帰る場所を失った賢人達は、幼児の世話に奔走する。
川沿いの道を歩く、旅人の集団がいた。人数は四人。三人は白いローブを纏い、一人は廃棄した方が賢明と万人が思うくたびれた革の鎧を着ている。
「マンマ食べる!マンマ食べるの!!」
旅人達は四人では無かった。革の鎧を着た男の背中に、幼児が癇癪を起こす。
「こらパルシャ!ちゃんと朝食を食べないから腹が空くんだ!自業自得だぞ」
タクボがパルシャを背負いながら顔を横に向け、二歳児に正論を説いた。幼児は泣き叫び、涙とつばがタクボの顔にかかる。
「幼児は気分屋なの。食べたい時にしか食べないわ」
メーシャがタクボの横に並び、手にしたパンをちぎり、パルシャの口に運ぶ。パルシャは鼻水と涙を流しながらパンを頬張る。
タクボはため息をつきながらも、メーシャの幼児に対する知識量に対して驚いていた。何故十六歳の少女が、こんなにも世話慣れているのか。
「······リパーリに頼まれて、よくパルシャの世話をしていたのよ」
常時勝ち気な魔族の娘は、暗い表情で答える。口を開き、おかわりを要求する無邪気な幼児の母親は、もうこの世に生きていない。
その事実を考えると、一行の心に暗い影を落とす。ただ一人を除いては。
「ローニルの周辺調査では、この先に小さいが街があるらしい。先ずはそこに滞在し、これからの事を考えよう」
世界一の魔法使いと言われ、現在はレベル一に戻ったルトガルは、明るい口調で仲間達に話す。
いや、明るいのは口調だけでは無い。表情も今までに見た事が無いくらい生き生きとしている。タクボはそう思えてならなかった。
「······ルトガル。城を脱出してからの君は、妙に快活だな。皆を励まそうと無理をしているのか?」
「聞いてくれタクボ。私の愛用の杖が効力を発動しない。なる程
。力量が足りないと、杖の能力を使いこなせないのだな」
ルトガルは、人の話がまるで耳に入らないと言う様子でタクボに話しかける。タクボはルトガルの胸ぐらを掴んだ。
「······今しがた確信したぞルトガル。君はこの状況を楽しんでいるな?」
メーシャとローニルに聞こえないように、タクボは小声でルトガルに囁いた。だとしたら、余りにも不謹慎極まり無かった。
「不快にさせたなら謝罪しよう。決して楽しんでいる訳ではない。おっと、今日の解毒呪文はまだだったな」
ルトガルは誤魔化すように、タクボの胸に手を起き、解毒呪文を唱えた。
「ふん。レベル一で解毒呪文が使えるなんて、嫌味な才能だなルトガル?」
「うむ。全く生まれ持った才と言うものは恐ろしいな」
タクボの嫌味も、春のそよ風のようにルトガルの耳を通過して行った。タクボにはああ言ったが、ルトガルは内心、自分の心が高揚している事を抑えきれなかった。
レベル一に戻ったと言う事は、死ぬ危険が飛躍的に上がったと言う事だった。例え相手が銅貨級魔物一体でも。盗賊一人でも。
それは、常に命の危機を感じる緊張感の中にいると言う事だった。若くして巨大な才能を持ち、敗北を知らぬルトガルにとって、今置かれた状況は新鮮な物だった。
今まで無縁だった、生き死にの分かれ道に立つ恐怖と興奮が、ルトガルの心をどう仕様もなく昂ぶらせた。
川沿いの先に、目的地の街が見えてきた。一行の最後尾を歩くローニルが、目を細めて街を見る。
「······おかしい。街から煙が上がって······いる」
ローニルの小声を聞き取ったメーシャが、素早く風の呪文で上空に飛んだ。
「ローニルの言う通りよ!街から火の手が上がっているわ!」
メーシャの報告に、タクボは街に行く事を断念しようと提言する。パルシャを抱えている以上、危険は避けるべきだった。
「なんだお前ら?冒険者か?」
野太い声のする方角に、タクボは視線を移した。そこには、馬にまたがる男達がいた。数は十数人。全員武装し、鋭い目つきでタクボ達を値踏みしている。
「街からの略奪品は今ひとつだった。お前等から不足分を頂くとしようか」
街の煙は、この武装集団の仕業に間違いないようだ。タクボはそう断定した。街を略奪した後、帰路の途中にタクボ達と遭遇してしまったのだ。
武装集団が剣を抜いた瞬間、集団の先頭にいた男の首が跳ね飛んだ。
「マ、マドラ!?」
「な、何だ!?いきなり首が飛んだぞ!?」
武装集団から叫び声が上がった。その集団の前に、上空から一人の少女が降り立った。
「チンケな盗賊共。喧嘩を売る相手はよく選ぶ事ね」
メーシャは風の刃の呪文を唱えた。風の切り裂く音が唸った瞬間、盗賊達の首が次々と切断されていく。
「メーシャ!もういい!皆殺しにする必要は無い!」
タクボがパルシャを背負いながら叫ぶ。
「うるさいわよタクボ!こんな連中、生かしといていい事なんて無いわ!」
仲間達の死が、その悲しみと怒りが、メーシャを殺戮に駆り立てるようにタクボには見えた。
死のかまいたちから逃げ惑う盗賊達の中に、片手を伸ばす者がいた。次の瞬間、メーシャの風の刃は突然止んだ。
「ウォ、ウォッカルの兄貴!この小娘を何とかしてくれ!!」
完全に戦意喪失した盗賊達の最後尾から、白い平服を着た男が歩み出る。長い黒髪が風になびいている。
メーシャの起こした風は止んだ筈だったが、黒髪の男の周辺にだけ風が巻き起こっていた。
「無体な殺生をしよるな嬢ちゃん。俺達は街を略奪したが、住民を殺したりはしなかったぜ?」
ウォッカルと呼ばれた三十歳前後に見える男は、武器を帯ていなかった。仲間達を瞬殺したメーシャに対して、丸腰の状態でも恐れの色を浮かべていない。
「無体ですって?あんた達の存在事態が迷惑なのよ、この盗賊共」
メーシャは容赦ない眼光でウォッカルを睨む。睨まれた当人は、深いため息をつく。
「世間知らずの嬢ちゃんだな。確かにこいつ等は、世間に馴染めない半端モンだ。だが、そんな連中でも食って行かないといけない。
盗賊家業は、そんな世の歪が生み出した副産物だと思わないか?
」
「運が悪かったわね盗賊共。私は今、人生で一番虫の居所が悪いの。あんたと世の中について論議する気はないわ」
メーシャは言い終えると、風の刃を放つ。鋭く不吉な音と共に
に、ウォッカルの髪が乱れた。
だが、風の刃はウォッカルを傷つける事なく再び止んだ。メーシャは舌打ちする。
「やっぱり偶然じゃないわね。魔法障壁でも無い。あんた、一体何者?」
「精霊使いさ。見るのは初めてか嬢ちゃん?無理も無い。精霊なんて、今時誰も見向きもしないからな」
「······精霊使いですって?」
「嬢ちゃんの今の攻撃は、風の精霊を使って相殺した。まあ、精神力を使うって所では魔法と同じ様なもんだがな」
ウォッカルが言い終えると、メーシャは素早く腰から魔法石の杖を取り出した。そして、漆黒の鞭を発動させる。
「学習能力も行動も早い嬢ちゃんだ!」
黒い光を発した鞭が、唸りを上げてウォッカルの胸部を襲う。ウォッカルは地を蹴り右に避ける。
だが、鞭は意思を持つかのように曲がり、ウォッカルの頭部に突き刺さるかと思われた。次の瞬間、鞭は土色の壁に弾かれた。
「漆黒の鞭までも?」
メーシャが小さい瞳を見開き驚く。一方のウォッカルは額から汗を流していた。
「恐ろしい力だな嬢ちゃん。中位精霊までしか使えない俺には、弾くのに精一杯だったぜ」
「······中位精霊ですって?」
「そうさ。精霊の中でも序列かある。下位、中位、上位。使い手の能力によって精霊の扱える種類も限定されるのさ」
メーシャの問いに、ウォッカルは呼吸を整えながら答える。鉄壁を誇る土の中位精霊を操っても、完全に防げない少女の鞭に、精霊使いは戦慄した。
「ウォッカル。こんな所で何をしている?」
無機質な声が戦場の上から響いた。タクボが空を見上げると、獣のマントを羽織った男が空に浮いていた。
「······テデスか。ご覧の通り、鋭意取り込み中だ」
ウォッカルがテデスを見上げ、迷惑そうな表情をする。
「······あの顔は!?そして風を纏わず空に飛んでいる!」
タクボは驚愕した。テデスと呼ばれた空に浮かぶ男は、青と魔の賢人の城で、ルトガルから力を奪った黒髪の女と瓜二つの顔をしていた。
そして風の呪文とは異なる力で浮遊している。顔も能力も獣のマントも、あの長髪の女と同じだった。
「ルトガル!メーシャ!ローニル!あの空に浮かぶ男は、城を襲った連中の仲間だ!」
タクボが絶叫すると、ルトガルの表情が一変する。浮遊するテデス目掛けて、火炎の呪文を唱えた。
レベル一の魔法使いにしては、あり得ない大きさの火球がテデスに直撃した。だが、テデスを包む筈の火球は凍りつき、男は無傷だった。
「······あの城の生き残りか?」
テデスが地上を見下ろし呟くと、男の上空にローニルが飛ぶ。ローニルは殺気に満ちた両目で、腰の剣を抜く。
ローニルの剣は通常の剣と、短剣の中間の長さだった。ローニルは小剣を振り上げる。
「······皆の、仇······だ!」
「相手を斬るには不便そうな剣だな。その長さではないと振る力が無いのか?」
ローニルの殺気をいなすように呟き、テデスが冷静に相手の武器を観察する。だが、テデスは分析を違えた。
ローニルは光の剣を発動させる。小剣が帯びた光が急速に伸び、テデスの右肩を切り裂いた。
「······光の剣を伸ばすだと?そんな事が可能なのか」
テデスは顔をしかめ、出血した右肩を手で押さえながらウォッカルの隣に着地する。
「どうだいテデス。この連中、普通じゃないだろう?」
ウォッカルはテデスに嫌味っぽく笑う。この心が抜け落ちたような男にも、赤い血が流れている事をウォッカルは不思議に思った。
「当然だ。奴らは勇者と魔王と同等の力を持っている。元世界一の魔法使いまで揃っているとはな」
テデスの言葉に、ウォッカルは口を開けながら顔を歪める。
「ウォッカル。俺が来たのはお前を呼びに来たからだ。誓約に従って貰うぞ」
テデスの言葉に、ウォッカルは不快な過去の出来事を思い出した。一年前まで、ウォッカルは少集団の盗賊の頭だった。
ある日、街から盗賊退治の依頼を受けた冒険者達に、全滅寸前まで追い込まれた。その時、獣のマントを身に着けた男女に助けられた。
お前には精霊を操る適性がある。テデスとクダラにそう言われたウォッカルは、当初この男女の言っている事が理解出来なかった。
命を助けた借りと、精霊を操る術を教えた代償に、ウォッカルはテデスとクダラに協力する事を誓わされた。
「······テデス。いよいよ始めるのか?精霊の神とやらの復活を」
ウォッカルの言葉に、テデスは表情を変えずに返答する。
「そうだウォッカル。始まるのだ。精霊の神が支配する世がな」
テデスは自分の顔をウォッカルに向ける。その冷たい両眼の先に、どんな未来を見据えているのか、ウォッカルには窺い知る事は出来なかった。




