狂気王監修の劇中で、勇者達は迷走する。
「民衆共の税率を極限までに引き上げる。奴等がどうやって生き残るかの実験だ」
ハーガットは今日の天気でも語るかのような口調で淡々と話す。生きる糧を搾り取られた民衆の残された選択肢は、三つだと狂気王は言う。
「座して餓死するか。国から逃げ出すか。王に反旗を翻すかのいずれかだ」
ハーガットは逃亡する者も、反乱を起こした者も容赦なく虐殺した。ただ殺すだけでは無い。捕らえられた者達は、殺される前に必ず恐ろしい人体実験を施された。
「数多の毒への耐性。人体の構造を調べる為の臓器の摘出。あらゆる攻撃魔法の効果を立証する為の被験体。余は民衆達を実に効率良く、かつ効果的に活用した稀有な君主だった」
そして国が崩壊すると、ハーガットは新たに別の国を攻め落とし同じ事を繰り返し続けた。
「······聞くに耐えませんね。そんな貴方の末路はどんな物だったんですか?」
クリスは、たちの悪い演劇を見た後のような気分になっていた。それは、他の三人の仲間も同じだと確信していた。
「あれは九つ目の国を滅ぼした時だったな。ロッドメン一族の末裔と名乗る物達に殺された。最も。奴等も道連れにしたがな」
表情も口調も変えず、ハーガットは古書から視線を逸らさない。ソレット達四人は、ハーガットを包囲するように静かに散開して行く。
その時だった。中庭の芝生が盛り上がり、芝と土の中から人影らしき者が這い出て来た。それは、傷だらけの鎧を纏った兵士だった。
兵士の顔は土色で生気は無かった。虚ろな目は片方潰れており、後頭部からは頭蓋骨が一部その白い骨を露出していた。
そんな兵士が次々と地中から現れ、およそ百体の兵士達にソレット達は囲まれた。
「······これは、アンデット召喚の術か!?」
ハリアスが周囲を見回し確信する。これは死者を呼び寄せる、禁忌とされる闇魔術の一つだった。
「ほう?物知りな者がいるな。その通りだ。ラバートラの黄金の剣には及ばぬがな。この要塞は大昔から数多の血が流れたらしいな。呼び寄せる死者に苦労せん」
ハーガットが言い終えると、百体の死者達はソレット達に襲いかかった。
「ソレット。なるべく右手は使うな」
ゴントがソレットに忠告する。ソレットの右手には、包帯が巻かれていた。これは、ソレット達がある邪神教団を殲滅した時に受けた呪いだった。
ソレットの右手は呪いを受け、黒く染まった。その手で剣を振るうと巨大な力を発揮出来た。だが、力を使う度に呪いは範囲を広げ、ソレットの身体を蝕んでいく。
黒い染みが全身に行き渡った時ソレットは死ぬ。邪神教団の司教は死ぬ間際にそう言い残した。
「大丈夫だゴント。右手は使わない」
ソレットはそう返答すると、利き手と逆の左手で剣を握り、死者の首筋に一撃を加えた。
首を半ば切断されかかった死者は、無言で膝から崩れ落ちた。ゴントは女神の剣を縦横に振り、一瞬で四体の死者の首を刎ねる。
クリスはメイスを確実に死者の頭部に叩き込み、死者の頭を粉砕する。ハリアスは三人の仲間の後方に位置し、戦いに加わらずハーガットを注視していた。
「目立ちたがり屋のハリアスが大人しいですね。今日は珍しい事ばかり起きる」
「魔力の温存。と言いたい所だが、ハリアスの普段の行いを見ていると怠けている可能性も捨て切れんな」
ハリアスに対して常時毒舌を吐くクリスとゴントの会話も、この時ばかりは精彩を欠いた。それ程ハリアスの様子はいつもと違い過ぎた。
それはあの木製のベンチに座る金髪の男が、危険過ぎると言う事をクリスとゴントに知らしめた。
「死者達は沈黙した。俺達は先を急ぐ。そこを退いてくれ。さもなくば、お前を倒す」
百体近い死者達は全て倒され、ソレットはハーガットに最後通告を宣言した。ハーガットは相変わらず読書を続けている。
「余は研究熱心な側面も持ち合わせていてな。一つ趣向を凝らした術を披露してやろう」
ハーガットが穏やかに呟き、右手の指を鳴らした。すると、ソレット、ゴント、クリス、ハリアスの目の前の地面が隆起する。
「······馬鹿な。シ、シルエト?」
いつも表情の変化に乏しいゴントが、驚愕の表情を見せる。地中から這い出てゴントの目の前に立ったのは、かつてゴントが自分の手で殺めた親友だった。
「マリテル?そ、そんなあり得ない」
クリスの目の前には、長い髪が血土に汚れた少女が立つ。それは、この世界でたった一人の肉親の妹だった。
「バザル師匠·····!?」
自分を冷静沈着と自画自賛するハリアスが、開けた口を閉じる事を失念していた。地中から現れたのは、自分を庇って死んだ師だった。
「余は禁忌の術の中でも一際異彩を放つ術を会得した。人は誰しも心に闇や傷を抱えている。余はそこに着目した。その心の暗闇を形にさせる術。それがそなた達の眼前に立つ者達だ」
ハーガットの説明を聞く者は一人として居なかった。否、聞く余裕など無かった。ソレットは青い甲冑を震わせ、自分は夢か悪夢どちらを見ているのか判断がつかなかった。
波打つ黄色い長い髪。見つめられると心の中まで見透かされるような大きい瞳。普段はお淑やかに閉じられているが、戦いの際は力強い声を発する形のいい唇。
もう二度と見る事が叶わない。もう二度と触れる事が叶わない。どんなに恋焦がれても永遠に。
その筈だった相手が、手を伸ばせば触れられる距離に立っていた。
「······ジャスミン······?」
歴史上、最強の勇者と民衆から讃えられる若者は、かつての恋人の前で涙を流していた。
ハーガットはベンチに座りながら、初めて視線を戦場に向けた。こらから始まるのは、狂気王と呼ばれた男の血で染められた劇だった。
ゴント、クリス、ハリアスの目の前に立った人の形をした塊は、手にした剣で襲いかかって来た。
「······シルエト。俺を恨んでいるだろう。当然だ。俺はそれだけの事をした」
ゴントは悲痛な表情でシルエトの剣を女神の剣で受ける。だが、その豪腕は一軍に匹敵すると言われた力は見る影も無く、弱々しく後退して行く。
「······マリテル。ずっとお前に謝りたかった。私は最低の兄だった。お前の事を、何も考えていなかった」
クリスは今にも涙が溢れそうな両目を妹に向ける。少女は虚ろな表情を変えず、か細い両手に握った剣でクリスの首を狙う。
その体術でかつて闇世界を震撼させた男は、回避の反応が遅れ身体中に傷を負って行った。
ハリアスはかつての師から向けられる鋒を避けながら、必死にこの状況を把握し、分析、対抗策を抗じようとした。
だが、自分を庇って死んだ師匠を目の前にして、ハリアスの脳内は沸騰寸前になり迷走していた。
「······良い劇だ。人は己の闇を目の前にした時、苦痛と後悔の波にさらわれる。もっとだ。もっと苦痛に歪んだ表情を余に見せてくれ」
ハーガットの淡々とした口調に、初めて興奮の色が加わった。ソレット達四人は、完全に我を失っていた。
三年前の勝者無き戦争の後も、ソレット達は世界の平和の為に戦い続けた。暴政に苦しむ小国の民を救う為に王を打倒した。
世界をその邪神教の教えに染めようと企む教団を滅ぼした。遥か東方からこの大陸を狙う帝国の野望を阻んだ。
訪れた村で少年に懇願され、誘拐された少年の姉を救うべく、魔王候補の一人とされる魔族の居城に四人で乗り込んだ。
数々の偉大な武勇伝は世界に中に広がり、勇者ソレット一行は人々から讃えられた。その勇者達が今、力無くその意志を折られようとしていた。
だが、その時奇跡が起きた。それは、混乱の極みに居たハリアスの視界に、土色のジャスミンの姿が偶然入った時だった。
その瞬間、ハリアスは自失を取り戻した。ジャスミンの存在とその死は、ハリアスにとって生涯忘れる事の出来ない痛みだったからだ。
ハリアスはこのパーティの司令塔たる立場を自負していた。自分がいる限り、このパーティから死者は絶対に出さない自信があった。
だが、その自信は粉々に砕け散った。魔王軍の砦の戦いで、仲間のジャスミンは命を落とした。
あの小さな砦に、まさか魔王軍序列一位の実力者が居合わせたなど、ハリアスにとって想像の外だった。
ジャスミンの亡骸に泣き崩れるソレットの背中を見ながらハリアスは誓った。もう二度と、同じ過ちを繰り返さないと。
ハリアスはかつての師の胸に杖を向けた。師匠バザルはその魔力に絶大な自信を持ち、剣を握る事など決して無い男だった。
「······バザル師匠。あんたに剣は似合わない」
ハリアスはバザルの突き出した剣を避け、爆裂の呪文を唱えた。
「······ほう?劇中で当意即妙の行動に出る者がいるか」
ハーガットは、まるで自作の劇を監修している作家のような嘆息を漏らし、黒い魔法衣の男を眺めた。
かつての師の形をした、土色の塊を木っ端微塵にしたハリアスの両眼は、逡巡や悔恨を断ち切る強い意志を放っていた。




