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草原の戦の幕が開け、集いし強者が牙をむく。

 ゾルイドは馬上で両目を閉じていた。それは、戦いが始まる前の彼の儀式の様な物だった。


 戦場でのゾルイドは、敵兵から悪鬼羅刹と形容される事があった。内に秘めたその殺意の衝動を抑えるかの様に、ゾルイドは目を開かなかった。


「陛下。言って参ります」


 ゾルイドの耳に、この地上で唯一自分の事を陛下と呼ぶ者の声が聞こえた。いずれこの世界を征服すれば、全世界の彼の臣民が自分の事を陛下と呼ぶ筈だった。


「霧は晴れそうか?モラット」


 ゾルイドは静かに目を開いた。隣で茶色い髪の少年が空を見上げる。


「その様ですね。それよりも、精霊達が尋常じゃない騒ぎを起こしています。ラバートラの降臨儀式は間近かもしれません」


 少年はそう言うと、身体を浮遊させた。目的地は目の前にあるマクラン要塞だ。その時、ゾルイドの鼻孔にかすかにベルガモットの香りがした。


 モラットは戦いの際、乾燥させたベルガモットを小袋に入れ首にかけていた。


「今日もその香り袋を身に着けているのか。モラット」


 高度を上げていく少年を、ゾルイドは見上げる。


「もしもの時の為です。陛下。僕が死んだら、このベルガモットの香りを風に乗せて陛下に届けます。残念ですが、その後の覇行はお一人で頑張って下さい」


 少年の声色は、冗談とも真剣とも判別がつかなかった。


「死ぬなよモラット。私の治める世を一番に見るのはお前だ」


 ゾルイドは旗揚げ当初から付き従った少年を、力強い目で見つめる。


「勿論です。僕が居なかったら、陛下の覇行は十年は遅れるでしょうから」


 少年はゾルイドを見下ろし、不敵に笑った。ゾルイドを無言で笑みを返す。


「行って来い。我が腹心よ」


「はい。御武運を。陛下」


 少年と若き覇王は、それぞれの戦場に向かった。



「ゾルイド軍団が動き始めました!!マクラン要塞に真っ直ぐに向かっています!」


 偵察隊からの報告を、トウリュウは仮設テントを出る所で受けた。


「霧が晴れた途端にこれか。奴さん、俺よりせっかちな性格らしいな」


 言いながらトウリュウは、愛馬に股がる。決戦の今日も、トウリュウは甲冑を身に着けず、ボロ切れの衣服のままだった。


「戦をおっぱじめる前に、皆に言っておきてぇ事がある」


 臨戦態勢に入る陣中で、トウリュウの声が響いた。


「この戦は、これから始まる俺の戦いの第一歩だ。俺はこの要塞を拠点にして誰にも、何処にも負けない国を作る。身分制度の無い、誰もが平等に暮らせる国だ」


 トウリュウの太く大きい声は、軍団の隅々まで通っていく。


「それが実現すれば、俺達チンピラは一人残らず歴史にその名を刻める!恋人に。家族に。自分の成し遂げた事を誇れるんだ!!」


 野党に進んでなった者。止む終えなく身を落とした者。様々な事情を抱える荒くれ者達は、トウリュウの言葉を真剣に聞いている。


「これは祭りだ!この世をひっくり返す、大祭りだ!!野郎共、祭りに乗り遅れるなよ!!」


 トウリュウの大声の後、陣中から大歓声が上がった。皆一様に拳を振り上げ、トウリュウの名を叫ぶ。


「ライハク!戦い方はお前さんに任せるが、今日は俺も一緒させて貰うぜ!」


 トウリュウの言葉にライハクは唖然とした。いつも後方でふんぞり返っているこの頭領は、自ら最前線に赴く事を宣言した。


「シャロイ!お前はうちの軍団の癒やしの女神だ。後方支援を頼むぜ。アーマス!お前はシャロイ達後方部隊をしっかり警護しろ!」


 トウリュウの意外な言葉に、魔族の少女は返答に窮した。アーマスはそんなシャロイを一瞥し頷いた。


「クレイド!お前は俺の後ろをしっかり守れ!そうすれば、俺は安心して前を見ていられる」


 トウリュウの言葉は、クレイドにとって指示以外の何かを感じさせた。


「······前ばかりを見て、お前は何処まで行くんだトウリュウ?」


 クレイドは馬上から、トウリュウの背中を見た。


「クレイド。誰も切り開いた事の無い道を俺が作って行く。道の途中で俺がくたばったら、俺の屍を踏み越えてお前がその先の道を作るんだ」


 金髪の少年は、胸の奥底が沸き立つような感覚に襲われた。その感覚は、目の前の貧相な男の口から溢れる一語一語で確かな物に変化していく。


「······勝手な事を言うなトウリュウ。僕にお前の後継者にでもなれと言うのか?」


「クレイド。お前は好奇心の塊みたいな奴だ。俺が思い描く世界を、見たいと思ってんじゃねぇか?」


 トウリュウのこの一言が、クレイドの不鮮明だった心の靄を吹き消した。そして自問自答する。


『······僕は、この男に憧れに近い感情を抱いているのか?』


 金髪の少年の思案を無視し、トウリュウが大口を開けた。


「クレイド。俺の目指す世界を自分の手で創る事を想像して見ろ。お前の好奇心は、もう止められないさ」


 少年の心を見透かしたようにトウリュウは破顔し、金細工で装飾された見栄えのする剣をかざした。


「行くぞ野郎共!俺に続けぇ!!」


 トウリュウは愛馬を駆り、雄叫びを上げる。頭領に続くように、軍団が一斉に声を上げ突撃して行く。


 こうして、三つの軍団による要塞の所有権を賭けたマクラン会戦が開始された。


 この会戦に先立ち、武器商人マクランは三つの軍団が拮抗するように援助を調整していた。


 勿論それは、三つの軍団を共倒れさせる為だ。だが、トウリュウ、ゾルイド、ウラフはマクランの想像を超える躍進を遂げていった。


 三つの軍団がこの会戦に揃えた兵力は、拮抗とは程遠い物となった。トウリュウ軍団八千。ゾルイド軍団一万二千。


 そしてウラフ軍団はトワイス軍に受けた被害により七千に数を減らしていた。兵の数に置いては、ゾルイドが圧倒的有利に立っていた。


「ゾルイド軍団が反転して来ます!!」


 悲鳴のような部下の報告を聞き、トウリュウは目を細めた。ゾルイド軍団は要塞に殺到すると見せかけ、その進行方向をトウリュウ軍団に変えた。


「コイツは誘いに乗っちまったかな。奴さん。最初からこれが目的か」


トウリュウが表情を歪めた。ゾルイドにとっては、相手がトウリュウでもウラフでもどちらでも良かった。


 ゾルイドを追ってきた相手がトウリュウだった為、最初に血祭りに上げる相手が決まっただけだ。


 ゾルイドは一撃でトウリュウ軍団を破り、まだ動きを見せないウラフ軍団を時間差で殲滅するつもりだった。


 この時代の大規模な組織戦において、緒戦の弓矢や遠距離魔法攻撃は、決定打になり得なかった。


 互いの軍に在席している魔法使いが、物理障壁と魔法障壁を張るからだ。弓矢は遠距離魔法は暫し儀礼的に行われ、勝負は白刃が舞う接近戦で決せられた。


「······あの先頭を走る赤い甲冑の男。あれがゾルイドに間違いはあるまい」


 ライハクが手にした槍を構え、トウリュウの前に出る。


「おいおいライハク。今日ばかりは俺に任せろよ。俺の隠し続けだ実力を披露する時が来たってモンだぜ」


 トウリュウはそう言うと、再びライハクの前に躍り出た。ライハクは呆れが通り越して呆然とし、この調子の良い首領を静止出来なかった。


 ゾルイドの悪魔的な武勇を、トウリュウが知らぬ訳が無い筈だった。トウリュウは荒々しく馬を駆り、ゾルイドに一直線に向かって行った。


「お初にお目にかかるぜゾルイド!俺の名はトウリュウ!この世界を変える······」


 トウリュウの言葉は半ばで途切れた。否、強制的に中断させられた。ゾルイドの赤い槍が一閃し、トウリュウの右頬をかすめた。


「ほう。よく避けたな。今お前はトウリュウと名乗ったか?」


 ゾルイドは愛馬を巧みに操り、第二撃を放つ体制を作る。一方、トウリュウは余りにも凄まじいゾルイドの一撃に、頬から流れる血も気づかず呆然とする。


「この軍団の首領は、随分と貧相な成りをしているのだな」


 ゾルイドは大魚を討ち取る機会を目の前にしても、寸分も落ち着きを失わかった。それは、まるで道端の花を折るかのように自然な動作で槍を突き出そうとした。


「退けトウリュウ!!」


 トウリュウの命を手折る一撃は、ライハクの槍によって寸前で防がれた。必殺の一撃を止められたゾルイドは、表情をしかめる。


「コイツの相手は俺がする。お前は軍の指揮を取れ!」


 ライハクはゾルイドの前に立ち塞がり、背後の首領に命令する。


「······ライハク。お前は俺の作る国の大将軍にする予定だ。絶対に死んでくれぬなよ。いや、絶対に死ぬな」


 トウリュウの懇願するような言葉に、ライハクは振り向きもせず答える。


「······トウリュウ。それは命令か?」


 ライハクの意外な問いに、トウリュウは一瞬戸惑った。


「トウリュウ。お前の創る国は皆が平等なのだろう。その国に大将軍など必要なのか?」


 ライハクの言葉の意図を、トウリュウはようやく理解した。


「······そうだなライハク。俺の国に大将軍なんか要らねえ。これは悪友としての頼みだ。死ぬな。絶対に」


 トウリュウの言葉に、ライハクは振り向き微笑した。


「······悪友か。それも悪くあるまい」


 ライハクは言うと同時に、ゾルイドと火花を散らしながら槍を交える。マクラン会戦は、若き覇王と黒髭の猛将の一騎打ちで幕を開けた。


 


 


 




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