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加齢臭が悪化した魔法使いは、軟禁生活を過ごす。

 湖水の中央に佇むようにあるその城は、世界管理者を自称する青と魔の賢人の本拠地だった。


 今日も城内では、組織の人間と魔族が自己の職務を遂行する為に、忙しく過ごしていた。その雰囲気の中、欠伸をしながら廊下を歩く者がいた。


 年齢は三十代半ばに見える。髭も剃らず、寝癖の頭に麻のシャツとズボン姿の男は、勤勉とは程遠い表情で部屋のドアをノックする。男は部屋の主の返答を待たず、勝手にドアを開けた。


「今日も寝過ごしたのか?タクボ。君も規則正しい生活を身に着けたほうがいいぞ」


 四十歳前後と思われる部屋の主人は、書棚から本を取り出している最中だった。


「世界一の魔法使い殿に言われると耳が痛いな。耳が痛いついでに腹も痛い。これは上等な酒を飲まんと治らんな。薬をくれ、ルトガル。この城で一番高い薬だ」


 愛想の無い口調で話される内容は、酔っぱらいが絡んでいるとしか思えないと、ルトガルは苦笑した。


 タクボは勝手に戸棚から酒瓶を取り出し、グラスに注ぐ事無く、直接瓶口から琥珀色の液体を口に流し込んだ。


 酒瓶を乱暴に机に置き、タクボはルトガルを睨みつけ、酒臭い息を吐く。


「ルトガル。今日の解毒魔法をさっさとかけろ」


「そうか。今日はまだだったな」


 白々しくルトガルは両手を上げる。その後、右手を直接タクボの胸に当て、解毒呪文を唱えた。


 ルトガルの右手から白い光が短く輝くと、タクボはルトガルの右手を振り払い、部屋から出て行こうとした。


「なんだタクボ。せっかく来たのだ。茶の一杯くらい飲んで行ったらどうだ?」


「生憎だな。私は君達組織の人間とは、必要最低限しか関わらないようにしている」


 タクボは振り返りもせず、ルトガルの部屋を出た。タクボは自分の部屋に戻らず、城の中央回廊に向かった。


 この城の中央回廊は、天井が開けていて、太陽の日差しを浴びる事が出来る。ここのベンチに横になり昼寝をするのが、タクボの日課になっていた。


 タクボは、この青と魔の賢人の城に、軟禁されていた。


 三年前、タクボは戦場から街に戻ろうとした時、自分の意思とは無関係に強制移動させられた。


 その原因は、ルトガルがタクボの襟の中に忍ばせた黒羽が発動した為だ。タクボが降り立った場所は、森に囲まれた湖水にそびえる城だった。


 タクボの目の前には、アザだらけの顔をしたルトガルが立っていた。そしてルトガルの後ろには、消耗しきった青と魔の賢人達が勢揃いしていた。


「ようこそタクボ。我々の本拠地に」


 ルトガルは血だらけの口を緩ませ、強制的に招かれた客人を歓迎した。その日から三年間、タクボの軟禁生活が始まるのだった


「軟禁とは人聞きが悪いなタクボ。君には随分と自由を与えているつもりだが?」


「どの口が言っているんだルトガル?私は人間として与えられる筈の多くの権利を、君達に侵害されているんだぞ」


 ルトガルの人を食った台詞に、タクボは三年間噛みつき続けた

。何故タクボをこの城に呼び寄せたのか。


 ルトガル自身も、当初は明確な理由があった訳では無かった。だが、あの戦場でタクボと素手で殴り合う内に、この男は面白い

。組織に何か役立つかもしれない。


 そんな小さな思いつきが、タクボを城に強制的に連れてくるという形になった。


「ほう?ルトガル。君は私に一目惚れしたと言う訳か?生憎だが、私にそっちの趣味は無いぞ」


「それは残念だなタクボ。だが、この三年間で私達の友情は深まったのではないか?」


「ルトガル。溝が深まったの言い間違いだろう?溝なら深まり続けたぞ?地の底まで届く程にな」


「どうせなら地の底も突き抜けるといい。一周回って、また戻ってくるかもしれんぞタクボ」


「戻って来てどうする!そんな物は戻ってこんでいい!」


 三年前の勝者無き戦争。その戦後処理で、アルバ議長の企みが、ほぼ白日のもとに晒された。


 アルバは細菌兵器を用いて、世界の人々を死に至らせようとした。それは、前議長のネグリットの秘書官、モンブラの送ってきた書簡に詳しく記されていた。


 モンブラはネグリットの遺言を誠実に実行し、元組織の賢人だったボネットにそれを伝えた。


 モンブラと面識があったタクボの証言が、モンブラの書簡の内容を裏付けた。アルバは組織を利用し、世界を滅ぼそとした。


 その事実に、アルバの派閥に在席していた賢人達も絶句した。アルバが語っていた理想の世界とは、真逆の物だったからだ。


 アルバ並びに中央裁行部の五人は、全員反逆者として処断された。最も、全員死亡とされ、本人達不在の処断だった。


 だが、クロマイスの死体だけは発見出来なかった。生き残り逃亡を図ったとされ、クロマイスは組織から追われる立場となった


 三年前の戦争で、三十九人を数えた賢人達はその半数が命を落とした。一度の戦闘で賢人が死亡する数しては、組織始まって以来、前例がない大惨事だった。


 賢人の数が半分になったと言う事は、組織の力が半減した事を意味していた。生き残った賢人達は派閥を越え結束した。


 新たな勇者の卵と魔王の卵を捜索する。今までに彼等が行って来た仕事を、今一度重要視する事となった。


 とにかく有望な人材が組織には必要だった。これまでも有益な人材を見つけると、誘拐をも辞さなかった組織は、改めて手段を問わなくなった。


 それは、組織の焦りを如実に表していた。この三年間、賢人達は血眼になって人材の捜索を行って来たが、結果は芳しく無かった。


 若い候補生が三人加わったが、三人の力は未知数で、正式に賢人の名を与える事はまだ出来なかった。


 そんな余裕を失った組織の本拠地に、タクボは軟禁されていた

。タクボは基本的に城の外に出る事は禁じられていた。


 タクボ体内は、毒に侵されていた。ルトガルが用意した特殊な毒だ。普通の解毒の呪文では治せず、ルトガルの呪文でないと治療出来なかった。


 タクボは毎日、ルトガルに解毒の呪文を受けていた。ルトガルはタクボの毒を完全に消さなかった。


 それは絶妙な治療加減だった。タクボは毎日ルトガルから治療を受ければ死ぬ事は無かったが、一日でも治療を怠ると毒が全身に周って死ぬ。


 自分の命を人質に取られ、タクボは城から逃亡する事を許されなかった。


「また昼間っから寝ているのタクボ?本当いい御身分ね」


「······メーシャか。昼寝の邪魔だ。どこかへ行け」


 ベンチに寝そべりながら、タクボは声をかけてきた女を睨んだ。メーシャと呼ばれた女魔族は、まだそばかすが残った頬を膨らませ、タクボを睨み返した。


 その若々しい姿は、十代半ばに見えた。メーシャは仰向けに寝ていたタクボの腹の上に飛び乗り、長い両足を組んだ。


「おいどけメーシャ!重いぞお前!また太ったのか?」


「はあぁ!?こんな細みの美少女を捕まえて重いですって!?タクボ!あんたの節穴の両目、どこまで凋落していくのよ!」


 メーシャは茶色い三つ編みを揺らし、タクボに掴みかかる勢いだった。


「全く!こんな駄目人間を師匠にするなんて、チロルの気がしれないわね」


「大きくお世話だ。チロルはお前より人を見る目がある。ついでにお前より器量良しだ」


「それは三年前の話でしょ!今は私の方が絶対に可愛くなってるわよ!」


「惜しいなメーシャ。お前はもう少し瞳が大きかったら傾国の美女、いや傾街の美女くらいにはなれたのにな」


「国ならともかく、街を傾けてどうすんのよ!上等じゃない!チロルを見つけたら、あんたの目の前で、私とどっちが可愛いいか勝負してやるから!」


 メーシャは小さな目を限界まで見開き、タクボに宣言した。この魔族の少女は、瞳があと少し大きかったら、本当に国を傾ける美女になっていたかもしれない。


 憎まれ口を叩きながら、タクボは内心そう思っていた。このメーシャが、戦場でチロルと面識があった事を知った時はかなり驚いた。


 愛弟子のチロルは今どうしているか。考えない日は一日も無かった。チロルの性格を考えると、ヒマルヤと共に自分を探す旅に出ているのでないかとタクボは考えでいた。


 そして、自分がこの組織に捕らわれていると、いつか知るかもしれなかった。だが、タクボは救出など望んでいなかった。


 チロルとヒマルヤには、平穏な暮らしをして欲しかった。


「また喧嘩しているのかお前ら。いい加減、仲良くしろよ」


 波打つ黒髪を手で掻きながら、大柄な中年の男がタクボとメーシャの横を通りぼやいた。


「うるさいわねトロッコ!おじさんは黙ってて」


「五十ニ歳は確かにおじさんだな。なあトロッコ議長代理殿」


 メーシャが叫び、タクボが嫌味な顔と声で呟く。


「うるさいぞ若造共!メーシャ!お前だって三十六年後は俺と同い年になるんだぞ!タクボ!お前は十七年後だ!」


 トロッコは髪を振り乱し、つばを飛ばしながら叫び去って行った。アルバの企みが明るみになった後、最年長のトロッコは議長の座を周囲から勧められたが固辞した。


 だが、誰かが代表になる必要があった為、代理という形でトロッコは了承した。いずれこの組織の長にはルトガルが就任する。


 トロッコはそう考えていた。それまでの繋ぎとして、議長代理を務めるつもりだった。


「おいメーシャ。俺は昼寝の後、森に行くが暇だったらお前も行くか?」


 タクボは愛想の無い言い様でメーシャを誘った。タクボはこの城の周囲にある森に、魔物退治に毎日出掛けていた。


「この城の周りには、銅貨級の魔物しかいないのよ?タクボ。あんた一応レベル四十以上なんでしょ?雑魚狩りして楽しいの?」


 タクボは小さな街で二十年間、毎日銅貨級の魔物を相手にして来た。これはもう、身体に染み付いた習性と言って良かった。


「これから月に一度の定例会議なの。あんたと違って暇じゃないよ。私は」


 嫌味を言い残し、メーシャは去って行った。タクボはこの城に軟禁された当初、城の周囲に出る事をルトガルに要求した。


 最初は監視として賢人が側についていた。その監視役は、戦争から生き残った賢人達が順番で引き受けた。


 その結果、タクボは賢人達と嫌でも面識を持つようになった。それは、タクボの組織への考えに変化をもたらした。


 タクボはこの青と魔の賢人の組織に、嫌悪感を持っていた。世界管理者の名のもとに、酷い所業を重ねて来たからだ。


 有望な人材は誘拐してでも手に入れる。組織に邪魔な存在は暗殺、謀殺も厭わない。そして世界の景気高揚の為に、国家間の戦争をも画策する。


 ターラ達四兄弟は、両親を組織に殺された。ヒマルヤは組織に魔王に任命され、適任でないと判断されると廃位され、人生を振り回された。


 またアルバがこの城の地下牢からゴドレアなる罪人を野に放った為、サウザンドはゴドレアとの一騎打ちの末、命を落とした。


 青と魔の賢人。この組織はロクな物では無い。この城に軟禁される迄、タクボはそう思っていた。


 だが、この城で賢人達と面識を持ち、その人となりを知っていく内に、タクボの組織に対する考えは揺らいできた。


 賢人達は、多様な性格の持ち主の集まりだった。口うるさくも世話焼きな者、自信過剰が度を超えた者、気が強く高邁な者。


 口数少なく控えめな者、気が短く喧嘩っ早い者、いつも小声で何か呟いている者、子持ちで快活な者。心に暗闇を抱えた者。


 彼等は皆、自分達の罪深い行為を自覚していた。そしてその上で、迷いなく行動してきた。すべては、世界の調和と平和に為に


 賢人達は、永遠に続く平和など存在しない事を知っていた。ならばせめて、争いが生む惨禍を最小限に抑える。


 それが、賢人達の掲げる正義だった。その正義の為に犠牲になる者達にとっては、たまった物では無い。


 だが、タクボは賢人達の正義を真っ向から否定する事は出来なかった。己の信じる正義を語る時の彼等は、余りにも純粋な目をしているからだ。


 人の数だけ正義がある。一方が正しく、もう一方が正しく無いなど、誰にも論じられなかった。


「······いつもこうだ。誰かと深く関わると、面倒な事になる」


 城外に出る為、タクボは階段を降りていた。使い古され過ぎた革の鎧を身に着け、今日も銅貨級魔物相手に日銭を稼ぐ。


「あ、タクボさん。お出かけですか?」


 階段の下から、大袋を抱えた若者がタクボに声をかけた。頭髪は一本も無く、頭に酷い火傷の傷があった。


「マイルか。今日の夕食は何だ?」


「魚料理ですよ。海沿いの街を捜索していた賢人さんが、魚を持って帰って来てくれたんです」


 マイルと呼ばれた二十歳前後の若者は、痛々しい火傷の風貌など気にさせない、明るい笑顔で答えた。


「そうか。それは楽しみだな。ところでマイル。メーシャが食べる皿には毒をたっぷり入れといてくれ」


「そ、そんな事できる訳無いでしょう!その変わり、愛情はいつも入れてますよ。皆さんの料理には」


 二年前、この城の前で行き倒れになっていた若者と、タクボは妙に気があった。否、マイルを嫌う者など、この城には存在しなかった。


 マイルは何故この城の前で倒れていたか、自分の名前以外記憶を失っていた。頭に火傷を負い、重症だったマイルは城の中で治療され命を拾った。


 手先が器用だったマイルは、調理場で重宝された。以来、マイルはこの城の厨房で働いている。


 階段を降りていくタクボを見送りながら、マイルは口を動かした。それは、誰にも聞こえない微かな声だった。


「······いつも料理に入れていましたよ。僕の精一杯の愛情を······」


 周囲から底抜けに明るいと評される若者は、悲痛な表情をしていた。顔を俯け、両目からは涙を流していた。

 

 


 


 



 

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