難攻不落の要塞に、生贄達が集められる。
早朝、マクラン草原では濃い霧が発生していた。視界を遮る霧の中、草原に集結した三つの軍団はそれぞれ偵察隊を送り出した。
偵察隊は数歩先も見えない状況の中、天候を呪いながら己の勘と経験を頼りに、敵軍団の居所を探る。
「思った通りだな。敵さん達もがめついこった」
設営されたテントの中で、トウリュウは偵察隊の報告を受けてぼやいた。ゾルイド軍団とウラフ軍団は、マクラン要塞すぐ近くに布陣していた。
これは、両陣営が隙あらば要塞を奪う意図があると見られた。要塞を得る権利は会戦の勝利者の筈だったが、事実上早いもの勝ちの様相になってきた。
「どの口が言っているんだ。お前が一番早く要塞近くに陣取っただろう」
グレイドが机の上に置かれた地図を見ながら、トウリュウの図々しさを指摘した。シャロイ、アーマス、ライハクも呆れた視線でこの軍団の首領を見る。
「クレイド。俺はせっかちな性格なだけだ。祭りの前日は興奮して眠れない質でな。で?どうするライハク。こっちから仕掛けるか?」
首領としての責任を丸投げするように、トウリュウはライハクに作戦を問いかける。否、決めさせる。
「どの道この霧が晴れない事には戦にならん。ゾルイドとウラフも同じ考えだろう」
ライハクは素っ気なく答える。だが霧が晴れた時。それは、三つ巴の要塞争奪戦の始まりとなる筈だった。
「こうなると軍団同士の戦いは二の次になり、各軍団は要塞奪取に血眼になる可能性が高いな」
クレイドはそう言って地図に書かれたマクラン要塞を指差す。それは、手にする事を誰もが望む難攻不落の巨大要塞だった。
マクラン要塞は草原の中に在りながら、地下水を利用した二重の堀があった。その堀は水深が深く幅が長い。普通のハシゴをかけようにもとても届かない長さだった。
強固な城壁は五重に連なり、各城壁からは弓矢の雨を降らす事が可能だ。要塞の敷地内には小麦畑、野菜畑、果樹園があり、自給能力も高く長期戦の攻城戦に強い。
この要塞の築年数は不明だが、数百年以上前から増築と修復を繰り返され形はいびつだ。だが、見る者を圧倒する巨大さだった。
その城壁に、空から降り立つ集団がいた。集団は迷う様子も無く、要塞内に消えて行った。
「アマラのお陰だね。この霧の中でも無事要塞に着地出来た」
全身黒衣のエルドが少女を称賛する。チロル達は風の呪文でこの要塞に飛来した。その際、アマラが風の精霊の力を使い霧を霧散させた。
お陰でチロル達は要塞を見失う事なく着地出来た。アマラは微笑しエルドに応えた。
「エルドさんが入手してくれたこの要塞の見取り図も助かりますよ。こんな大きな要塞、見た事が無いですから」
ラストルが要塞内を見渡しながら呆れた口調で呟く。
「ありがとうラストル。そう言って貰えると、苦労して手に入れた甲斐があるよ」
エルドは笑いながらも、一行の先頭を歩き、壁や床に罠が仕込まれて無いか確認しながら慎重に進む。
エルドが安全を確認すると、後続の者達が後を追う。エルドから少し距離を置きチロル、白猫のラフト、ヒマルヤ、ラストル。その後にモンブラとアマラ。最後尾にボネットがそれに続く。
「しかし何だな。外観もでかいが、内部も通路一つ取っても広いな」
ボネットが高い天井を見上げながら呟く。短髪の魔族が言う通り、普通の通路も道幅が広く天井が高かった。
「しかしこの静けさは何だ。まるで要塞内が無人のようだぞ」
チロルと並びながら歩くヒマルヤの声が、長く続く通路内に響く。
「テデスとクダラ達は、それ程精霊使いを集められなかったと言う事でしょうか」
アマラに寄り添うように歩くモンブラが口を開くと、アマラは静かに頷いた。
「その可能性は充分にあります。精霊の神がこの地上から姿を消してから、余りに長い時間が経過しました。弱まった精霊の力を操る人材を探すのも簡単では無い筈です」
テデスとクダラ。兄と姉の暴挙を止める。アマラの表情には迷いが無かった。
その時だった。通路の壁に等間隔で設置されていた蝋燭に火が灯された。火は次々と通路の奥深くまで点火されて行く。
それは、まるでチロル達侵入者を案内するかのようだった。通路の分かれ道も火が灯されるのは一方だけだった。
「これも精霊の力か。蝋燭の自動点火とは便利な物だな」
軽口を叩くボネットの黒い甲冑に、蝋燭の光が揺らめく。先頭のエルドは後ろを振り返りチロルの顔を見る。
「行きましょう。エルド兄さん。精霊使いさん達は私達を呼んでいます」
今日もいつものように、ボロボロの皮の鎧を身に着けたチロルが兄貴分に答える。七人と一匹は、蝋燭の光に導かれるように要塞内を進んでいった。
チロル達は、通常の三倍の大きさはある扉の前に止まった。蝋燭はここで途切れており、迷わず一行は扉を開け中に足を踏み入れた。
扉の中は大広間だった。装飾が施されていない一面石造りの部屋だ。天井は高く、ボネットがこれならゴーレムも入れると言った程だった。
「······来てしまったんだね。チロル」
大広間の奥から少年の声がした。七人は声の方向に身構える。その瞬間、大広間の壁の蝋燭にも火が灯り、広間内を明るくしていった。
「······リックさん。ウェンデル兄さんは何処ですか?」
紫色の髪が光に照らされた少年はチロルの問いかけを聞き、垂れた目を悲しげに細める。
「······チロル。今すぐラバートラの兜を置いて逃げるんだ。そうしないと、君達は死ぬ事になる」
「兜はどうでもいいですが、ウェンデル兄さんは返して貰います。それが叶う迄、私達は一歩も引きません」
リックの警告に、チロルは毅然と反論する。その言葉に侵し難い決意をリックは感じた。
「チロル!君は知らないから、そんな事を言えるんだ。僕は見たんだ!あれは人の手に負える代物じゃないんだ!」
絶叫したリックは、言い終えた瞬間に顔から血の気が引いていく。リックの背後から、何かが近付いて来る。
「······小僧。お主は敵と味方どちらじゃ。ワシの邪魔立てをするのなら、一緒に片付けるぞ」
「······ジャ、ジャミライス」
リックは背後から聞こえた低い声に、怯えた声を出した。その声の主は一つ眼だった。頭部には髪の毛では無く、鋭く硬質な刃が何百本も生えているように光っていた。
身長は三メートル近くあり、蛇が共食いしている装飾が成された白く禍々しい形をした甲冑を纏っていた。右手には巨大な剣、左手には同じく巨大な盾を持っていた。
ジャミライスと呼ばれた巨人は、単眼を見開き侵入者達を興味深そうに眺める。
「······永い眠りから覚めての、久方の戦じゃ。存分にワシを愉しませてくれよ」
鋭い牙を覗かせた口を釣り上げ、ジャミライスは哄笑する。
「······馬鹿な!オルギスが言っていた、伝説の化物達なのか?ラバートラを既に復活させたのか?」
冷静なエルドが動揺する。それが本当なら、奪還しに来た筈のウェンデルの身体はラバートラに乗っ取られた事になる。
「ラバートラはまだ復活していないよ。テデスが命を犠牲にして、ジャミライス達を黄金の剣で呼び寄せたんだ」
ジャミライスから距離を置きながら、リックが事の真相をエルド達に伝える。
「テデス兄さんが!?ラバートラを一時的に降臨させたのですか?」
突然の兄の訃報に、アマラは複雑な心境だった。覚悟していたとは言え、兄弟の死はやはり少女には重かった。
「ゆくぞ!人の形をした脆弱な者共よ!!」
ジャミライスの咆哮と共に、単眼が大きく見開いた。その単眼が発光した瞬間、単眼から細い光の線が飛び出した。
高速の光線が地に触れた瞬間、大広間で閃光と共に大爆発が起きた。




