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恋人を失った貧相な男は、世界を変える戦いに挑む。

 ライハクの大剣がクレイドの右肩を捉えようとした瞬間、クレイドは地下振動の呪文を唱えた。


 呪文の威力を抑え、範囲もライハクの軸足の一点に絞った。放たれた呪文でライハクの右足首は、首領振動でバランスを失った。


 身体も大きく傾き、ライハクの一刀は空を切った。そして、クレイドは鋒をライハクの喉元に突き付けた。


「······小僧。何故俺に止めを差さない?」


 ライハクは鋭い眼光をクレイドに向ける。


「僕の目的はあんたを殺す事じゃない。文句は多々あるだろうが、取り敢えずあの貧相な男の仲間になってくれないか?」


 クレイドは大量の汗を流し、息切れしながら答えた。ライハクはこちらに小踊りしながら駆け寄ってくる、トウリュウを横目で一瞥した。


「······小僧。あのトウリュウと言う男?一体どんな人間なんだ?」


 ライハクが複雑そうな表情で金髪の少年に質問する。


「さてね。僕もアイツとはついさっき行動を共にしたから、詳しくは分からないな」


 クレイドの返答にライハクは驚愕した。そんな相手の為に、命を懸けて自分と一騎打ちをしたのかと。


「······ただ一つだけ感じるんだ」


「何をだ?小僧」


 クレイドの独り言のような小さい声に、ライハクは聞き返した。


「あの貧相な男は、この世界を変えてしまうかもしれないと」


 クレイドは言い終えると、素早く身体を動かした。狂喜乱舞するトウリュウが自分に抱きつこうとしたからだ。


 抱きつく相手に逃げられたトウリュウは、標的をライハクに変更し、今度は目的を達成させた。


 この日、トウリュウ率いる武装集団が誕生した。それは、世界各国に溢れ返る武装集団の一つでしか無い筈だった。


 だが、この武装集団は恐るべき速度で規模を拡大して行く事となる。


 トウリュウ達はこの日を境に、次々と少集団の野党を襲っては、自軍の傘下に組み入れていった。


 ライハクの武勇に適う敵は存在せず、敗れた野党達はライハクに降伏した。そして降伏した者達は、全員例外無く驚いた。


 首領がライハクでは無く、トウリュウと言う貧相な男である事に。トウリュウはクレイド、シャロイ、アーマスを冒険者職業安定所に登録させ、そこから野党討伐の依頼を請け負った。


 報酬も得られ、降伏した野党を仲間に引き入れる。一石二鳥だとトウリュウは自画自賛した。


「おいトウリュウ!冒険者職業安定所の報酬だけじゃ、とても手下達を養えないぞ」


 アーマスにしては珍しく声を荒げた。この黒髪の温和な魔族は、いつの間にかトウリュウ軍団の財務会計責任者にさせられていた。


 この一月で、トウリュウ軍団は千人を超え、武装集団としては中規模クラスまで膨れ上がっていた。


 トウリュウは手下達を厳しく締め付けなかったが、一つだけ厳命した事があった。それは、無辜の平民を傷付けた者は首を刎ねるという命令だった。


 だが、早々にそれを破る手下が二人現れた。二人は小さい村の老人から金品を強奪した。


 それが発覚した時、トウリュウは問答無用で二人の首を刎ねた。その時のトウリュウの怒りの表情は、誰もが言葉を失う程だった。


 それ以来、トウリュウ軍団は民衆を決して傷付けない軍団に生まれ変わった。だが、増え続ける手下達を養うには、先立つ物が必要であり、それはいつも不足していた。


「よし!アーマス。冒職安の依頼を片っ端から受けるぞ!量をこなしてとにかく稼ごうぜ!」


 トウリュウは、さも名案を思いついたように笑顔になる。冒職安への依頼の事務手続き。依頼人との折衝。依頼内容への人数配置。依頼達成後の事後処理。


 トウリュウはそれら全てを自然に、かつさり気なくアーマスに押し付けた。生真面目なアーマスは不満を漏らしながらも、雑務に忙殺さる。


「ちょっとトウリュウ!好色な手下共をなんとかしてよ!大した怪我でも無いのに、治療しろと行列が無くならないわ!」


 茶色い髪の魔族の少女は、鼻をほじくりながら酒を飲むトウリュウに不満をぶちまけた。


 治癒魔法が使えるシャロイは、いつの間にかトウリュウ軍団の医療係になっていた。


「仕方ないだろシャロイ。それはお前さんが可愛いからだ。器量良しに生まれた自分を恨むんだな。あ、おれも腰がちょっと痛むんだ。ちょっと見てくれるか?」


 シャロイはトウリュウの腰に膝蹴りを喰らわせ、憤慨したまま治療を待つ行列に戻って行った。


「痛たたた。可愛い顔して手が、いや足が早いなシャロイは」


 腰を擦りながら、トウリュウは酒飲を再開した。隣で剣を磨いていたクレイドが横目でトウリュウを見る。


「なんだクレイド?お前も飲むか?」


 安酒で顔を赤くしたトウリュウが、大口を開けて酒瓶を金髪の少年に勧める。


「······トウリュウ。お前は以前、無用な血は一滴も流したく無いと言っていたな」 


 クレイドは勧められた酒を静かに無視し、トウリュウに質問する。


「んん?ああ。手下の首を刎ねた事か」


 トウリュウは酒瓶を煽り、大きく息を吐いた。


「······クレイド。あれは俺の本心さ。だがな、俺は流すのに必要な血は厭わない。何千、何万の屍を築いてもな」


 クレイドは目を見開いた。酔いの成分に半ば支配されているとは言え、トウリュウの表情は見た事が無いくらい真剣だった。


「クレイド。俺はこの世を根底からひっくり返す。それまで俺は決して止まらない。このチンケな命がくたばるその時までな」


 トウリュウはクレイドに話しかけているように見えて、独語しているかのように見えた。


「どんな方法でひっくり返すんだ?」


 クレイドの質問されると、トウリュウは酒瓶を地面に置いた。


「俺はこの世の身分制度を無くす。王族や貴族達には、退場してもらうか消えてもらう」


 クレイドは無言のまま凍りついた。トウリュウの言葉は、この世の理を破壊するのと同義語に聞こえた。


「······トウリュウ。本気でそんな事が可能だと思うのか?」


「クレイド。可能かどうかじゃねえ。やるかやらないかだ。俺はやるぜ。必ずな」


 そう言い終えると、トウリュウは酒飲を再開した。クレイドは背筋に悪寒を感じていた。


 トウリュウの考えは、クレイドの中にある世界の形の遥か先の地平線にあった。このトウリュウと言う男の考えに嫉妬したのか。


 それとも心の中で畏敬の念を感じのか。クレイドは悪寒の正体を、自分でも判別出来なかった。


「トウリュウ。一体どうやって、そんな荒唐無稽な事を始めるんだ?」


「もうやっているさ。俺の軍団を作る。どこの軍にも負けない軍団をな」


 トウリュウは自信を持って答える。


「なあクレイド。俺は昔からろくに働かず、チンピラみたいな生活を送ってきた。俺は特段才能もないが、一つだけ特技がある。どんな特技が分かるか?」


 トウリュウは白い歯をクレイドに見せ、金髪の少年の返答を期待した。クレイドはため息をつきながら答える。


「その図々しい所か?」


 それ以外クレイドには思いつかなかった。


「人から好かれる所さ!俺は昔から、不思議と人から慕われる能力を持っているのさ」


 果たしてそれは能力と呼ぶ代物だろうか。クレイドは内心そう疑問に思った。


「······もう軍団も千人近くになって来た。あんたは一応その首領なんだ。いい加減にそのボロ切れの服を替えたらどうだ?」


 トウリュウと初めて会った時から、この貧相な男は粗末な衣服を着ていた。トウリュウは軍団が得た報酬を、全気前よく全て部下達に配分した。


 その為トウリュウは兜一つ買えず、ボロ切れを着たままだった。


「······この服は傾国の美女に縫ってもらった服だぜ?俺が女にもてた証を、捨てる道理はないだろう?」


 トウリュウの意外な言葉に、クレイドは返答に窮した。トウリュウは昔を懐かしむような両目で呟き始める。


「······縫い物なんてやった事がない、良家の箱入り娘だった。なあクレイド。信じられないだろうが、その美女が俺に惚れてくれたんだ。こんな器量が悪い俺をな」


 トウリュウの語り口調に、クレイドは違和感を感じていた。この貧相な男の言葉は、聞く者が無視出来ない魔力を帯びているかのように感じられた。


「出来やしねぇ針を使って、指先を血だらけにして俺のこの服を縫ってくれたのさ」


 言い終えると、トウリュウは顔を下に向けてしまった。その理由を察するにはクレイドは余りにも若く、世間知らずだった。


「······その令嬢とは、上手く行かなかったのか?」


「······身分が違うと俺との仲を家族に反対され、自ら命を絶っちまった。全て俺の責任だ。俺があいつをさらって逃げる度胸が無かったばっかりにな」


 トウリュウは地面に寝転がり、両眼から涙を流した。その光景を眺めながら、クレイドはとめどなく好奇心が湧き起こる。


 一人の女の死が、一人の男を駆り立てる。この世界の理に対する挑戦へと。トウリュウが起き上がった時、一人の手下が頭領を呼びに来た。


「トウリュウ親分。武器商人が来ましたよ」


 手下に愛想良く返事を返したトウリュウは、クレイドを見ながら自分の顎を何度も上に上げた。


 それを見たクレイドは、ため息をつきながら立ち上がる。この軍団でクレイドは、いつの間にか外交担当の役目を押し付けられた。


「クレイド!せいぜい安く武器を仕入れてくれよ」


 金髪の少年は、背中から聞こえてくる声の主を一度だけ振り返った。先程まで涙を流していた貧相な男は、満面の笑みで少年を見ていた。


 







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