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英雄は、時の流れと共に現れる。

 ある安酒場で、一人の吟遊詩人が退屈そうに詩を歌っていた。一日の労働を終えた平民達は安酒を煽り、肉を食らい、胃袋を満たす事に夢中だ。


 自分の詩など誰も聞いていない。しかも詩は、勇者ソレット一行のお決まりの武勇譚。誰しも聞き飽きた内容だった。


 それれらば。誰も聴いていないのなら、好きな詩を歌ってやろう。吟遊詩人は、弦楽器の曲調を荒々しい物に変えた。


『古今 英雄は数多存在したが 今正に新たな英雄が誕生した』


 麦酒で一日の疲れを癒やしていた労働者達は、急に叫び出した歌い手に視線を移す。


『一人は三つ頭の獣を従えた麗しき銀髪の少女 一人は長帽を被りし白面の若者 一人は紺色の髪の優しげな少年』


 それは最早、詩では無く只の叫び声に変化していた。労働者達は、呆気に取られ吟遊詩人を眺めた。


 ······暗い森の中、追跡者達から必死に逃れる者がいた。禍々しい装飾の甲冑を全身に纏った男は、息を切らしながら疾走していた。


 男の数歩先から、黒い鞭のような物が地面から飛び出て来た。甲冑の男は真横に飛び、間一髪鞭を回避した。


 その逃げた先に、男に向かって白銀の光を帯びた剣を振るう者がいた。


『少年少女達は光の剣と黒い光の鞭を操り、難敵達を次々と打ち倒して行く!!』


 男は光の剣で右腕を切られた。それでも男は逃走を諦めず、再び走り出す。その光景を、木の上から見下ろす者がいた。


 枝に両足を立てていたのは少女だった。年齢は十代半ばに見える。月夜に照らされた長い銀髪が、春の夜風に揺れていた。


『三人は盗賊連合の首魁、ドワップを倒し、半獣一族の暴君、メロギアスを屠り、サラント国で反乱を起こした千騎長、アーザンを一刀の元に切り伏せた!!』


 少女は木の上から軽やかに飛び降り、手にした長い剣を着地と同時に振り下ろした。その剣先は、甲冑の男の眉間を切断していた。


「チロル!やったか?怪我は無いか?」


 黄色の長い帽子を被った少年が、銀髪の少女に駆け寄る。一匹の白猫が、身体を少女の足元にすりつけていた。


「ヒマルヤ。鞭の精度をもっと上げないと。敵に逃げられるわよ」


 心配していた相手に技量を問われ、ヒマルヤは返答に窮した。


「怒るなよチロル。ヒマルヤはちゃんと足止めの役目を果たしたよ」


 紺色の髪の少年が二人に歩み寄り、ヒマルヤを庇うように穏やかに口を開く。


「ラストルは甘すぎるわ。だからヒマルヤが成長しないのよ」


 チロルの手厳しい言葉に、ヒマルヤは頬を紅潮させていた。


「······とにかく。これで最後の一人を倒したね。これで、村が平和になるといいな」


 ラストルが村の方角を見つめながら、静かに呟いた。


『この若き三人こそ、生ける伝説勇者ソレット一行のあとを継ぐ者達と、私は断言できる!!』


 吟遊詩人は声の限り絶叫した。詩どころか演説口調のその声に労働者達は呆然とし、一日の疲れを一瞬忘れた。



 勝者無き戦争から、三年の月日が経過していた。チロルは十六歳になっていた。十八歳になったヒマルヤとラストルと共に、チロルは我が師を探す旅を続けていた。


 だがそれは、平穏な人探しとは程遠い旅路となった。ゆく先々で騒乱と騒動に巻き込まれ、チロル達は手にした武器でそれらに立ち向かった。


 それは、本当に剣を振るう理由がある物なのか。教えてくれる師は居なかった。全て少年少女が自分で判断し、決断しなくてはななかった。


 まだ十代の彼等にとって、その日々は自身を否応なく成長させた。そして、数々の武勇伝は冒険者の世界に知れ渡った。


 本人達は気づいていなかったが、今やチロル達は冒険者の世界で、十指に入る実力者と周囲から目されていた。


「明日、冒険者職業安定所に報告に行こう。依頼の武装集団を全滅させたと」


 ラストルは二人に笑いかけ、街の宿屋に戻る事を促した。チロル達はある村から依頼を受けていた。


 この周辺の村々を襲う武装集団を、チロル達は完全に殲滅させた。チロルはこの集団と戦う度に、違和感を感じていた。


 彼等武装集団は、盗賊や山賊と明らかに違っていた。武器や甲冑や馬。その軍備は、野盗には無いものだ。


 一体彼等は、その武器をどこから手に入れているのか。そして

、武装集団の数は世界各国で増え続けている。


 世界規模で見ても、各国の治安は確実に悪化している。それは、三年前のあの勝者無き戦争から期を同じくしていた。


 各国の軍隊は、あの戦争で受けた傷から未だに再建半ばだった

。各国は自国の軍隊の再編に追われ、王都から遠く離れた村々まで手が回らなかった。


 そんな時、野盗に脅かされる村々は、自衛手段として冒険者を雇い対抗する。なぜ高い税金を搾り取る国が自分達を守ってくれないのか。


 王都から距離が離れる程、民衆の忠誠心は王から離れていった。だが、チロルにとって王と民衆達の関係は、あまり重要では無かった。


 あくまで自分の目的は、我が師を見つけ出す事だった。この武装集団討伐は、立ち寄った村で懇願された為、受けた物だった。


「······この国にも、師匠の手がかりは無かった」


 チロルは腰まで伸びた銀髪を邪魔そうに振り払い、夜の森の道を照らす月を仰ぎ見た。


 三人は街の宿屋に戻り、それぞれ共同入浴場で汗を流した。簡素な夕食を済まし、今後の方針を決める為に、部屋に集まった。


 チロルはベットの上であぐらをかきながら、両手で剣を握りしめていた。その傍らには、白猫が身体を丸めて寝ている。


「どうしたのだチロル?顔をしかめて」


 ヒマルヤが冷えた林檎酒を飲みながら、チロルの隣に座る。


「······また胸が大きくなったみたいなの。剣を握る時に邪魔だわ」


 ヒマルヤは口から林檎酒を吐き出し、むせてしまった。


「ち、チロル!淑女がそんな端ない言葉を口にする物では無いぞ

!」


 礼儀や礼節については、ヒマルヤはチロルに対して親のように口うるさかった。


「本当に邪魔なんだから。嘘だと思うなら触ってみてよ」


 チロルが両腕を広げ、自分の胸をヒマルヤに向ける。


「ら、ラストル!そなたからもチロルに何か言ってやってくれ!


 赤面したヒマルヤは、隣のベットで地図を広げていたラストルに助けを求める。


「ええ?と、取り敢えず二人共、これからの目的地を考えようよ


 ラストルの建設的な意見により、三人は地図の周りに集まった

。チロル、ヒマルヤの師匠であるタクボは、三年前突然姿を消した。


 その光景を目の当たりにしたチロルは、当初、理由も原因もまるで分からなかった。だが、世界各地を旅する内に、黒羽という道具の存在を知った。


 それは風の呪文と同じ効果を発揮し、冒険者達が緊急避難用として重宝している道具だった。


 たが、黒羽は大変高価であり、誰しも気軽に所持出来る代物では無かった。金に細かいタクボが、そんな高額の道具を購入する事は考えにくかった。


 何より魔法使いであるタクボは、風の呪文を使える。チロル達は、タクボが飛び去った理由を考えた。


 例えば、小さな街の市長に渡した金貨二千枚が惜しくなり、街から避難していた市長の元へ金貨の返還を求めて飛び去った。


「でも、タクボさんはその後も戻って来なかったんだよね」


 ラストルは控えめにその可能性を否定した。


 例えば、冒険者の生業に嫌気がさし、世捨て人になるべく消え去った。


「タクボならあり得るな。だが、私はともかく、チロルを残して姿を消す事は考えにくい」


 ヒマルヤが、形の上では師匠のタクボを手厳しく評価する。


 例えば、密かに通じていた恋人の元へ向かった。


「それは絶対に無いわ。師匠に寄ってくる女の人なんて皆無よ」


 チロルが間をおかず断言した。しかも三年経過した現在、我が師の加齢臭は更に悪化されている物と予測される。


 そんな冴えない三十代半ばの男に、女性の影などある訳が無い。弟子のチロルとヒマルヤが同調する以上、ラストルは納得するしか無かった。 


 それにしても、弟子達から酷評される師であるタクボなる男は、どんな人物なのか。タクボとは戦場で居合わせたが、ほぼ面識の無いと言って差し支えないラストルは、時折考える事があった。


 三年間、チロルとヒマルヤと共に旅をしている間に、ラストルは二人からタクボに関しての多くの証言を得ていた。


 それらを総合すると、タクボと言う人間像が嫌でも浮かび上がって来た。それよると、タクボは魔法使いの冒険者で三十代半ば。


 基本的に無愛想で社交性は余り無い。金に細かく貯蓄に血道を上げ、早く冒険者を引退し、安楽な生活を望んでいる。


 加齢臭も匂い始め、同じ衣服を平気で何日も着る。酒に弱く、酔うといつも国の批判をする。具体的には税金を安くしろとか、引退冒険者の生活を保護する制度を作れとか。


 およそ聖人とは程遠い人物である事は間違いなくなかった。だが、タクボの事を話す時のチロルの両目は、ラストルが見た事の無いような輝きを放っていた。


 チロル程では無いが、ヒマルヤもタクボの欠点を話す時は、嫌悪より親しみ方が勝っていた。


 どうやらタクボは二人にとって、長い時間をかけても探すに値する人間らしい。ラストルは心の中でそう思っていた。


「······となると、やはり青と魔の賢人か」


 ヒマルヤが小さく呟く。タクボが三年前のあの戦場で、直接戦った相手。青い魔法衣の男の姿をチロルは思い返す。


 タクボはあの賢人に黒羽を仕込まれ、強制的に移動させられた。そうだとしたら一体どこへ?


 黒羽は持ち主が羽を握りしめ、移動したい場所を頭の中で想像する。そうする事で、事前に黒羽に移動先をに設定出来ると言う。


 ならば、青と魔の賢人達の本拠地、または関連施設に強制移動させられたか。考えられる可能性は、そのいずれかに絞られた。


「······カリフェースに行きましょう」


 あぐらを組んだ足の上に両手を乗せながら、チロルは今後の目的地を決めた。オルギス教総本山、カリフェースには、青と魔の賢人に縁のある人物がいる筈だった。


 ······この世界には、人間と摩族の国がそれぞれ存在していた。サラント国は、人間の国々の中で、最大の軍事力を誇る大国だ。


 三年前の勝者無き戦争迄は。あの大きな戦いで、サラント軍は壊滅的な人的損害を被った。


 総司令官リメルド大将を暗殺され、サラント軍が誇る二十人の千騎長の内、十五人が戦死した。


 更に三万を数えた兵力も三分の一が故国に帰還する事が叶わなかった。この結果に、国の根幹は大きく揺らいだ。


 元々この戦争への出兵は、青と魔の賢人から強制させられた物であり、組織を知る一部の重臣以外は、納得していなかった。


 何故異国まで遠征し、魔物を討伐する必要があるのか?臣下も民衆も全く出兵の意義が理解出来なかった。


 その惨状に、国王の求心力は低下した。不幸中の幸いか、他国も似たような事情だった為、侵略を受ける事は無かったが、国王は軍の立て直しに必死になった。


 臣下達の不満は、反乱と言う最悪の形で爆発する事となった。サラント軍千騎長、アーーザンは反乱を起こした。


 アーザンは三千の兵力で王宮へ突入する際、通りすがりの冒険者に斬られ、その目的を果たす事は叶わなかった。


 その反乱は、王の威信を更に貶めた。不安定な政情の中、求められるのは文官では無く、武官だった。


 画してサラント国中枢は、軍の幹部が発言力を持つようになった。かつての千騎長の生き残りなら、尚の事だった。


 サラント軍、千騎長ハッパスは執務室で部下から報告を受けていた。最低限の短いやり取りの後、部下は用心深く周囲を警戒し

、ハップスの執務室を後にした。


「······準備は整いつつあるようだな」


 ハッパスの背後から、低い声が呟かれた。ハッパスは声の主に背を向けたまま、椅子に座りながら両目を閉じている。


「······ああ。あの勝者無き戦争から、丸三年かかった。ようやく全てが報われそうだ」


 ハッパスの一語一語には、重くるしい怨恨が込められているようだった。


「······気が早いなハッパス。実行が何より困難だと、お前に分からん筈が無いだろう」


 ハッパスの背後に立つ男は、カーテン越しに窓の外を見つめていた。その両目は、およそ生気を感じさせない、淀んだ色をしていた。 


「分かって無いのはお前だ。クロマイス。私は必要な準備を全て揃えた。必ず滅ぼす事が出来る」


 かつて青と魔の賢人の組織にいた男は、一介の千騎長にはおよそ不遜な言葉を、虚ろな瞳で聞いていた。


「······青と魔の賢人。奴らを一人残らず冥府に送ってやる」 


 ハッパスは両目を開き、執務室の壁を見つめた。そこには、ハッパスの亡き息子の肖像画が飾られていた。

 


 




 

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