勇者達は己の闇と向き合い、狂気王は不気味に微笑む。
ハリアスの動きは早かった。地下重力の呪文を唱え、ゴントとクリスを襲っていた土色の死者を地中に沈めた。
「ゴント!クリス!目を覚ませ!目の前にいたのは、造られた人形だ!」
ゴントとクリスが茫然自失とする中を、ハリアスは駆け出しソレットの側に辿り着く。ハリアスはソレットとジャスミンの間に割って入り、ソレットの両肩を掴む。
「現実に戻って来いソレット!!目の前にいるのはジャスミンでは無い!ただの土人形だ!」
ソレットは涙を流しながら視線をジャスミンから移さなかった。肩にかけられたハリアスの手をソレットは掴む。
「······ハリアス。違う。迎えに来てくれたんだ。ジャスミンが俺の事を」
このソレットの言葉は、ハリアスの中に長い間横たわっていたある疑念を思い起こさせた。
ジャスミンを失った以降のソレットは、戦いの際どこか捨て鉢のような行動に出る事があった。
その無謀な行為は、まるで自ら命を落とす事を望んでいるかの様にハリアスには感じられた。
ハリアスは思った。ソレットはジャスミンの元へ行きたがっているのでは無いかと。だが、ソレットにはジャスミンと誓った誓約があった。この世界を平和にすると誓いが。
「ソレット!ジャスミンとお前が約束したあの誓いは、お前を縛り付ける鎖じゃ無い筈だろ!あれは、お前がジャスミンと信頼と未来を分かち合った証じゃないのか!?」
沈着冷静を自称するハリアスは、髪を振り乱し、汗を流しながら仲間に訴える。その時、土色のジャスミンがハリアスの背中を斬りつけた。
「ぐうっ!?」
続けてハリアスは二度、三度とジャスミンに切り刻まれる。
「······ハリアス。どくんだ。ジャスミンが怒っている。死ぬのはお前じゃない。俺でいいんだ」
ソレットがハリアスの両腕を掴んだが、ハリアスは頑として動かなかった。
「ジャスミンに殺されるなら本望だ。俺はそれだけの失敗を犯した。だが、偽物の人形なら話は別だ!」
ソレットの肩を掴む両手に、ハリアスは渾身の力を込めた。
「聞くんだソレット!ジャスミンはもう死んだ。もう二度と会えない!どんなに焦がれても、どんなに悲嘆に暮れても、もう会えないんだ!!」
ハリアスの絶叫に、ソレットは虚ろな視線を初めてジャスミンからハリアスに移した。
「それはお前がまだ生者だからだ!どんなに悲しみを抱えても、血と肉を持ち合わせた者は生きて行かなくてはならない!それは、死者の分も生きる義務があるからだ!!」
ハリアスの言葉はそこで途切れた。ジャスミンの四度目の剣を背中に受けたハリアスは、無言でソレットの足元に崩れ落ちた。
土色のジャスミンは間隙を置かずソレットにその刃を向ける。ソレットは右手でその剣を掴んだ。
「······ごめん。ジャスミン。俺はまだ、君の元へ行けないみたいだ」
ソレットは涙に濡れた頬を血まみれになった右手で拭った。その刹那、左手で握った剣を一閃させ、ジャスミンを頭から両断した。
その光景を、ハーガットはベンチに座りながら凝視していた。
「素晴しい。余の劇中から俳優達が台本を放棄した。しかも己の闇を克服して!なんたる見応えのある者達だ」
ハーガットは一人感激に震えていた。だが、賞賛された俳優達はそれどころでは無かった。
「クリス!直ぐに来てくれ」
ソレットの呼び声にクリスは素早く駆けつけ、ハリアスの背中に治癒の呪文を施す。
「······助かるか?クリス」
同様に駆けつけたゴントが、真剣な表情でクリスに問い質す。クリスは無言で頷く。
「私が信仰する神の胸ぐらを掴んでも助けますよ。このままハリアスに借りを作ったまま死なれては、あの世で法外な利息を請求されますからね」
クリスの軽口に、ソレットは苦笑した。
「違いないな。そうなると、迂闊に死ねなくなるな」
ソレットが言い終えた瞬間、周囲の景色に異変が起きた。ソレット達の周囲は、黒一色に染まり、何も見えなくなった。
それはハーガットの周りも同様であり、狂気王と勇者達は黒く狭い空間の中に閉じ込められた。
「······これはお前の仕業か?ハーガット」
ソレットが静かな両眼で狂気王を睨む。睨まれた狂気王は哄笑していた。
「この空間は余が創り出した決闘場だ。この黒い壁は剣も呪文も無効だ。壁の外に逃げる事は叶わぬ。どちらかが死に絶える迄な」
「······やはりな。これで確信が持てた。ハーガット。お前はそのベンチから動けないんだろう?」
狂気王の言葉に即応したのは、クリスの治癒により一命を取り留めたハリアスだった。
「現れた当初からお前はそのベンチから動かなかった。この黒い空間も然りだ。ハーガット。お前はそこに座ったまましか戦えないのだろう?」
ハリアスの推論に、ハーガットは驚いた様に目を見開く。
「勇者一行には賢しい者がいる様だな。では問おう。余がここから動けない理由を」
「お前が危険過ぎるからだ。お前を現世に呼び寄せた者が制約を課したのだろう。お前が好き勝手に暴れないようにな」
ハリアスの推理に、ハーガットは両手を叩き拍手した。
「素晴しいぞ。そなたの言う通りだ。余は手足を縛られた憐れな虜囚のような存在だ。故にこの空間は私の本意では無い。そう理解してくれ」
ハーガットの賞賛と自虐を、ハリアスは一笑に付した。
「墓穴を掘ったなハーガット。この狭い空間では、大規模な呪文は使えんぞ。もし使おう物なら、自分も巻き込まれてしまうからな」
ハリアスの宣言に、狂気王はおどけて見せる。
「ふむ。そちらは接近戦に長けた者が三名もいる。確かに呪文の使用を制限されると余の不利は否めんな」
ハーガットの言葉の途中に、ソレット、ゴント、クリスは地を蹴り駆け出していた。その間にも、ハリアスは三人に速力、攻撃力、防御力向上の補助呪文をかけていく。
ハーガットは手にしていた古書のページを三枚破り、目の前に投げた。その瞬間、三枚の紙は人の形をした物に変化して行く。
「······今度は自分が相手か」
ソレットの前に現れたのは、土色の自分自身だった。ゴント、クリスも同様に自分達に瓜二つの姿をした土色人形を目にした。
「余の劇中から逸脱した者達の終幕に相応しかろう。最後は自分自身との戦いだ。己を超えられるかな?勇者達よ」
ハーガットの愉悦に満ちた笑みと同時に、ソレット、ゴント、クリス達は自分と同じ形をした土色人形との戦いを始める。
「全く。悪しき趣味が高じると、ここまで歪む物ですかね」
クリスが悪態をつきながら、自分にメイスを振るう。だが、土色のクリスは同等の力でそれを防ぐ。
「この劇の出演料は支払われるのか?ハリアスのようにがめつくは無いが、タダ働きは好かんぞ」
ゴントは豪腕を繰り出し、土色の自分を狙うが、相手は避けると同時にゴントと同じ力で反撃して来る。
クリスとゴントは平静を装っていたが、まだ先刻の動揺から完全に立ち直って居なかった。
だが、それを表に出す訳にはいかなかった。自分達の自失が原因で傷つき倒れたハリアスに、これ以上無様な姿を見せられなかった。
「······なる程。力も同等という訳か」
ソレットと自分自身の戦いは二十合続いた。そして勇者は決断した。剣を左から右手に持ち替え、光の剣を発動させる。
「······ほう?あれは光の剣。いや、ただの光の剣では無い。なんだあれは?」
ハーガットが訝しげにソレットの剣を見る。ソレットの光の剣は白銀色から黒一色に変化して行く。
これがソレットにかけられた呪いの現象などと、狂気王には伺い知れなかった。
「何人たりとも、世界の平和を乱す者は斬る」
迷いの消えた澄んだ瞳を、ソレットは眼前の敵に向けた。両腕で振り下ろされた黒い光の剣は、轟音と共に土色のソレットを粉砕した。
そしてその黒い光の刃は、そのままハーガットの元へ唸りを上げて向かって行く。
「······何?」
ハーガットが目を見開いた瞬間、黒い光の刃は、狂気王の右腕をベンチごと切断した。同時に、クリスとゴントも土色の自分自身を仕留めた。
「お前の負けだ狂気王!」
ハリアスは叫びながら、魔法の杖をかざす。右手を失ったハーガットの周辺が地鳴りを起こし始めた。
「······この圧は地下重力の呪文か。だが何故余の敗北を宣言するのだ?まだ余は十二分に戦えるぞ」
「先程クリスとゴントの目の前に立った土色人形に地下重力の呪文を使った。その時この中庭の地盤の強度も確認させて貰った」
ハリアスの言葉に、狂気王は初めて不快な表情を見せた。
「だがらそれが何だと言うのだ。余の真の力を見せるのはこれからだ。そなた達に完全なる敗北を教示してやるぞ」
左手を構えたハーガットに、ハリアスは不敵に笑った。
「この俺がいる限り、ハリアス一行に敗北の二文字は無い!!」
ハリアスは地下重力の圧を最大限に上げた。地鳴りは更に大きくなり、ハーガットの足元に亀裂が走り、やがてそれは陥没に変わった。
「······何だと?」
ハーガットの足元は崩壊し、座っていたベンチごと狂気王は地下の暗闇に落ちて行った。
ハーガットの姿が完全に消えると、ソレット達を囲んでいた黒い壁も消え去り、傾き始めた太陽がその姿を見せた。
「奴はどうなった?ハリアス」
ゴントの質問に、ハリアスは疲労した様子で崩壊した地面を見下ろしていた。
「この落ちた先の地下で無事だろうな。だが奴はベンチから離れられない。この距離ではもう何も出来んさ」
「偉そうに勝利宣言した割には、消化不良の結果ですね」
クリスが目を細め、敵にも味方にも平等に図々しいハリアスに不平を言う。
「······まともに奴とやり合ったら、恐らく勝てなかっただろう。現状が最上の結果だ」
厚かましいハリアスが自画自賛もせずに神妙に呟く。そしてハリアス、ゴント、クリスの三人はソレットの右手に注目する。
「······大丈夫だ。呪いの染みは広がっだが、それに見合う代償は貰った」
ソレットは右手の苦痛に顔を歪めながらも、仲間達に微笑んだ。そんなソレットに、ハリアスは真剣な表情で口を開く。
「ソレット。この戦いが終わったら、お前は新しい恋人を探せ。ジャスミンもそれを願っている」
ハリアスの意外な言葉に、勇者は表情の作り方に窮した。
「······ハリアス。お前は死者の言葉が解るのか?」
ソレットの問いに、ハリアスはいつもの不遜な表情に戻り胸を張った。
「そんな物わかる筈が無いだろう。だがな。死んだ自分をいつまでもお前が引きずっているとジャスミンが気づいたら、彼女はどうすると思う?」
ハリアスの質問に、ソレットは考える必要は無かった。
「間違いなく張り手が飛んでくる」
四人の声が同時に重なった。そして四人は笑った。それは、もう笑う事が出来ない死者の為でもあった。
「行こう。精霊の神の復活を止める為に」
ソレットは澄んだ瞳を仲間達に向けた。四人は迷いなくその歩を未来に向け動かし始めた。




