの声に、チロルは後ろを振り返った。巨大な扉は、その厚い鉄の塊を開こうとしていた。
その時、扉の後ろ側で爆発が起きた。タクボの呪文で微動だにしなかった扉は、粉塵と共にバラバラに崩れ落ちた。
「なる程。表の強度は強いが、裏から攻撃には弱いようだな」
瓦礫と化した扉の後ろから、四人の人影が見えた。その内の一人、黒い魔法衣の男が鬼の首を取ったような口調で呟いた。
それを見て、タクボは記憶の引き出しを探り当てる。
「······お前は、あの時の黒いのか!?」
タクボの大声に、ハリアスは自慢の頭脳を半分だけ回転させた。悪口を言われた専用の記憶の引き出しを、乱暴にひっくり返して探した。
「······思い出したぞ!三年前の失礼なおっさんか!?誰が黒いのだコラ!俺はハリアスって言う凛々しい名前があるぞ!」
ハリアスの抗議を無視し、タクボは勇者ソレット一行の面々を見た。その中に、白い神官衣の男を視認した。
「いい加減に大人しくしなよ!」
モラットの叫び声と共に、地竜は大蛇の胴体を噛み切った。そして獣の腹部を爪で切り裂き、獣の死霊は沈黙した。
「······世界を混沌の闇に落とすには、まだ時期尚早か」
バームラスは腹部の傷を手で抑えながら呟いた。そしてバームラスの背後に小さい扉が出現する。
バームラスはその扉の中に入り、扉は地中の中に消えた。広間の戦いは、突然終息を迎えた。
「······久し振りだな。勇者ソレット」
タクボは青い甲冑の男に近づいた。タクボはソレットに合うのは三度目だった。一度目は復讐に我を忘れたソレットにサウザンドと共に戦った時。
二度目はアルバの暴走を寸前で阻んだ丘での戦いの時。
「······あんたは。確か魔法使いのタクボか」
ソレットは、タクボがグリスを見ている事に気付いた。
「······頼みがあるソレット。ルトガルを助けてやって欲しい」
タクボの真剣な表情に、ソレットは地に伏している男の姿を見た。
「あれは青と魔の賢人に属する人間だ。俺は賢人を認めていない。助ける必要性が無い」
ソレットは無下に言い切った。それは、タクボも予想していた答えだった。
「ソレット。君には君の正義があるだろう。だが賢人の彼等も信じる正義があるんだ。彼等は罪を認識しながら世界の為に力を尽くしていたんだ!」
「その結果がアルバを生み出した。奴は世界を滅ぼそうとした。そして聞けば組織は壊滅したそうだな。これでも奴等組織が必要だったと言えるのか?」
タクボの説得は、ソレットの揺るがない意思によって絶たれる。それでもタクボは言葉を続けた。
「ソレット!君達四人でも手のひらから溢れ、救えなかった人々がいる筈だ。賢人達はより多くの人を救おうとした。その為に悪行も犯した。手段は違えど、賢人は君達と同じ平和な世界を願っていたんだ!」
タクボの言葉に、ソレットは澄んだ瞳を細めた。長くも無い沈黙の後、ソレットはクリスに向かって頷いた。
クリスも頷き、倒れているルトガルの元へ走った。タクボはそれを見て、忘れていた疲労を思い出したようにその場に座り込んだ。
チロルが師を案じ側に駆け寄る。虚脱感に襲われたタクボの耳に、クリスの言葉が届いた。
「······遅かったようですね。もう息をしていません」
半壊した広間の中央で、タクボは暫く息をする事を忘れていた。




