黒い鎧の魔族は、自由の為に剣を振るう。
勇者ソレット率いる冒険者達は、例外無く練達の頂きに到達していた。様々な経歴を持つ者達が運命に導かれるように集い、その力を信じる道の為に行使していた。
黒い魔法衣のハリアスは、この仲間達と出会った当初から厚かましく、現在もずうずうしかった。
その自信過剰の性格は「死なないと直らない」「いや、死んでも直らない」と、仲間内からも密かに断言されていた。
ハリアスは当初、仲間達に自分の過去を語らなかった。ある日、薪に火をくべ野宿をしていた夜、仲間に過去を問われても切なそう笑みを浮かべ黙して語らなかった。
だが、酒が入ると川が決壊したように喋りだした。ハリアスは小国の第八王子たった。隣国がハリアスの国を併呑しようと画策した時、ハリアスは一人でそれに立ち向かった。
隣国の二つの派閥に偽の情報を信じ込ませ、内戦までに発展させた。ハリアスの国は救われたが、この行動が原因で七人の兄達に恐れられ、疎まれた。
かくしてハリアスは十六歳の時に国を追われた。それは追放同然だった。一見悲劇の主人公に見えるが、この主人公は頭の切り替えが凄まじく早かった。
自分を恐れ、追放までした国に未練を感じず、得意の魔力を極める為に冒険者となった。
ソレット達と仲間になってからは、ハリアスは自分の役目は、この集団の司令塔だと決めていた。
どんな危機も困難も、自分の頭脳と魔力で仲間達を救う。そう誓っていた。故にジャスミンの死は、ハリアスにとって痛恨時だった。
ジャスミンの亡骸に泣き崩れるソレットの背中を見ながら、ハリアスは死人のような顔色をしていた。
ハリアスは己の全てを賭けて誓った。もう二度と、仲間を誰一人死なせないと。ハリアスは戦況をつぶさに分析する。
クリスの一撃により、賢人の一人は意識を失った。ソレットとゴントが前方の敵を倒しハリアス達に加勢する迄、残る二人の賢人の攻撃に耐える。
以前のハリアスならそう考えた。だが、ジャスミンの死が少なからず彼の戦い方を変えた。守る戦いから、攻める戦いに。
ビンツとエフェットは光の剣を発動し、左右からハリアスに迫った。非力な魔法使いは、二つの刃で引き裂かれるかと思われた。
だが、二本の勇者の剣は見えない壁に阻まれた。光の剣がハリアスの首の数十センチ手前で停止する。
「······これは障壁か?光の剣を防ぐなどあり得ん!」
ビンツは驚愕し叫んだ。ハリアスは偉そうこの上無い表情をする。
「物理障壁と魔法障壁を混ぜた障壁だ。ソレットとの実験で効果は実証済みだ」
「馬鹿な!そんな障壁呪文、聞いた事が無いぞ!」
エフェットも同様に声を荒げた。
「無ければ新しく造ればいいだろう?賢人だか世界管理者だか知らんが、創造と工夫を止めた者に進化など無い!」
ハリアスは二人の賢人を一喝すると、愛用の杖をかざした。杖は強烈な光を放ち、ビンツとエフェットの視力を一瞬奪った。
「なんだ!?この光は?」
ハリアスは洞窟で松明代わりに使用する光の呪文を、目くらましに利用した。そして間をおかず、止めの呪文を唱えようとする
。
「我々を舐めるな!」
ビンツとエフェットは同時に爆裂の呪文を唱えた。視界が遮られた状態で放った為に同士討ちになったが、ハリアスやクリスも巻き込まれ、爆風は丘の上を覆い尽くす程だった。
ソレット、ゴントの両名も一瞬で命を落とす緊張感の中戦っていた。漆黒の鞭をかいくぐり、相手の間合いに入りたいが、ダイス、ワーツルもそれを容易に許さない。
紺色の髪の少年は、ソレット達の戦いを立ち尽くし傍観するしかなかった。自分が立ち入る隙など全く無い攻防に、ラストルは無力感に苛まれていた。
ボネットとアルバの戦いは、刃と同時に舌戦も続いていた。
「その大剣を自在に操る剣技、流石に組織の先人と言っておこうか」
アルバはボネットの斬撃を、終始受け流す事に専念していた。
「議長様に褒められるとは光栄だな。褒めついでに、その首も差し出してくれると助かるんだがな」
言いながらもボネットは瞼の重さに違和感を感じていた。何故戦闘中に眠さなど覚えるのか。
「そう言わず組織に戻らないか?君になら副議長の席を用意するが」
アルバの言葉に、ボネットの攻勢が止まった。ボネットは大剣の鋒を真紅の髪の男に向ける。
「若造。教えといてやる。例え安酒一杯でも、他者から譲られた物に何の価値も無い。自分の力で得るからこそ価値があるのだ」
この場にヨハスがもし居合わせたら、今までの部屋代と酒代をまとめて返済しろと、苦笑していたかもしれなかった。
「そして、一時の午睡を寸暇でも侵す奴を俺は決して許さん。それは、俺の何より大事にしている自由を侵すのと同じだからだ」
ボネットの両目に、強い意志の色が宿る。この魔族の根底を形成している物に、アルバは少し触れた気がした。
「······なる程。君は自由の為に剣を振るい、何者にも屈しないか」
「と言うのは方便だ。今お前と戦っている理由も明確にある訳でもない。俺は天邪鬼な性格でな。自分でも持て余している」
言い終えると、ボネットは再びアルバに斬りかかる。ここで初めてアルバの方から反撃があった。
アルバの一閃は、ボネットの左腕を斬り裂いた。第ニ撃を辛うじて防いだボネットは、意識が朦朧としていた。
「眠りの魔法の効果が出てきたか。剣筋も大分鈍っていたぞ」
アルバは間を置かず攻勢で出る。大剣を右手一本で握るボネットは、防御するのがやっとだった。
「好きなだけ午睡を貪るといい。永遠にな」
長い前髪から冷酷な目を覗かせたアルバは、ボネットの左側に回り込み、止めを差そうとした。その時、アルバとボネットを雷撃の呪文が襲った。
アルバは後方に飛び回避したが、死角だったボネットは背中に直撃を受けた。光が弾けると同時に爆発が発生した。
「起きろ魔族!でかいのは、態度と身体だけか!」
漆黒の鞭を光の剣で防ぎながら移動し、ソレットはボネットの背中に自分の背を合わせた。
「······お前か。何故俺が眠りの呪文にかかっていると?」
背中にしたたかな裂傷を負ったボネットは、焦げた匂いを漂わせ勇者に問いかける。
「傍目から見たら一目瞭然だ。酔客のように足元がふらついていたぞ」
ソレットは口を開きながら、襲いかかる光の黒い鞭を剣で払い除ける。
「それにしても手荒い起こし方だな。俺はもう少し優しいやり方が好みなんだが」
「好みを選べる状況か。今のは可愛い方だ。俺の恋人だった女性の張り手に比べればな」
ソレットの以外な言葉に、ボネットは顔を傾けた。その過去形の言い様は生き別れか、死別か、眠気が覚めた頭で魔族の男は思案する。
この生真面目そうな人間の性格を考えると未練とは考えにくく、後者と思われた。
「お前の恋人は、生きの良い女だったようだな。俺もそんな女は嫌いじゃない」
「······明るさだけでは無い。優しさも持ち合わせた女性だった」
ソレットの言葉が微かに震えたのを、ボネットは耳にした。右手に握った大剣を肩に乗せる。
「元勇者。後で一杯付き合え。その女にグラスを傾け祝杯を上げるぞ」
「そう言う大口は生き残ってから言え。片腕で戦えるのか?」
言いながらもソレットは、ボネットの異変に気が付いた。魔族の男の髪の毛が逆立ち、両腕の血管が浮き出ている。
「ああ。問題ない」
ボネットはアルバに向かって駆け出した。迎え討つアルバには余裕があった。ボネットは片手であの重い大剣を自由に振るう事など不可能だからだ。
だが、ボネットが振り下ろした一撃は、今迄のどの一振りより鋭く早かった。余裕を持っての回避は、間一髪の退避となった。
勢い余ったボネットの剣先は地面に当たり、爆音のような響きと共に土煙を起こした。アルバは長い前髪と額を切られ、頬に血が流れた。
目にしたのは、ボネットの異常に隆起した右腕だった。
「······ドガル一族か!」
「半分だがな。俺にはその一族の血が流れている」
ドガル一族は平時でも利き腕が異様に太い。ボネットにはそれが見られなかった。片親がドガル一族というのが理由と考えられた。
ゴドレアと同じ少数民族の男と戦う事になるとは、アルバも予想出来なかった。
「······何故最初からその力を使わなかった?」
額の血を拭いながら、アルバはボネットに問い正す。
「両腕の均衡が取れないからだ。そんな力、実戦では役に立たん。だが、片腕しか使えないこの状況なら話は別だ」
アルバは内心苦笑した。ボネットの左腕を負傷させた為に、厄介な力を呼び込んでしまったらしい。
「気をつけろよ若僧。この力で斬られると楽には死ねんぞ」
ボネットは攻撃を再開した。隆起した右腕は大剣を軽々と持ち上げ、死の一撃をアルバに振り下ろす。
アルバは剣筋を見極めながら回避する。ニ撃目を避けた後、光の剣でボネットの左脇を一閃した。
続くアルバの斬撃をボネットは大剣で防ぐ。ボネットの左脇からは出血が見られたが、感触から傷は浅いとアルバは判断した。
「確かにその力は均衡が取りにくいようだな。剣を振った後、隙だらけだぞ」
「流石によく見ているな。この力は制御が効きにくくてな。つい大振りになってしまう」
アルバは目を疑った。口を開くボネットの右腕が更に太くなっていく。そして、魔族の顔は獣のように荒々しく豹変していく。
「······なる程。漆黒の鞭と同様に、その力を操る訓練も怠ったらしいな」
「俺には無縁の言葉が二つある。努力と鍛錬だ!」
ボネットの剣速は更に増しアルバを襲った。真紅の髪の男は、反撃する暇を与えられず後退した。
ビンツとエフェットの爆裂の呪文で、ハリアスは吹き飛ばされ戦況を見失った。先手を取ったのは賢人達だった。
粉塵の中、クリスは背後から迫る気配を感じた。風を切る音の後、襲撃者の蹴りがクリスを襲う。クリスは両腕でそれを防ぐ。
「さっきの借りを返すぞ神官」
クリスに蹴りを放ったのは、意識を失っていたクロマイスだった。
「いい蹴りでしたね。流石は賢人、体術も一流のようで。いいんですか?武器を使わなくても」
クリスの挑発めいた言葉に、クロマイスは殺気を含んだ笑みを見せる。
「お前の顎を砕き、今その口を黙らせてやる」
クリスとクロマイスは、激しい肉弾戦を開始した。
土煙が収まりかけた時、ハリアスを最初に発見したのはビンツだった。ハリアスの背中にその刃を突き立てようとした時、何者かがビンツに斬りかかって来た。
「······子供!?」
まだ少年の年齢と思われる者の横槍に、ビンツは困惑した。ラストルはハリアスを庇うように、ビンツの前に立ちはだかる。
「おい!ラストルとやら。お前は下がっていろ!子供が出る幕じゃないぞ」
ハリアスは命の恩人に叫ぶ。ソレットと同行していたこの少年を、ハリアスは戦力に計算していなかった。
「あなた一人で二人を相手にするのは無理です!」
ラストルは言い終えると、ビンツに斬りかかった。その鋭い剣筋に、ビンツは再び驚く。
「少年よ!この場で剣を振るうと言う事は、死ぬ覚悟が必要だぞ!」
「出来ています!タタラ村を出た時に!」
ラストルに気を取られ、ハリアスはエフェットの接近に気づかなかった。光の剣を目にした時、ハリアスはエフェットの間合い入っていた。
「何っ!?」
衝撃波がエフェットを直撃し、後方に吹き飛ばされる。ハリアスの前に、革の鎧を纏った男と少女が並ぶ。二人の後ろには、三つ頭の獣が立っていた。
「おい黒いの!戦況はどうなっている?」
タクボはハリアスの黒い魔法衣を見て、呼び方を決めた。聞き慣れない呼び方をされ、ハリアスは自慢の頭脳を倍速で回転させる。
「おい、おっさん!誰が黒いのだ!俺はハリアスって言う立派な名前があるぞ!」
ハリアスを無視して、チロルと三つ頭の獣はラストルの加勢に向かった。
「おいちょっと待てそこの子供!勝手に戦場を掻き回すな!俺の計算が狂うだろ!」
ハリアスの叫び声を完全に聞き流し、チロルは光の剣を発動し、ビンツに振り下ろした。
「······馬鹿な!こんな少女が光の剣を!?」
ビンツは反応が一瞬遅れ、光の剣を発動していない状態でチロルの光の剣を受けてしまった。ビンツの剣はダメージを負い、刀身に亀裂が走った。
更に三つ頭の口から、火炎、吹雪、雷撃が放たれる。ビンツは回避するのがやっとだった。
その光景をラストルは呆然として見ていた。自分より年下と思われる少女が、自分と同じ光の剣を操っている。
銀髪の少女の横顔から、ラストルは目を離す事が出来なかった
。




