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幼少の思い出は、残酷な現実に取って代わる、

 ラストルの眼前で、銀髪の少女が光の剣を振るっていた。あの軽やかな身のこなしは、革の鎧だからだろうか。戦場で場違いな事を少年は考えていた。


 ビンツは三つ頭の獣の攻撃を避けながら、チロルの荒々しい程の斬撃を受けていた。ビンツは光の剣を発動させたが、刀身の亀裂が広がっていく。


 手にした剣が、長くは持たない事は明らかだった。ビンツは少女と三つ頭の獣の中間に立った。


 突進する事しか知らぬかのように、チロルとラフトはビンツに迫る。チロルの剣が届く距離に入った時、少女の前から賢人が突如消えた。


 ビンツは空に飛ぶかのように跳躍していた。勢いを止められず

、チロルとラフトは互いにぶつかり合う。


 そこにビンツが爆裂の呪文を叩きつけた。大きな爆発音に、ラストルはすぐ様チロルに駆け寄る。


 後方からタクボが火炎の呪文を連続で放ち、ビンツは後退してそれを避ける。


「君!大丈夫かい!?」


「ラフト!しっかりして下さい!」


 少年と少女の声が重なり合う。三つ頭の獣は、チロルを庇うように少女に覆いかぶさっていた。


 ラフトは六つの目を弱々しくチロルに向ける。チロルは頭から流れる血を気にもせず、忠実な下僕を心配する。


「今治癒の呪文をかけるよ!」


 ラストルは手のひらを少女の頭に添えようとした。だが、少女はその手を掴み拒否する。


「この三つ頭の子を先に治して下さい。お願いします」


 少女の懇願するような瞳に、ラストルは息を飲んだ。自分より年少に見えるこんな少女が、なんと大人びた目をしているのか。


 そしてその瞳は、深い悲しみを含んでいるようにも見えた。ラストルは頷き、三つ頭の獣に治癒の呪文を施す。


 ビンツとエフェットは、阿吽の呼吸でタクボの左右に迫る。未知なる増援者から潰す事を優先させた。


「おい、おっさん!そのまま囮になっていろ!」


 タクボの背後から、偉そうなハリアスの声が響く。


「おい黒いの!お前は馬鹿か!?何の作戦か知らんが、大声で敵に言う奴がいるか!」


 非友好的な怒鳴り合いの最中、タクボに二人の賢人の刃が振り上げられた。だが、振り上げられた刃は突然停止した。


「······なんだこれは!?身体が動かん!」


 ビンツとエフェットの身体は、剣を振り上げたまま止まった。エフェットが黒い魔法衣の男を横目で見ると、男は不敵に笑っていた。


「地下重力呪文の応用だ。重力を対象物の全方位からかける。俺の独創性を具現化したような呪文さ」


 ハリアスは大量の汗をかきながら震えた両腕を伸ばしている。膨大な集中力が必要な呪文だと、タクボは容易に想像出来た。


「エフェット!魔法障壁を張るんだ!」


「······駄目だ!舌も動か······」


 ビンツとエフェットは口を閉じられ沈黙した。詠唱が出来なくては、呪文は使えなかった。


「この俺ががいる限り、ハリアス一行に敗北の二文字は無い!」


 クリスとゴントがこの言葉を聞いていたら「勇者ソレット一行の間違いだ」と異口同音に訂正しただろう。


 ビンツとエフェットは地上に叩きつけられた。余りの衝撃に地面から跳ね上がった。その瞬間、チロルとラストルが二人の賢人に刃を突き立てる。


「······馬鹿な······」


 ビンツとエフェットは致命傷を負い、丘の上に力尽き倒れた。


 クリスとクロマイスの攻防は、一方が起き上がれなくなる迄続き、決着した。クロマイスは朦朧とした頭を上げ、自分を倒した相手を見上げる。


「······この俺が体術で遅れを取るとは」


「善戦した方だと思いますよ。黒帝城地下格闘大会の優勝者相手にね」


 クリスは、あざだらけの顔をクロマイスに向ける。その言葉に、クロマイスは驚愕した。


 クリスが口にした格闘大会は、表に出れない裏社会の荒くれ者が集う大会だった。勝者の条件はただ一つ。相手の息の根を止める事と言う壮絶な大会だった。


「······お前は一体何者だ······?」


「今の私は神官です······敬虔なね」


 立ち去るクリスの背を見上げながら、クロマイスの意識は途切れた。


 ソレットとゴントは、嵐のような漆黒の鞭を掻い潜り、ワーツルとダイスに肉迫していた。


 ワーツルは風の刃の呪文をソレットに放った。無形の刃をソレットが光の剣で防いだ間隙を塗って、ワーツルは鞭をゴントに向ける。


 ゴントはダイスとワーツルから同時に攻撃された。ゴントは手にした剣を掲げた。ゴントの長剣がまばゆく光輝く。


 すると、二本の鞭が意思を持ったかのようにゴントを避けていく。その光景に、ダイスとワーツルは絶句した。


 次の瞬間、二本の剣と二本の鞭が交錯した。ソレットの兜は砕かれ、ゴントは左脇腹を負傷した。


 その代償に、ダイスとワーツルは地に倒れた。腹部を貫かれたダイスがゴントの剣を見る。


「······思い出したぞ。それは様々な奇跡を起こす、女神の剣だ······だが徳が高く、気高い精神の持ち主でないと剣の力を引き出せない······君は何者だ?」


「······俺はかつて処刑を待つ囚人だった。それがどこで間違ったか、世界を救う為にここに立っている。ただそれだけの事だ」


 ダイスの弱々しい問いに、ゴントは素っ気なく返答した。ソレットは頭から流れる血を拭い、残された戦いに視線を移した。


 ボネットの獣じみた攻勢に、アルバは守勢に回っていた。獣を狩るには急所に一撃を与えるしか無い。アルバはそう決めていた


 高台の南側は、かなりの高さの崖になっていた。アルバは後退しながらボネットをそこに誘い込む。


「どうした若僧!もう逃げ道は無いぞ!」


 ボネットの渾身の一撃が、アルバの頭上に振り下ろされる。アルバは左腕を伸ばし、衝撃波の呪文をボネットの大剣めがけて唱えた。


 範囲を狭く絞ったその衝撃波は、ボネットの大剣の軌道を逸した。アルバは猛然と鋭い突きを繰り出しす。


 ボネットは身体を反らし回避するが、右肩を深くえぐられた。これでボネットは剣も握れず、アルバの勝利は確実と思われた。


 その衝撃は、アルバがボネットの肩を削った時に起こった。アルバの腹部に、ボネットの右拳が突き立てられていた。


 ボネットは剣を手から離し、その隆起した太い腕から繰り出された凄まじい打撃を、アルバの腹部に放っていた。


 その衝撃はアルバの甲冑の上から身体に伝わり、アルバは呼吸も出来ず苦痛に顔を歪める。


「······まだ動けるのなら、お前の勝ちだ若僧」


 仰向けに倒れているボネットが、空を見上げながら口を開く。アルバは震える両膝が折れ、地面に両手を着けた。


 真紅の髪の男に、タクボとソレットが近づく。タクボは、以前サウザンドと共に戦った相手を見る。


「······勇者よ。君の仇の魔族は死んだよ」


「······知っている。あの紅い髪の男から聞いた」


 タクボはソレットの横顔を眺める。勇者の瞳は、静かな色をしていた。


「サウザンドを、彼の国をまだ恨んでいるか?」


「······奴の国が平和を乱すなら討つ。それだけだ」


 タクボは確信した。どうやら勇者は復讐の悪夢から目を覚ましたらしい。タクボは幼少の頃の友人の目の前に立った。


「······アルバ。なんて有様だ」 


 タクボは、両膝を地に着けているアルバを見下ろす。アルバに言いたい事が山程あった筈だったが、言語化出来た言葉はそれが精一杯だった。


「······タクボか。君も随分と酷い顔をしているぞ」


 タクボの傷だらけの顔を見て、アルバは笑った。タクボは顔をしかめる。それは、傷の痛みからでは無かった。


「······アルバ、もう止めよう。こんな戦争も、細菌を使う事も。人が行っていい分を越えている」


「こんな戦争か。原因の張本人が随分と無責任な事を言うな」


「······?どう言う意味だ?」


「君だよタクボ。今この戦場にいる者達は、君が引き寄せた。目に見えない強力な磁力を君は発しているんだ」


 呆然とするタクボに、アルバは続けた。魔王軍序列一位、皇帝の剣を持つ騎士、黒衣の暗殺者、勇者の金の卵、現役の勇者、黒いローブの四兄弟、魔物の群れ、青と魔の賢人達······


「君本人に自覚は無くとも、君は引き寄せてしまうんだ。そしてそこに、争いが生まれる!」


 アルバの言葉に、タクボは言葉が出なかった。ただ慎ましく暮らす事が望みの自分に、そんな磁力がある筈が無かった。


 だが、タクボはアルバの言葉を反芻する。あの小さな街にふりかかった数々の災難が、只の偶然では無いとしたら?


 もしそれが、自分が街に居たからだとしたら?タクボはまやかしの呪文にかかったように頭が混乱してきた。


「アルバよ。不遜な野望を諦めろ。さもなくば、お前を斬る」


 タクボの周囲に浮かんだ迷いの靄を振り払うかのように、ソレットが一歩前に出る。ソレットの両目には、一点の迷いも無かった。


「······見事だ勇者ソレット。私の腹心達は全滅したようだな」


 アルバ、タクボ、ソレットの三人に、ハリアス達も近づく。その時、ハリアスは空の異変に気づいだ。


 この丘の上空だけに、雷雲が発生していたからだ。通り雨の雨雲にしても、範囲が狭すぎた。


 ハリアスは悪寒を感じた。記憶の知識を急いて掘り起こす。そして思い出した時は、雷雲がはっきりとした塊になった時だった


「いかん!全員逃げろ!上空から雷撃が来るぞ!!」


 ハリアスは声の限り叫んだ。だが、真紅の髪の男は短く笑った


「もう遅い」


 空が金色の光に染まった瞬間、雷雲から巨大な光の刃が地上に落ちてきた。この日、戦場で起きたどの爆発よりも大きい炸裂音が丘の上で轟いた。


 古代呪文、天空の雷撃。通常の雷撃の呪文は、術者の手や杖から放たれるが、天空の雷撃は雷雲から直接雷が落とされる。


 その威力は、通常の雷撃の比では無かった。目の前の粉塵を眺めながら、アルバは辛うじて立ち上がる。


「······障壁を張ったか。だが、虫の息だな」


 アルバは静かに呟いた。タクボとハリアスは、仲間達を魔法障壁の傘に入れたが、障壁は破られ全員大きなダメージを負っていた。


 だが、ただ一人だけアルバに迫る者がいた。顔中に火傷を負い

、亀裂だらけの甲冑を揺らし、右手に光輝く剣を握りしめ、力の限り声を上げる。


「世界の平和は俺が、俺達が守る!!」


「痛々しい程愚直だな!勇者よ!」


 ソレットとアルバ、両雄の光の剣が交錯する。タクボは傷だらけの身体を起こし、それを目撃した。


 ソレットは胸を斬られ、後方に倒れた。勇者を切り伏せた真紅の髪の男は、目を見開き、切断され地面に落ちた自分の右腕を見た。



「······タクボか······」


 アルバは、自分の目の前に立つ幼馴染を見る。


「······アルバ。好きな食べ物はあるか?」


「······何を言っている?」


「好きな酒はあるか?好きな季節はあるか?大事に想う人はいるか?」


 突然のタクボの質問に、何の意図があるかアルバには理解出来なかった。


「自分の中に、少しでも大事に思う事があれば、こんな世界でも愛おしいと思える」


「······」


「アルバ。君にもある筈だ。血生臭い日常のせいで忘れているだけだ」


 アルバの脳裏に、遠い記憶の風景が甦った。沈みかける紅い夕日を合図に、少年はまだ遊び足りない気持ちを抑え、家路を急ぐ


 家の開かれた窓から、料理自慢の母の作ったスープの香りが少年の食欲を刺激する。家の扉を開けようとした時、少年の名を呼ぶ声がした。


「ライヒル!!」


 少年は後ろを振り返ると、夕日に紅く染まった騎士が笑顔で立っていた。それは、一年に数える程しか家に帰らない父だった。


 少年は空腹を忘れ、夢中で父に向かって駆け出した。父は少年の身体を軽々と抱き上げ、成長した我が子の姿を目を細めて見つめる。 


 過ぎ去りし遠い日の思い出は、真紅の髪の男を最後の手段へと駆り立てた。アルバは左手で腰袋から小瓶を取り出し、高く掲げた。


「······残念だよタクボ。君達は新しい世界で生きてもらう筈だったが······」


 タクボは戦慄する。アルバの手に握られた小瓶。モンブラが言っていた細菌に間違い無かった。


「アルバ!思い止まれ!この世界に絶望するには、君はまだ若すぎる!」


「······タクボ。生憎私は、とうの昔に絶望していたよ」


 両親を失った時、アルバの世界は破壊された。真紅の髪の男は

、壊れた世界になんの未練も憐れみも無かった。


「······さらばた。タクボ」


 アルバは親指で瓶のコルクを抜いた。その時、アルバの足元から何かが聞こえた。それは、何者かが猛然と崖を駆け上がる音だったた。


 タクボの目に映ったのは、突如アルバの背後に現れた巨漢の男だった。その男は両目に黒い布を巻いていた。


「······ゴドレア!?」


「借りを返しに来たぞ!小僧!!」


 ゴドレアの隆起した右腕が、アルバの首を閉め上げる。アルバが瓶を投げ捨てようとした瞬間、ゴドレアはアルバの指ごと瓶を噛み切った。


「貴様何をっ!?」


 アルバが形容しがたい形相で叫ぶ。真紅の髪の男が望む世界。それを実現する為の瓶が、流血王の口の中に消えた。


「俺を燃やせぇっ!!」


 ゴドレアの獣のような咆哮を、タクボは聴覚では理解していたが、身体が動かなかった。目の前の光景に、両足が凍りついたように固まっている。


「どけ!おっさん!」


 ハリアスがタクボを払い除け、火炎の呪文を唱えた。巨大な火球は、轟音と共にアルバとゴドレアに直撃した。


 ハリアスは、全ての魔力を吐き出すかの如く、火炎の呪文を唱え続けた。タクボの眼前で、幼き日の友人が紅く燃え盛っていた


 


 



 


 


 

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