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皇帝の剣を持つ青年は、カリフェースの王となる。

 カリフェース。オルギス教総本山の地名だ。カリフェースは王政の国とは異なり、大司教を頂点とする教団が治める国だった。


 故に、教団の幹部が絶大な力を持っていた。そして、権力は例外無く腐敗する。教団内は、権力を乱用した幹部達によって荒れきっていた。


 その腐敗は、武力によって一掃される事となった。三年前、教団と対立する聖騎士団が、皇帝の剣を持つ者と共にカリフェースに帰還した。


 その報せを受け、大司教は失笑した。千年前の剣を持つなどと宣う胡散臭いその男を、宗教裁判にかける事を決めた。


 大司教は聖騎士団長ヨハスに命じた。聖騎士団をカリフェースの街の外に待機させ、皇帝の剣を持つ者と一緒に出頭せよと。


 もしヨハスがこの命に従わなければ、大司教はヨハスも裁判で処断するつもりだった。だが、大司教の命令はヨハス達に届く事は無かった。


 大司教の使者がヨハスの元へ行く前に、聖騎士団が全軍をもってカリフェースの街に突入して来たからだ。


 街を囲う壁門は突破され、使者は聖騎士団の騎兵に跳ね飛ばされた。その時大司教は、大聖堂の自室で敬虔な女性信者と肉欲に溺れていた。


 大司教は聖騎士団に武力に対抗する為に、私兵を持っていたが

、街の至るところに分散させており、組織的な抵抗が出来なかった。


 大司教の私兵の散発的な抵抗を蹴散らし、聖騎士団は大聖堂を包囲した。オルギス教幹部達は、悲鳴を上げて降伏を求めたが、聖騎士団の返答は弓矢の雨だった。


「教団幹部は全て斬れ」苛烈な命令が実行され、大聖堂内は阿鼻叫喚の地獄図となった。大司教の部屋のドアが蹴破られたのは、教団幹部がほぼ死体となった頃だった。


「き、貴様ら何者だ!!ここを誰の部屋と思っている!?」


 大司教が絶叫し、ベットにいた二人の美女は悲鳴を上げる。世界に冠たるこのオルギス教の頂点に立つ自分に、狼藉を働く騎士達を大司教は睨みつけた。


 騎士の甲冑にある紋章から、彼等がヨハス率いる聖騎士団だと大司教は悟った。


「よ、ヨハスをここに呼べ!!話はそれからだ!」


 大司教は汗をかきながら、再び絶叫する。まさかヨハスがここまで武断的な行動に出るとは予想出来なかった。


 否、ヨハスにここまでの決断は不可能の筈だった。一体誰がヨハスに入れ知恵をしたのか?


 血塗られた剣を構え、騎士達が大司教に迫る。大司教は大量の汗を流し、全身が死の恐怖で震えてきた。


「わ、私を殺す気か!?この大司教である私を!貴様ら!そんな事をしてみろ!オルギス皇帝の御霊が、貴様らを呪い殺すぞっ!

!」


 大司教の声は、恐怖の余り裏返っていた。その大司教の前に、紅茶色の髪の青年が歩み出た。その右手には、黄金に輝く剣が握られていた。


「心配は無用だ。皇帝の御霊とやらは、ここにある」


 青年は短く笑うと、黄金の剣を一閃させ、大司教の首を切断した。オルギス教団の最高権力者は、恐怖に慄きながら絶命した。


 聖騎士団と大司教の私兵との戦いに騒然とする街の住民に、すぐさま布告が出された。街の外に住民達が集められ、壁上に立った紅茶色の髪の青年は高らかに宣言した。


「我が名はウェンデル!オルギス皇帝の黄金の剣を継ぐ者だ。これよりカリフェースは王政に変わる。初代の王はこの私だ!!」


 大軍を統御するのに相応しい、よく通る大声で、ウェンデルは王に即位する事を街の住民達に告げた。


 カリフェースは代々、教団が治めてきた国だ。その長い歴史が突然終止符を打ち、王政に取って代わると宣言され、多くが信者である住民達は驚愕した。


 そして、ウェンデルが黄金の剣を掲げると、十の光の玉が飛び出し、光が弾けたと思うと十体の甲冑の騎士が現れた。


 その光景に、住民達は絶句した。黄金の剣。そして十英雄を従えるその姿は、オルギス教典に記されたオルギス皇帝の姿に重なった。


 更にウェンデルは、意図的に生かしておいた教団幹部を引きずり出し、その教団内部の腐敗の歴史を、住民達の前で吐かせた。


 自分達の善意の寄付が、教団幹部の懐に流れていた事実に、住民達は呆れ果てた。


「こ、皇帝万歳!」


 集められた住民達の中から、誰ががその一声を上げた。その声は時間と共に増え、連呼される称賛の声はやがて熱狂に変化していった。


「ウェンデル王万歳!」


「オルギス教の救世主!」


「皇帝の生まれ変わりに万歳!」


 こうして、長い歴史を持つオルギス教団のカリフェース統治は

、一日中にしてその役目を終えた。


 ウェンデルの行動は早かった。私服を肥やし過ぎていた教団幹部の財産を銅貨一枚残らず没収した。


 生き残った幹部達は、全て牢屋に入れられた。そして、信者である街の住民達からの寄付を廃止し、税と言う形で納めさせる事を決めた。


 だがその税率は、他の国々に比べはるかに安かった。街の住民達はこれに歓喜した。大司教達が半ば強制的に寄付させていた額の、半分の金額だったからだ。


 そしてオルギス教は保護し、今迄通りカリフェースは信者の国とすると宣言した。これに反発したのが、カリフェースの地方都市だった。


 地方都市も、オルギス教団幹部が治めてきた。だが、ウェンデルは即位と同時に聖騎士団を各地方都市に派遣した。


 これに地方都市の教団幹部達は、血相を変えて降伏した。だが

、一人の教団幹部だけは、眼前に迫る聖騎士団の威容に屈しなかった。


 その幹部の男の名は、テンショウと言う四十代後半の男だった。テンショウは連行され、ウェンデルの前に立たされた。


 周囲をウェンデルの配下に囲まれ、玉座から自分を睨むウェンデルを目の前にしても、テンショウは全く怯まなかった。


「テンショウなる者よ。そなたは何故すぐ降伏しなかった」


 足を組み玉座に座るウェンデルは、鬱陶しそうにテンショウに口を開く。


「盗賊に下げる頭などござらん!!」


 テンショウの返答は、ウェンデルの配下達を戦慄させた。即位したばかりとは言え、一国の王を盗賊呼ばわりしたのだ。


「余の事を盗賊と言うか。それは余を納得させる理由があっての事か」


 ウェンデルの声は低くなり、その言葉には殺気が含まれていた


「貴方は千年続いた教団を軍靴の下に踏みにじった!そして、信者達には甘い囁きを持って惑わせ騙した!これは盗賊の所業だ!貴方は、カリフェースの歴史その物を盗んだ!」


「······教団の腐敗ぶりはどう説明する?」


 ウェンデルは玉座から立ち上がり、腰の剣を抜き放った。そして一歩ずつテンショウに向かって行く。


「教団の腐敗と貴方の行為は別問題だ!堕落した者から、盗みを働いていい理由にはならない!!」


 ウェンデルは黄金の剣を振り上げた。配下の誰もが、テンショウの死を予感した。だが、黄金の剣はテンショウを斬る事なく、その肩に添えられた。


「己の命を顧みない、その言や良し。地方都市長官テンショウよ。そなたを我が国の宰相に任命する」


 ウェンデルの言葉に、玉座の間はどよめいた。田舎町の長官に、宰相を任せるなどあり得ない事だった。


 しかも王に弾劾の言葉を浴びせた相手に。何より、配下の者達は確信していた。宰相の席には、政治的にも軍事的にも大功あるヨハスが座ると。 


 当の本人ヨハスは、ウェンデルの言葉の後も眉一つ動かさなかった。そして両眉が忙しく動くテンショウは、想像を越えるウェンデルの命令に言葉を詰まらせた。


「拒否は許さんぞテンショウ。そなたが治めてきた田舎街の住民が人質だ。そして余の統治をその目で見続けろ。それでも承服出来ない時は、余を背中から刺すがいい」


 テンショウが宰相の座につかない時は、住民達がどんな目に合うか分からない。テンショウの気質は、住民達を見捨てる事など出来なかった。


 ウェンデルは事前にテンショウの事を調べ上げていた。テンショウは教団幹部にも関らず、賄賂を受け取らない稀有の存在だった。


 故に大司教達から疎まれ、田舎街に左遷された。テンショウは優れた行政手腕で貧しい田舎町を豊かにした。


 その経歴を買い、ウェンデルはテンショウを宰相に抜擢したのだった。かくしてテンショウは、カリフェース初代宰相として、歴史にその名を残す事となった。


「余の人事が不満か?ヨハス」


 突然の宰相任命劇の後、ウェンデルはヨハスを執務室に呼んだ

。王の問いに、雪のような白い長髪を微動だにせず、ヨハスは静かに答える。


「正直安堵しました。もし宰相をやれと仰せられたら、辞退する言い訳を考えておりました」


「ヨハス。そなたには私の手足となって動いて貰いたい。これは

、宰相より遥かに重要な役目だ」


 ウェンデルは力強い両眼をヨハスに向けた。ヨハスはウェンデルの変貌ぶりに内心驚きを隠せなかった。


 あの快活な人のいい青年の面影は消え失せ、ウェンデルの表情や物言いは、正に王者の所作に見えた。


 あの小さな街の周辺で起きた戦争。ウェンデルが豹変したのは

、あの戦争の後だ。この御方はカリフェースを、そしてオルギス教をどこへ導くのか。


 その未知数な未来に、ヨハスは霧靄の中を手探りで歩いているような感覚に捕らわれていた。


 ヨハスは椅子に座るウェンデルに一礼し、退室した。部屋を出る前に、一瞬だけ王の後ろを見た。


 ウェンデルの背後には、全身黒衣の少年が控えていた。


 ······そして三年の月日が経過し、王政に変ったカリフェースはその国力を増していた。かつての教団幹部から没収した財産を資源に、農耕、都市整備、軍事、人材登用に集中投資した。


 その結果が三年の後実を結び、カリフェースは強国に変わりつつあった。王都の人口は三年前の十万から十七万に増加し、街を広げる開発工事が常に続けられていた。


 ウェンデルは新しい王宮を建てる事なく、大司教達が使用していた大聖堂に玉座を置いた。


 その大聖堂を中心に、幅の広い八つの道が放射状に街の隅まで伸びていた。王都の住民達は、発展著しい活気の中、各々の仕事を忙しそうにこなしていた。


 その八つの道の一つに、三人の冒険者と一匹の白猫の姿があった。彼等の前からは、小麦や野菜を満載した荷馬車が何台も通り過ぎていき、無数の商店からは客引きの声が威勢よく聞こえる。


「カリフェースの王都は賑やかだな。チロル。そなたもそう思うだろう?」


 黄色い長帽と長衣を纏ったヒマルヤは、隣を歩くチロルに話しかけた。だが、チロルからの返答は無かった。


 チロルはいつの間にか屋台の店に移動し、食欲を満たす為の選別を真剣な顔でしていた。


 チロルはハチミツと焼きリンゴをパンに挟んだ物を腕に抱え、ヒマルヤとラストルの元へ戻って来た。


「はい。ヒマルヤとラストルの分」


 仲間に食料を配分し、白猫には生の牛肉の切れ端を手に乗せ食べさせる。チロルは幸せそうな表情で、大口を開きパンに噛み付いた。


「食べる時が一番幸せそうだね。チロルは」


 ラストルが仲間の習性を笑いながら口にした。どんな粗末な食事も豪華な食事も、チロルは差別せず平等に幸福そうに食した。


「どの道を通っても大聖堂に繫がっている。便利かつよく整備されているな。この街は」


 ヒマルヤが王都を称賛していると、三人の前に大聖堂が見えて来た。歴代の大司教達が贅を尽くして建てた大聖堂は、巨大な建造物だった。


 中央にドーム型の屋根が鎮座する煉瓦造りの聖堂があり、そと左右には細く機能美に長けた塔が空に向かうように伸びていた。


 聖堂の入り口には、礼拝に行く者、礼拝を終えた者が行き交っていた。ウェンデルの執務室は聖堂の最上階にあり、一つ下の階層にヨハスの執務室があった。


 ヨハスは執務室で聖騎士団の部下と打ち合わせをしていた時、聖堂の門番の報告を受けた。


「ヨハス聖騎士団長!チロルと名乗る冒険者が面会を求めております。団長の知人と申しております」


 ヨハスは一瞬考え込んだが、記憶のページは、すぐにその固有名詞を探し当てた。


 

 サラント国千騎長ハッパスは、自室で訪問者を迎えていた。一人は短髪の男。もう一人は長髪の女だ。


 二人共に黒髪、獣の皮のマントを羽織り、美しい造りの顔は、瓜二つだった。


「決行日は決まったようね」


 長髪の女が冷たい声色で千騎長に話しかける。


「······ああ。次の新月の日だ。お前達もそのつもりでいてくれ」


「ハッパス。お前が送り込んだ密偵に抜かりはないだろうな?」


 短髪の男が、女と同様な声で念を押す。


「無用な心配だ。二年前から奴らの根城に潜入し、完全に賢人達の信用を得ている。それよりも、お前らの準備こそ大丈夫だろうな?」


 ハッパスは鋭い眼光を二人の男女に向ける。一年前にこの二人と面識を持ち、ハッパスの復讐計画は完全な物になった。


「ハッパス。お前は何度も見た筈よ。精霊の神。ラバートラの力の一端を」


 女が形のいい顎を上げ、ハッパスを侮蔑するように睨む。


「問題はルトガルだ。奴に先制攻撃を許せば、俺達は手を繋ぎ、冥府に旅立つ事になる」


 男が世界一の魔法使いと呼ばれる賢人の名を呼び、苦々しい口調で警告する。


「その為の密偵だ。彼は必ずその任を果たす。生半可な覚悟で奴らの本拠地に潜り込んだ訳ではない」


 ハッパスは揺るがない自信を見せた。三年前。バタフシャーン一族の頭目は言った。青と魔の賢人達は神では無いと。


 剣を振れば体力を使い、魔法を唱えれば魔力を消費する。図らずもハッパスは、頭目と同じ結論に至っていた。


 ······奴らは神では無い。血肉を持った自分達と同じ存在だ。ハッパスはそう確信していた。


 そして賢人達が犯した数々の罪を、誰かが裁く必要があった。否、自分がそれをしなくてはならない。


 命を落とした多くの者達の為に。ハッパスに迷いや恐れは無かった。後は実行するだけだった。


 断罪という名のナイフを、賢人達の喉元に突き立てる為に。







 





 



 




 


 

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