災厄を引き寄せる魔法使いは、言い知れぬ苛立ちを覚える。
ある街の宿屋の一室で、早朝から走り回る幼児の姿があった。
「こらパルシャ!待ちなさい。おしめをつけないと駄目よ!」
魔族の少女が茶色いお下げを揺らしながら、裸の幼児を追いかける。幼児はきゃっきゃっと笑いながら、少女の追跡を嬉々として振り切る。
「······うるさいぞメーシャ。もう少し寝かせてくれ」
タクボが淀んだ声を絞り出すようにして注文する。
「アンタこそうるさいわよ!この酔っぱらい!毎晩飲んだくれるから朝が辛いのよ!」
メーシャの耳をつく鋭い罵声を浴び、二日酔い気味のタクボは薄目で窓際のカーテンに隠れるパルシャを見る。
そのパルシャの背後に、細身の長身の男が忍びより、二歳児を両手で掴み上げる。
「お手柄よローニル!そのまま掴んでて!」
ローニルに確保されたパルシャは、全身を激しく動かすが、青と魔の賢人二人の挟撃に抵抗虚しくおしめを巻かれた。
その時、部屋のドアが開けられ元世界一の魔法使いが顔を見せた。
「朝から賑やかだな。皆、朝食の準備が出来たそうだ」
青い魔法衣の一部が切れているルトガルが、四人に笑顔で口を開いた。
「······ルトガル。君は毎朝一人でどこに行っているんだ?」
宿屋の食堂で朝食を摂りながら、タクボは酒臭い息を吐きながらルトガルに質問した。
「ん?ああ、この魔法衣の傷か。何時までもレベル一のままでは皆に迷惑がかかるからな。外で魔物を狩っている。後は情報収集だ。早朝は物知りな老人達が公園等に集まるからな」
返答するルトガルに、パルシャを膝に置きながらスープを飲ませているメーシャが続けて質問する。
「ルトガル。私達の支部は使えないのかしら?」
青と魔の賢人の組織は、世界中に組織を支援する支部が存在した。だが、ルトガルは黙って首を横に振る。
「止めておこう。危険が大き過ぎる。我々の本拠地を見つけ出した連中だ。支部などとっくに監視下に置いているだろう」
メーシャの隣に座り、鶏肉をパルシャの口に運ぶローニルが沈んだ顔をする。
「······僕達の組織が壊滅した事は······もう世界各国に知れているのかな」
ローニルは小声で呟いた。鶏肉が固かったのか、パルシャが口から出した鶏肉を慌てて皿に乗せる。
「我々の城を攻めた連中が派手にそう宣伝している事だろう。各国の重臣達も暫くは事の真偽を見極める為に静観しているが、組織の壊滅が真実と知った時は······」
ルトガルが言いかけた時、パルシャの口を拭いていたメーシャが低い声で答える。
「世界各国が、また好き勝手に侵略戦争を始めるわね」
メーシャは断言した。今まで武力を背景に、各国の暴走の抑止力になっていた青と魔の賢人。
その組織が消えた以上、各国のタガが外れるのは火を見るより明らかだった。
「······戦争が頻発すれば、パルシャみたいな孤児が多く生まれてしまうわ」
「問題をすり替えるな!パルシャのこの境遇は、間違い無くお前達組織が生み出した物だろう!」
メーシャの言葉に、タクボが机を叩き噛み付いた。だが、断罪されたメーシャは動揺一つ見せなかった。
「タクボ。アンタの言う通りよ。だがら私達は世界の調和と均衡を守って来たの。パルシャみたいな子を増やさない為にもね」
「多数を救う為に行った結果がこれか!多くの復讐者を生み、血を流し、一体何の意味があったんだ!」
タクボの言葉は、これまでの鬱憤を二日酔いに任せてぶちまけているように見えた。だが、ルトガルはタクボが別の理由で苛立っている様に見えた。
「タクボ。我々は九十人を救う為に、十人を犠牲にして来た。そこに一点の後悔も悔恨も我々には無いよ」
ルトガルの言葉に、タクボは元世界一の魔法使いを睨む。
「······タクボ。どうして僕達を助けてくれたの?憎いならあの城で······見捨てれば良かったのに」
ローニルは、あの悪夢の夜の事を持ち出した。あの時、唯一風の呪文が使えたタクボは、ルトガル達を城から脱出させた。
「成り行き上、仕方なくだ!後はルトガルに毒で脅されているからに過ぎん!」
タクボは体内に毒を仕込まれ、一日一回ルトガルの解毒呪文を受けなくてはならない身体だった。
タクボは席を立ち、食堂を出ていった。それを見送った後、ルトガルが無言でタクボの後を追う。
部屋に戻ったタクボは、床を足で蹴った。自分の中に湧き起こるこの苛立ちの原因は何なのか。
タクボ自身、明確な理由が思いつかなかった。
「タクボ。我々の城が襲われたのは、自分の責任だと思っているのか?」
背後から聞こえたルトガルの意外な言葉に、タクボは一瞬固まってしまった。
「······何を言っているルトガル?何故私が責任を感じる必要がある?」
タクボは振り向きもせず、煩わしそうに答えた。
「······反逆者アルバの私物を改めた時、彼の手帳が出てきた。そこには彼が思い描く新世界に、生きる資格がある者達の名簿が記されていたよ」
「それが何だと言うんだ!ルトガル!」
「タクボ。君に関して興味深い記述があったよ。不可思議な磁力を持ち、異能な者や災厄を呼び寄せる男とね」
元世界一の魔法使いの言葉に、タクボは振り返った。そのタクボの表情を見て、ルトガルは確信した。
「その様子だと、アルバ自身から直接言われた事があるようだな。タクボ」
タクボは強制的に三年前の記憶を呼び起こされた。あの勝者無き戦争の際、アルバはタクボに言った。
タクボが災厄を呼び込んでいると。それ以来、タクボはこの言葉をどうしても忘れる事が出来なかった。
「······生憎だなルトガル。私はそんな迷信じみた言葉を信じた事はないぞ」
「私もだタクボ。そんな非理論的な事は論じるに値しない。だがら気に病むなタクボ。君の責任では無いよ」
ルトガルの台詞に、タクボは胡散臭そうに目を細める。
「······まさかルトガル。君は私を励ましているのか?」
「タクボ。君は私達を救ってくれた恩人だ。そして諸所の事情はあるが、今は一緒に行動を共にしている。なるべく言い争いはしたくない」
ルトガルの穏やかな言い様に、タクボは苛立ちと言う名の鉾を、収めざるおえなかった。
「······分かったルトガル。私が大人げ無かった」
タクボはため息を漏らし呟いた。静かで穏やかな生活。自分の望む生活から乖離し過ぎているこの現状は、まだ暫く続きそうだとタクボは諦めた。
タクボ達は街を出て行路に出た。タクボの視線の先に、馬車を警護する冒険者達の姿が映った。
白髪混じりの男の左右に、少年少女が一緒に歩いていた。恐らく彼等は、要人警護の依頼を受けたのだろう。
「で?何処へ行くのだルトガル?」
「目的地はそんなに遠くないよタクボ。もしかしたら、精霊使いの情報が手に入るかもしれん」
タクボと異なり、メーシャとローニルは余計な質問をルトガルにしなかった。二人のルトガルに対する信頼の程がタクボに伺えた。
街を出てから一時間程経過した頃、ルトガルは石碑の前で足を止めた。
「なんだ?この石碑は?」
タクボが古びた石碑を退屈そうに眺める。
「これは世界中にある、ロッドメン一族の石碑だ。ロッドメン一族の名は知っているか?タクボ」
「······辛うじて知っているぞルトガル。魔法を造り出した伝説の一族だ」
魔法を学ぶ者に、その一族の名を知らぬ者など居なかった。ルトガルの教師口調の質問に、タクボは不機嫌な口調で答えた。
ルトガルは石碑に埋め込まれた魔法石に手をかけた。そして直ぐさまタクボに声をかける。
「タクボ!風の呪文の用意だ!私の言う方角へ飛んでくれ」
タクボは意味が分からなかったが、無意識の内に風を集め始めていた。このルトガルが意味も無く、人を急かすとは思えなかったからだ。
タクボ達は風の呪文で飛び立った。辿り着いた場所は、そこに足を踏み入れる者を拒否するかのような深い樹海だった。




