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白髪の少女を伴い、放浪者達は帰還する。

 少年モンブラは、十七歳になっていた。三年前の勝者無き戦争の後、モンブラは青と魔の賢人の組織に戻らなかった。


 アルバの暴挙を詳細に書簡に記し、本拠地の城に送った後、モンブラはボネットと行動を共にした。


 この放浪好きの魔族と世界を見聞する事が、自分にとっても、またそれが組織の為になると思ったからだ。


 カリフェースでの聖騎士団と大司教の争いが終結すると、モンブラの望みは叶った。ボネットの自由気ままな旅は、モンブラの知的好奇心を十分過ぎる程満たしてくれた。


 広大な砂漠を駱駝と共に、一週間かけて渡った。北の果ての氷の大陸で、凍傷寸前になった。


 対岸が見えない程の大河を見た。この大地を、全て飲み込んでしまうかと錯覚する程の巨大な滝を見た。


 モンブラが体験したのは、風景だけでは無かった。この世界には、人間と魔族以外にも様々な種族がいる事を知った。


 聖なる森に静かに暮らす、気難しくも気高いエルフ一族。胴の下が、馬のような四肢の半獣半人一族。背中に羽を生やし、遠い祖先が天界から降りてきたと伝えられる鳥人一族。


 ボネットは彼等に、酒瓶片手に遠慮呵責無く近づいた。お陰でモンブラも彼等と言葉を交わす機会を得た。


 三年続いた旅の終わりに、ボネットとモンブラはガジスト島に渡った。ボネットの友であるヨハスから調査を頼まれていたからだ。


 現在のガジスト島は、漁業を主として生計を立てる、慎ましく穏やかな人々だった。モンブラはその地で、白髪の少女と出会った。


 少女に島に来た理由を話すと、少女は自分をカリフェースに連れて行って欲しいと懇願して来た。


 紆余曲折を重ね、ボネットとモンブラはこの少女を同行させる事を選択した。最近各国で頻発している武装集団に度々襲われながらも、無事にカリフェースまで辿り着いた。


 エルドが迎えに行っていた相手は、三年の放浪から帰還したボネットとモンブラだった。


 先だってボネットは、ヨハスに帰還の知らせを文で送っていた。だが、二人には連れがいた。


 チロルと同い年位に見えるその少女は、長い髪が白髪だった。獣のマントを纏い、骨の首飾りをつけていた。


 その整った美しい顔は、チロル達が先刻交戦していたクダラに似ていた。少女は何かに怯えるように顔を下にむけ、モンブラの背中に身を隠すようにしていた。


 エルドとチロルが顔を合わせた所に、聖騎士団長のヨハスも駆けつけた。三年振りの再開に、ヨハスとボネットは笑みを交わしただけだった。


 互いに報告し合う事が多くあった為に、六名の人間と二名の魔族は、主人が不在のオルギスの執務室入り、ソファーに腰掛けた。


「······私はアマラと申します。テデスとクダラは、私の兄と姉です」


 アマラと名乗った少女は、小声で呟いた。ソファーに座っても、怯えたようにモンブラの袖を掴んでいた。


「僕とボネット様は、ガジスト島でアマラと出会いました。アマラは、テデスとクダラを止めたいと言いました。それは、精霊の神ラバートラの復活を止めると言う事です」


 モンブラが気弱なアマラを庇うように代弁した。ガジスト島の人々は現在平和に暮らしており、精霊の世など誰も望んでいない。


 しかも、精霊を扱えない者は生きていけない世など、地獄絵図に他ならないとアマラは心を痛めていた。


「アマラさん。私はついさっき、貴方のお姉さんの手首を切り落としました。二人を止めるとなると、命を奪う事になります」


 チロルがアマラの黒い瞳を見据える。アマラは血色を失ったように青い顔をになったが、覚悟を決めたように頷く。


「······構いません。世界の人々の命を守る方を優先させます」


「······分かりました。クダラはオルギスさんを連れ去りました。クダラはオルギスさんを精霊の神様の器にすると言っていました。アマラさんはこの件について何か知っていますか?」


 チロルのその質問を補足するように、ラストルが付け加えた。黄金の剣を甦らせたウェンデルの事。


 そして千年間、黄金の剣に封じられてきたオルギスが、ウェンデルの肉体を乗っ取った事を。


「······精霊の神を降臨させるには、生身の肉体が必要です。その役目は、正統後継者である兄と姉。どちらかが務める予定でした。ですが、皆さんのお話を聞く限り、オルギス皇帝が新たな生身の器に選ばれたと見るべきです」


 オルギスの名を口にした時、アマラの表情は苦しそうに歪んだ。それを見たモンブラは、アマラを労るように肩に手をかけた。


「······アマラも正統後継者の一人なんです。彼女は一族の掟として、千年前の一族の記憶を継承しました。それは彼女にとって、とても辛い事でした」


 モンブラの言葉に、執務室には重い空気が立ち込めた。


「······それ程の惨禍だったのか。オルギスの三度の遠征は」


 ヒマルヤが目を細め、あの慇懃無礼な態度の皇帝が引き起こした戦争を口にした。


「······兄と姉はその記憶を、復讐の糧としました。ですが私は、恐怖に震えるだけでした」


 千年前の記憶を継承した際、アマラは恐怖の余り黒髪が白髪に変わってしまったと言う。


「そんな嬢ちゃんが、島を訪れたモンブラを見込んで頼み込んだのさ。自分も同行させてくれとな。まあ、押しかけ女房に見えなくもなかったがな」


 ボネットが軽口を叩き、モンブラのアマラを冷やかした。


「ボ、ボネット様!!そのような言葉は、時と場所を考えて下さい!」


 赤面しながらボネットは短髪の魔族に抗議

する。モンブラの肩に顔を隠すように、アマラも頬を赤く染めていた。


 モンブラのアマラを支えようとする姿勢。そのモンブラを信頼の瞳で見つめるアマラ。この若い二人は、旅を通じて固い絆で結ばれている。


 二人の様子を見る者達は、容易にそう想像出来た。


「······私は非力な存在です。ですが、兄と姉を止めなくてはなりません。ラバートラが復活すれば、その災いは千年前のガジスト島の比ではなくなります」


「アマラ。その精霊の神とやらは、そんなに凶暴な性格なのかい?」

 

 アマラの決意の言葉の後に、エルドが質問する。ウェンデルの身体が拉致された事実に、エルドは平静を装う為に少なからず演技が必要だった。


「······いえ。太古の昔に存在した頃のラバートラは、慈悲深く、穏やかな神と聞いております。ですが、ロッドメン一族の勃興が全てを変えたそうです」


 魔法を生み出したとされる伝説の一族ロッドメンは、その魔力を持って精霊達に挑戦したと言う。


 数百年の抗争の後、ロッドメン一族が勝利し、精霊達は力を失って行った。一方的なロットメン一族の行為に、精霊を統べるラバートラは、怒れる神となったと伝えられている。


「······なる程。事は千年前の怨恨だけの話では無いと言う事か。精霊達を追いやったこの世界と、追いやられた精霊との再戦と言った所かな」


 ヨハスが静かに口を開いた。主君を連れ去られ、エルドと同様、心中穏やかではいられなかったが、今は行動する為の情報を得るのが先決だった。


「上手い言い方をするなヨハス。その表現、俺も使わせて貰おう」


 そんなヨハスに、お構いなしにボネットが気軽に笑った。「好きにしろ」とヨハスは相変わらずの相棒に苦笑する。


「アマラさん。ラバートラの兜はここにあります。これを渡さない限り、復活は阻止出来ますか?」


 黄金の兜を両手にしっかりと掴み、ラストルは白髪の少女に質問する。


「はい。ですが、兜がある場所が戦場となります。今すぐの必要はありませんが、別の場所に移す必要があります」


 アマラの返答に、ボネットは急がなくていい理由を少女に聞く。


「私達精霊使いには、治癒魔法のような力はありません。。手首を失った姉は、数カ月間動けないでしょう。兄も単独で仕掛けてくるとは考えにくいです。慎重な性格ですので」


 八人の話し合いは、深夜まで及んだ。チロルは今すぐにでも、青と魔の賢人の城に向かいたい衝動を必死に抑えていた。


 タクボの手掛かりはその城にきっとある。チロルは古びた革の鎧が繋げた望みに、全てを賭けていた。


 ······名も無き山の中腹に立つ粗末な小屋で、一人の女がベットの前の椅子に腰掛けていた。


 ベッドには大柄な男が横たわっている。突然、小屋の玄関口が開かれる音がした。小屋に入り込んだ何者かは、迷う様子が足音に無く進み、女の部屋の扉を開けた。


「ターラ。計画が少し変わったわ。暫くこの小屋で休ませて貰う······」


 血で染まった包帯を右手首に巻いたクダラが、椅子に腰掛ける灰色の髪の女に話しかけた。だか、言い終える前にクダラの視線は女からベッドに移った。


「······モグルフは息を引き取ったのね?ターラ」

 

クダラの残酷な確認に、灰色の髪の女は静かに頷いた。


「······ええ。たった今」


 かすれた声で、ターラは答えた。声帯を潰され、声を失った筈の四兄弟の末っ子は、最後の肉親を目の前で失っていた。





 

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