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新月は、破局の到来を予告する。

 大聖堂の入り口で待たされていたチロル達は、意外な人物と再開する事となった。黒髪に衣服も黒ずくめの若者は、駆けながら大声を上げた。


「チロル!」


「?······エ、エルド兄さん!?」


 エルドはチロルを抱きしめ、チロルもエルドの背中に両腕を回す。


「······大きくなったね。チロル。でも一目で分かったよ」


 エルドは三年振りに会う妹分を、懐かしそうな瞳で見つめた。


「······はい。エルド兄さんは三年前と何も変わらないです」


「それってちっとも成長してないって事?酷いなチロル」


 エルドは眉毛を下げ口を尖らせた。同時にチロルとエルドは笑った。その様子を見てラストルは驚いた。


 チロルのここまでの無防備な笑顔は、滅多に見る事が無いからだ。エルドはチロルとの抱擁の後、ヒマルヤと笑顔で握手をした


「······君は、確かラストルだったね。チロルを守ってくれてありがとう」


「い、いえ。チロルに助けられているのは僕の方です」


 エルドは笑顔でラストルに握手を求めた。


「本音を言っていいのだぞラストル。チロルにはいつも手を焼いていると」


「え?そうなのラストル?」


 ヒマルヤがラストルを冷やかし、チロルは真面目な表情でラストルに質問する。


「そ、そんな事ないよ!いつもチロルを頼りにしているって」


 大聖堂の入り口で笑い声を上げる四人に、礼拝に訪れた信者達は、奇異な視線を向けていた。


 エルドの話しでは、ヨハスが気を利かしてエルドを出迎えに指名したと言う。


「ラフトも元気そうだね」


 エルドが膝を地面に着け、白猫の喉元を指で撫でる。ラフトと呼ばれた白猫は目を細めて気持ち良さそうに顔を上げる。


 四人と一匹の猫は、ヨハスの執務室に移動した。ヨハスはチロル達を歓迎し、テーブルの椅子に座るよう促した。


 実務的な性格のヨハスは、挨拶もそこそこにチロル達の訪問目的を質問する。その目的は、ヨハスの予測範囲のものだった。


「······残念ながら、モンブラとボネットは今カリフェースには居ないのだ」


「······そうですか」


 チロルの中で、落胆と安堵の気持ちが入り混じった。モンブラとボネットに、青と魔の賢人の本拠地を聞くつもりだった。


 だがそれは、二人に組織の機密情報を売れと言っているのと同じだった。モンブラの困った表情が容易に想像出来た。


 そんな問いをしなくて済んだ事に、チロルはどこかで安心したが、師であるタクボの捜索の糸口はここで絶たれてしまう事になった。


 ヨハスの話では、三年前にボネットはモンブラと共に宛のない旅に出たと言う。


「あの放浪好きを留めて置くのは不可能でね。我々と大司教の戦いを見届けた後に去ったのは、ボネットなりに義理立てなのだろう」


 ヨハスは苦笑しながら、黒髪の相棒を懐かしそうに話した。青と魔の賢人については、ヨハスも可能な限り情報収集に協力すると言ってくれた。


 ヨハスの執務室を出た一行は、大聖堂の塔にある部屋に向かった。ヨハスの善意でしばらくチロル達に貸してくれると言う。


「エルド兄さん。ウェンデル兄さんは······」


 高価そうな絵画が飾られている長い廊下を歩きながら、チロルはエルドに質問する。


「······会わない方がいい。以前のウェンデルとは別人のままだよ」


 エルドは首を振り返答する。三年前のあの戦いの後、ウェンデルの人格は一変した。チロルもそれに驚いたが、三年経った今もそれは変わらないらしい。


 チロルは沈んだ表情になり、仲間とこれからの事について話し合う為に、部屋に歩いて行く。


「エルド。チロルなる者は何故余に挨拶に来ない?あの小さな街の知己である余に」


 チロルを部屋に案内した後に、エルドはウェンデルの執務室に戻った。エルドには定まった官職が無く、主にウェンデルの警護役を務めていた。


「チロルはウェンデルの妹分だ。オルギス。君のじゃない」


 チロルに向けた優しげな視線とはうって変わり、ウェンデルへ向けられたエルドの両目は鋭く厳しかった。


 エルドはウェンデルの事をオルギスと呼ぶ。紅茶色の髪の青年は、あの黄金の剣を手にしてから人格が変わってしまった。


 エルドはその原因が、皇帝の剣にあると断定した。そして、皇帝の剣にオルギスの魂が宿り、その魂がウェンデルの人格に取って代わった。


 ウェンデルの人格の変貌は、そう考えるしか説明出来なかった

。エルドがウェンデルにそう問い質した時、ウェンデルは敢えて否定しなかった。


 オルギスはウェンデルの中に存在していた頃から、ウェンデルの目を通してエルドの能力を高く評価していた。


 自分の正体を看破したエルドに、オルギスはエルドを自分の警護役に任命した。一筋縄に統御出来ない配下は、側に置いておくのが一番だからだ。


「エルド。いい加減にあの男の事は忘れるのだ。あれが再び戻る事はない」


 ウェンデルの姿をしたオルギスは、エルドの敵意をいなすように諭す。


「それはどうかな?オルギス。君はあの正義馬鹿の底を知らない

。ウェンデルは諦めていないよ。いつも戻る機会を伺っている筈だ。君の中からね」


 その為に、エルドはいつもオルギスの側にいるつもりだった。そして教団の行く末を見守り、シリスの墓前に伝える。それが、エルドが自分に課した使命だった。


 オルギスは沈黙を守り、エルドに返答をしなかった。エルドに言われる迄も無く、オルギスは感じていた。


 まだ自分の中に、ウェンデルの人格が残っている事を。あの清涼快活な青年は、自分の身体を取り戻す事を断念していない。オルギスはそう理解していた。


「······人の縁は厄介なものだ」


 背後のエルドにも聞こえない声で、ウェンデルの姿をしたオルギスは独語した。



 青と魔の賢人の城は湖水に囲まれ、更に湖水は森に囲まれいた

。その森で、銅貨級魔物相手に日銭を稼ぐ者がいた。


 古びた革の鎧を装備したタクボは、戦果である銅貨七十枚を袋に入れ、嫌々ながら賢人達の城に戻った。


 城門を潜り、周囲が円柱に支えられた石畳の大広間にタクボは入った。井戸水のポンプを引き、流れ出る水で顔を洗う。


 その水に、小さ過ぎる両手が差し出された。


「こらパルシャ。また服が濡れるぞ」


「手って。ぬれるねー」


 タクボが手の主を嗜める。黒髪の幼児は、そんな言葉をまるで気にせず夢中で両手を洗っていた。


 タクボはパルシャを抱き上げ、辺りを見回し保護者を探す。幼児はまだ水に手をつけたかったらしく、ポンプに向かって両手を伸ばしていた。


「あらパルシャ。タクボに遊んでもらっていたの?」


 幼児を抱えるタクボの前に、パルシャと同じ黒髪の女が歩いてきた。女性にしては長身で、肩までの髪を後ろで結び、意思の強そうな両目をしていた。


「リパーリ。保護者の責任を放棄するな」


 タクボは女の名を呼んだ。パルシャはタクボの加齢臭が嫌なのか、必死に母親の元へ戻ろうと手足を動かした。


 愛娘をその胸に受け取り、リパーリはパルシャの頬に口づけした。


「人聞きの悪い事を言わないで。二歳児って行動範囲が結構広いのよ」


 リパーリはパルシャを下ろし、手を繋いで歩いて行った。賢人であるリパーリは、二年前にパルシャを出産した。


 だが、リパーリ父親は誰か明らかにしなかった。周囲も表面上は詮索をせず、パルシャはこの城で誰からも可愛がられていた。


 リパーリ達賢人は、日頃人材捜索の為に世界中を駆け巡っている。その結果報告の為に、月に一度賢人達はこの城に集結する。


 その定例報告会は、ついさっき終わったようだ。賢人達はこれより、五日間休暇が与えられる。


 リパーリも三週間振りの娘との時間を、これから過ごすのだろう。休暇が終われば、リパーリ達はまた世界の何処かに散らばっていく。


「パルシャと遊んでいたのか?タクボ。これから飲みに行くんだが、お前も行くか?」


 タオルで顔を吹いていたタクボに、大柄な魔族の男が話しかけてきた。四方に尖ったその髪は、ハリネズミを連想させる形だった。


「ジャロットか。折角だが、私は一人で静かに飲むのが好きなのでね」


「どの口が言っているんだお前。先月絡み酒で朝まで俺を付き合わせた事を忘れたのか?」


 ジャロットと呼ばれた魔族は、呆れ果てた表情でタクボを見た


「······記憶に無いな。人違いではないか?」


 すました顔で言い残すと、タクボはジャロットに背を向ける。一月の過酷な人材捜索を終え、賢人達の表情は皆一様に緊張感から開放されているように見えた。


 自室に戻ったタクボは、革の鎧を外しながら窓の外を見た。日はもう暮れて、空には細く湾曲した有明月がその身を消そうとしていた。


「······明日は新月か」


 その新月は、見る者にとって一方では繰り返される一つの変化であり、もう一方では破局への合図だった。



 サラント国千騎長ハッパスは、自分を純粋な武人と思っていた。事実、周囲もそう思っていた。


 真っ直ぐなその気質は、姑息な手段や謀略の類とは対極の位置にあった。だが、三年前の勝者無き戦争がハッパスを変えた。


 否、ハッパスの眠っていた才能を目覚めさせた。それは、他者を陥れ破滅へ導く謀将としての才覚だった。


 三年前、ハッパスはあの戦場でクロマイスを拾って世界の真実を知った。青と魔の賢人なる組織の存在を。


 彼等賢人は、世界の均衡と調和の為に歴史の裏で暗躍し、国家間の戦争をも操ってきた。従わない国には武力で脅した。


 勇者や魔王クラスの力を持つ集団に、抗える者など存在しなかった。ハッパスは気が狂う程激昂した。


 自分の息子や戦友達は何の為に死んだのか。これが大義名分ある戦なら、ハッパスは納得しただろう。


 武人が戦で命を落とすのは当然だからだ。だが、賢人なる一つの組織が、多くの人命をその掌でいいように操るなど、断じて容認出来なかった。


 ハッパスは決意した。終わらせなければならない。賢人達組織の歴史を。ハッパスはまず、生き残った部下から数十人を選りすぐり、各国に送った。


 ハッパスの腹心達は、各国の士官達に近づいた。同士を募る為だ。ハッパスは腹心達に命令した。


 平民が集まる安酒場で網を張れと。あの勝者無き戦争を、疑問に考える他国の将兵達は必ずいる筈だった。


 だが、宮中や軍中でおいそれと不平不満を口に出来ない。平民の酒場なら、酒の勢いに任せて愚痴も吐ける。


 ハッパスはそう睨んだ。そして、それは見事に的中した。ハッパスの腹心達が酒場で耳を澄まして伺っていると、他の席から軍人らしき者の声が聞こえた。


 彼等軍人は、仲間の死を悼み、嘆き悲しんでいた。そして、あの戦争は何だったのかと口々に憤っていた。


 ハッパスの腹心達は彼等に接近し、我々は同志だと協力関係を求めた。そして二年の月日をかけ、ハッパスは各国に強力な組織を作り上げた。


 そして各国の大臣にある依頼を申し出た。通常、賢人達が訪れた街や村では、役人達が賢人を接待する風習があった。


 多くの賢人達はそれを謝絶していたが、せめて見送りだけでもと、賢人達が本拠地に帰る時、役人達は見送りをするようなった


 これは、ハッパスの策略だった。ハッパスは各国の役人に、賢人を見送りその方角を自分に報告するよう依頼していた。


 賢人の存在を知るのは、その国の一部の権力者だ。逆を言うと、その一部の権力者を賄賂で動かせば、賢人を見送り、去った方角を知る事は可能だった。


 ハッパスはその報告を受ける度に、世界地図に線を引いていった。賢人がいた街から、飛び去った方角へと。その線は、月日と共に何十、何百と増えて行った。


 気の遠くなるような地道な作業は、一年の後結実した。ボロボロになった世界地図には、数百の線が交差する位置が一つだけあった。


 ハッパスはそれを見た時、机を拳で叩き狂喜した。賢人達の本拠地は、そこに違いなかった。


 綿密な調査の結果、森の中に湖水があり、その中心地に城がある事が判明した。ハッパスはその城に、密偵を潜らせる事を決めた。


 近い未来に、行動を起こす時の為の布石だった。その密偵の役目を志願した若者がいた。ハッパスの戦友だったロザン千騎長の息子だ。


 ロザンの息子は、無き父の無念を晴らすために、青と魔の賢人の城に潜入した。息子は自ら頭を焼き、身体中を傷つけ旅人を装った。


 それは、一歩間違えれば命を落とす、危険な演技だった。だが

、ロザンの息子は見事に城に潜入を果たした。


 着々と復讐の準備を整えるハッパスの前に、瓜二つの顔をした男女が現れた。男は名をテデス。女は名をクダラと名乗った。


 テデスとクダラはハッパスに取引を持ちかけた。ハッパスに協力する代わりに、賢人達のある物を貰い受けたいと。


 ハッパスは当初、二人を疑心の目で見ていたが、デデスとクダラの見せた不可思議な光景に驚愕した。

 

 そして決断した。この二人と組む事を。その協力関係に、一片の信頼など存在しなかった。在るのは、お互いの利益の為だけの共闘だった。


 そして、三年かけたハッパスの計画は、明日の新月に決行される事となった。ハッパスの執務室で、最後の確認を終えたテデスとクダラは、サラント国の王都を離れようとしていた。


「······いよいよ明日か。果たして、ハッパスの執念が実現するかな」


 テデスは今にも消えそうな月の欠片を見上げながら、復讐の権化と化した千騎長の事を口にした。


「あの男の復讐心など、浅く軽い物よ。私達の千年の怨恨に比べれば。私達は欲しい物だけ得られれば、それでいいのよ」


 クダラはテデスと同じ形をした冷たい目で、ハッパスを一言の元切り捨てた。二人は人気の無い、夜の行路の闇に消えて行った


 ハッパスが執務室を出た後も、一人だけクロマイスが残っていた。緩慢に身体を動かし、壁にかけられた肖像画を眺めていた。


 三年前、自分達が起こした戦争で死んだハッパスの息子の肖像画を見ながら、クロマイスは自分の人生の歩みについて考えていた。


 あの戦争でハッパスに拾われ、意識を取り戻したクロマイスは、急いで戦場に戻った。そこで見たのは、黒く焦げたアルバの甲冑と、中央裁行部達の亡骸だった。


 新世界を造ろうと固く誓った仲間達には、死体を漁る鳥達が群がっていた。仲間達の武器は、全て消えていた。


 武器だけ回収され、死体は残されている。これは、組織がクロマイス達を反逆者と断定した事を意味していた。


 クリスとの戦いで、クロマイスは利き腕の神経を損傷し、もう剣は握れない身体になっていた。


 信じた未来の世界像は崩れ、同志も失い、クロマイスは生きる意味を失った。ハッパスに組織の事を話したのも、半ば自暴自棄になっていたからだ。


 だが、クロマイスは組織の城の場所だけは口を割らなかった。ハッパスもそれ以上は追求せず、自力で見つけ出す事になる。


「······明日。我が組織は、その存在を歴史から消す事となるか······」


 無人の部屋で、クロマイスは一人呟いた。追われる身となっても尚、我が組織などと口にする自分に、驚きと失笑が同時に沸き起こった。


 それでもクロマイスは、何も行動も起こす気になれなかった。ハッパスに協力する事も、組織に危機を伝える事も。


 かつての賢人は、虚ろな目で肖像画をいつ迄も眺めていた。



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