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人生には、柄にも無い事をしてしまう時がある。

 

 この小さな街にある茶店は、朝から営業している。その為、朝が早い冒険者達には重宝されていた。その店に向かう、三十代前半の冒険者一行がいた。

 

 今日は彼等にとって大仕事になりそうな日だ。何せ三つ先の街まで、依頼者を護衛して送り届けるのだ。報酬もいい。これで酒場と宿屋のツケが精算出来るし、質屋に入れた愛用の剣も取り戻せる。しっかりと腹ごしらえをしようと店に近づくと、店の前で誰かが争っているようだった。

 

 冒険者達は、不快な気分になった。朝っぱらから喧嘩なんぞ他所でやれ。いい迷惑だ。

 

 その喧嘩を見物している連中がいた。一人は子供連れの男。少し間を置いて、店から四人出て来た。紅茶色の髪と黒髪の男、白いローブを着た長髪。もう一人は女で、かなりのいい女だ。

 

 か弱い淑女を喧嘩に巻き込まれないよう、店の中に連れて行こう。好色な顔を並べて、冒険者達は女に近づいた。

 

 その時、勇者の剣と死神の呪文が衝突した。

 

 勇者の剣は、唸りを上げて死神に向かって行った。死神は対物理攻撃の障壁呪文を張る。勇者の鋒が障壁に触れた瞬間、雷が起こったような光と音が炸裂した。

 

 マルタナに近づいた冒険者達は、それに仰天し漏れなく全員、地に腰を落とした。

 

 サウザンドの障壁呪文は殆ど一瞬で貫かれ、勇者の剣が死神の眉間に吸い込まれる。


 寸前でサウザンドは頭を捻りそれを避ける。勇者は勢い余って、サウザンドから六歩の距離まで離れた。

 

 サウザンドの額から血が流れる。以前、勇者と戦った時は、対魔法障壁を同様に貫かれた。勇者の光の剣は、物理や魔法のどちらの障壁も全く役に立たない。

 

 その様子を見ていたタクボも、サウザンドと同じ考えだった。

 

「あの光の剣は、物理も魔法も超えた力だ」

 

 タクボの呟きに、チロルは不思議そうな顔をして師の表情を見上げる。

 

 サウザンドが右手から、光の矢が放たれようとした。かつて、勇者の恋人を倒した呪文だ。だか、勇者が放った雷撃の呪文が半瞬早かった。暴れ狂った三体の龍の閃光が、死神の右手を襲った。雷撃が光の矢の誘爆を誘い、大きな爆発音が響く。

 

 この小さい街にしては、広い通りだったのが幸いし、周辺の民家には被害が無かった。しかし、住民達は何事かと騒ぎ始めた。戦争でも始まったのかと。

 

 死神は右手に深手を負い、顔をしかめた。勇者は死神に暇を与え無かった。全身を覆う甲冑を、身に着けているとは思えない速さで死神に突進して来る。

 

「逃げろ!サウザンド」

 

 タクボは叫んだ。しかし、死神は勇者に背を向けなかった。残った左手で勇者と戦うつもりだ。

 

 気づいた時、タクボは衝撃波の呪文を唱えていた。的を小さく絞って放たれた呪文は、人間の敵である魔族では無く、人間の希望である勇者に直撃した。

 

 全身全霊をサウザンドに向けていた勇者は、タクボの不意打ちを避ける術無く地面に叩きつけられる。その勢いは止まらず、民家の外壁にその身を埋めた。

 

 タクボは後ろに居たマルタナに、チロルを預け叫んだ。

 

「チロルを頼む!ここは危険だ。遠くへ離れていろ」

 

 チロルを抱きしめたマルタナは、蒼白な顔で私を見る。勇者を攻撃してどうするつもりなのか。

 

「あなた、自分が何をしているか分かってるの!?」

 

 返答はせず、タクボは死神の元へ掛けて行く。


 勇者は壁に腰を預けたまま、タクボを見ている。大したダメージは負っていないだろう。自分を攻撃した相手を見定めているのだ。

 

 マルタナに言われる迄も無く、タクボは自分でも何をしているのか分からなかった。魔族を倒そうとしている勇者を攻撃したのだ。正気の沙汰では無い。平穏な引退生活が、遠くへ霞んで行く。

 

「そなた、一体何のつもりか!?」

「うるさい!こっちが聞きたい位だ」

 

 満身創痍の死神は、この人間の行動理由が理解出来なかった。

 

「強いて言えば、義理と言う奴だ。お前は私達の安全の為に、手を回してくれた。その義理を果たす為にだ!」

 

 タクボは何も考えず喋ったが、自分の言葉で妙に納得してしまった。自分が咄嗟に行動したのは、そう言う理由かと。

 

「義理を果たす?人間には不思議な言葉があるな。是非詳しく意味を知りたい物だ」

 

 この非常時に、この馬鹿は興味深そうな目を向けて来た。タクボは舌打ちをうつ。

 

「この場を切り抜けたら、幾らでも教えてやるさ。所でサウザンド。お前は、対物理障壁と、対魔法障壁どちらが得意だ?」

 

 一瞬で死神の目が、先程の殺意色をした両眼に変わる。

 

「どちらかと言うと、物理障壁だ」

「私は魔法障壁の方だ。私達は気が合うかもな」

 

 勇者がゆっくりと立ち上がり、タクボを怒りの目で射抜く。

 

「なぜ人間が魔族の味方をする?」

 

 この怒れる勇者を、口先三寸でどうにか出来る筈が無い。それでもタクボは小細工を弄する。

 

「勇者よ!私は魔族に味方するにあらず。双方このまま戦えば、街に被害が出る。ここは剣を収められよ!」

 

 あながちデタラメばかりでは無い。周辺の住民はタクボ達を見て、避難を始めている。悲鳴や叫び声も聞こえる。

 

「お前の邪魔が入らなければ、先刻の一太刀で終わっていた。そこを退け。邪魔をすればお前も斬る」

 

 勇者は、突撃の体制を整える。銅貨級の魔物しか相手にしてこなかったタクボが、どうにかなる相手では無い。全身を襲う死の恐怖が、タクボの心臓を緩慢に締め上げていく。

 

「いいか、サウザンド!各々得意な障壁呪文を同時に張るぞ!」

 

「同時にとな?如何なる理由だ?」

「説明している暇は無い!いいから、言う通りにしろ!」

 

「そこを退けぇぇっ!!」

 

 狂気と殺意の塊になった暴風が、タクボ達に突進して来る。勇者の剣を纏っていた光が、その輝きを増した。タクボは内心、絶叫する。あの光の剣は、持ち手の殺意に反応してその力を増すのか!?

 

「今だ!サウザンド!」

 

 タクボと死神は、同時に障壁呪文を唱えた。対物理障壁と対魔法障壁が重なり合う。その壁をなぎ払うように光の斬撃が振り降ろされる。

 

 光の剣が二つの障壁にぶつかり合い、再び降雷のような光と炸裂音が響き渡る。勇者の光の剣が、二つ重なった障壁に阻まれる。


「あの一瞬で、光の剣の防ぎ方を見抜くとは······」

 

 アバルは、タクボの機転とそれをやって退ける行動力に感嘆した。そして二人掛かりとは言え、勇者の剣を阻む程の魔力。タクボは、相当のレベルに達していると思われた。

 

「サウザンド?大丈夫か!」

 

 サウザンドは片膝を着き、障壁を唱えた左腕も徐々に垂れ下がって来た。額と右手の傷が深いらしい。術者の集中力は、呪文の効果に直結する。サウザンドの障壁に亀裂が生じた。すると、タクボの障壁にも同じ事が起きる。

 

 一瞬の希望は、即座に絶望に取って代ろうとしていた。勇者が渾身の力を込め、光の剣を振り上げた。来る。全てを粉砕する狂気の一撃が。タクボは死を覚悟し目を閉じた。

 

 その時、何かが砕ける音が聞こえた。

 

 目を開くと。勇者が目の前で倒れていた。背中の鎧が、何かに剥ぎ取られたように生身の身体を晒している。歴戦を潜り抜けたこの鎧を、どうやったらここまで破壊出来るのか。


 生身の背中からは、大量に出血が見られる。どう見ても致命傷だった。倒れている勇者の後ろに、右手に光の剣を纏ったチロルが立っていた。

  

 チロルがタクボを見上げて微笑んだ。

 

「師匠!大丈夫でしたか?」


「チロル······これは」

 

これはお前がやったのか?タクボはそう問いたかったが、聞くまでも無かった。サウザンドが細い目を見開き、少女を見つめている。


 タクボも死神も、この小さな子供に命を救われた。だが、その事実を目の当たりにしても、容易に信じる事が出来ない。

 

 これが、勇者の金の卵の力だとでも言えばいいのか。呆然としているタクボの前に、白いローブを着た男が、ゆっくり腰を下ろす。倒れて動かない勇者の背に手を当てる。

 

「······まだ息はあるな」

 

 言うと同時に、アバルは勇者に治癒の呪文をかけ始める。アバルの手から銀色の光が輝き、勇者の流れる出る血が蒸発して行く。

 

「タクボ、サウザンド、心配するな。勇者はこのまま、療養してもらう」

 

 勇者は傷を癒やすため、暫く姿を消す。それは、魔王軍に反抗の時間を与えるという事だった。

 

「アバル。頼みがある。サウザンドの傷も治してくれ」

 

 アバルは意外そうな表情を見せたが、苦笑

しながらも応じてくれた。

 

 マルタナが駆け寄って来る。その後ろにウェンデルとエルドの姿もあった。

 

「チロル!怪我は無いの?」

 

 マルタナがタクボに詫びる。チロルを避難させる事が出来なかったと。勇者の金の卵を抑える事など、誰にも不可能だった。

 

「タクボ。この状況は一体······」

 

 ウェンデルの言葉が途切れる。彼もタクボ同様、混乱しているのだろう。頭がついて行かない。

 

「チロルをどうするの?タクボ」

 

 エルドが痛い質問をして来る。そう。厄介事はまだ残っていた。とびきり大きい厄介事が。

 

 サウザンドの治療を終えて、アバルがタクボに向き合う。

 

「勇者はこのまま連れて行く。そちらの少女も同行願いたいのだか」

 

「アバル。チロルは事の善悪をまだ分かっていない。誰かがそれを教える必要がある」


「私としては、今のままの方が教育しやすいのだがね」

  

 アバルの長い前髪から覗く目に、形容し難い怪しい光が見て取れた。

 

「アバル。君は施設で私を洗脳から救ってくれた。その君が洗脳する側に立つのか?」

 

 白いローブの男は黙り込む。抗弁する話法は幾らでもかあった。だが、施設で唯一の友と言っていいタクボに対して、それは不実の行為と思われた。

 

 血で染まったこの身に、今更友誼の真似事か。アバルは自身を冷笑した。

 

「師匠。この白い人が邪魔だったら、殺しましょうか?」

 

 チロルがタクボを見上げて言う。それは、子供がお使いの品を質問するかのような口調だった。チロルを見返すと、少女は微笑んだ。

 

「その作り笑いはやめろっ!」

  

 タクボは何故か叫んだ。自分でも分からない。妙なスイッチが入ってしまった。

 

 チロルは真顔に戻り、キョトンとしていた。

 

「無理やり笑顔を作るから心が歪む!悲しいのに笑顔を作るから心が荒むんだ!」

 

 チロルは、困ったような表情を見せた。

 

「でも師匠。盗賊団の人達に教えられたんです」

 

 チロルは盗賊団に、常に笑顔でいるよう叩き込まれた。笑顔は相手を油断させ、つけ入る隙を作るきっかけになるからだ。

 

「チロル!今まで一人ぼっちで悲しかっただろう!泣いていいんだ。お前は子供なんだから」

 

 チロルは沈黙した。タクボの言葉をなんとか少女なりに理解しようとした。だが、少女は俯いて小声で言う。

  

「······すいません師匠。私、泣き方が分かりません······」

 

 その様子を見守っていたマルタナが、両手を口に当てる。目には涙が今にもこぼれそうだった。

 

 ウェンデルは思う。チロルは被害者だ。この永遠に終わらない戦いの世の。タクボの言う通り、この少女は何がいい事なのか、悪い事かなのか理解していない。それは、少女の責任では無い。こんな世界にした我々大人の責任だった。

  

 エルドは、チロルを子供の時の自分と重ねていた。自分も紙一重で、チロルのように感情に不具合を持っていたかもしれないと。 

 

「これからは、作り笑いをするな。しなくていい。分かったか?チロル」

 

 チロルはタクボを無言で見上げる。その瞳は、子供にしては大人びていた。少女の人生は、そうせざる得なかった。

 

「返事はどうした?師匠の最初の教えだぞ?」

 

 チロルの瞳が揺れた。野良猫に餌をあげているこの人の傍に居たい。その願いが、叶うと思われた。しかし、口にしたのは別の言葉だった。

 

「······でも師匠。私は皆から疫病神と言われて来ました。私が居ると、師匠に迷惑がかかります」

 

 タクボは膝を折り、チロルと同じ目線に立ち、少女の小さい両肩を掴んだ。

 

「心配するな。私は善良な人間だ。疫病神も私の善行を恐れて逃げだすさ。それよりさっきの返事を聞かせろ」

 

 チロルはタクボの目を正面で見据えた。

 

「······はい、師匠。もう作り笑いはしません」

 

「よし。いい返事だ」

 

 タクボは、チロルの頭を撫でてやった。

 

 

 タクボは立ち上がり、アバルに再び向き合う。

 

「アバル。青と魔の賢人達に逆らえるとは思っていない。だが、しばらく時間をくれ。この娘が人間らしい感情を取り戻すまで」

 

 アバルは風の呪文を唱え始めた。一命を取り留めた勇者を担いでいる。

 

「タクボ。その少女は必ず迎えに来る。だが、今はこの勇者を運ぶ方が先決らしい」

  

「アバル、ありがとう。恩に着る」

 

「勘違いするなタクボ。私も大きな責任を担っている身だ。何も約束は出来ん」

 

 そう言い残すと、アバルは風の呪文で去って行った。

 

 腰を抜かして座り込んでいた冒険者達は、その様子を見て、自分達は助かったと喜んた。普段、信心深く無い彼等も等しく神に無事を感謝した。

 

 だが、腰を抜かし依頼の仕事が出来ない事を、この時彼等は気づかなかった。

 

 

 ······薄れゆく意識の中で、勇者は夢を見ていた。命を落とした恋人が、かつて勇者に言った。

 

「ソレット。私達の力で、世界を平和にしましょう」

 

 彼女は、快活に笑いながらそう言った。それは、二人にとっての誓約だった。勇者はその誓約を守ろうとした。

 

 だか、夢の中の彼女は悲しい表情をしている。なぜだ?俺は君との誓いを守る為に魔族を倒そうとしているのに。

 

 勇者は、彼女に平手で殴られる夢を見た。自分が間違った道へ行こうと時、彼女はいつも平手で止めてくれた。

 

 俺が間違っていると君は言うのか?君の仇を討つ事が······

 

 

 勇者はアバルに担がれた時、朦朧としながらも意識が戻っていた。薄く開いた目に、アバルの顔が映る。夢で彼女が言った。この男は危険だと。恋人の言葉を、疑う理由は勇者には無かった。

 

 


 小さな街は夕暮れを迎え、子供達は自分の家へ帰って行く。今日からここが自分の家だ

。チロルは、小さい宿屋の粗末な部屋を見渡した。

 

 古びたベットを端に移動させ、無理やり作った場所で大人達は酒を飲みながら騒いでいる。

 

「チロル!今日はお前の誕生日だぞ。お前も飲め!いや、酒は駄目だぞ。果実水を飲め」

 

 すっかり酔いが回った師匠は、そう言ってまた麦酒を飲む。

 

 歳も誕生日も知らないチロルに、タクボは今日を弟子の誕生日と決めた。年齢は今日で十三歳にした。

 

「師匠。誕生日と言う物は、いい大人が暴飲暴食をして、過ごす事なんですか?」

 

「ああそうだ!大人が羽目を外していい日だ。子供はもっと外していいぞ」

 

 エルドが笛を吹き始めた。その明るい音色に、タクボはウェンデルとデタラメな踊りを始めた。

 

 サウザンドは、人間の誕生を祝う儀式を、興味深い顔で観察している。

 

 そこに、焼きたてのパイを両手に持ったマルタナが部屋に入ってくる。パイには、十三本の蝋燭が並んでいた。

  

 食欲をそそる湯気が、パイから立ち込める。そこに小さい火が灯った蝋燭を、チロルは不思議そうに見つめる。

 

「さあチロル。この蝋燭の火を消すんだ。ああ、違う。息を吹きかけて消すんだ」

 

 チロルは素直に従い、息を吹きかけて十三本の火を消した。

 

 その瞬間、大人達は拍手を少女に送る。皆口々におめでとうと叫ぶ。チロルは無表情だ。この光景を、先程から同じくキョトンとして眺めている。

 

 タクボが膝を床に着け、チロルの正面に向かい合う。

 

「今日と言う日を感謝しよう。人間を造った神と、お前を生んだ両親に」

 

 この時、チロルの中にある何かが止まった。それは、これまでの人生で自分の正気を保つ為に、無自覚で行っていた精神の、心の呼吸だった。

 

 少女は、どこか息苦しい感覚に襲われた。身体も段々熱くなっていく。

 

「······分かりません師匠。どうして師匠が感謝するんですか?」

  

 一秒事に熱の温度が上がって行く。この感じた事の無い感覚に少女は戸惑い、苛立ちすら感じた。

 

「お前とのきっかけを作ってくれた野良猫にも感謝しているぞ。明日は何時もより、上等な餌をやろう」

  

「······分かりません」

  

 身体の熱は全身を覆った。小さい肩が震え始める。少女は本能的に察した。この感情は危険だ。自分自身を守っていた何かが壊れる。

 

「チロル。生まれて来てくれてありがとう」

 

 タクボはチロルを抱きしめた。

 

 チロルの全身の熱が、頭に集まって行く。そしてその熱は、瞼の裏に全て注ぎ込まれた。

 

 「わかんないっ!!」

 

 少女が叫んだ。大人達は少女を見つめる。 チロルは子供の顔をしていた。それは、親の言いつけに駄々をこねる、子供の顔だった。

  

 少女の瞼の熱が決壊した。それは大粒の涙となって小さい頬を濡らしていく。

 

「なんだ。お前、泣けるじゃないか」

 

 タクボはそう言って笑い、弟子の頭を撫でた。

 

「よし!今宵は人間と摩族も一時休戦だ。サウザンド!お前も何か踊れ」

 

 狭い部屋の隅に立っていた死神は、不敵な笑みを浮かべた。

 

「良かろう。遥か東方の果てで、学んだ剣舞を披露しよう」

 

 サウザンドはそう言うと、ウェンデルの剣を持ち出した。

 

「ま、待てサウザンド!こんな狭い部屋で剣を振り回したら死人が出るぞ!」

 

 ウェンデルが絶叫する。

 

「じゃあお次は、荘厳な雰囲気の曲にするね!」

 

 お構いなしにエルドが再び笛を吹き始めた。

 

 死神の剣舞が始まった。紅茶色の髪をした青年は、椅子を盾にして斬撃に備えた。

 

 マルタナが、エルドの曲に合わせて歌を歌う。少女の師匠は、完全に酩酊して千鳥足だった。

 

 この夜、粗末な小さい部屋から、大人達の大声と笛の音色が、何時までも夜空に響いていた。



 少女は月を見上げていた。チロルが立つ窓の中まで、新月の光が射し込んでくる。部屋を見渡すと、いい大人達が行儀悪く寝転がっている。我が師は大口を開けて寝入っている。

 

「眠れないのか?少女よ」

 

 ただ一人、姿勢正しく腰を降ろしていた死神が、静かな声でチロルに問いかける。

 

「はい······なんだか今夜は眠るのが怖くて」

 

 明日、目を覚ましたら今夜の出来事が幻になって消えないか。少女は正体が知れない何かに怯えていた。

  

「あの、聞いてもいいですか?」

  

 意を決したように、チロルは死神に質問する。

 

「なぜ皆は、私に良くしてくれるのでしょうか?」

 

 疫病神と言われた自分に、そんな事をしても何の得も無いのに。

 

 この少女に部下を殺されたのに、サウザンドはチロルを恨む気にはなれなかった。それは、少女の生い立ちか、戦いの世か、その両方が原因か。死神には、判断がつかなかった。

 

「損得では無いな。この者達は、そなたを好いているのでは無いか?」

 

 全身を覆った熱の残り火が、再びチロルを包もうとしていた。

 

「······私の事を?」

 

 死神は頷く。

 

「そなたを好いているから、このような宴を開くのではないかな」

 

 チロルは胸に手を当てた。まただ。また自分の感情とは関係なく心が暴れだす。 

 

「そなたはどうだ?皆の事が好きか?」

  

 チロルの表情が硬直する。両肩が少し震えているように死神には見えた。

  

「······はい。好きです!皆の事が」

 

 チロルからこぼれたのは、涙では無かった。それは、初めて心からあふれ出した、笑顔だった。

 

 細い目を更に細めながら、死神は優しく微笑んだ。

 

 

 魔王がその居城としている城に、緊急の伝令が到着した。主君はもう就寝している為、伝令の兵士は、サウザンドから留守を預かる副司令官の元へ急いだ。序列ニ位の副司令官は、工房に居ると教えられた。ついに勇者の剣の改造が完成したらしい。魔王軍の反撃が始まる。城の兵士達は活気づいていた。

 

 工房の扉の前で、兵士は叫んだ。

 

「副司令官閣下!伝令です。先日、勇者達に落とされた要塞で異変が生じました!」

  

 部屋の中から返事は無かった。不審に思った兵士は、扉を開け部屋の中の様子を覗う。

  

 誰かが倒れている。一人では無い、複数だ。よく見ると、それは魔王軍が誇る名工達だった。皆、血を流して絶命している。

 

 兵士は動揺した。一体誰がこんな真似を?部屋の奥にもう一人倒れている。その身体は、頭部が切断されていた。兵士は恐る恐る、胴体から切り離された首を見る。

  

 兵士の絶叫が、工房の外まで聞こえた。異変に気付いた兵士達が、部屋に入ってくる。序列ニ位、副司令官の死は、城中を恐慌に陥れた。混乱する兵士達は気づかなかった。不幸にも殺された名工達が、死にもの狂いで改造し完成させた、勇者の剣が消えていた事を。

 

 ある兵士が、工房の壁に刻まれた文字を見つけた。そこには、〘青と魔の賢人達に死と苦痛を〙と書かれていた。


  


 

 




 


 

 

 


 

 


 


 

 

 

 

 



 




 

 



 


 

 

 


 

 


 


 

 

 

 

 



 




 

 

 


 

 

 


 

 


 


 

 

 

 

 



 




 

 

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