樹海の老人達は、魔族の少女に興奮する。
そこは深い樹海だった。木々や植物達が視界の全てを支配するかのような光景は、見る者に息苦しさを感じさせた。
樹齢が想像も出来ない大木が、その枝を天に伸ばすようにして、空の光を遮っている。明るい時間にも関らず、樹海の中は薄暗かった。
「皆。あの大木だ」
ルトガルが一本の大木を指差す。その大木の根本には大きな穴があり、その穴から人影が見えた。
穴から出てきた人影は三つ。薄暗い中、タクボ達は目を細める。よく見えないが、背丈は子供位に見えた。
「よく来たのお。同志ルトガル」
声の主は子供では無かった。声は枯れており、緩慢なその口調は老人の物だった。穴から出てきた三人は、腰が曲がり切った老人達だった。
「ご無沙汰しております。同志ネテス。同志ホロン。同志カサティ」
灰色の魔法使衣を着た三人に、ルトガルが礼儀正しく挨拶をする。タクボはいよいよ訳が分からなくなった。
「皆。紹介しよう。この方達はロッドメン協会の会員だ」
ルトガルの紹介に、タクボは眉をしかめた。そんなタクボの疑問に答えるように、説明を始める。
ロッドメン協会。魔法を造り出したと言われる伝説の一族を信奉する協会だ。協会は魔法の研究と進化に力を尽くしている。
協会の会員になる為には厳しい審査があり、元世界一の魔法使いは、その協会の会員名簿に名を連ねていた。
「ちょっと待てルトガル。君は青と魔の賢人の人間だろう。そんな協会に入っていても許されるのか?」
タクボがパルシャを抱えながら疑問を口にする。パルシャは大きな欠伸をしていた。
「青と魔の賢人は、個人の思想や信仰を制限しないよ。私はこの協会の理念に共感し、参加させて貰っている」
ルトガルの返答に、タクボは顔をしかめた。パルシャがよだれをタクボの腕の衣服で拭いたからだ。
世界中にあるロッドメン一族の石碑。ルトガルは早朝から街の中を歩き回り、年配の老人に石碑の場所を聞いていた。
この石碑に埋め込まれた魔法石に魔力を込めると、協会の会員しか分からない軌跡が見えると言う。
ルトガルはその軌跡を辿り、この樹海にやって来た。何しろこの協会の本拠地は、一年に何度も場所が変わるらしい。
ロッドメン協会の三人の老人は、いつの間にか移動しメーシャを取り囲んでいた。
「ルトガルや。話は後じゃ。もう我慢出来ん」
「······おお。なんと若々しいおなごじゃ。こんな若いのは何年振りじゃ」
「早く、早く貪りたいのお。早くじゃ」
三人の老人が不気味な声を出し、恍惚の表情でメーシャに近寄る。メーシャは老人に腕を掴まれ、堪らずルトガルを見る。
「ちょっとルトガル!この老人達何なの!?
気持ち悪い!って言うか離しなさいよ!」
メーシャの怒声に近い声に、ルトガルは真剣な表情で魔族の少女を見る。
「メーシャ!この方達に逆らってはならない。言う通りにするんだ。私達の仲間の敵討ちをしたいのなら」
「はぁっ!?い、意味が分かんないんだけど!ちょ、ちょっとジジイ!身体に触んないでよ!」
三人の老人は、メーシャを大木の穴に連れて行った。それを追うローニルの肩をルトガルが掴む。
「駄目だローニル!堪えてくれ。精霊使いの情報を得る為だ」
いつもは万事消極的なローニルが、血相を変えてルトガルを睨む。
「ルトガル!メーシャは何をされるの!?」
この気弱な青年の鬼気迫る表情を、ルトガルは初めて見た気がした。
「大丈夫だローニル。命の危険は無い。ただ、身体の一部を触れられるだけだ」
「······一部って?本当に危険は······無いの?ルトガル」
むしろ危険は三人の老人の身にあった。ルトガルは心からメーシャの自制心が崩壊しないよう願った。
暫くして大木の穴からメーシャが出てきた。ローニルは急いで魔族の少女の元へ駆け寄る。
「メーシャ!大丈夫だった?」
メーシャを見たローニルは固まってしまった。メーシャの二つあった三つ編みが消え、少女の茶色い髪は肩迄の長さになっていた。
「よく我慢したなメーシャ。立派だぞ」
メーシャは明らかに怒りを堪えていた。据わった目を元世界一の魔法使いに向ける。
「ルトガル!何なのあのジジイ達は!!人の髪の毛に群がって気持ち悪いったら無いわ!!」
メーシャの被害報告では、三人の老人はメーシャの髪の毛に触り。匂いをかぎ。頬ずりをして、最後は舌で舐めてきたと言う。
その卑猥な行為に我慢しきれず、メーシャは自ら髪の毛を切り、歓声を上げる老人達に放り投げて来たらしい。
「済まなかったメーシャ。髪の毛は魔力の源と言われていてな。特にあの方達は、女性の髪の毛が好みなんだ」
その老人達がメーシャに続き穴から出てきた。手には三人均等に分けたメーシャの髪の毛を大事そうに持っている。
「うむ。いいのお。いいのお」
「艶も張りも申し分ない。芳醇な魔力を帯びておる」
「これでもう少し瞳が大きければ、絶世の美女になれたのにのお。惜しいのお」
「うるさいわね!このジジイ共!」
好き勝手な老人達の発言に、メーシャが声を荒げる。その余勢を駆って魔族の少女はルトガルを睨む。
「······ルトガル。これで何も情報がありませんじゃ済まないわよ」
「う、うむ。我らが望む情報を期待しよう」
メーシャの低い声に、元世界一の魔法使いは冷や汗をかいた。老人達が興奮から落ち着くのを待ち、ルトガルは精霊使いについて質問する。
「ほお。精霊の神ラバートラとな」
「最後にその名を耳にしたのは何年前かのお」
「あれでは無いか?ほれ、お主が人妻に夢中になったあの時じゃ」
老人達の話が脱線しそうになり、メーシャの眉間が歪んだ。それを察知したルトガルは、汗を流しながら老人達に再度質問する。
「思い出したぞ!あれは、聖龍から卵をかっさらった時じゃ!」
「違う!ワシが人妻を口説き落とした時じゃ!」
「嘘を言うな!お主、人妻に鼻の骨を折られたじゃろう!」
「いい加減にしなさいよ!このジジイ共!!」
メーシャが老人達に詰め寄ろうとし、タクボとローニルが必死に抑える。メーシャの怒りもどこ吹く風で、老人達はいたって自分のペースを崩さなかった。
「ラバートラは太古の神じゃ。わし等とて知る由もないぞ」
「これこれ。こんな樹海に訪ねて来た者達に、それは愛想が無さ過ぎじゃろ」
「ラバートラに関係するか分からんが、最近台頭してきた武装勢力の一つに、妙な噂話を耳にしたぞい」
老人の一言で、メーシャの足が止まった。
「カサティ同志。その噂話とは?」
ルトガルの質問に、カサティはメーシャの髪の毛を頬につけながら答える。
「その武装勢力の中に、魔法とは異なる力を使う物がいるそうだ」
「その武装勢力の名は?」
「ゾルイド軍団じゃ」
カサティの返答に、ルトガルは無言で仲間達を振り返る。メーシャ、ローニル、タクボ達も無言で頷く。
「同志達。礼を申し上げます。時間が惜しいのでこれで失礼致します」
ルトガルが老人達に頭を下げ、タクボは風の呪文を唱え始める。
「なんじゃあ。もう行ってしまうのか?」
「娘よ。髪が伸びた頃、また訪ねてくるが良いぞ」
「そうじゃそうじゃ。我らはいつでも大歓迎じゃぞ」
「来るわけ無いでしょ!この色ボケジジイ!」
メーシャは吐き捨てるように三人の老人に吠えた。眠いのに寝付けないパルシャが、機嫌を悪くしながらタクボの腕から逃れようとしていた。
そんなパルシャを抱えながら、タクボはルトガルに質問する。
「ルトガル。そのゾルイド軍団の居場所は知っているのか?」
「伊達に早朝から街中を歩いていないよ。物知り老人からその情報も得てある」
ルトガルの如才なさに、タクボは内心舌を巻いた。精霊使いの手がかりを得る為に、タクボ達は樹海から飛び立った。




