銀色の髪の少女は危険な思想に傾倒し、灰色の髪の女はそれを阻む。
「青と魔の賢人は、世界の調和と均衡を謳い滅びました。やり方が間違っていたからです」
チロルは額に汗を流しながら、人の温かみが欠けた口調で言葉を続ける。
「······貴方なら間違えないと言うの?チロル」
三年前、馬車に轢かれそうになったターラに駆け寄り、無邪気な瞳を見せた少女。ターラには、今のチロルがその少女と同一人物とは思えなかった。
「必要なのは、有無を言わさず邪魔者を排除する力と即断的行動力です。降伏も、命乞いもする暇を与えない程の」
銀髪の少女はターラに語りかけるごとに、自分の中の不鮮明だった考えが明確に形になって来た。
「何人も逆らえない強者の組織。それがあれは、世界中から争いは無くなります」
チロルは形になった思いを言い切った。稀有な剣才を持つターラは、そんな組織に相応しい人材だった。
「······チロル。貴方は永遠に生きれる訳では無いわ。そんな組織を作ったとして、貴方の死後は世界はどうなるの?」
「後継者を育てます。私と同じ考えを持つ人達は必ずいます」
チロルの断言に、ターラは悲しげに顔を横に振った。
「······チロル。貴方がしようとしている事は、青と魔の賢人と同じよ。結局多くの血が流れ、私の様な復讐者を多く生み出すわ」
「組織の存在を世界が認める迄はそうなります。けど、組織の恐ろしさを知った世界は従順に。大人しくなります。そして平和になります」
復讐するべき対象を失い、血を分けた兄弟達を亡くしたターラに、この世界は最早意味を無くしかけていた。
だが、銀髪の少女の言葉を聞き、ターラはまだ自分がやるべき事を見出した。
「······残念だけどチロル。私は協力出来ないわ。貴方の考えは危険過ぎる。私は貴方を止めます」
「精霊の神の世は容認するんですか?ラバートラが復活すれば、精霊を扱えない者達は淘汰されると聞きました」
チロルの冷然とした問いに、ターラの両目に先程迄に無かった強い意志が宿った。
「クダラに問い正し、それが本当なら止めます。私はもう、親を亡くす子供達を見たくないの」
ターラの両目を見たチロルは、説得を断念した。
「残念ですターラさん。なら、私は先に進みます」
チロルは言い終えると、光の剣を発動した。だがターラが目撃したのは、刀身の光が大きく広がり、チロルの身体全体を覆った光景だった。
「······これは?チロル。貴方一体?」
チロルの全身は、白銀色の光で覆われた。そしてゆっくりとターラに向けて歩き出す。
「数百年に一度。勇者の金の卵と言われる者が生まれるそうです。その者は、勇者を越える力を持っています」
「······それが、貴方なの?チロル」
ターラが呟いた瞬間、チロルはターラの眼前に一瞬で迫って来た。ターラは殆ど反射的に剣を振り、チロルの攻撃に即応した。
「なんて速さなの!?」
「速さだけではありません」
チロルの剣に触れたターラは、剣ごと後方に吹き飛ばされた。
「······この圧は!?」
ターラは転移の術を使い、壁への激突を回避した。全身を光に覆われたチロルは、走攻守、尋常では無い力を発揮していた。
「仲間にはこの姿を見せた事はありません。大事な人達には、化物だと思われたくありませんから」
チロルの背後に現れたターラは、必殺の一撃を繰り出そうとした。だが、ターラが目にしたのは、またもや自分の目を疑う光景だった。
チロルの全身の光が一瞬縮んだ刹那、光は飛ぶ刃に変化し、無数の刃が全方位に放たれた。
「······こんな事が!?」
ターラは一瞬で転移の術の使用を断念した。移動した先で光の刃を受ける可能性があったからだ。
ターラは自らの剣を盾にし、光の刃を叩き落とす。だが、身体を捉えた刃を全弾防ぎ切れず、左肩と両足首に浅くない傷を負った。
全方位に放たれた光の刃は、大広間の各所を破壊し、石壁が崩れる音が響き渡る。
ターラは両足の機動力を奪われ、動かせるのは右腕のみとなった。一方、チロルも激しく息を切らせ、大量の汗をかいていた。
あの力はチロルに相当な負担がかかる。そう判断したターラは、即座に行動に出た。チロルの息が整わない間に決着をつける。
ターラは転移の術を多様し、チロルの頭上に姿を現した。光を全身に纏う技は、一定の時間を置かないと再び使えなかった。
チロルはターラから離れ、その時間を稼ごうとする。だが、ターラは転移の術でチロルを猛追する。
チロルは時間を置く事を断念し、整わない息でターラを迎え撃とうと構える。ターラはチロルの足元のふらつきを見逃さなかった。
ターラの剣先がチロルの胸を捉えようとした時、この大広間に突然の乱入者が現れた。
「ラフト!?」
チロルがその乱入者を見て叫ぶ。それは、リックと激しく揉み合う三つ頭の獣だった。ラフトはチロルに気付き嬉しそに吠える。
リックは床に倒れたまま動かなかった。
「······私の負けです。ターラさん」
チロルは首筋に剣刃を当てられたまま、ターラを静かな目で見つめた。
「貴方がよそ見をしたからよチロル。なぜラフト兄さんの造った魔物と一緒にいるの?」
ターラは息を切らせチロルに質問する。右腕しか使えないターラも、満身創痍の状態だった。
「三年間前の戦争時、ラフトさんから譲り受けました。名前もラフトさんの名をつけました」
三つ頭の獣は、傷だらけの身体に殺気を放ちターラを威嚇する。
「······そう。ラフト兄さんが······」
他人に魔物を譲るなど、ターラが知っているラフトだったら絶対にあり得ない行為だった。
死の間際に、ラフトはチロルに託すべき何かを見出したのか。
「······行きなさいチロル。私はもう、貴方に剣を向けられないわ」
ターラはそう言うと、倒れているリックの元へ歩み寄る。
「······僕は、精霊のお陰で特別な存在になれたんだ。もう、何の取り柄も無かった僕じゃない······」
力を使い果たしたリックは、うわ言のように弱々しく心情を吐露していた。
「······ターラさん。一つお願いがあります。ラフトを。この子を見ていてくれますか?」
チロルは血まみれのラフトの毛を優しく撫で、三つ頭の獣を落ち着かせる。
「······いいわ。ラフト兄さんの形見ですから。行きなさい。チロル」
チロルはターラに頭を下げ、まだ乱れる息を吐いて大広間から出ようとした。
「チロル。貴方の考えは危険な物よ。それをもう一度よく考えて」
ターラの忠告を背後から聞きながら、チロルは無言で大広間を出て行った。そして再び壁の蝋燭が点火する方角へ進む。
だがそれは、ラストル達とは別の通路だった。
別の大広間では、巨大な扉の前で小柄な老人が小さい手を叩き拍手していた。
「素晴らしい力だな。地獄の死霊達にここ迄抗し得るか」
バームラスの目の前には、大小百体近くの死霊達の死屍血河が築かれていた。その最前列に立つローニルは、体力を使い果たし自らの剣で身体を支えていた。
ローニルの後ろに立つメーシャも同様で、バームラスに対して毒舌を吐く余裕も無かった。
「ローニル!まだ魔力は残っているか!?急いでくれ!」
タクボの叫び声に、ローニルは震えながら頷いた。
「勝手に戦いを終わらせないで貰おうか。私は百体の死霊を呼べると言った筈だ。私はまだ、九十八体しか呼び寄せていない」
バームラスの無機質な声は、タクボの背筋を凍らせた。巨大な扉から、新たな二体の死霊がその姿を現す。
一体は獣の毛を全身に生やした四肢を持つ死霊だった。頭部には巨大な大蛇が這い出ており、舌なめずりをしてタクボ達を睨む。
もう一体は胴体が球根のような形をした死霊で頭部は存在せず、球根から四方に腕とも足とも判別し難い物が数百本生えていた。
「この二体は今迄の死霊達より格が一つ上だ。せいぜい善戦するがいい」
バームラスの無慈悲な言葉は、まるで死刑宣告のようにタクボには聞こえた。絶望感に襲われるタクボの頭上で、子供の声が聞こえた。
「陣中から消えたと思えば。おっさん達ここで何をしてんの?」
タクボは頭上を見上げた。そこには、浮遊しながら寝そべるモラットの姿があった。




