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地獄の扉が開かれ、死霊達が行進する。

 おそよ二十万の兵力が収容可能な巨大な要塞は、最後の侵入者達を無言と無音で出迎えていた。


「······気に入らないわね。この壁の蝋燭の点火。まるで私達が迷わない様に案内しているみたいじゃない」


 肩までの短い髪を揺らしながら、メーシャが通路の壁に次々と点火されていく蝋燭を睨んだ。


「······罠にしては、あからさま過ぎる······」


 先頭を歩く長身のローニルが、前方を注意深く観察しながら歩く。


「この要塞を訪れると、自動案内がされる仕掛けになっているかもしれないな。奴等の精霊の力とやらで」


 三番手を歩くルトガルが愛用の杖で壁を軽く叩く。


「君達の目的をはっきりとして置いた方がいいのでは無いか?精霊の神の復活の阻止か?精霊使いへの報復か?」


 最後尾に位置したタクボが、前を歩く三人に問い質す。タクボは返答を受ける前に、先頭のローニルは蝋燭が指し示す扉を開けた。


 扉の中は装飾や調度品が一切無い広い部屋だった。


「あちゃあ。やっぱりあんた等来たのか」


 声の主は、部屋の壁に寄りかかり右手で顔を覆っていた。蝋燭の灯りが、天を仰いでいる男の身体を照らす。


「······あんたは、確かウォッカルとか言う盗賊ね」


 メーシャが黒髪の長髪の男を睨む。ウォッカルは長い髪を乱暴にかきあげ、侵入者達を見回す。


「······前に一緒にいた幼児が居ないな。教会にでも預けてきたか?」


「大きなお世話だけどその通りよ。お陰で思う存分暴れさせて貰う予定よ」


 ウォッカルの質問に、メーシャは好戦的な態度で返答する。ウォッカルは小さくため息をついた。


「······それで正解だ。この要塞は多くの血が流れるからな」


 ウォッカルは言い終えると、両腕を交差させた。するとウォッカルの後方から風が、否、暴風が吹き荒れルトガル達を吹き飛ばす。


 ルトガル達の隊列は乱れた。四人を相手しなくてはならないウォッカルにとって、四人を孤立させ各個に倒さなくては勝機は無かった。


 最初の標的は一番近くに飛ばされて来た魔族の少女だった。ウォッカルは氷の槍を造り出し、風に乗せてメーシャに放った。


 メーシャは宙返りして氷の槍を避ける。だが、氷の槍は上昇気流に乗ったかの様に向きを上に変え、メーシャの頭部を襲う。


「メーシャ!」


 ローニルが離れた位置から光の剣をかざした。刀身から伸びた光は、氷の刃を粉々に砕いた。


 砕かれた氷が舞い散る前に、メーシャは行動を起こしていた。魔族の少女は爆裂の呪文を連続で唱え、ウォッカルを四散させようと狙う。


「くそ!やっぱりそう上手く行かないか」


 次々と壁が爆破されるのを、ウォッカルは舌打ちをしながら浮遊移動して避ける。


「野党のお兄さん。この前会った時より強くなっていない?そう感じるのは私の気のせいかしら?」


 メーシャは間断無く攻撃を続け、ウォッカルに反撃の機会を与えなかった。


「気のせいじゃ無いぜお嬢ちゃん。ここは精霊の神の地だ。中位精霊しか扱えない俺が、上位精霊を使えるんだ」


 ウォッカルは返答した後に更に舌打ちをした。ウォッカルの逃げる先には、ローニルが待ち構えていた。


 自らが誘い込まれた事に気づき、ウォッカルは覚悟を決めた。


「上位精霊!風の番人!」


 ウォッカルが叫ぶと、この広間に更に強い暴風が巻き起こった。メーシャ、ローニル、ルトガル、タクボは有無を言わさず吹き飛ばされる。


 耳をつく風の音と共に、四人は激しく宙を舞った。上下左右の感覚が狂った四人は、広間の中央に集められる様に叩きつけられる。


その途端、広間の暴風は止んだ。いち早くウォッカルを視認したのは、元世界一の魔法使いだった。


 ルトガルはウォッカルの周囲に風が収束していくのを目撃した。自分達を吹き飛ばしたあの暴風は、操り手の前で風の刃に形を変えていた。


 ルトガルは四人が密集している事に気付き、半瞬で決断を迫られた。


「仲間はやらせない」


 静かに、だが力強くルトガルは宣言し、衝撃波の呪文を唱えた。メーシャ、ローニル、タクボが再び吹き飛ばされる。

 

 その瞬間、風の刃はルトガルの頭上に降ってきた。


「ルトガル!!」


 メーシャとローニルが絶叫する中、タクボは既に行動に移っていた。ウォッカルの目の前に飛ばされたタクボは、ウォッカルの頭部に衝撃波の呪文を唱える。


「ぐわっ!?」


 後方に弾かれたウォッカルは、後頭部を壁に激しく打ち付け、そのまま地面に崩れ落ちた。


 息切れしながらタクボは振り返った。メーシャとローニル間には、地に横たわったルトガルがいた。


 ルトガルは右肩から左の腰にかけて、深く切り刻まれていた。青い魔法衣は勿論、その上に纏った白いローブも大量の出血で赤く染まって行く。


「ローニル!早く治癒の呪文を!」


 メーシャの必死の声に答えるように、ローニルは頷きながら手をかざそうとした。その時、この広間に小さい足音が響いた。


 メーシャ、ローニル、タクボは、その足音を無視出来なかった。この広間に、余りにも禍々しい空気が充満したからだ。


「······何だ。精霊使いが善戦したのか?私の出番は必要ないかな」


 言葉を発したのは子供のような体格の主だった。だが、顔は子供では無かった。白髪の短い髪。深いしわが刻まれた頬。


 それは、子供の様に小さい身体をした老人だった。茶色の小さいコートを羽織り、老人はタクボ達に近づく。


「······何者だ?」


 流れる汗を拭う事も忘れ、タクボは怪異な老人に向けて言葉を発した。次の瞬間、老人の足元から巨大な扉が姿を現した。


「私の名はバームラス。世界を混沌の底に落とす者だ」


 老人がバームラスと名乗った瞬間、巨大な扉が開いた。その扉の中から、次々と異形な形をした化物達がこの広間に出てきた。


 木の根を脚の様に動かし移動する大木。その枝の先には、ワニの大口のような不気味な口が牙と舌を剥き出しにして吊り下がっている。


 馬の形に見える獣は、その四肢に鋭い棘が伸びていた。馬獣の目は左右九つあり、その背から蛇が十三匹這い出て舌を出していた。


 ゴーレムのような巨体の人形は、全身から体液が流れ落ちながら歩いていた。その体液が地に触れると、蒸気が発生し石畳が溶けた。


「······何だ?この化物達は······?」


 ローニルが呆然としながら巨大な扉を凝視する。化物達の数は百体近くに膨れ上がり、メーシャ達を包囲する。


「禁忌の術の類か?どれ程その禁を破れば、こんな芸当に辿り着くのだ!?」


 タクボがバームラスを睨みながら叫んだ。


「禁忌とは破る為に存在している。それは例えると、幾重にも結ばれた紐だ。その紐を一つずつ解いて行く時、人は新たな真理に到達する」


 バームラスは静かに答えた。そして自分が造り出したこの地獄絵巻を淡々と解説して行く。


「この扉は地獄に通じている。この異形な者達は地獄の死霊達だ。私はこの死霊達を、百体呼び寄せる事が出来る」


 バームラスの解説は爆音と共に中断された。メーシャが死霊に爆裂の呪文を叩きつけたからだ。


 粉塵の中でメーシャが目にしたのは、攻撃が直撃しても無傷の死霊の姿だった。


「······こいつ等、呪文が効かない!?」


 地獄の死霊達は行進を始める。ローニルは右の手首を誰かに掴まれた事に気づいた。


「······ローニル。君が指示を出して戦うんだ」


 手首を掴んだのは、苦痛に表情を歪めたルトガルだった。ローニルは弱々しく首を横に振る。


「······僕にそんな役目は無理だよ······それより早く傷を塞がないと!」


 治癒の呪文をかけようとしたローニルに、ルトガルは掴んだ手に力を入れる。


「······状況を見誤るなローニル。そんな時間は無い。このままでは全滅するぞ」


 ローニルは我に帰り死霊達を見る。異形の化物達は、メーシャのすぐ側まで迫っていた。


「······僕は。僕はどうすればいいんだ!!」


 ローニルは幼い頃より、その異能な力により周囲から孤立していた。控えめな性格は更に消極的になり、孤独な日々を過ごしていた。


 青と魔の賢人の組織に入っても、それは変わらなかった。単独行動を好み、自分の殻に閉じこもり続けた。


 それでも、ローニルにとって組織は自分の居場所であり家だった。それを失った今、ローニルに残されたのは、もう仲間しか居なかった。


 目の前には重症のルトガル、十メートル先には死霊の群れに立つメーシャ。ローニルはどちらを優先させるべきか迷った。


 今にも泣きそうな顔をしたローニルに、ルトガルは優しく微笑む。


「······ローニル。自分の決断は誰にも代わって貰えない。その判断に後悔する事もあるだろう。だが、だからこそ人生は面白いんだ」


「······ルトガル」


「思い通りに行かない。それが人生だ。思えばレベル一になってからの数ヵ月は、私の人生の中で、一番充実していたかもしれない」


 ルトガルは天井を見上げながら、遠い目をしていた。そして再びローニルを見る。


「······トロッコと同じ事を言おう。自信を持てローニル。君には、それだけの力がある」


 ルトガルの言葉とこの差し迫った状況が、ローニルの中にある殻に亀裂を生じさせた。


「······ルトガル。僕が戻って来るまで死なないで。必ず敵を倒してくるから」


 ローニルは迷いの無い表情で死霊の群れに向かって駆け出した。その後ろ姿に、ルトガルは自分の判断が間違っていなかったと確信した。






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