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双子の片割れは、その命を使い精霊の神を降臨させる。

 黄色い髪の青年は、三年前からある組織の監視下に置かれていた。青年個人では無い。青年が束ねる一族全体が監視されていた。


 だが、三ヶ月前からその組織の監視が消えた。青年が集めた情報によると、自分達を監視していた組織は壊滅したと知った。


 本来なら青年は狂喜して良い所だったが、生来の用心深さが機能したのか、青年は粛々とこれまで通りの仕事をこなしていた。


 そんな折、青年は突然の訪問者の応対をしていた。


「バタフシャーン一族は好き勝手に行動していないみたいね」


 先代とはかなり差異がある質素な執務室で、茶色い髪の魔族の少女は足を組みながら椅子に座っていた。


 三年前、戦場で目の前に座る少女に拘束されたべロットは、場違いな感慨深さに浸っていた。


 あの時の少女が、美しく成長した物だと。勝者無き戦争時、当時のバタフシャーン一族の頭領は、青と魔の賢人に敵対する行動を見せた。


 その後の戦後処理で、バタフシャーン一族は青と魔の賢人から厳しい監視と管理を受ける事となる。


 まず死亡した先代の頭領の変わりに、比較的賢人達に従順なべロットが新しい頭領に据えられた。


 バタフシャーン一族がその生業とする魔物の製造は受注、生産、発送と厳しく管理、監視、制限された。


 独立気風の強いバタフシャーン一族の職人達は強く反発したが、今は我慢の時だとべロットは職人や他の一族達をなんとかなだめすかした。


「べロットさん。貴方達組織の情報網なら、もう耳に入っているでしょう?私達青と魔の賢人が滅んだと」


 メーシャがべロットの目を真っ直ぐに見る。青と魔の賢人に属する本人にその言葉を聞くと、改めてべロットは驚愕させられる。


 あの化物の集団をどうやって壊滅させたのかと。


「私が今日ここに来たのは、お願いの為よ。半月後、マクラン草原で戦争が起こるわ。それに関係する者達に魔物を売らないで。それだけよ」


 命令では無くお願いと少女は言った。その言葉は、少女が今置かれている状況を如実に物語っていた。


「メーシャさん。一応聞いておきますが、もし私達がその申し出を断ったら?」


 べロットの言葉に、メーシャは短く笑った。黄色い髪の青年は、それは虚勢とは感じられなかった。


「べロットさん。私達は必ず組織を再建するわ。そして私達の方針に逆らった者達に報復する。一つ残らず。例外無くね」


 将来報復されたくなければ、これまで通り自分達の言う事を聞け。べロットは頭の中で魔族の少女の言葉をそう翻訳した。


「分かりましたメーシャさん。言う通りにしましょう。その代わりにこちらも要望があります。聞いて頂けますか?」


 メーシャは黙って頷いた。べロットは一月辺りの魔物の生産数の二割増産を要求し、了承された。


「べロットさん。貴方が賢明な頭領で助かったわ。組織を再建したら、この恩は厚く報いる事を約束します」


 メーシャはそう言い残し、去って行った。その後ろ姿を見送りながら、べロットは自分の判断が正しかったのか考えていた。


「頭領など、元々私には分を超えた役目だ。一族の未来にまで確たる責任は追えない」


 ため息をつきながら、黄色い髪の青年は一人呟いた。


 街の宿屋に戻ったメーシャは、受付を通る際宿屋の主人に声をかけられた。


「嬢ちゃん。アンタの旦那が子供の世話で大変そうだったぞ。幼児には母親がついてなくちゃいかん」


 宿屋の主人の余計なお世話と心配の言葉に、メーシャは頬を赤くした。事情を説明するとややこしくなると判断し、黙って頷き部屋に戻った。


 部屋に戻ると、誤解された旦那がおしめを片手にパルシャを追いかけていた。パルシャは裸のままローニルから笑いながら逃げる。


「······お帰りメーシャ。こら、パルシャ。こっちに来てよ」


「······ただいま。ローニル」


 タクボとルトガルの定期連絡によって、マクラン要塞への出立日は十日後と決まった。勿論パルシャは教会に預けるつもりだった。


 しかし、教会での言い訳を今から考える必要があると、茶色い髪の少女は思案していた。



「チロル。こんな所にいたんだ」


「ラストル。よくここだって分かったね」


 カリフェース大聖堂の塔の最上部に腰掛けていたチロルは、夜空を見上げていた。ラストルもそれに倣い雲一つ無い満天の夜空を見つめる。


「チロルはたまに夜空を見ているよね。星が好きなの?」


「······星は好きだよ。星はいつも静かにそこに佇んでいるから。この地上で争いばかり起こしている生き物達とは違うわ」


 チロルの言葉は、人間や魔族を嫌悪するかのようにラストルには聞こえた。


「······明日は大きな戦いになる。早く休まないと身体に障るよ」


「うん。そうだね」


 チロルはゆっくりと起き上がり、小さく身体を伸ばした。


「······チロル。明日の戦いが終わったら、僕の村に来ない?」


「え?ラストルの村に?」


 ラストルはこの言葉を用意してい訳では無かった。何気なくチロルを誘った後に、急激に胸の鼓動が早くなってきた。


「あ、いや、その。チロルに見て欲しいんだ。僕の故郷を」


 頬を朱色に染める少年に、チロルは穏やかに笑った。


「······そうだね。私もラストルの故郷を見てみたいな。皆で行こうね」


「う、うん。皆で行こう」


 チロルの返答に、ラストルは胸の中で隠しようが無い落胆を感じていた。何故自分はこんな失望感を感じているのか。


『······僕は、チロルだけに村に来て欲しかったのか?』


「ラストル?どうしたの。部屋に行こうよ」


 明確な形になって来た、自分の心の想いに困惑していたラストルは、チロルの呼び掛けに反応が遅れた。


 世界を静寂に包む星々は、そんな少年少女を静かに見送っていた。



 マクラン要塞では、その所有権が一時的に変わろうとしていた。自分の名を冠した要塞を出たマクランは、特段名残惜しい素振り一つ見せなかった。


「マクラン様。宜しいのですか?あのような怪しい者達に、この要塞を貸し与えても」


 馬上のマクランは、後ろからの部下の声に迷わず答える。


「構わんさ。この要塞を売っても釣りが来る報酬は貰った。あの双子がこの要塞をどう使おうと知った事ではない」


 部下からの返答は無かった。訝しく思ったマクランに部下をふり返ると、部下は大口を開けて空を指差していた。


「······マ、マクラン様。そ、空が」


 部下の指差す方角をマクランも見る。それは異様な光景だった。先程まで晴天だった空は薄暗くなり、マクラン要塞の真上で厚い雲が渦巻いていた。


「······理解出来ない事は考えるな。我々は自己の信じる物を信じればいい」


 マクランは部下にそう言って馬を走らせた。マクランの部下はふと考えた。自分の上司であるマクランの信じる物とは一体何か。


 それはやはり富か。マクランに離されないよう、部下は慌てて馬の腹を蹴った。


 ······マクラン要塞は、耳が痛くなる程の無音だった。巨大な要塞内は無人だった。数人の精霊使いを除いて。


 要塞内に王の間と呼ばれる大広間があった。その玉座の前に、黒い繭に覆われた塊が屹立していた。


 ラバートラの髪によって拘束されたオルギスの変わり果てた姿だった。その繭の塊の周辺に、五人の人影があった。


「モラットはまだ来ないの?テデス」


 リックが不安そうな表情でテデスに問いかける。テデスは無言で首を横に振る。


「モラットは明日の会戦時に合流するそうだ」


 テデスの返答に、ウォッカルが鼻息を荒くする。


「本当に来るのか?あのガキ。俺はあの生意気さは気に食わないね」


 そんなウォッカルの不平を無視するように、クダラがテデスに深刻な表情で話しかける。


「······テデス。やはり器には私がなるわ。私は右手首を失っている。貴方が残ったほうが戦力になる筈よ」


「クダラ。その話は何度もしただろう。子を産める女のお前が残り、正統後継者の血を絶やさない。簡単な二者択一だ」


 テデスの言葉に、クダラは納得出来なかった。子孫を残すのなら、テデスにもそれが可能だからだ。


「······双子とは言え、俺は一応兄だ。最後くらい兄の言う事を聞け。クダラ」


 ターラは双子の兄弟の会話を聞きながら驚愕していた。これまで鉄仮面のように無表情だったテデスとクダラに、血の通った人の感情の色が出ていた。


「ターラ。リック。ウォッカル。最後の頼みだ。クダラを助けてやってくれ」


 テデスの言葉に、ターラ達は緊張感に包まれる。これから何が起こるか聞いていた三人は、テデスの壮絶な決断にただ無言で見守るしかなかった。


 テデスはラバートラの黄金の甲冑を着ていた。右手には黄金の剣が握られており、クダラが古びた壺をテデスに向ける。


「これより精霊の神、ラバートラの復活の儀式を行う。だがこれは一時的な物であり、本番は明日だ」


 テデスの低い声が王の間に響く。明日、黄金の兜を携えてチロル達がこの要塞にやってくる。


 不本意ながら、テデス達精霊使いの戦力は不足していた。それを補う為に、テデスは命を犠牲にしてラバートラを一時的に復活させると言う。


「······クダラ。後を頼む」


「······ええ。必ず精霊の世を復活させるわ」


 クダラが手にした壺の口をテデスに向けた。壺の中から琥珀色の液体がテデスにかかる。


 数多の強者達力から奪った力の源泉を液体に変えた物。それは、テデスとクダラが三年かけて集め続けた成果だった。

 

 液体をかぶったテデスの全身は黄金色に包まれ、その輝きは強く、濃くなっていく。この王の間の遥か頭上の空では、黒い雲が渦を巻いていた。


 マクラン達がこの空を目撃したのは、正にテデスがその身に精霊の神を降臨させようとした時だった。


 黄金の光が弾け、テデスの両眼と髪の毛は黄金色に染まる。自我を留めていたテデスは、全身全霊を振り絞り右手に持った黄金の剣を振りかざす。


「······我が精霊の神の名に置いて命ずる。黄泉の国から這い出て、我に従え」


 黄金の剣が怪しい光を放ち、黒い光の玉が四つ浮き上がる。


「単眼の悪魔ジャミライス。狂気王ハーガット。魔神バームラス。その姿を見せよ!」


 テデスが魂を込めて叫ぶ。それが、テデスのこの世での最期の言葉となった。


 

 マクラン要塞の所有権を賭けて行われる会戦を明日に控え、ゾルイド陣営の中で小さな出来事が起きた。


 二ヶ月前に入団した新入りの二人の魔法使いが、その姿を忽然と消した。

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