精霊の神の聖地で、生贄達が集められる。
マクラン草原と呼ばれる場所がある。その草原は、三カ国の国境が交わる地点にあり、どの国にも属さない領主が支配していた。
軍事戦略上、重要な場所にもか関わらず、三カ国は一切ここに手出ししなかった。何故ならここの領主は武器商人であり、世界の武器市場の過半を支配する者だからだ。
マクラン草原の中心に、巨大な要塞のような城があった。何百年前から補修と増築を繰り返された、いびつな形をした城だった。
それは、過去にこの城を巡って多くの血が流された事を意味していた。この城は領主の名を冠して、マクラン要塞と呼ばれていた。
領主マクランは多忙だった。この要塞内の一室で、今日も朝早くから部下達と会議を開いていた。
銀色の髪をした五十代半ばのマクランは、ついさっき届いた情報を片手に大量の資料に目を通す。
マクラン率いる組織の情報網は、世界中に張り巡らされていた。その情報網から、一日に三度、早馬がこの要塞に最新の世界情勢を届けていた。
「······やはり武装集団が増えすぎたな」
会議室でマクランは資料を見ながら呟いた。マクラン達死の商人は、各国から余った軍事物資を引き取り、武装集団に流し莫大な利益を得ていた。
だが、武装集団の数が増えすぎた。武器を渡す事務処理が膨大になってしまった。
「武装集団を再編しよう。そうだな。数は三つ程度でいい。今伸び盛りの武装集団の名は?」
マクラン領主の質問に、数人の部下が素早く資料を用意する。
「中規模クラスでは、ウラフ軍団、ゾイルド軍団です。後は、ここ短期間で千人規模に成長したトウリュウ軍団です」
部下の報告に、マクラン領主は数秒だけ考え込んだ。
「よし。その三つの軍団に優先的、かつ安価な値段で武器を流せ。資金提供も同時にな」
そうすれば、この三つの軍団は更に他の武装集団を取り込み、規模を拡大させる筈だった。
「ウラフ、ゾイルド、トウリュウに知らせろ。二ヶ月後、このマクラン草原で三つの軍団同士で戦って貰う。勝者には、このマクラン要塞を進呈するとな」
マクラン領主の宣言に、会議室はどよめいた。この難攻不落の要塞を、野党上がりの連中に明け渡すのかと。
「褒美を目の前にぶら下げないと、野党共は動かんだろう。だが、要塞を明け渡す事は無い。何故なら、三つの軍団は共倒れするからだ」
マクラン領主は部下達に説明する。三つの軍団の兵力が拮抗するように、マクラン達武器商人が援助を調整する。
戦場で消耗しきった三つの軍団は、勢力を弱め凋落して行く。マクラン達はまた別の武装集団を援助し、利益を出し続けていく。
マクランの言葉に、部下達は納得して会議室から退室していった。一人残ったマクランは、椅子に座り疲れた目を閉じた。
「······この草原に、野党達を集める事は実現しそうだな」
マクランの背後で、突然冷たい声が聞こえた。マクランは驚いて後ろを見る。壁際に立っていたのは、黒い獣のマントを羽織った男と、長い灰色の髪をなびかせた女だった。
「······テデスさん?一体、いつこの会議室に入ったんですか?」
マクランの驚愕した表情を無視し、テデスは隣に立つ灰色の髪の女を見る。
「このターラは、転移の術が使える。つまり我々は、いつ如何なる時でも現れる事が可能と言う事だ」
テデスの言葉は、どこか警告めいた様にマクランには聞こえた。
「御心配無くテデスさん。貴方からは莫大な報酬を頂いた。その依頼内容は実現させます。二ヶ月後、このマクラン草原で武装集団が衝突します」
マクランは礼儀正しく依頼人に説明した。テデスは頷き、ターラと共に転移の術で消え去った。
何故この草原で戦争を起こす意味があるのか。マクラン領主は、どう考えても依頼人の意図を測り兼ねていた。
「ラバートラの復活には、多くの生贄が必要だからだ」
マクラン領主と同じ疑問を抱いていたターラは、テデスからその回答を聞いた。テデスの話によると、このマクラン草原はかつて精霊の神ラバートラがその身を置いていた場所だと言う。
その聖地でラバートラを復活させる。怒れるラバートラが降臨した時、その怒りを和らげる為に多くの生贄が必要らしい。
テデスとクダラは、ガジスト島から持ち出した先祖代々守られていた秘宝を、惜しげも無く使いマクラン領主に依頼した。
このマクラン草原で戦争を起こす事を。
「この草原はラバートラの聖地だ。精霊の活動も活発なこの地なら、俺達精霊使いは能力以上の力を発揮出来る」
テデスはターラに説明しながら、次の行動を考えていた。ラバートラの兜を奪ったチロル達をこの草原におびき寄せる。
オルギスの身がこちらにある以上、チロル達は応じざるおえない筈だった。武装集団の会戦まで二ヶ月。
テデスとクダラはそれまで傷を癒やし、万全の状態でチロル達を迎え撃つ予定だった。
「二ヶ月後、マクラン草原で他の軍団と会戦?勝者にはマクラン要塞を与えられるって?」
トウリュウはとぼけた声を出した。マクランの使いから知らせを受けたトウリュウ軍団は、にわかに信じられない提案を話し合っていた。
「奴等は武装集団を共倒れさせるつもりだ」
クレイドが一言の元に、マクラン達の意図を看破した。マクラン達は武装集団を太らせ共食いさせる。
そしてそれを繰り返し、利益を上げ続けるつもりだと。金髪の少年はライハク、シャロイ、アーマスにそう説明した。
だが首領のトウリュウは、要塞が手に入ると狂喜していた。
「クレイド!奴さんの考えなんてどうでもいいんだ。要は勝てばいい!勝てば要塞が手に入る!そうすれば、俺達はもう根無し草じゃ無くなるんだぜ!」
能天気に笑うトウリュウを無視し、いつの間にかこの軍団の将軍になったライハクが、冷静にこの軍団の現状を語った。
「二ヶ月後の会戦に応じなければ、軍事物資と資金供給を止めると言って来ている。実際問題、参戦しなければこの軍団を維持出来んぞ」
「ライハクの言う通りだ。少し前から、武器商人からこの軍団は優遇措置を受けている。特に大きいのが資金提供だ。これが止められると、もうお手上げだ」
軍団の財務事務を一身に引き受けているアーマスは、深刻な表情で警告する。
「人数が増えすぎたのよ!冒職安の依頼報酬で維持出来た人数に戻すべきだわ」
医療担当のシャロイは、軍団の規模が大きくなるに比例して、不満と鬱憤が溜まる一方だった。
「シャロイ。それは出来ねぇな。俺達はもう前に進むしか無いんだ。この会戦に勝って要塞を手に入れる。そして、その後は他の国々を片っ端から平らげていくぜ!!」
トウリュウは高らかに宣言した。クレイド以外全員が呆気に取られ、トウリュウの言葉を聞いていた。
手下の一人がトウリュウに報告に来たのは、そんな時だった。
「なんだ?行き倒れがいるって?」
「へい。それが親分、妙な格好とおかしな形の剣を腰に付けている奴なんです。あと妙な事をブツブツ言っています」
報告を受けたトウリュウは少し考え、自らその行き倒れを見物しに行った。報告通り、その男は不思議な服を着ていた。
黒髪を結い上げ、足首まで届く唐草模様の長衣を着ていた。腰に布を巻いており、湾曲した剣をそこに差していた。
年齢は三十代前半に見えた。手下の言う通り、何かうわ言のように「娘はどこだ」と言っている。
シャロイの見立てでは、空腹の余り力尽きたと言う事だった。
「面白そうな奴だな。何か食わしてやんな」
トウリュウは手下に指示し、行き倒れの男は手下に引きずられ連れて行かれた。この男が、三年前まで青と魔の賢人の一人だった事など、クレイド、シャロイ、アーマスが知る由も無かった。




