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戦火の風は、真紅の悪魔の元へと収斂する。

 タクボとルトガルの肉弾戦は、容易に決着がつかなかった。それは、両者の身体能力が拮抗している事を意味していた。


「師匠!!」


 タクボの背中から、聞き慣れた声が聞こえた。声のする方を向こうとした時、ルトガルの拳がタクボの頬を襲った。


 倒れたタクボに、チロルが駆け寄る。チロルが見たタクボの顔はアザだらけだった。ルトガルも似たような顔をしており、両雄は肩で息をしていた。誰の目にも限界は明らかだった。


「師匠。魔法使いが敵の手の届く距離に入られたら敗北だ。そう言ってたじゃないですか」


 再開出来た喜びと、心配する気持ちが混ざり合い、チロルは複雑な声色になった。


「私も相手の間合いに入って攻撃した。敗北じゃないぞ」


 タクボはチロルの頭を撫で、弱々しく笑いかけた。チロルの手を借り、タクボは立ち上がる。


「······行こうチロル。アルバを止めるぞ」


 何事も無かったように立ち去ろうとするタクボに、ルトガルが声をかける。


「······いいのか?私に止めを差さずに去っても」


「······私にそんな力は残っていない。君もそうだろう?」


 タクボは面倒そうに振り返り、青い魔法衣の男に答える。


「その少女の剣を使えは可能だろう。何故私を見逃す?」


「無抵抗な人間を斬らせる。大事な弟子にそんな事がさせられるか」


「······綺麗事だな。私を倒せる機会はもう永遠に無くなるぞ」


 ルトガルはタクボを睨みつける。大言壮語と思わせない凄みと自信が、ルトガルから感じ取られた。


「無用な心配だ。金輪際、君達組織と関わるつもりは無い」


 タクボはそう言い捨て、チロルと共に歩き出す。


「私はルトガル。君の名は?」


「タクボだ」


 名を名乗り、タクボは前を向いたまま続けて口を開く。


「ルトガル。一応君に聞いておこうか。君は魔法障壁、物理障壁。どちらが得意だ?」


「······?どちらも不得意ではないが」


 世界一の魔法使いを捕まえて、なんと失礼な質問か。他の賢人達が聞いたらそう言っていただろう。


「······そうか。君とは気が合いそうも無いな」


 そう言い残し、タクボとチロルは去って行った。


「······時期に魔法封じも解かれる頃か。彼の魔力に黒羽が反応するかどうか、結果はこの戦いが終わった頃だな」


 ルトガルがまだ続く戦闘を眺めながら呟いた。青い魔法衣の男は、タクボとの殴り合いの最中、タクボの襟の中に一枚の黒羽を忍ばせた。


 その黒羽は、魔力を帯びると風の呪文と同様の効果が発動する、緊急避難用の道具だった。その避難先は、青と魔の賢人達の本拠地に設定されていた。



「······戦いも終息が近いな」


 小さな街から北西に位置する丘の上で、真紅の髪の男は戦況を見下ろしていた。招いてもいない客人達が来訪したのはその時だった。


 一頭の馬を先頭に、七人の人影が確認された。先頭の馬から誰かが降り、アルバに近づいてくる。年齢はまだ、十四、十五歳に見えた。


「アルバ賢人!そして後ろに控えている方達にも申し上げます。私はモンブラ!ネグリット議長の秘書をしていた者です」


 モンブラの堂々とした声が、丘の上で響いた。ネグリットの秘書と聞いて、アルバの眉が僅かに動いた。


「アルバ賢人!貴方は細菌を使用し、ネグリット議長と中央裁行部の方々を暗殺した。私はそれを強く非難します!」


 言葉を重ねる事に、モンブラの感情は昂ぶって行った。尊敬するネグリットを殺された怒りと悲しみ。


 そしてボネットに辿り着くまでの苦難の日々。全ては、目の前の真紅の紙の悪魔から始まった悲劇だった。


「よく言った坊主。だが残念ながら後ろの連中もとうに頭のタガが外れているようだ。説得は無益だ」


 ボネットが馬から降り、モンブラの肩を立たいた。ボネットはアルバの後方に控える五人を観察していたが、モンブラの断罪の言葉に眉一つ変化が無かった。


「その通りだ。後ろの五人は私の思想に心から賛同してくれている。所で君は何者かな?」


 アルバは黒一色の甲冑を纏う魔族に質問する。


「通りすがりの放浪者だ。先輩面するつもりは無いが、お前より先に組織にいた」


「名は?」


「ボネットだ。まあ俺は組織が嫌になって逃げた口だがな」


 アルバは記憶を掘り起こした。組織の歴代名簿にその名を見た覚えがあり、確か消息は不明と書かれていた。


 このモンブラなる少年が、ネグリットの死をボネットに伝えたのか。いずれにしても、アルバにとって大きな問題では無かった。


「ボネットよ。君は私に挨拶でもしに来てくれたのかな?」


 アルバの言葉に、ボネットは背負っていた大剣を抜いた。


「お前に世界を滅ぼされたら、酒が飲めなくなる。俺の嗜好の為に死んでもらう」


 アルバは、ボネットの後ろに立っている青い甲冑の男を見る。


「ソレット。何故君がボネットと一緒にいるのだ?」


 ソレットはボネットの横に並び、兜の中からアルバを睨みつける。


「俺はお前を監視する為に、組織に入るふりをした。細菌で多くの人々を殺すなど、俺が絶対にさせん」


 アルバは冷たい表情のまま、声を上げて笑った。


「魔王軍の要塞で、非戦闘員二千人を惨殺した君が言うか。お笑いぐさだな」


「それは違うぞ!!」


 アルバの冷笑に、ハリアスが身を乗り出すように前に出る。


「それは事実では無い!あれは降伏を良しとしない一部の魔族が、井戸と食事に毒を入れ行ったものだ!」


 ハリアスの動きに呼応するように、アルバの後ろに控えていた五人が動きだす。


「坊主。お前は役目を果たした。後は馬に乗って安全な場所にいろ」


 ボネットが大剣を構え、アルバの前に歩み出る。


「······はい。ボネット様、ソレット様。冒険者の皆さん。ご武運を!」


 モンブラは馬に乗り、丘から離れていった。アルバは片手を挙げ、五人の腹心に命令を下す。


「クロマイス、ビンツ、エフェット、ダイス、ワーツル。私とボネットの一騎打ちを邪魔されないように、他の者の相手をしてくれ」


「ハッ!」


 アルバとボネットの周囲を、五人の賢人達が散開して行く。


「ソレットとやら。先ずは俺がアルバとやる。異存は無いか?」


 ボネットはアルバを見据えたまま、隣のソレットに確認する。


「好きにしろ。お前が倒されたら、俺が奴を仕留めるだけだ」


 ソレットは勇者の剣を腰から抜き放ち、無遠慮な魔族に言い返す。ボネットは短く笑った。


「ああ。それでいい」


 ボネットが地を蹴り、アルバに大剣を振り下ろす。アルバはそれを剣で受け流す。


 それを合図に、周囲の十人も一斉に戦闘体制に入った。小さな街の周辺で行われた血生臭い戦争は、最終局面に近づいていた。


「師匠、あそこに雷が見えます」


 チロルがタクボを支えながら、北西の方角に指差す。複数の雷の柱が視認出来た。丘の上で誰かが雷撃の呪文を使用したらしい


 タクボは顔中の痛みを我慢しながら考える。風上に立ち、戦況を眺められる場所。


「チロル。あの丘に行ってみよう」


 その時、タクボとチロルの後ろから獣の鳴き声が聞こえた。


「ラフト!無事だったんですね」


主人を見つけた三つ頭の獣は狂喜し、三枚の舌で忙しなくチロルの頬を舐める。


「この獣はやはりチロルが······」


 何故愛弟子がこの獣を飼い慣らしているのか、そして四兄弟の名前を付けているのか。疑問は多々あったが、タクボは獣に問いかけた。


「ターラは、あの娘は安全な所へ送り届けたか?」


 三つ頭の獣は、タクボの質問に答えるように、六つの目を細め、大口を開き忙しく息を吐く。


「心配要りません師匠。ラフトは大丈夫だと言っています」


チロルの翻訳に、タクボは心から安堵した。


「······そうか。良かった」


「行きましょう師匠。この戦争を終わらせに」


 チロルを見てタクボははっとした。その瞳は、少女の年齢に相応しくない大人びた色をしていた。タクボとチロルはラフトの背に乗り、丘の上を目指した。


 アルバはボネットとの戦いに、時間をかけるつもりは無かった。右手に力を込め、光の剣を発動させる。


 その一振りは、ボネットの大剣ごとこの魔族を切り伏せる筈だった。


「······何だと?」


 アルバの光の剣は、ボネットの大剣に阻まれた。その黒い刀身が白く輝く。


「光の剣を受けて尚も砕けないその剣。只のなまくらでは無いな?」


 両者は互いに距離を置き、アルバはボネットに問いかける。


「世界を放浪すると、無数の見聞を体験するものでな。この剣は半獣半人の鍛冶職人がこしらえた一刀だ。魔力を込めれば、光の剣にも対抗出来る」


 ボネットは両手で剣を握り直す。黒い刀身が更に輝きを増した


「君は魔族だろう。漆黒の鞭は会得していないのか?」


「あれは俺の性に合わん。一応訓練はしたが、とても使いこなせん。俺にはコイツの方が相性が良くてな」


 自分の能力を、ここまで敵にあけすけに答えるボネットに、アルバは毒気を抜かれたような気分になった。


「······なる程。粗野な君には、その大振りの剣が相応しいと言う事か」


「その表現の仕方、悪くないな。今後自分を語るとき使わせてもらうおう」


 アルバの辛辣な言葉も、ボネットにはまるで響いていなかった


「拝借料は何が貰えるかな?」


「苦痛を感じる暇も無い、一瞬の死だ」


 ボネットは言い終えると、再びアルバの間合に入り、斬撃を振り下ろす。長身と逞しい体躯から繰り出されるその一撃は、重く

、鋭かった。


 アルバはその斬撃を正面から受ける愚を避け、受け流す事に集中する。それと並行して、アルバは微かに口元を動かし、呪文を詠唱していた。


 それは、相手を眠らす魔法だった。


 ソレットは戦闘開始と共に、雷撃の呪文を唱えた。タクボとチロルが目撃したのは、正にこの時ソレットが放った雷撃だった。


 五人の賢人達に、暴れ狂う光の龍が襲いかかった。三人は光の剣で防ぎ、二人は漆黒の鞭で払い除ける。


 その直後に、ハリアスが爆裂の呪文を唱える。絶妙の時間差攻撃に、五人の賢人達は防ぎようも無く直撃を受けた。


 爆風の中から、黒い光の鞭が二本飛び出してきた。ソレットとゴントがそれを弾き返す。


 その間隙を縫って、三人の賢人達がソレット達の後方に回り込む。賢人クロマイスは、光の剣を発動させ、白い神官衣の男に狙いを定める。


「後方支援者から、始末させてもらう」


 クロマイスは走りながら、冷静に剣を構える。さして力の無い神官など、一太刀で終わる筈だった。


 賢人ビンツとエフェットが目にしのは、僚友クロマイスが吹き飛ぶ光景だった。白い神官衣クリスは、クロマイスの一振りを回避し、その右拳をクロマイスの顎に叩き込んだ。


 仰向けに倒れたクロマイスは、脳しんとうを起こし意識を失った。


「神官だと思って侮るなよ!クリスは俺達と出会う前まで、手のつけられない乱暴者だったのだからな!」


 クリスの経歴の一端を暴露したハリアスは、火炎の呪文を唱え、ビンツとエフェットを牽制する。


「人聞きの悪い事は、止めてもらえますかハリアス。昔の事はともかく、今の私は神に仕える聖職者です」


 魔物達の返り血で神官衣を赤く染めたクリスが、ソレットとゴントに祝福の呪文を唱える。それは、攻撃力と防御力が向上する効果があった。


 漆黒の鞭を防がれた賢人ダイスは、怪訝な表情を浮かべ赤い鎧の男を見た。勇者の光の剣と同様、漆黒の鞭で破壊出来ない物は無い筈だった。


「赤い鎧の男よ。その手にした剣はいかような代物だ?」


 ダイスは漆黒の鞭を手元に展開し、ゴントに尋ねる。


「これは、女神の祝福を受けたと言われている伝説の剣だ」


 ダイスの黒い瞳に、強い興味の色が浮かんだ。


「私は武器収集が趣味でな。その剣を手に入れた経緯について是非知りたい」


「······これは、仲間の形見の剣だ。持ち主自身が、女神のような人だった。俺がこの剣について知っているのはそれだけだ」


 ゴントは無表情のまま、愛想のない口調で返答する。ソレットはそれを隣で聞いていた。ジャスミンは息を引き取る前に、自分の剣はゴントに譲ると言い残した。


 それは、ソレットが自分の影を引きずらないようにする為の、ジャスミンの心遣いだった。


 死ぬ間際まで、ジャスミンはソレットを想いやっていた。ソレットは思う。自分は果たして、そんなジャスミンに同等の物を返せていただろうかと。


 幾万回自問自答しても、それに答えてくれる恋人はもうこの世には存在しなかった。ソレットに出来る事は、ジャスミンとの約束を果たす事だけだった。


 世界を平和にする。現役の勇者の両目は、かつての復讐に狂ったそれとは異なり、ジャスミンに夢を語った時と、同じ色をしていた。



 





 

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