銀髪の少女は師の行方を求め、大木の下に文が届けられる。
湖水に浮かぶように建つその城は、主人達を失って悲しみにに暮れるように静まり返っていた。
復讐者ハッパス達の夜襲から一夜明けて、森に脱出した働き人達は、慎重に城の様子を伺い、襲撃者達が撤収した事を確認した。
城門周辺に倒れていた賢人達の亡骸を見て、働き人達は悲しみ絶望した。こらから自分達はどうすればいいのかと。
賢人達の埋葬が終わった頃から、一人、また一人と働き人達がこの城を去って行った。数百年の歴史を持つこの組織の終焉を、働き人達は誰もが感じ取っていた。
だが、働き人の中で二十人だけが城に残った。彼等は組織の再建を信じていた。何故なら、賢人達の亡骸の中にルトガル、メーシャ、ローニルの三名が無かったからだ。
この三名の賢人はいつか必ず城に戻って来る。この城で執事の仕事をしていたロンドは、老体に鞭を打ちそう信じていた。
そしてある日、ロンドはこの城に訪問者を迎えた。しかし、残念ながらそれは賢人では無かった。
だが若い四人の来訪者を見て、ロンドは老眼が進んだ目を何度も擦った。四人の中に、ロンドが見知った顔があったからだ。
「······モンブラ?お前さん、もしかしてモンブラか?」
城の城門の入り口で、ロンドは驚きの声を発していた。
「ロンドさん!ご無沙汰していました。そうです!僕はモンブラです」
執事のロンドは、この城に在席していた者の全ての顔を覚えていた。三年振りに再開したモンブラは、背も伸び逞しい顔つきになっていたが、温和な雰囲気は昔のままだった。
この城で働いていたモンブラが同行していたお陰で、チロル、ヒマルヤ、ラストルの三人は直ぐに城の中に通された。
四人はロンドの私室に入り、ロンドがお茶を用意する間も惜しむように話を始める。
「······そうですか。賢人の皆さんが全滅したと言うのは本当なんですね」
椅子に腰掛けながら、モンブラは悲嘆に暮れる。ネグリット達先人が築き上げた組織が一晩で崩壊するなど、十七歳の少年にはどう考えても信じられなかった。
「この三年間で集めた、勇者と魔王の卵も何処かに行ってしまった。この城には、ワシを含め、二十人しか残っとらんよ」
腰が痛むのかロンドは背中を擦りながら深いため息をついた。その時、チロルが我慢出来ず席を立った。
「ロンドさん。教えて欲しい事があります。この城に、タクボと言う魔法使いが居ませんでしたか!?」
銀髪の少女の剣幕にロンドは面食らったが、それに答える為に記憶を掘り起こす必要は無かった。
「ええ。居ましたよお嬢さん。その方は、三年前にルトガル様が連れて来られた方です」
ロンドの答えにチロルの表情は歓喜に満ちた。しかし、すぐにまた深刻な顔つきに一瞬で変わる。
「その人は今何処ですか!?夜襲の時にどうなりましたか!?」
チロルは今にでもロンドに掴みかかりそうな勢いだった。左右に座っていたヒマルヤとラストルが慌ててチロルの肩を抑える。
「落ち着いて下さいお嬢さん。タクボさんは夜襲の犠牲にはなっていません。安心して下さい」
ロンドはまず結論から答えた。この少女の様子から見て、タクボは大事な存在だと察したからだ。
「良かったねチロル······って、チ、チロル!?」
ラストルがチロルを見ると、銀髪の少女は
涙を流していた。チロルは緊張の糸が切れたように椅子に座り込み、顔を俯けた。
「······生きてる。師匠が生きてる」
弱々しくチロルが嗚咽を漏らす。クダラにタクボの目撃情報を聞いてからこの時まで。チロルはずっとタクボの生死を案じていた。
ラストルはまた胸の中に痛みを覚えた。チロルの涙を目にするのは、紺色の髪の少年にとって初めてだった。
「全く。チロルはタクボの事となると、平静でいられぬな」
ヒマルヤが手拭いを差し出し、チロルに手渡す。チロルが落ち着いた様子を見計らって、ロンドは話を続けた。
「ですがお嬢さん。タクボさんの行方は分かりません。あの夜襲の際、数人の賢人がこの城から脱出しました。恐らくタクボさんは、その中に居たと思われます」
ロンドの説明にチロルは黙って頷いた。今はそれでいい。タクボが生きていると分っただけでも、チロルには十分だった。
モンブラはロンドに、ガジスト一族と精霊の神ラバートラの事を話し、今は城に戻れない事を伝えた。
「モンブラ。お前さんはやるべき事をやればいい。この城の事は気に病む必要は無い」
ロンドは穏やかにモンブラを送り出した。三年前、モンブラはネグリットの手首を携えこの城を脱出した。
その時、モンブラはこの城にはもう戻れない事を覚悟したが、まさかこんな形で帰還する事になろうとは想像の外だった。
「モンブラさん。ありがとうございました」
チロルがモンブラに礼を述べる。青と魔の賢人の本拠地を教えてくれた少年に、チロルは心から感謝した。
「気にしないでチロル。今は状況が状況だから」
モンブラはチロルに笑顔で答えながら、不思議な気持ちだった。三年前、この銀髪の少女と別れる際、モンブラは張り裂けそうな胸の痛みを覚えた。
三年の月日は、チロルを美しく成長させた。そんなチロルの姿を見ても、モンブラの心の中の水面は揺れる事は無かった。
今のモンブラには、アマラと言う守るべき存在が居た。時の流れは全てを変えていく。同じ所に留まる物など何も無い。
モンブラは城を振り返り、そんな事を考えていた。
カリフェースに戻ったチロル達は、エルドから呼ばれオルギスの執務室に集まった。部屋の中には、聖騎士団長ヨハスとボネットが既に待機していた。
タクボの情報をチロルから聞いたエルドは頷き、一通の書簡をチロルに見せた。
「チロル。これはガジスト一族からの書簡だ。中身はこう書かれていた。二ヶ月後、黄金の兜を持ってマクラン草原にある要塞に来いと」
来なければ、人質のオルギスは永眠する事になる。書簡の最後には、そう書かれていたとエルドは続けた。
「分かりましたエルド兄さん。先ずウェンデル兄さんの身体を取り戻します。そしてその後、また師匠を探しに行きます」
チロルは迷い無く答えた。チロルにとってこの世界は、自分の大事な人が生きる世界だった。
大事な人が居なくなった時、それはチロルのこの世界の存在意義が消失する事と同義だった。
自分の大事な者を脅かす存在は、必ず排除する。それが、例え精霊の神であっても。この三年間で、チロルは世界の戦火を目の当たりにしてきた。
武力を撒き散らす相手に必要なのは、言葉では無く力だった。戦いの日々が、チロルを明らかに好戦的な性格に変えて行った。
それは三年前、ロシアドがチロルに指摘した、危険な思想に傾倒している事を意味していた。
「······いっそ全てが滅びれば、戦いなんて無くなるのに」
「ん?何か言ったかチロル?」
ヒマルヤの問いかけに、銀髪の少女は小さく首を振った。エルドは二ヶ月後に向けて、草原にある要塞の情報収集を提案していた。
大陸の東に位置する小さな村に、見る者を圧倒する程の大木があった。天にも届くかと思われる枝には、ピンク色の愛らしい葉が無数に咲き誇り、風に揺られて地上に葉の雨を降らす。
その大木の根元に、四人の人影があった。数カ月に一度、四人はこの村を訪れていた。この村は、四人の冒険が始まった場所だからだ。
大木の根元にある小さな穴の中に、赤い鎧を身に着けた男が手を入れる。穴の中には、一通の手紙があった。
「おいゴント。手紙の主は誰だ?」
黒い魔法衣を着た男が、手紙を読むゴントを急かす。
「落ち着きなさいハリアス。まだゴントは読んでいる途中ですよ」
白い神官衣の男が、ため息をつきながらハリアスを諌める。
「······手紙はラストルからだ。二ヶ月後、マクラン草原で精霊の神が復活する可能性があるらしい」
ゴントの説明に、ハリアスは要を得ない表情をする。
「おいクリス。精霊の神とやらは、お前が信仰している神々の遠い親戚か?」
ハリアスの質問に、クリスは首を横に振る。
「聞いた事が無い神の名ですね。ゴント。その神が復活するとどうなると?」
クリスの問いに、ゴントは短く答える。
「世界が滅びる」
ゴントの言葉に、ハリアスとクリスが絶句する。ゴントは青い鎧を纒った青年を見て口を開く。
「どうする?ソレット」
ソレットは澄んだ瞳を細め、迷い無く即答した。
「それが本当なら阻止する。その精霊の神とやらの復活を」
世界の平和を乱す者は、例え神でも阻む。それが、死んでいった恋人との約束だった。ソレットは無意識に手のひらを握りしめていた。
その右手には、黒い染みで滲んた包帯が巻かれていた。




