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忘れられた神は、その甲冑を静かに佇ませる。

 世界一の魔法使い。青年がそう呼ばれるようになったのは、いつの頃だっただろうか。ルトガルは行商人の子として生まれ、幼い頃から各地を転々としていた。


 ある日、魔物達に商隊が襲われた時、十歳のルトガルは火炎の呪文を持って魔物達を撃退した。


 十五歳で冒険者になった時は、既に金貨級の魔物すら彼には抗し得なかった。そんなルトガルを周囲が放っておく筈が無かった


 大国からの士官の誘い、勇名を轟かす冒険者達からの仲間の誘い。ルトガルはいずれの誘いも興味が湧かなかった。


 彼が選んだのは、青と魔の賢人という組織だった。ルトガルは

、自分と同等の力を持つ者達との切磋琢磨を望んだ。


 だが、程なくしてそれは失望に変わった。確かに賢人達は、勇者や魔王と同格の力を有していた。


 それでも自分の魔力と比較すると、ルトガルには及ばず、ルトガルの欲求は満たされなかった。


 そしてルトガルは、いつしかこの組織を客観的な目で見るようになってきた。組織の思想理念に賛同しつつも、どこか冷めた目でルトガルは組織から一歩引いていた。


「······退屈だな」


 時折ルトガルは、そう呟く時があった。組織に起こるどんな問題も、立ちはだかる敵達も、ルトガルの感じる閉塞感を取り除く事は無かった。


「······間違いない。私のレベルは一に戻っている」


 世界一の魔法使いは、小川のほとりではっきりと言い切った。穏やかに流れる水面に、両手をまじまじと見つめるルトガルの姿が映っていた。


 青と魔の賢人の城から緊急脱出し、タクボ達は名も知らぬ森に降り立った。その地で分かった事は、世界一の魔法使いが力を失ったと言う事だった。


「······君に巻き付いたあの髪。あれが原因か?」


 タクボはあぐらをかきながら、ルトガルを見上げた。膝の上には、泣き疲れて眠るパルシャがいた。


 あの深夜の襲撃から夜が明け、一睡もしていないタクボの両目は、重そうに見えた。


「それしか考えられんな。一時的に力を奪うならまだしも、レベルそのものを奪う能力など聞いた事がないな」


 深刻な事態にも関わらず、ルトガルの声はどこか弾んでいるようにタクボには聞こえた。


「······メーシャが、目を······覚ますよ」


 意識を失っていたメーシャの側で、ローニルが小声で重大な事をタクボ達に告げた。それを聞いたタクボは気が重くなる。


 これからメーシャに、昨夜の事をどう伝えればいいのか。目を開いたメーシャは、数瞬の虚脱から、直ぐに自失を取り戻した。


「······ここはどこ?敵は!?トロッコ達はどうなったの!?」


 メーシャの視界には、項垂れるローニル、タクボ、ルトガルが映った。メーシャの頭は、状況を把握するのに時間はかからなかった。


「待てメーシャ!何処に行くつもりだ!?」


 タクボがパルシャを抱えながら、堪らず叫ぶ。まだ痺れが残る身体で、メーシャは風の呪文を唱えようとした。


 メーシャの身体に集まる風は不安定で、まだ呪文を使用するのは困難と思われた。


「分かりきった事を聞かないで!皆を助けに行くのよ!」

 

 覚束ない足元で、魔族の少女は叫び返す。


「お前に理解出来無い筈が無いだろう!あれからどれだけ時間が経ったと思っている!生き残っている者などいない!!」


 タクボは大声を上げながら、自分の言葉で今更実感した。あの城に残った賢人達が、全員て死んだと言う事を。


 タクボの言葉に、メーシャは肩を震わせ呆然とした。目を伏せ歯を食いしばると、その小さな瞳には復讐の炎が灯っていた。


「殺してやる!!今から城に戻って、一人残らずあいつらを殺してやる!!」


 激昂したメーシャは、不安定な風で無理やり飛ぼうとする。その時、メーシャの頬を叩く者がいた。


「ロ、ローニル?」


 タクボは驚きの声を上げた。気が小さく、万事消極的なローニルが、メーシャをひっぱたいたのだ。


「······メーシャ。トロッコ達が何故僕達を逃したか······よく考えて」


 両目から涙を流しながら、ローニルはメーシャの両肩を掴む。メーシャは魂が抜けたような表情をしていた。


「······トロッコ。みんな······やだよ。これでお別れなんてやだ······」


 メーシャの小さい瞳から、滝のような涙が流れた。ローニルは泣きじゃくる子供のようなメーシャを、優しく抱きしめた。


「······これから一体、どうすればいいのか」


 タクボは一人独語した。その答えを教えてくれる者は、どこにも居なかった。



 探し人である我が師の激変を、弟子は知る由も無かった。チロルはカリフェースの王都にある、国立美術館にいた。


 エルドが時間を持て余していた妹分の為に勧めてくれ、ヒマルヤとラストルの三人で歴史ある美術品を見学に来た。

 

 六階建ての美術館は、各階に歴史的価値のある展示品が数多く並んでいた。絵画、石像、古代の日用品、武具まで、階を上にあがる度に、オルギス皇帝に関係する品が多くなっていた。


 チロルは六階に展示されていた、灰色にくすんでいるす甲冑を見ていた。硝子ケースのプレートには、かつてオルギス皇帝が身に着けていた甲冑と記載されていた。


「千年前の甲冑?本物かなあ?これ」


 突然チロルの後ろで声がした。チロルが振り向くと、紫色の髪をした若者が訝しげな表情で灰色の甲冑を見ていた。


「ねえ君もそう思わない?これが千年前の甲冑って誰が証明出来るの?」


 若者は少し垂れた両目をチロルに向ける。チロルは少し考え、首を少し傾けた。


「私は信じます。この美術館が千年間続いたという事は、それを守り続けた人達がいるからです。そんな人達が偽物を展示するとは思えません」


 チロルの返答に、若者は両目を見開き、暫し沈黙した。そして突然チロルの両手を掴み、チロルに顔を近づける。


「······なんて純粋な答えなんだ。君の今の言葉に、この美術館の関係者は救われた気分だと思うよ」


 若者は目を輝かせながら、チロルを見つめる。


「えーと。貴方は何処のどちら様ですか?」


 明るく、まくし立てるように喋る若者を、チロルは不思議そうに見ていた。


「ああこれは失礼!僕はリック。この美術館の職員なんだ。君の名前を聞いていいかな?」


「チロルです」


「名前も素敵だね!チロル。僕とカリフェースの歴史を語り合わないか?近くにオムレツが絶品の店があるんだ。お近づきの印に是非ご馳走させてくれない?」


 チロルは黙って首を横に振った。


「せっかくですがお断りします。自分の飲食した代金は、自分で払う物だと師匠に教わりましたので」


「なんて自立心を持った娘なんだ!益々気に入ったよ!チロル。君にだけ特別に見せてあげよう!」


 リックは、オルギスの甲冑が入ったケースの後ろに移動し、チロルを手招きした。


「何を見せてくれるんですか?」


 チロルは首を傾げてリックを眺める。


「カリフェースの本物の歴史さ」


 リックは壁に手を添えると、突然壁の一部が動きだし、リックは壁の中に消えた。チロルが驚いていると、再び壁の一部が回転ドアのように動き、中からリックが姿を現した。


「······隠し扉ですか?」


 目を見開くチロルに、リックはタレ目を細め微笑んだ。


「カリフェースでも、数える程しか知らない秘密のね。さあチロル。招待するよ。この美術館には、七階が存在しているんだ」


 隠し扉の中は、狭い登り階段だった。中は真っ暗だったが、チロルの見上げるリックの前方は明るかった。


 リックは携帯用のロウソクでも用意していたのだろうか。だが、チロルのその予想は外れた。


 階段を登りきった広くもない空間を、リックの右の掌から揺れている炎が照らしていた。


「リックさんは魔法が使えるんですか?」


「魔法じゃないよ。これは、火の精霊の力を借りているんだ。精神力を使うって意味では、魔法と同じだけどね」


「······火の精霊?」


「ご覧チロル。この狭い七階には、展示品はこの一点だけなんだ


 リックは右腕を伸ばし、埃まみれの硝子ケースを炎で照らす。そのケースの中には、黄金の甲冑が飾られていた。


「······これは?」


「精霊の神。ラバートラの黄金の甲冑さ」


 チロルに説明するリックの両目から、先程迄の軽薄さが消えて無くなっていた。


「オルギス皇帝の甲冑では無いんですか?」


 チロルの質問に、リックは驚愕したような表情になった。オルギスの甲冑は、ついさっきチロルが下の階で見ていた筈だった。


「······どうしてそう思うの?チロル」


「何となくです。オルギス皇帝は、黄金の剣を愛用していたので

、甲冑も黄金なのかなと思っただけです」


 小さい炎が照らす狭い空間に、短い沈黙が流れた。


「······あの黄金の剣は、元々ラバートラの剣だったんだ。それを、一族の裏切り者がオルギスに献上したんだ」


 リックの口調は、少し重たくなってきた。


「一族······ですか?」


「ガジスト一族。代々精霊の神ラバートラに仕えた一族さ。一族と同じ名の島に住んでいる」


 リックは黄金の甲冑を見つめながら話す。その両目は、何かに魅入られているようにチロルには見えた。


「この黄金の甲冑は、オルギスがカジスト島から奪ったんだ。でも、ガジスト一族の正当後継者の二人が、ついに行動を起こしたんだ。精霊の神、ラバートラを復活させる為に」


「復活?神様をどうやって復活させるんですか?」


 チロルの問いに、リックは不気味な笑みを返す。


「テデスとクダラ。一族の後継者の二人は、三年前からその為に動いている。この美術館の平凡な職員だった僕は、一年前に二人に出会ったんだ」


 その時の事を思い出したのか、リックの口調は少し興奮していた。


「テデスとクダラは僕に言ったんだ。僕には、精霊を操る力があると」

 

 リックは自分の掌の炎を嬉しそうに見つめる。


「······遥か昔、人々は精霊と共に生きていた。けど、現在は人間も魔族も魔法などと俗な物に傾倒し、皆精霊の事など忘れてしまった」


 リックは掌の炎で輪を作り、チロルに嬉しそうに見せる。


「ラバートラを復活させて、精霊と共に生きる世界を造るんだ。チロル。君もテデスとクダラに会ってくれないか?もしかしたら

、君にも精霊を操る力があるかもしれない」


 チロルは再び首を横に振る。


「私には興味が無い事です。それよりも私にはすべき大事な事があります」


 チロルの返答に、リックはタレ目を悲しそうに歪めた。


「······そっか。残念だな。今日この美術館を去ると決めていたから、寂しくなってつい君に声をかけたんだ」


 リックはそう言い終えると、硝子ケースを外し、中の黄金の甲冑を足元に置かれていた袋に入れていく。


「リックさん?その甲冑をどうする気ですか?」


「言っただろう?ラバートラを復活させる。その為にこの甲冑が必要なんだ」


 リックが天井に手を向けると、地響きのような音と共に、厚い石造りの天井に大穴が空いた。


「······どうして天井に穴が?」


 チロルが驚いていると、大袋を抱えたリックの身体が浮き始めた。


「風の呪文じゃない?どうしてこんな事が?」


「これが精霊の力さ。チロル。気が変わったら今夜、北門の先にある泉に来てくれ。君に適正があって、仲間になってくれると嬉しいな」


 リックはそう言い残し、天井の穴から空に飛び去った。チロルは暫くその空を呆然として見上げていた。


 展示品が無くなった七階から下に降りると、ヒマルヤとラストルが何か言い合いをしている姿が見えた。


「おおチロル!聞いてくれ。ラストルが裸体の女性像を邪な目で見ていたぞ」


「ち、違うよ!最初に見ていたのはヒマルヤだろう!」


 ヒマルヤの冷やかしに、ラストルは必死に抗議する。その二人に、チロルは静かに口を開く。


「ヒマルヤ、ラストル。ウェンデル兄さんに会う理由が出来きたわ」


 その日の夕刻時、チロル、ヒマルヤ、ラストルの三人は、エルドの取り次ぎでカリフェースの王と面会が叶った。


「ラバートラの甲冑が盗まれた?」


 ウェンデルが口を開く。王の執務室に通された三人は、長テーブルの椅子に腰掛けながらウェンデルと向かい合っていた。


 人が変わってしまったウェンデルに、チロルは聞きたい事が山程あったが、私情を出さず、端的に事実だけを報告した。


 ウェンデルは後ろに立つエルドに振り返ったが、エルドは静かに首を振った。


「エルドはそなたらに話していないようだな。今更隠し立てするのも面倒だ。私は外見はウェンデルだが、中身は別の人格だ」


 ウェンデルの意外な言葉に、チロルは動揺した。


「別の人格?では、貴方は誰なんですか?」


 チロルの質問に、ウェンデルは鋭い両眼を向ける。


「我が名はオルギス。千年前、世界を統一した皇帝だ」


 チロルの左右に座るヒマルヤとラストルも、驚きの表情を隠せなかった。


「千年前、ある男が黄金の剣を私に届けに来た。ガジスト一族との因縁は、そこから始まったのだ」


 オルギスはチロル達に語り始めた。それは世界を統べる皇帝に、大きな災厄をもたらした一族との深淵な闇だった。

 



 

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