単眼の悪魔は沈黙し、狂気王は静かに読書に耽る。
ジャミライスの単眼から放たれた光線は、ボネットの腹部を貫く筈だった。しかしジャミライスが目にしたのは、自らの光線を短髪の魔族が剣で防いでる光景だった。
「ほほっ?妙じゃのお。我が攻撃が剣如きで防げる筈がない」
ボネットの大剣は光線を受け光り輝く。その光は、ジャミライスの光線を受け続けて大きくなって行く。
「ほほほっ?なんじゃあ?これはまるで······」
単眼の悪魔が言い終える前に、ボネットは不敵に笑った。
「アマラの置き土産だ。一度だけだが、精霊の力で相手の攻撃をそっくりそのまま跳ね返す」
ボネットの大剣の光りが急速に収束し、ジャミライスに向けて光線が放たれた。
「ほ?」
光線はジャミライスの単眼に突き刺さり、頭部をそのまま貫通して行った。単眼の悪魔は、ゆっくりと前に倒れた。
ボネットは勝利の喜びなどに浸っている余裕は無かった。激しく息切れし、大剣を床に刺して自分の身体を支えた。
「······ヒマルヤ。どうやら勝ったぞ」
ヒマルヤからの返答は無かった。ボネットは首を横に向けると、元魔王の若者はうつ伏せに倒れていた。
「お前も力を使い果たしたか。死ぬなよヒマルヤ」
ボネットがヒマルヤを起こし、自分の首にヒマルヤの腕を回した時だった。
「······ほほ。右足と視力を失ってしまったのお。かくなる上は、地面を這って獲物を探すしかないのお」
ボネットが再び自分の聴覚、そして視覚を疑う。単眼の悪魔は、ゆっくりとほふく前進を始めた。
「恐ろしい程にしぶとい奴だな。くそ。どこまで体力が持つか」
ボネットはヒマルヤを抱え、重い身体を引きずるように動かす。幸いボネットの歩みの方がジャミライスより早かった。
「この化物を止められなかった事を、皆に詫びんとな」
ボネットとヒマルヤの姿は、崩壊した大広間から消えた。
チロルと白猫のラフトは、要塞内の通路を駆けていた。先刻と同じく壁の蝋燭が点火し続けた為に、迷う事無く歩を進める。
「チロル!」
チロルに追いついたラストルが、銀髪の少女に名を叫んだ。ラストルの背の荷袋には、ラバートラの黄金の兜が入っていた。
ラストルの後に、モンブラとアマラの姿も見えた。
「チロル。エルドさんは?」
「先に行ったわ。エルド兄さんは単独の方が動きやすいの」
チロルは返答しながら、ラストルが一人なのに気づいた。
「······ヒマルヤはボネットさんと一緒に残ったよ。大丈夫。きっと後から二人で来るよ」
ラストルの言葉を聞きながら、チロルはヒマルヤの無事を心から祈った。
「シャアァァッ!!」
突然白猫のラフトが叫んだ。前方に、宙に浮く人影が見えた。その刹那、人影から雷撃が飛来して来た。
「日々節約!」
チロルが意味不明の言葉を叫んだ途端、白猫のラフトの身体は変化し、三つ頭の獣に変わる。
三つ頭の中央の口から雷撃が放たれ、前方から来た雷撃と衝突した。通路内に雷が四散する。
三年前の戦争時、チロルは四兄弟の三男、ラフトからこの三つ頭の獣を譲り受けた。その獣は合言葉で猫の姿になることが出来たが、チロルはラフトの今際の言葉を聞き取る事が出来なかった。
仕方無いので、チロルは自分で決めた合言葉を無理やり三つ頭の獣に仕込んだ。猫から獣に戻る時は「日々節約」逆に獣から猫に戻る時は「贅沢は敵」だった。
その合言葉を聞いた時、ラストルは苦笑しヒマルヤは必死に代案を提案した。しかしチロルは平然と拒否し、合言葉を頑として変えなかった。
「チロル!このまま進めば死ぬと言っただろう!」
前方から現れた人影はリックだった。リックは再び雷撃を放とうと両腕を広げる。
「この地はラバートラの住む場所だったんだ。精霊の活動が活発で、下位精霊しか使えない僕も中位精霊が操れる!」
リックが攻撃しようとした時、ラフトが三つの口から火炎、吹雪、雷撃を吐き出した。
「ぐうっ!?」
ラフトの攻撃にリックは身体ごと弾かれた。チロルとラストルは勢いを止めずに走り去ろうとする。
「ラフト!この場をお願い!」
去り際にチロルがラフトに命じた。ラフトは了解したと言わんばかりに咆哮を上げ、リックに飛びかかった。
チロル、ラストル、モンブラとアマラは、再び大広間に辿り着いた。今度の広間は、壁中に武具が飾られていた。その大広間の中央に一人佇む女がいた。
「······あなたは?」
チロルは両目を見開き、その人物を凝視した。それは、チロルの記憶にある顔だった。
「久しぶりね。チロル」
それは、チロルが耳にする初めての声だった。その見知った相手は、声が出せない筈だった。
「······ターラさん?」
名を呼ばれた灰色の髪の女は、手にした剣を静かに構えた。
夏の盛りを迎えようとしたこの日。マクラン要塞は様々な侵入者が迎えていた。
「なんだこの要塞は?通路の壁の蝋燭が勝手に点火して行くぞ」
黒い魔法衣を着たハリアスが大きな声で呟く。要塞内は無人としか思えない程静寂に包まれていた。
「きっと精霊の神が案内してくれているのでしょう。迷わず最短距離で親玉に会えそうですね」
白い神官衣のクリスが陽気な声で返す。クリスは何か不気味な空気を察し、意識的に明るい雰囲気を作ろうとした。
「しかし薄気味悪い要塞だな。何だか悪い予感しかしないぞ」
クリスの気遣いを木っ端微塵に破壊するハリアスの言葉に、神官は深いため息をついた。
「扉があるぞ」
赤い鎧を纏ったゴントが指差す。ハリアス、クリス、ゴントが青い甲冑の男を見る。
「行こう。精霊の神の復活を止めるんだ」
ソレットは迷いなく断言し、四人は扉を開けようとした。その時、図々しく。かつ厚かましく。横着なハリアスの表情が豹変した。
「おいハリアス。どうした?脂汗をかいているぞ」
扉に手をかけていたゴントが、ハリアスの異変に気付いた。ゴントの記憶でも、ハリアスのこんな表情を見るのは初めてだった。
「······不味いぞ皆。この扉の中にいる奴は、とんでもない魔力を持った奴だ」
ハリアスは扉を睨みつけながら話す。魔法使いのハリアスは、仲間達の中でいち早く敵の魔力を察知したのだった。
「どんな相手でも倒す。世界の平和を守る為なら」
ソレットは躊躇無く扉を開いた。扉の中は中庭になっていた。地面は芝生になっており、霧も晴れ夏の日差しがソレット達に降り注ぐ。
「······あの緑の魔法衣を着た者ですか?ハリアス」
クリスが中庭にあるベンチに腰掛けている男を見る。ハリアスは無言で頷いた。
「お前は何者だ?精霊の神の復活を目論む輩か?」
ソレットが先頭に立ち、ベンチに座る男に質問する。男はベンチに座りながら、首を横に振った。
「······まったくあり得ん事だ。余が座る場所が黄金の玉座では無く、こんな薄汚れた木製の椅子だとは」
男は嘆きながらベンチで足を組んだ。年齢は五十代後半。金髪の長い髪は肩まで届き、細見の身体同様、顔も細かった。
だが、その残忍そうに歪んだ両目は、常人のそれとは明らかに異なっていた。
「俺の名はソレット。お前がその輩ならば、倒して先に進ませて貰う」
ソレットは腰の剣を抜き、緑の魔法衣の男に向ける。金髪の男は、二度目のため息を吐く。
「余の名はハーガット。下賤の者共は狂気王などと余を貶めるがな」
男がハーガットと名乗った途端、ハリアスが驚きの声を上げた。
「馬鹿な!?狂気王ハーガットは、歴史書にも残っていない程の大昔の人物だ!」
ハリアスの叫び声に、ハーガットは退屈そうに額に指をつける。
「余はラバートラの黄金の剣で現世に呼び寄せられたのだ。この余に向かってあれこれ命令するなど。ガジスト一族めが。分をわきまえない連中だ」
ハーガットは視線を手元に移した。かつて狂気王と呼ばれた男は、膝に古書を置き静かに読書を始める。
「······ハリアス。お前が奴について知っている事は?」
ゴントも剣を構え、ハーガットから視線を外さずハリアスに質問する。
「······国を乗っ取り、民衆を虐殺した狂気王と言い伝えられている。しかも、国が亡ぶとまた別の国を支配し虐殺を繰り返したそうだ」
ハリアスの説明にソレット達四人は、目の前で物静かに古書を読む男に底知れぬ闇を感じ取った。
「その説明は公正では無いな」
ハーガットは静かに呟いた。古書のページをめくりながら、組んでいた足を逆に組み変える。
「余は壮大な実験を行ったのだ。国と言う実験体を活用してな」
狂気王と呼ばれたハーガットは語り始めた。それは、自らが行った虐殺の歴史だった。




