死霊達は賢人と殺し合い、二人の女剣士は相まみえる。
「僕が前衛で敵を叩く!メーシャは中衛で僕が討ち漏らした者を排除!タクボは後衛で援護して!」
細身の長身の若者の叫び声に、メーシャとタクボは目を見張った。それは、消極性を捨て去ったローニルの初めての姿だった。
ローニルは長剣に光を発動させる。先刻メーシャの攻撃で、死霊達には攻撃呪文が効かない事が判明していた。
残された手段は物理攻撃しか無かった。
「伸びろ!光の剣!」
ローニルの剣に輝いた光は、その形状を長く伸ばした。ローニルは横一閃に剣を振り抜く。
密集したのが災いし、死霊達は八体同時にその胴体を切断された。断末魔のおぞましい叫び声が響き終わる前に、ローニルの左右を二体の死霊が通過しようとする。
「後ろでルトガルが待っているの。ここは絶対に通さないわよ!」
メーシャが漆黒の鞭を操り、二体の死霊の頭部に致命傷を与える。タクボは衝撃波、地下震度の呪文を使い、死霊達の行進速度を鈍らせた。
最前線でたった一人死霊と戦うローニルを見て、タクボは感嘆していた。光の剣と漆黒の鞭は、体力と魔力を膨大に消費する。
ローニルは体力と魔力の消費を抑える為に、剣を振る瞬間しか光を発動させなかった。
前に斬り込んだと思えば後方に退がり、左右に素早く移動し死霊達に的を絞らせなかった。
メーシャも凄まじい速度で漆黒の鞭を繰り出し、ローニルの死角からの死霊の攻撃を防いでいた。
「······あれは、本当にあの小声で気の弱いローニルなのか?」
ローニルの獅子奮迅の戦いぶりに驚いていたタクボの足元から、弱々しい声が聞こえた。
「······タクボ。君には一応言っておく事がある」
ルトガルは目を細めながら、ボロボロの革鎧を着たタクボに口を開く。
「今は喋るなルトガル。ローニルが戻って来るまで堪えるんだ」
「······重要な事だ。タクボ。君の身体に仕込んだ毒と言うのは、真っ赤な嘘だ」
ルトガルの突然の告白に、タクボは元世界一の魔法使いを二度見した。
「······君を逃亡させない為の嘘だった。長い間騙して済まなかった」
ルトガルの謝罪に、タクボの中で複雑な感情が混じり合った。
「君を必ず助けるぞルトガル。そしてその後は君の顔を殴る。顔の形が変わる迄にな。三年前の傷で済むと思うなよ」
タクボの宣戦布告にルトガルは苦笑した。三年前、ルトガルはタクボと肉弾戦を繰り広げた。
それは、魔法使いにとってあるまじき行為だった。
「······懐かしいな。あの殴り合いは実に面白かったよ······」
ルトガルの言葉はそこで途切れた。意識が混濁して来たと思われた。残された時間は長くないとタクボは歯ぎしりした。
次々と死霊をなぎ倒していくローニル達の姿を、バームラスは無言で眺めていた。
壁中に武器が飾られた大広間では、銀髪の少女と灰色の髪の女が対峙していた。チロルがターラに口を開く。
「お久しぶりです。ターラさん。この要塞にいると言う事は、精霊使いさん達の仲間になったと言う事ですか?」
チロルの質問に、ターラは静かに頷いた。
「ええ。声を取り戻したのも。兄が安らかに死ねたのも。テデスとクダラのお陰なの。私は彼等に借りを返さなくてはいけないの」
ターラの返答の後、モンブラが声を震わし叫んだ。
「ターラさん!僕です!モンブラです。覚えていますか?三年前、貴方達四人に助けて頂いた子供です!」
三年前、ネグリットの手首を運ぶ途中、モンブラは野党に襲われた。そこにターラ達四兄弟が現れ命を救われた。
再び旅を再開する際は、ターラは優しく微笑み路銀まで渡してくれた。その笑顔を、モンブラは忘れた事は無かった。
モンブラの言葉にターラは目を見開いた。あの時の少年が凛々しく成長し、ターラの目の前に立っていた。
「聞いて下さいターラさん!ラバートラが復活すれば、世界の民は滅ぼされます。僕達はそれを止めに来ました。お願いです!僕達を先に行かせて下さい!」
モンブラの叫び声を聞き、ターラは悲しげに目を伏せた。だが、直ぐに伏せた両目をチロル達に向ける。
「······黄金の兜を持つ者だけを通す様、クダラから言われているわ。それ以外、ここから先に行かせる訳にはいきません」
ターラは静かに、だが反論を許さない鋭い声で侵入者達に言い渡した。
「ラストル。先に行って」
兜を荷袋に入れ背負うラストルに、チロルは迷わず言った。
「そんな!チロル達を残して行けないよ!」
「一人じゃないわ。モンブラさんとアマラさんも一緒よ。ウェンデル兄さんの身体をお願い」
チロルの大きな瞳が、ラストルに言葉以上の思いを告げていた。こうなったらチロルは頑として聞かない事を、ラストルは知っていた。
「ターラさん。モンブラさんとアマラさんも行かせて下さい。お願いします」
「······良いでしょう。行きなさい」
ターラは頷き、ラストル達に北側の扉から出るよう伝えた。その先に、クダラが待ち構えていると言う。
チロルはラストル、モンブラ、アマラと目で挨拶をする。ラストルは溢れそうな言葉を必死で飲み込み、クダラの元へ行く為に歩き出した。
大広間に、二人の女が残された。灰色の髪の女は、躊躇しながらも小さい声でチロルに質問する。
「······タクボは今······」
言葉は途切れ、ターラの質問は成立しなかった。
「師匠は三年前、青と魔の組織に拉致されました。組織が壊滅した後は行方不明です」
タクボの事を説明するチロルは知る由も無かった。三年間探し続けた師が、まさか同じ要塞内にいる事など。
「······そう」
ターラの頭の中に、タクボの心配そうな顔が浮かんで消えた。穏やかに、静かに暮らす。
自分と同じ夢を見ていたあの魔法使いは、今何処で何をしているのか。この三年間、ターラは時折そう思い出す事があった。
復讐など止めろと自分に言ったタクボは、今穏やかな生活を手に入れたのだろうか。胸の中に走る痛みを振り払うように、ターラは勇魔の剣を抜く。
同じくチロルも勇魔の剣を構える。チロルはターラと自分の剣を見て思い出す。三年前、四本の勇者の剣を巡って多くの血が流れた。
その渦中でチロルはタクボと師弟の関係を築いた。その四本の剣の内、二本が今こうして向かい合っていた。
「ターラさん。私は私の大事な人を守る為に、邪魔する相手は全て斬ります」
チロルの表情が、好戦的な物に一変していく。
「それでいいわチロル。貴方は貴方の正義で戦いなさい」
ターラの返答を合図に、二本の勇魔の剣は金属音と共に重なり合う。チロルは以前、ターラと戦った事のあるサウザンドから聞いた事があった。
ターラの天才的な剣術と転移の術。これを破る事は至難の業だと。
「なら、転移の術を使う暇を与えない」
チロルは間合いを詰め、凄まじい速度で剣を繰り出す。ターラはそれを全て払い、今度はチロルを上回る速さで剣を付き出す。
チロルは髪一重でそれを避ける。チロルは決して退かず、ターラから離れなかった。
「ターラさん。私はこの三年間。世界中で多くの争いを見て来ました」
壮絶な接近戦の最中、銀髪の少女は呟いた。その理由をチロル自身も明確に分かっていなかった。
「この世界から争いは決して無くなりません。私はそう確信しました」
チロルは光の剣を発動させ、ターラの肩に剣を叩き込む。ターラは受け流そうとしたが、剣圧に押され後方に飛ばされた。
甲冑を身に着けていないターラは、身軽に体制を立て直し着地する。その刹那、ターラの目の前に光の刃が迫る。
ターラは首を捻り光の刃を避ける。チロルは刀身の光を飛ぶ刃に変えて二度、三度と放った。
ニ射目は剣で弾き落としたが、三射目はターラの右足を捉えようとしていた。その時、ターラの姿がこつ然と消えた。
光の刃は空を切り、ターラはチロルの背後に現れた。ターラの下段から振り上げられた剣を、チロルは振り向きざまに剣で防ぐ。
「争いを無くす為には力が必要です。誰もが逆らう事を諦めるような圧倒的な力が」
チロルとターラは再び至近で剣をぶつけ合う。
「······ターラさん。私と一緒に作りませんか?そんな組織を」
再び金属音が大広間に響き、ターラはチロルから距離を取った。
「······何を言っているの?チロル」
ターラが見たチロルの両目は、仲間と一緒にいた時とは違い、冷たく覚めた目をしていた。




