灰色の髪の剣士は声を取り戻し、勇者の卵は好奇心を掻き立てられる。
三年前の勝者無き戦争が終結した時、満身創痍のターラは小さな集落にいた。三つ頭の獣に運ばれた後、ターラは集落で身を潜め、兄のモグルフを待った。
きっとモグルフはあの戦場の周辺を捜索し、自分を見つけてくれる。ターラの予想は二週間後に現実となった。
モグルフと合流したターラは、戦場に戻りザンドラとラフトの埋葬を行った。兄弟の半数を失った悲しみは深く、二人は暫く何も手につかない状態が続いた。
不運は重なり、モグルフが病に倒れた。どの医者も、口を揃えて余命一年だとさじを投げた。
床に伏せるモグルフを看病する日々が続いたある日、ターラは双子の兄弟と出会った。精霊使いと名乗る美しい兄弟は、ターラに言った。
僅かだか、ターラには精霊を操る適正があると。テデスとクダラに教えを乞い、ターラは精霊を操る術を得た。
ターラは音の精霊の力を借りると、その時だけ声を取り戻す事が出来た。そのターラの歌を聞いている時だけが、モグルフの安息の時間となった。
そして今日この日、ターラが見守る中、モグルフは永遠の眠りについた。妹への最後の言葉は、感謝と復讐を止める説得だった。
血よりも濃い絆で結ばれていた兄弟は、全て居なくなってしまった。ターラに残された生きる為の目的は、青と魔の賢人達への復讐だけだった。
だが、クダラが語った青と魔の賢人達の全滅の報告は、ターラに無形の衝撃を与えた。本来、ターラにとってそれは僥倖の報せだったが、最後の生きる糧も同時に奪われた。
兄弟と復讐の二つを失ったターラは、自分が生きる意味を見失っていた。そのターラの耳元で、悪魔じみた誘惑の声を囁く者がいた。
「ターラ。私達に協力して。精霊の神の世が実現すれば、もう賢人達のような組織は、二度と生まれないわ」
クダラとテデスは、ハッパス達の復讐戦に敢えてターラを同行させなかった。ターラを参戦させれば、彼女の復讐心を満たし、二度と剣を握らなくなると判断したからだ。
ターラにとって、精霊の神の世界など理解出来る物では無かった。否、この世界すらも自分にとって既に無価値になっていた。
だが、ターラはテデスとクダラに借りがあった。この美しい双子の精霊の力で、モグルフの病の苦しみはかなり軽減された。
何より、二人は自分に声を取り戻させてくれた。その歌声で、兄モグルフは救われたと微笑んでくれた。
「······クダラ。貴方達双子には感謝しているわ。私に出来る事があれば協力します」
ターラの返答に、クダラは静かに頷いた。クダラは失った右手首を他人事のように一瞥した。
今この瞬間。クダラは右手首を補って余りある戦力を手にした。
······ある国の国境付近の行路に、三人の旅人が歩を進めていた。旅慣れた者がその光景を見たとしたら、きっと三人をこう説教するだろう。
「今、世界中で溢れかえっている武装勢力を知らないのか?少数で旅をするなんて、略奪して下さいと言っているようなモンだぜ?」
人相の悪い二十人程の男達が、そう悪態をつきながら三人を包囲した。
「武装勢力?······ああ。確か講義でそんな輩がいると聞いたかな」
野党に囲まれた三人の内の一人が、思い出したように呟いた。年齢は十代後半に見え、金髪の髪に端正な顔は、良家の身分だと見る者に感じさせた。
「坊っちゃん達。人生勉強の料金代わりに、持っている荷物をよこしな。命までは取らねえからよ」
野党の一人が、金髪の少年の荷に手を触れかけた。その瞬間、二十人の男達が一斉に地面に叩きつけられた。
「な、なんだこりゃあ!?」
地鳴りのような轟音が、地面に張り付いた男達耳から聞こえている。男達は、見えない重りに背骨が折られそうになる。
「シャロイ。地下重力の呪文は、味方と敵の距離を考えて唱えろ。味方の僕に重力をかけてどうする」
金髪の少年は後ろを振り返り、呪文を唱えた同い年の魔族の少女に注文をつける。
「ク、クレイドが呆けていたからでしょう!私だってちゃんと考えているわよ」
クレイドと呼ばれた金髪の少年は、身体を重そうに動かし、重力圏内から脱した。
「クレイド。身体は無事か?」
クレイドとシャロイより年上に見える魔族の少年が、クレイドに駆け寄った。
「大丈夫だアーマス。鎖骨が数本折れただけだ」
クレイドは肩の埃を払う仕草を見せた。シャロイにはその行為が嫌味に見えて、頬を膨らませた。
「クレイド、アーマス。この連中をどうするの?このままじゃ全員死んじゃうけど」
シャロイが助けを求めるように二人を見る。クレイド、シャロイ、アーマスは、今この瞬間が初めての実戦だった。
シャロイの声に、クレイドが指を顎に当て考える素振りを見せる。
「始末していいのでは?野党が減れば、治安の向上の一助となるだろう」
クレイドの無慈悲な言葉に、全身の骨が軋む男達は泣きそうな表情になっていく。
「ちょいと待ったあんちゃん方!!」
突然、美声とは程遠い野太い声が響いた。クレイドの前に、大柄で美男子とは言い難い男が現れた。
黒髪の男は三十歳前後に見え、着ている服装は粗末な物だった。唯一腰にかけている剣だけはまともそうに見える。野太い声の男の周りには、仲間と思われる男達が数人控えていた。
「そいつらを見逃してやってくんねえか?一度痛い目に合えば、もう悪さも控えるだろう」
貧相な男は、クレイドを真っ直ぐに見ながら懇願する。
「······あんたは?この連中の親玉か?」
クレイドの質問に、貧相な男は大袈裟に首を大きく横に振る。
「いんや。俺はただの通りすがりのモンだ。言い訳がましいが、そいつらにも生活があってな。止むにやまれない事情があるんだ」
「あんたがこの連中を救って何の利益がある?」
再度のクレイドの質問に、貧相な男はまた大袈裟に胸を反らし破顔する。
「損得じゃねえさ。弱き者を助ける。普通の事だろう?」
シャロイは気がついていた。クレイドの両目が、好奇心の色に変わっていく様を。
「あんたをそうさせる理由は?」
クレイドは貧相な男から、目が離せなくなっていた。
「俺はこの世界の救世主だからさ。俺の名はトウリュウ。この乱れた世を正す男だ」
トウリュウと名乗った男が言い切った瞬間、地下重力の呪文は停止された。クレイドがシャロイを制したからだ。
トウリュウはまるでそうなる事を分かっていたかのように微笑む。
「坊っちゃん達。見た所、相当腕が立つようだな。俺の仲間になって、一緒に世の乱れを正さないか?」
シャロイとアーマスは唖然とした。粗末な身なりで数人の仲間しかいない身で、大言壮語を吐くこの男は、どう見てもペテン師にしか見えなかった。
「······面白いな」
シャロイとアーマスは、不吉な声を聞いた。それは、クレイドが好奇心を抑えきれない時に使用する言葉だった。
一月前、クレイド、シャロイ、アーマスの三人は、青と魔の賢人の城を出た。この組織はもう滅んだと判断したからだ。
この先どうするか。三人に共通していた事は、それぞれの家に戻る事は、出来無いと言う事だった。
取り敢えず目的か決まるまで三人で行動を共にする事を決め、今日まで旅を続けていた。
無愛想なクレイド。心配性のシャロイ。おおらかなアーマスの三人は、大きな綻びも無く協力してやってきた。
だが、その結束が大きく揺らごうとしていた。
クレイド、シャロイ、アーマスの三人は、トウリュウと名乗る男達の後ろを歩いていた。クレイド達を襲った二十人の野党も、何故か一緒に付いてきていた。
「ちょっとクレイド!本気なの?本気でこんな連中の仲間になる気?」
シャロイが必死に小声でクレイドに抗議する。
「仲間じゃない。トウリュウとは話をつけた。任意に出て行く自由は僕達にある」
クレイドは済ました顔で、同い年の少女に答える。
「もう!話にならないわ。アーマスも何とか言ってよ」
シャロイは堪らず、二つ年上のアーマスに助けを求めた。
「まあ、暫くは様子を見よう。心配するな。何かあったら、二人は俺が守るよ」
アーマスは優しく微笑んだか、シャロイの不安は増すばかりだった。
「クレイド。何故世界中のあっちこっちに武装集団が跋扈しているか知っているか?」
トウリュウが最後列に移動し、陽気に話しかけてきた。
クレイドは賢人の城での講義を思い出していた。三年前の勝者無き戦争の後、世界各国は軍隊の再建に必死で、新たな戦争を起こす余裕が無かった。
だが、経済市場として確立していた武器産業が生み出す戦争の道具は使い道を失い、武器庫に溢れかえった。
各国の王達は、その余った武器を闇に流した。いくつかの仲介を経て、その武器類は野党達の手に渡った。
各国の軍隊の弱体化が野党を群発させ、その野党に、正規兵が手にする武器を与えた。これが、武装勢力の台頭の正体だった。
「······小難しい理由なんて要らないのさ。世の閉塞感は、皆肌で感じている。それを打破する英雄も求めている」
クレイドの講義で習った答えに、トウリュウは自信に満ちた声を返した。
「······あんたがその英雄だと?」
クレイドは愛想の無い口調で質問する。
「そうよクレイド!このトウリュウを見ていろよ。俺は必ず世界を変える。その光景をお前にも見せてやるぜ」
トウリュウは無邪気な笑顔を見せる。この男はホラ吹きの小人か。それとも言葉通りの英雄となるのか。
この男の未来に、クレイドは抑えきれない好奇心を覚えていた。




