闇夜に消える命は、かがり火の影となる。
青と魔の賢人の城は、城の内外どちらも騒然としていた。城の中では、メーシャが必死に働き人達に脱出口に行くよう呼びかけていた。
メーシャは額の汗を拭いながら、外の様子が気になって仕方なかった。一刻も早く避難を完了させ、自分も戦いに加勢しなくてはならなかった。
「こんな深夜に奇襲するなんて最低。どこの誰だか知らないけど後悔させてやるわ」
目の前で足がもつれ倒れた働き人を抱え起こし、メーシャは再び大声を上げ続けた。その頃、外の城門には殆どの賢人達が集結していた。
彼等賢人は、毒の影響で魔力が思うように使えず、光の剣も、漆黒の鞭も、更に呪文すらまともに使用出来なかった。
各々愛用の武器を手にしていたが、身体の痺れはいつもの動きとは程遠い有様となっていた。
そこに精鋭中の精鋭が、一撃離脱戦法で賢人達の体力を奪っていく。賢人達の動きは、時間と共に確実に鈍ってきた。
その戦場に、あり得ない幼児の泣き声が響いていた。
「リパーリ!お前正気か?何故パルシャを安全な場所に避難させない!?」
ジャロットが魔法石の杖で兵士の眉間を殴打しながら、我が子を背中に背負いながら戦う僚友に怒鳴った。
「あら失礼ね。私の背中以上に安全な場所なんてないわ!」
リパーリはそう言いながら、長槍を敵兵の腹部に突き刺す。二歳のパルシャは母親の背中で盛大に泣いていた。
「······こんな時に、マサカドがいれば」
リパーリは、三年前に組織から消えた賢人の名を口にした。組織で最強の剣の使い手は、自分を倒した娘を妻にすると宣言し、その娘を探しに消えてしまった。
「ルトガルが来るまで堪えるんだ!ルトガルなら一瞬で戦況を覆すぞ!」
トロッコはサーベルを振るいながら、味方を鼓舞した。だが、ルトガルが魔法を使える保証は何処にも無かった。
そして、遂に賢人に犠牲者が出た。魔族の賢人ワットラスは、手練の兵士達四人に一斉攻撃を受け、背中に深手を負った。
そこに、不可思議な事が起きた。何処からか伸びてきた黒く、そして長い髪の毛のような物が、ワットラスに巻き付きついた。
黒い髪は水を含んだ真綿のように膨らんだ。その途端、ワットラスは呻き苦しんだ。
「······これは!?力がまるで入らない?」
ワットラスを拘束していた黒い髪は、膨張したまま何処かへ消えて行く。ワットラスは手にした槍を重そうに構えるが、四方の兵士達の斬撃になす術なく切り倒された。
「ワットラス!!」
僚友の不可解な最期に、ジャロットは叫んだ。謎の黒い髪は、再び地を這いうように伸び、賢人に巻き付いた。
髪に巻き付かれた賢人は、まるで力を失ったように周囲の兵士達に斬られた。そして、時間と共にその犠牲者を増やして行った。
ハッパスの後方に、茶褐色の壺を持つ男が立っていた。獣の皮のマントを羽織ったテデスは、手にした壺を賢人達に向けた。
その度に壺の中から黒い髪が伸びて行き、賢人の身体を拘束する。そして、膨張した髪の毛が壺に戻ると、膨張した髪から琥珀色の液体が壺に流れ出て、髪の毛は元の細さに戻った。
それを繰り返し、壺の中の水位は増えてきた。テデスは壺の中を見ながら、戦場の賢人達を冷たい目で一瞥する。
「流石は賢人だな。一体から取れる量が凡人のそれとは違う」
この壺の髪の毛に拘束されると、その者の力を吸い取る効力があった。ただ吸い取るだけでは無かった。
この髪の毛は、対象者のレベルを一に戻してしまうのだ。幾ら賢人達でも、レベルが一の状態では多勢に抗える筈も無かった。
ハッパスは、テデスとクダラが見せたこの力を持って、賢人達を屠ると決めた。それは、両者が共闘を決めた瞬間だった。
ハッパスは賢人達の命を。テデスとクダラは賢人達の力を手に入れる事を目的に。
「あの髪の毛に巻かれたら最後よ!用心して」
リパーリは息を切らしながら叫んだ。髪に拘束された仲間達は
、全て呆気なく倒されて行った。そして、その数は確実に増えて行く。
戦況が賢人側に圧倒的不利となった時、それは起こった。兵士達が次々と吹き飛ばされていく。
ジャロットに迫った髪の毛も、土埃と共に後方に舞った。
「タクボか!?ルトガルも!!」
ジャロットが疲労が濃くなってきた表情で後ろを振り返った。ジャロット達の後ろから、タクボが衝撃波の呪文を唱えていた。
そしてタクボの隣では、ルトガルが愛用の杖を構えていた。賢人達はルトガルに望みを託した。
「行けるか?ルトガル!?」
タクボが叫びながら物理障壁を張り、前線の賢人達をその中に入れていく。世界一の魔法使いは杖を構える。
「やって見せるさ。私の戦場での通り名を知っているだろう?」
ルトガルは笑みを浮かべ返答する。青い魔法衣の男は、不安定な魔力を全て込め、地下重力の呪文を唱えようとした。
それが発動すれば、千人の復讐者達は全て圧死する筈だった。
「残念ね。最後の望みを絶たせてもらうわ」
タクボは背後から女の声を聞いた。それは、背筋が寒くなるような冷たい声だった。敵は前方に殺到している。後ろに敵などいる筈が無かった。
タクボは後ろを振り返った。そこには、古びた壺を持った長髪の女が立っていた。気付いた時には、隣のルトガルが黒い髪に拘束されていた。
「ル、ルトガル!?」
「······何だ?魔力が、力が抜けていく?」
タクボの叫びも耳に入らない様子で、ルトガルの両膝は地面に落ちた。膨張した髪の毛は壺に戻り、女の身体は浮き上がり飛び去った。
「何だあれは?風を身体に纏って無かった。風の呪文では無いのか!?」
タクボは女が消えて行った方角を見ながら、見た事の無い光景を目にした。酔いがまだ覚めていないのかと自分を疑った。
「世界一の魔法使いがレベル一に戻ったぞ。ハッパス」
背後に立つテデスの言葉を聞き、ハッパスは最大の難敵の排除を確認した。後は一方的に殺戮をするだけだった。
「残りは半病人のような連中だ!三年前の復讐を果たせ!!」
ハッパスの怒号のような叫び声は、兵士達の士気と復讐心を否が応にも上げた。賢人達は一人、また一人と倒れて行く。
「タクボ!ルトガルを連れてこっちに付いて来い!」
議長代理のトロッコは指揮をジャロットに預け、ルトガルを抱えるタクボを城内に移動させた。
「タクボ、お前は呪文を使えるみたいだな。風の呪文で何人運べる?」
トロッコの質問に含まれる残酷な真意を、タクボは直ぐに理解した。
「······私を含め、一度で飛べるのは四人が限界だ」
「······十分だ。今その運んでもらう奴らがこちらに来る」
トロッコの視線の先には、こちらに駆けて来るメーシャとローニルの姿があった。
「トロッコ!働き人達の避難は完了したわ!」
メーシャとローニルは、城内の全ての非戦闘民達を、見事に脱出口まで誘導させた。
「ご苦労だったな、メーシャにローニル。次の任務はルトガルの護衛だ。タクボと一緒に行ってくれ」
トロッコの普段通りの声色に、メーシャは気付くのに一瞬遅れた。そして、烈火の如く怒りを露わにする。
「ふざけないでトロッコ!私に戦わずして逃げろと言うの!?皆が命を懸けているこの時に!!」
「怒るなよメーシャ。お前には俺達より辛い役目を任せるんだ。生き残って組織の再建を果たすという難役をな」
トロッコは肩をすくめ困った表情をした。それはまるで、癇癪を起こした娘を見る父親のような顔だった。
「······生きて俺達の想いを継いでくれ、メーシャ。これは、年少の者の義務だ」
「······やだよトロッコ。私も皆と最後まで戦う。私一人だけ生き残るなんてやだ」
メーシャは弱々しく泣き声になり、トロッコの胸を掴んだ。事態はそこまで差し迫っている事に、誰もが気づいていた。
「一人じゃないぞメーシャ。ルトガル、ローニル、ついでにタクボも一緒だ」
トロッコは陽気な表情を懸命に保っていたが、メーシャの泣き顔を見て沈痛な表情に変わってしまった。
「······メーシャ。俺はお前の事を娘のように思っていた。お前には迷惑な事だがな」
「······トロッコ。やだよ。私と一緒にいて」
トロッコは波打つ髪の毛を揺らし、メーシャの腹部に拳を突き立てた。
「······トロッコ······」
涙の粒を散らし、メーシャは気を失い崩れ落ちた。メーシャを抱き抱え、トロッコはローニルを見る。
「ローニル。お前もだ。メーシャと一緒に行ってくれ」
「······僕より、トロッコが生き残った方が組織の······為になるよ」
ローニルは涙を堪え、トロッコに消え入りそうな声で答えた。
「ローニル。お前は自分にもっと自信を持て。そうすれば、きっと道は開けていく」
トロッコは微笑み、メーシャをローニルに預けた。そして、ルトガルに後事を託した。
「ルトガル。お前がこの組織の事を少し斜めに構えて見ていた事は知っていた。だが、こうなった以上、最後まで組織に付き合ってくれ。後を頼んだぞ」
トロッコの言葉に、ルトガルは黙っで頷いた。トロッコも頷き返し、タクボ達に背を向け歩き出した。
「さあ。若い衆はさっさと行ってくれ。後は年長者達の仕事だ」
トロッコは陽気にそう言い残し、再び戦場に向かった。それと入れ替わるように、リパーリがこちらに走って来た。
それは正にタクボが風の呪文を唱えようとした時だった。リパーリは両手に抱えたパルシャをタクボに無理やり渡した。
「タクボ!この娘をお願い。私の一生に一度の頼みよ」
リパーリは額から血を流しながら、泣きじゃくるパルシャの頬に口づけした。
「愛しているわパルシャ。強く生きてね」
愛娘に別れを告げ、リパーリはタクボ達を見回した。
「皆。後は頼んだわよ。元気でね」
リパーリは微笑み、踵を返し戦場に駆け出した。反論する暇も与えられず、タクボはリパーリに叫んだ。
「リパーリ!この娘の父親の名は!?」
「あら。野暮な事を聞かないで。女には色々秘密があるのよ」
リパーリは片目を閉じ、絶望的な戦場へ颯爽と消えて行った。
「······飛ぶぞ」
タクボは複雑な感情からその言葉を絞り出した。胸に抱えたパルシャの泣き声が合図となり、タクボ、パルシャ、ルトガル、メーシャ、ローニルの五名は風の呪文で城から飛び去った。
新月の闇夜を切り裂くように、空に走る一筋の軌跡をトロッコは見た。トロッコは心の中でメーシャに別れを告げた。
「タクボか。妙な男だったが、最後に俺達を助けてくれたな」
トロッコの右に立つジャロットが、空を見上げて不敵に笑った。
「······もう残ったのは、私達三人みたいね」
トロッコの左に立つリパーリが、悲しげな目で周囲を見回す。至る所に僚友達が倒れていた。
「ジャロット、リパーリ。若い奴らの為に、一人でも敵を減らしてやろう」
トロッコは頷くジャロットとリパーリと共に、まだ八百人以上残る兵士達に斬り込んで行く。
その時、爆発音と共に兵士達が吹き飛んだ。その爆発は立て続けに起こり、精鋭揃いの復讐者達に動揺が走った。
「······クロマイス!!」
ハッパスが上空を見上げ、夜空に浮かぶ見知った男の名を呼んだ。白いローブを風に揺らすクロマイスは、風の呪文で空に飛び
、爆裂の呪文を地上に叩きつけていた。
そこにトロッコ、ジャロット、リパーリが突入し、兵士達の陣形は乱れた。魔法使い達がクロマイスに向けて火炎の呪文を唱える。
クロマイスは素早く下降し、火球の群れを避ける。地上に降り立ったクロマイスは、続けて爆裂の呪文を唱え、兵士達をなぎ倒していく。
「クロマイス!!」
元賢人だった男は、聞き慣れた声を耳にした。ハッパスが長剣を構え、猛然とクロマイスに向かって来た。
ハッパスの鋒はクロマイスの胸を貫いた。ハッパスには、クロマイスが避けようとしなかったように見えた。
「······これが、ここがお前の選んだ死に場所か?クロマイス」
ハッパスは出会った当初から、クロマイスは死に場所を探しているのではと考えていた。
虚ろな両目で組織の情報を話すクロマイスを、ハッパスは報復の対象から外していた。もはや生きる屍に鞭を打つ必要を感じなかったからだ。
「······ハッパス。お前の望んだ結果が得られたのだ。少しはお前達も損害を被らないと、双方平等とは言えまい」
クロマイスは自分の体温が低下して行く事を感じながら、自分のこの行動を冷笑していた。
一体自分は何をしたかったのか。アルバ達同志を失ってからの自分を、クロマイスは最後まで見失っていた。
クロマイスが血を吐き倒れると、ハッパスは周囲の被害状況を確認する。その時、ハッパスの目の前にトロッコが現れた。
クロマイスの攻撃の混乱に乗じ、トロッコは総司令官に肉薄していた。トロッコにハッパスの警護兵達が襲いかかる。
トロッコに放たれた十本の矢は、トロッコの前に立ち塞がったジャロットに命中した。
「チッ。こんな事なら、もっと深酒しておくべきだったな」
クロマイスが起こした爆風の残り風に倒れるように、ジャロットは力尽きた。更にトロッコの背後から五人の兵士達が剣を振り上げる。
その攻撃は、リパーリの長槍により阻止された。長槍で剣を払い、凄まじい連撃で兵士達を突き倒して行く。
だが、リパーリの反撃はそこで潰えた。リパーリの背中に、暗殺に長けた兵士達が短剣を突き刺した。
「······ごめんね。パルシャ」
最愛の娘を想いながら、パルシャは涙を流し倒れた。ジャロットとリパーリの最期を見届けたトロッコは、鬼の形相でハッパスにサーベルを向ける。
「俺はトロッコ!中央裁行部、議長代理だ!!」
「私の名はハッパス!サラント国千騎長だ!!」
両組織の長である二人の一騎打ちは、一撃で決着を見た。トロッコのサーベルはハッパスの肩を貫き、ハッパスの長剣はトロッコの腹部に深く突き刺さった。
「······終わりと言う奴は、いつも突然に来る物だな」
それが、青と魔の賢人、中央裁行部議長代理の最期の言葉だった。トロッコを最後に、賢人達の攻撃は止んだ。
肩の傷口を手で押さえながら、ハッパスは周囲を見回した。毒で満足に動けない身体で、賢人達は精鋭の兵士達を二百人近く倒した。
そしてクロマイスの奇襲により、四百人の兵士を失った。これ程迄の損害は、ハッパスの想像を超えていた。
「······化物の集まりだな」
勝者とは思えない青ざめた顔で、ハッパスは吐き捨てるように呟いた。
城の働き人達は、地下道の出口である森から城の様子を伺っていた。その中に、三人の少年少女達がいた。
組織の賢人達がこの三年間で見つけ出した、勇者と魔王の卵達だ。彼等三人はまだ未熟であり、今回の戦闘には参加を許されなかった。
「······面白いな」
金髪の少年は、小さな声で囁いた。少年は二年前、誘拐同然にこの城に連れて来られた。
そして、世界管理者になる為の教育を叩き込まれた。少年は自分の事を俯瞰して見ていた。
これが、自分がこの世に生を受けた役目なのかと。自分の持つ力は、この組織の者達が言うように、世界を管理する為に与えられた物なのかと。
だが、その賢人達は襲撃者達によって危機的な状況にあった。もし、彼等賢人がこのまま敗れたら?
道を指し示す賢人達が消え失せたら、自分のこの力は、何の為に使えばいいのか?この先、自分の歩むべき道とは何なのか?
「······面白い。実に面白いな」
少年は再び呟いた。その声を聞き、魔族の少女が金髪の少年に問い質す。
「クレイド。何をブツブツ言っているの?」
クレイドと呼ばれた金髪の少年は、好奇心に満ちた両目を賢人達の城に向けていた。




