皇帝は、千年の時を経て再び甦る。
北西の丘を目指して、ボネットとモンブラは馬を走らせていた。ボネットの目に、冒険者と思われる人影が二つ入る。
一人は全身に甲冑を纏っており、もう一人は少年と思われる背格好だった。
「連合軍の生き残りか?親切で忠告するが、この先には行かない方がいいぞ」
ボネットが馬上から二人に声をかける。その時、空から複数の人間が降りてきた。
「······その青い甲冑······ソレットか!?」
降り立った三人の内、黒い魔法衣を着た男が叫んだ。
「······ハリアスか!?ゴント!クリスも!」
甲冑の男は両手で兜を脱ぎ、返事を返す。三人はソレットの周りに集まり、再開を喜び合った。
その光景を、少年ラストルは驚愕の表情で見ていた。
「······勇者ソレットとその仲間達······?」
いつか勇者ソレット達の仲間に入りたい。ラストルの夢の具現者達が、目の前に勢揃いいしていた。
「······ソレット?貴方は、賢人ソレットですか!?」
ボネットの後ろでモンブラが叫んだ。最近組織に入った新人の名を、モンブラは記憶の手帳に記していた。
「······君は何故俺の名を?組織の人間か?」
ソレットがモンブラに近づき質問する。モンブラは馬上から物を言うのは礼を欠くと思い、馬から降りた。
「聞いてください、ソレット様。お伝えしなければならない重大な事があります」
モンブラは語り始めた。ネグリットの死の真相を。そして、アルバの狂気としか言い様が無い暴挙を。
「······細菌兵器で世界を滅ぼす?あの男がそこまでのことを······」
ソレットは夢の中での恋人ジャスミンの言葉を思い出す。やはりアルバはジャスミンが言う通り危険な男だった。
「ここに来る途中、この先の丘を見てきたが、複数の人影を確認したぞ」
厚かましさは仲間内で随一と囁かれているハリアスが口を開く。モンブラの告げた話は、図々しいこの魔法使いを深刻な顔にさせる程の内容だった。
「時間が惜しい。行くぞ坊主」
ボネットがモンブラの襟首を掴み、馬に乗せる。この場に居た七人は、全員北西の丘を目指し動き出した。
ウェンデルとモグルフは、賢人達に完全に包囲されていた。賢人ガーデルは手にした大剣を構え、先陣を切って斬り込もうとする。
その時、ガーデルの頭部に鋭利なナイフが飛来した。ガーデルはそれを大剣で間一髪防ぐ。ナイフが投じられた方向から、馬に乗った黒衣の若者が叫ぶ。
「ウェンデル!街の住民達の護衛はとうしたの!?」
「おおエルド!無事だったか!それなら大丈夫だ。信頼出来る仲間達に託した」
昨日今日会ったばかりの雇われ冒険者達を、どうすれば信頼出来る仲間と呼べるのか。エルドはウェンデルの大物振りに呆れ果てた。
エルドはモグルフを見る。以前戦った相手と何故か共闘しているらしい。エルドはその事について、最早深く追求しなかった。
「青と魔の賢人達に告ぐ!バタブシャーン一族の指揮官は僕が暗殺した!君達の戦う理由はもう無い!」
エルドは叫んだが、ウェンデル達を包囲している賢人達の殺気立った表情に変化は見られなかった。
「······ま、そうだよね。でもあの巨大な岩石を見てくれ!あの岩石は自分の欠片だけで大爆発を起こした。本体がそれを起こしたら、被害は想像出来ない!戦争をしている場合じゃないぞ!」
エルドの再度の説得に、賢人達は横目で浮遊している岩石を見る。確かにあの岩石の近くで大きな爆発が発生していた。
「問題にもならんな。仮にあの岩石が暴走しようとするのら、氷結の呪文で凍らせればいい」
ガーデルは鋭い眼光でエルドを睨み、再び大剣を構える。そのガーデルの真上から、何者かが落ちてきた。
「······トロッコか!?」
ガーデルは空から着地してきた男に驚く。トロッコとメーシャは、バタフシャーン一族の捕縛の任務を帯びており、今回の戦闘には加わらない筈だった。
「全員撤退、いや避難だ!あの巨大な岩石がいつ爆発するか分からないぞ!」
トロッコは波打つ髪を振り乱し大声を上げる。突然乱入した黒衣の若者と同じ事を言うトロッコに、仲間達は怪訝な表情を浮かべる。
「一族の者から裏は取ってある!あの岩石はこちらから手を出さなければ無害だが、いつ爆発するかは誰も分からん!」
トロッコの言葉に、賢人達は巨大な岩石を見る。五つの目を眠そうに細め、静かに浮遊している。確かに自ら攻撃をする様子は見受けられない。
「バタフシャーン一族の指揮官は、死ぬ間際に言った。角笛は吹かれた、もう手遅れだと。時間を指定して爆発するよう命じた可能性が高い!」
エルドは再度、敵味方に差し迫った危険を知らせる。だが、ガーデルは一笑に付した。
「この者達を一撃で屠り、撤退すればいい。直ぐに終わる!」
ガーデルが突出し、他の六人もそれに倣う。この包囲網からは逃れられない。ウェンデルはそう判断し、皇帝の剣を掲げた。
「十英雄達よ!私に力を貸してくれ!」
ウェンデルの中のオルギスは失笑した。自分が教えた詠唱を無視し、十英雄達を呼べる筈が無かった。
ウェンデルの手にした黄金の剣から、光の玉が五つ飛び出した
。その光の玉が弾け、五体の甲冑の騎士達が現れた。
その光景に、オルギスは言葉を失った。何故、正しい詠唱を行わず十英雄達を呼び起こせたのか。
十英雄達が、ウェンデルを主人と認めているからか?オルギスは寒気を感じていた。この男は危険過ぎる。
この男の器は、自分すら凌ぐ大器かもしれない。オルギスはウェンデルの底知れなさに、畏怖すらした。
「黒衣の暴風、バテリッタ!雷槍のマテリス!両剣のベネッサ!鮮血の神官バーチス!神弓のアートラス!私に力を貸してくれ!
」
五体の騎士達は、ウェンデルの声と共に命が吹き込まれたかのように、整然と動き出した。
「······あの甲冑の騎士達は何だ?魔物の類か?」
ガーデルが、ウェンデルの剣から現れた十英雄達を目を細めて見る。賢人達の戦歴に置いても、こんな異質な相手は初めてだった。
緑色の甲冑アートラスが、矢筒から弓矢を取り出し構える。そして、常人ではあり得ない速さで弓を連射する。
弓矢は七本放たれ、全て賢人達の身体を捉えた。あまりの弓の速度に、賢人達は回避出来ず武器で矢を防いだ。
折られた弓矢の鏃から、霧が吹き出し賢人達の視界を遮った。アートラスの矢は、まやかしの矢と呼ばれる魔力を帯びた武器だった。
霧に覆われ何も見えない中に、アートラスは続けて矢を放つ。
「ぐわっ!?」
肩を矢で射抜かれた賢人が苦痛の声を揚げる。
「何故奴はこちらの場所が分かるのだ!?」
「このままでは、狙い撃ちされる!霧を払うぞ!」
ガーデルが爆裂の呪文を唱え、爆風で霧を払った。視界が開けた途端、四体の騎士達は、賢人達に斬りかかる。
橙色の甲冑ベネッサは、細い長剣を二本同時に賢人ガーデルに振り下ろす。
「······早い!」
ガーデルも重い大剣を自在に操り、ベネッサの高速で繰り出される二本の長剣を防ぐ。
赤い甲冑バーチスは、先程アートラスに肩を射抜かれた賢人セントルに、メイスで殴りかかる。
セントルは魔法石の杖でそれを防ぐ。セントルは隙きを見て、漆黒の鞭を発動させようとした。その時、バーチスの掌がセントルの肩の傷口に触れた。
セントルの傷口が白銀色に輝き、傷口が塞がれ始めた。何故敵に治癒の呪文を施すのか?セントルは次の瞬間、信じられない光景を目にした。
「何いっ!?」
傷口が塞がりかけた瞬間、その肩から大量出血する。バーチスは神官の身でありながら治癒の呪文を逆用し、相手を死に至らしめる方法を会得していた。
黒い甲冑バテリッタと、白銀色の甲冑マテリスも賢人達と交戦する。その後方から、アートラスが矢で援護する。
「ウェンデル!?大丈夫?」
激しく息を切らせ、地に刺した剣にしがみつくウェンデルにエルドが駆け寄る。十英雄を呼び起こす行為は、ウェンデルの心身に大きな負担を強いていた。
「······今の私には五体を呼び起こすのが限界だ······だが」
ウェンデルは重そうに両腕を上げ、再び黄金の剣を掲げ叫ぶ。
「氷将ブリッサ!私に力を貸してくれ!」
皇帝の剣から光の玉が一つ飛び出した。その光は、雪のような白い甲冑の騎士に姿を変える。
「······頼むブリッサ。あの巨大な岩石を君の魔力で凍らせてくれ」
ウェンデルはそう言い残すと、剣を握ったまま倒れてしまった。ブリッサはサーベルを抜刀し、岩石が浮遊している場所へ向かう。モグルフも勇魔の剣を握り、賢人達に向かって行く。
「ウェンデル!?」
エルドは倒れたウェンデルの顔色を確認する。汗ばんだ顔は血色が悪く苦しそうに見えた。エルドはウェンデルを馬に乗せ、街に戻る事を決めた。
「······駄目だエルド······私が離れたら、十英雄も消えてしまう」
ウェンデルは絞り出すように一言だけ呟いた。エルドはその言葉に迷い、決断を下す事が出来なかった。
白い甲冑ブリッサは、行く手を阻む魔物達にサーベルを振りかざす。サーベルから吹雪が吹き起こり、魔物達を氷の塊に変えていく。
だが、浮遊する巨大な岩石は身体から無数の食種をブリッサに向け、容易に近づかせなかった。
今にも眠りに落ちそうな岩石の五つの瞼が三つ見開いた。それが何を意味するのか、この戦場で理解出来る者は居なかった。
まどろむ意識の中で、ウェンディは誰かの声を聞いた。
『······未熟なお主に、六体を呼び起こす事は無理があったようだな。いや、よくぞ六体も呼べたと言うべきか』
『······オルギスか。ならば手伝ってくれてもいいだろうに。私の中に仮住まいしているのだ。手間賃を払っても罰は当たらんぞ
』
言い終えて、ヴェンデルは自分の言葉に驚愕した。今の自分の言葉は、まるで金に細かいどこかの魔法使いの様では無いかと。
『手間賃はともかく、私を表に出せ。私なら十英雄全てを呼び起こせる。さすれば、この戦局も有利に事が運ぶだろう』
『それは駄目だオルギス。貴方が表に出れば、多くの血が流れる。私はそれを看過出来ない』
ウェンデルの返答は、オルギスの予想通りだった。千年前の皇帝は、予定通りの行動に移る。
『······では実力を持って表に出させてもう』
オルギスはウェンデルの人格を内側に取り込もうとする。消耗しきった今のウェンデルに、それを阻む手立ては無い筈だった。
『······尚も抗うか』
しかし、ウェンデルの精神は踏み止まった。薄れゆく意識の中で、オルギスの支配から抵抗する。
だが、ウェンデルの精神は、底なし沼に沈んでいく感覚に襲われた。
『······これは、オルギスの心か?』
それは深く、暗い闇の世界だった。どれ程の凄惨な日々を過ごせば、このような精神構造になるのか。
ウェンデルの精神は沼に沈み始めた。最後に見た光景は、エルドが何か叫んでいる顔だった。
「ウェンデル!しっかりしてくれ!」
エルドはウェンデルに呼びかけ続けた。完全に意識を失っていた筈の、ウェンデルの右手がエルドを遮る。
「······大仰に騒ぐな。私は生きておる」
ウェンデルはエルドにはっきりとした声で話し、立ち上がる。そして戦況を眺め、即座に行動を決める。
「あの浮遊する岩石から距離を取る。エルド。私について参れ」
エルドは戸惑った。今自分の目の前に立っている男は誰なのか。声はウェンデルでも、明らかにさっき迄の彼とは別人だった。
「······ウェンデル。一体どうやって賢人達の包囲網を突破するんだい?」
エルドが警戒しながら紅茶色の髪の青年を見る。ウェンデルは不敵に笑った。
「今、突破口を開く」
ウェンデルが皇帝の剣を掲げる。剣から光の玉が四つ飛び出し、甲冑の騎士達に形を変えていく。
「炎将フレッド!魔法将アルドレイン!謀将マサイル!豹将ギャロット!私の名に従い、道を開け!」
四体の騎士達が一斉に動く。賢人達の包囲の一角に、迷いなく突撃して行った。その光景を、エルドは驚嘆しながら見ていた。
つい数日前まで、ウェンデルは言っていた。自分の今の力では、十英雄をご五体呼び起こすのがやっとだと。
だが目の前のウェンデルは、十英雄全てを呼び起こし操っている。
「······君は、一体誰だ······?」
エルドの問いに、ウェンデルは口の端を釣り上げ、笑みを浮かべた。
「私はウェンデルであってウェンデルで無い者だ。時間が惜しい。包囲を破るぞ」
ウェンデルは剣を握り直し歩き出した。他人のようなその背中を見ながら、エルドは戦場の中で立ち尽くしていた。




