単眼の悪魔は、狩猟を愉しむ。
マクラン要塞内の大広間では、巻き起こった粉塵がようやく収まりかけてきた。その中をチロル、ヒマルヤ、ラストルが疾走する。
「はああっ!!」
ラストルが跳躍し、両手に握った剣を一閃る。
「その左腕貰い受けるぞ!」
ヒマルヤが魔法石の杖を振り、漆黒の鞭が唸りを上げてジャミライスの左腕を狙う。
ラストルが左から、ヒマルヤが右からジャミライスを襲う。その二人に歩を合わせるように、チロルは正面から光の剣を振り下ろした。
「そ、そんな!?」
後方でモンブラが叫んだ。隣のアマラを庇うように立つ若者が目にした物は、チロル達の攻撃が全て防がれた光景だった。
ラストルの渾身の一撃は、ジャミライスが右手に持つ大剣で弾かれた。ラストルの光の剣に触れても、ジャミライスの大剣は刃こぼれ一つしなかった。
ヒマルヤの漆黒の鞭は、ジャミライスの左手にあった盾で防がれた。否。漆黒の鞭は切断された。
ジャミライスの盾には、獣の口が装飾されていた。その口が突如開き、ヒマルヤの漆黒の鞭を噛み切った。
そしてチロルの一刀には、ジャミライスは頭部を傾け頭に生えた無数の刃で止める。
「······硬い!」
「なんだこの盾は?漆黒の鞭を噛み切っただと!?」
「奴の大剣は、光の剣と同格なのか!?」
チロル、ヒマルヤ、ラストルが困惑の声をそれぞれ出す。三人の必殺の一撃は、ジャミライスに完全に防がれた。
「ワシのこの剣は、魔力に応じて威力を増す魔剣じゃ。そしてこの盾の口は、地獄に通じていると言われておる。そしてワシのこの頭は······」
ジャミライスは再び頭部を傾ける。頭部に怪しく煌めく無数の刃が、チロル達に向けられた。
「煉獄の死髮。そう呼ばれておる」
ジャミライスが言い終えた瞬間、頭部に生えた無数の刃が飛び出し、チロル達を襲った。
「······速い!障壁が間に合わないわ!」
チロルは光の剣を盾にして刃を防ぐ。刃は空気を切り裂く音と共に高速、かつ無差別にこの大広間を串刺しにして行った。
「モンブラさん!アマラさん!無事ですか!?」
足元のラフトの無事を確認してから、チロルは急いで振り返る。モンブラとアマラの前には、黒い甲冑を纏った魔族が仁王立ちしていた。
「大丈夫だ銀髪の嬢ちゃん。二人は無事だ」
ボネットは自らの大剣で刃を叩き落とし、モンブラとアマラを救った。
「モンブラ。この単眼の化物は俺が相手をする。お前達は先に行け」
「ボ、ボネット様!?無茶です。あの単眼の異形者は普通ではありません」
ボネットの無謀な言に、モンブラが必死に静止する。
「······そうだ。あの化物は危険過ぎる。俺の言いたい事が分かるなモンブラ?」
モンブラはボネットの意図を察した。このまま全員でジャミライスと戦えば、最悪全滅も有り得るとボネットは暗に言っているのだ。
「目的を違えるなモンブラ。俺達はウェンデルの身体を取り戻しに来たんだ。化物退治じゃない」
ボネットは話しながら、チロル達に目で合図する。チロルは数瞬の迷いから決断した。ボネットにジャミライスの足止めを頼み、先に進む事を。
「お願いしますボネットさん。ラフト!ついて来なさい」
チロルが叫び、長い銀髪を揺らし大広間の出口から駆けていく。白猫が主人を追い、エルドがジャミライスを警戒しながらそれに続く。
「ラストル。村に帰郷するなら、何故私も誘わない?」
突然ヒマルヤがラストルに質問して来た。戦いに神経を集中していたラストルは、一瞬ヒマルヤの言葉が理解出来なかった。
「ヒ、ヒマルヤ。チロルと僕の話を聞いていたの?」
ラストルは、昨夜の塔の上でのチロルとの会話を思い出した。途端にラストルは顔を赤面させる。
「ふふ。冗談だラストル。残念だが私はそなたの村には行けん。この戦いが終わったら、私は自分の国に帰ろうと思っている」
ヒマルヤは一瞬だけ懐かしそうに目を細めた。かつて魔王として君臨した国。魔王の座を降りてからは国王として座していた国。
そして玉座と国から立ち去り、三年の月日が経過した。ラストルはヒマルヤの心中を計り兼ねていた。
「······ヒマルヤ。また国王になるの?」
ラストルの言葉に、ヒマルヤは静かに首を横に振った。
「それは無い。ただ国の役に立ちたいのだ。一兵卒としてな。その実力はついたと自信を持って言える」
ヒマルヤは微笑した。それは、ラストルが今までに見た事が無いくらい大人びた笑顔だった。
「かような理由でラストル。チロルは一時そなたに任せる。私が不在だからと言って、チロルに失礼は許さぬぞ」
ヒマルヤはそう言い終えると、ラストルに衝撃波の呪文を唱えた。驚くラストルの表情をヒマルヤは笑顔で見送り、ラストルはチロルが走り去った方向へ吹き飛び消えた。
「ボネットさん。失礼します」
アマラがそう言うと、両手をボネットの剣先に置いた。アマラの両手から青い光が輝き、その光はボネットの刀身に移って行く。
「使えるのは一度だけですが、精霊の力をこの剣に込めました」
アマラはその力の使用方法をボネットに説明した。短髪の魔族は、アマラとモンブラの頭に手を添えた。
「有り難く使わせて貰うぜ嬢ちゃん。モンブラ。三年前の再現だ。再びこの世界を救ってみろ」
ボネットの言葉にモンブラは力強く頷き、
アマラの手を引き走り出した。
「御武運を!ボネット様!」
去り際のモンブラの顔は、ボネットを安心させるに十分だった。
「······あの小僧がよく成長した物だな」
称賛と好意が混ざった言葉を、ボネットは呟いた。特殊な能力が無い普通の人間。モンブラの勇気と行動力を知らぬ者は、彼をそう言い捨てるかもしれなかった。
だがボネットは知っていた。モンブラの不屈の心の強さを。それが、三年前に世界を救う事に繋がった。
「······ネグリット先生。アンタが遺した最良の教え子は、モンブラかも知れないな」
かつて袂をわかった師の名を、ボネットは独語した。ジャミライスが鎮座するこの大広間に、二人の魔族が残った。
「何故残ったヒマルヤ?」
ボネットの問いかけに、ヒマルヤは心外そうに顔をしかめる。
「そなたに後で見捨てられたと言われては困るからな。私はチロルやラストルより年上だ。年長者が義務を果たさなければな」
正確にはヒマルヤはラストルと同い年だったが、生まれた月がラストルより二ヶ月早かった。
「理屈っぽい奴だなお前さんは。まあいい。魔族同士、仲良く化物の相手を務めるか」
ボネットが化物と言った相手は、いつの間にか閉じていた単眼を緩慢に開いた。
「おっといかんな。戦いの最中に居眠りとはな。さて?お主ら二人がワシの足止めに選ばれたのか?」
ジャミライスは歪んだ笑みを浮かべ、エルドに裂かれた右足首を気にする様な素振りを見せた。
「故意に静観してい癖にふざけた奴だな。お前みたいな化物でも、エルドに切られた傷が痛むのか?」
ボネットの言葉は正鵠を射ていた。ジャミライスは立ち去るチロル達を敢えて追撃せず、傍観していた。
「一人ずつ追い詰めて仕留めるのも、狩猟のようで一興じゃて。だがこの足では思うように動けんのう。ラバートラにアルミドレスも呼び寄せて貰わんと不便で敵わん」
ジャミライスが裂かれたアキレス腱をため息混じりに見つめる。
「そのアルミドレスとやらは、そなたの生前の仲間か?」
ヒマルヤがジャミライスと距離を取りながら質問する。
「そうじゃ。アルミドレスはかつて聖者と呼ばれた賢人でな。地上の最後の希望と言われ、ワシに挑んで来た」
ジャミライスは嬉々として昔話を始めた。アルミドレスはジャミライスに敗れ、精神的、肉体的共に恐ろしい拷問を単眼の悪魔から受けた。
聖者と言われたアルミドレスの精神は崩壊し、ジャミライスはそんな聖者を家畜のように奴隷にした。
「アルミドレスは治癒の呪文が得意でな。戦場から戻ったワシの傷をいつも癒してくれたぞ」
ジャミライスの昔話に、ヒマルヤは嫌悪感を隠さなかった。だが、ボネットは素朴な疑問を単眼の悪魔に問う。
「一つ分からんな。そんな聖者を倒すお前が、どうやって息絶えたんだ?病死か寿命か?」
ボネットは大剣を肩に載せ、単眼の悪魔の末路を問い正す。
「天界の騎士達に殺された。地上でワシは勇者や魔王と呼ばれる者達を殺し尽くした。そんな折、背に羽を生やした天界の騎士と名乗る連中が目の前に現れてのお」
ジャミライスの生前の話に、ボネットが無視出来ない固有名詞があった。ボネットがモンブラと世界を放浪した三年間。
鳥人一族と呼ばれる羽を生やした者達と出会った事があったのだ。彼等はその羽で空を飛び、遠い祖先は天界から降りてきたと伝えられていた。
「······まさか。本当に天界などと言う物が存在していたのか」
ボネットは目を見開き驚愕した。この図々しい男でも、未知の事柄には素直に驚く性格も持っていた。
「その天界の騎士に、お主は倒されたと言う訳か」
ヒマルヤがジャミライスを睨みながら質問する。十八歳の魔族の若者は、いい気味だと言わんばかりの表情をしていた。
「懐かしいのお。ワシの目の前に百人は現れたわ。そ奴らをなぶり殺しにして、天界まで攻め入った物じゃ」
ヒマルヤとボネットは絶句した。単眼の悪魔は、その虐殺を懐かしむように不気味な笑みを絶やさなかった。




