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戦場での人探しは、死と隣り合わせと知る。

 いつ終わるとも知れない、三つの勢力の戦い。その戦場の中心地に、それは現れた。地鳴りの後に地中が割れ、その割れ目から巨大な岩石の塊が浮き上がってきた。


 その直径は十メートル。岩石の中央にある五つある眼は、眠そうに半分閉じかけていた。


 それでもその眼光を怪しい光りを発していた。岩石の塊は三メートル程の高さで静止し、五つの眼をゆっくりと動かし、周囲を見回している。


「······あれは何だ?魔物なのか?」


 エルドは自分が仕留めた標的を見下ろす。この黄色い髪の男が、死に際に言い残した言葉がエルドの頭から離れなかった。


岩石の塊のすぐ側で、黒い巨体と二人の賢人が戦っていた。その賢人が避けたドラゴンの吐いた炎が、岩石の塊に当たった。


 岩石の中心にある五つの眼が一斉に動き出した。自分を攻撃してきた方角に、岩石から白い触手が伸びる。その触手の先には、岩石の一部が握られていた。


 触手からその岩石の一部が放たれた。その岩石には、水色の鉱石が埋め込まれていた。鉱石が光り輝き、炸裂音と共に大爆発を起こした。


 その爆発は、ロールハックと黒い巨体が空中で起こした物と同規模だった。爆風で周囲に居た者達全てが吹き飛ばされた。


「······あれは、巨大な魔法高炉で出来た化物です······」


 双頭の大鷲の背の上で、血の気が失せたべロットが呟く。まさか祖父が、あんな危険な物をこの戦場に運び込んでいたなど、孫には想像も出来なかった。


 べロットの横で地上の大爆発を見下ろしていたメーシャは、小さい瞳を限界まで開き黄色い髪の青年の胸を掴んだ。


「······言いなさい。その化物の能力を。今の爆発を何度起こせるの?」


 そばかすの少女は、その答えを半ば気づいていた。だが確認せずにはいられなかった。自分の予想が正しければ、もう戦い所では無くなってしまう。


「······いった筈です。あれは魔法高炉の塊だと。今の爆発は、塊のほんの一部を使ったに過ぎません」


 べロットの顔は、血の気を通り越し恐怖に怯えていた。一部であの大爆発。本体全てがそれを起こせば、どれ程の惨事になるか想像を超えていた。


「······間違いなく、ここら一帯全て吹き飛ぶぞ」


 トロッコが波打った髪の毛を手でかき上げた。最早戦闘を継続している場合では無かった。早急に撤退、否、避難しなければ地上の賢人達は全滅してしまう。


「トロッコ!孫のお兄さんをお願い。私は皆にこの事を知らせてくるから!」


 魔族の少女は、言い終える前に風の呪文を唱え始める。だが、トロッコの太い腕がメーシャの肩を掴んだ。


「······それは年長者の仕事だ。俺が行く」


 今地上に降りると言う事は、最悪の事態に巻き込まれる危険をはらんでいた。


「······こんな時だけ格好つけないでよね。おじさん」


「年長者の言葉は素直に聞くもんだぞ。メーシャ。お前は組織の次代を担う責任がある。それを放棄するな」


 トロッコの真剣な表情に、メーシャは黙り込んでしまった。だが、トロッコの献身さは報われなかった。


 空に残存した全ての大鷲が、メーシャ達に一斉に襲いかかって来たからだ。この指示も、頭目が死ぬ寸前に吹いた角笛による物だった。


 トロッコとメーシャは、百羽近いの大鷲の対応に忙殺された。


 エルドは地上の大爆発を目撃し、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。あれは危険だ。理由は分からないが、エルドの本能がそう告げている。


 即刻街に戻るべきだと判断し、エルドは馬に股がる。その時、効かしていた遠目の視界に何かが映った。

 

 それは甲冑を身に着けた騎士だった。紅茶色の髪に、黄金の剣を握っている。その姿を見た瞬間、エルドは騎士がいる方角に馬を走らせていた。


「あの正義馬鹿!護衛の任務はどこに捨てて来たんだ!」


 小さな街の北門では、戦闘が終息に向かっていた。ヨハス以下聖騎士団は、魔物達を包囲殲滅しつつあった。


 壁上の取り付く魔物も居なくなり、警備隊員や冒険者達は一息ついた所だった。北西の方角に、地上から三度雷撃が放たれたのは、その時だった。


「······ハリアス!あれは!?」


 白い神官衣が返り血で赤く染まったクリスが、黒い魔法衣の男を見る。


「空に三度の雷撃······手紙に記されたソレットの合図だ!」

 

 ハリアスはまちに待った合図に、口元が緩んだ。如才なく風の呪文を唱え始める。


「ゴント!クリス!俺に掴まれ。ソレットの元へ行くぞ!」


「ちょ、ちょっと三人共どこに行くんだよ?」


 コリトが三人の元に駆け寄る。名も知らぬ冒険者達に、まだ一言も礼を述べていなかったからだ。


「世界を救う為だ!礼は無用だ。だがこの街に俺の石像を建てるなら許可するぞ!俺の名はハリア······」


 ゴントの大きい拳に頭を小突かれ、ハリアスは最後まで喋れなかった。三人は北西の方角へ消え去った。


 それを呆然と見送るコリトに、何かが近づいてくる。それは、矢に見えた。


「コリト!危ない!!」


 シリスが絶叫しながらコリトに駆け寄る。それは、地上から霧の狩人が放った炸裂の矢だった。


 北門の壁上で、小さな爆発が起きた。


 チロルは三つ頭のラフトと共に戦場を駆け、タクボの姿を探していた。タクボの加齢臭が染み付いた手拭いをラフトに嗅がせ、三つ頭の嗅覚に期待する。


 チロルは急にラフトに停止する様命じた。ラフトは新しい主人の命令に従い、四本の足をたたむ。


 ラフトの背から降りたチロルは、ラフトの三つ頭を全て撫で、優しく話しかける。


「ラフト。私は少し用があります。この加齢臭の主を探して、その人を助けてやって下さい」


 ラフトは甘えた声を出し、三枚の舌でチロルの頬を舐めた。三つ頭の獣は、主人の命令を忠実に実行する為に、再び走り出した


 チロルは静かに前を向いた。その先には、金髪の若者が立っていた。


「······チロル。街に戻りなさい」


「そこを退いて下さいロシアドさん。貴方と戦いたくありません」


「戻るんだチロル」


「······退いて下さい」


「······戻れと言っている!」


「退いて!」


 チロルが勇魔の剣を振り上げる。ロシアドも勇者の剣を抜きそれを防ぐ。


「チロル!子供の君にはまだ理解出来ないかもしれないが、この戦争は必要な事なんだ!」


「人が血を流し、親を失う子供を増やす事が何で必要なんですか!?」


 チロルはロシアドの腹部を蹴り、火炎の呪文を唱える。ロシアドは片手を地につけ、後方に宙返りし火球を避ける。


「世界の秩序と均衡の為だ。今は理解出来なくとも、大人になればきっと分かる!」


「私はただ、大事な人達と静かに暮らせればそれでいいんです。それが叶わないなら、こんな世界なんて要りません!」


 チロルは剣先で粉雪をすくい上げ、ロシアドの顔にかける。その隙に後方に回り込もうとしたが、ロシアドの衝撃波の呪文でチロルと粉雪とと共に吹き飛ばされる。


「世界の構造は複雑なんだ!世界は人の幸福も不幸も全て飲み込んでいく。全てをだ!誰かが管理しなくては、人間や魔族は必ず破滅の道を辿ってしまう!」


 金髪の美青年は、自分の信じてきた物が揺らぎ始めていた。その逡巡を断ち切るかのように、ロシアドは叫んでいた。


「だったら!私が世界を変えて見せます!誰もが静かに暮らせる世界を造ります!」


 チロルは感情を抑えきれなかった。ここまでの感情の発露は、タクボにすら見せた事が無かった。


 何故ロシアドに対してここまで心を剥き出しにしてしまうのか。銀髪の少女は自身でも分からなかった。


 それは、他者に対して自分を理解して欲しいと言う欲求の裏返しだった。自分はここに居る。自分の存在を、心を知って欲しい


 自分と同じ、影を伴った瞳をする金髪の若者に、チロルはいつしか惹かれていた。だが、それすら少女には自覚が無く、それがどんな感情かも不鮮明だった。


「チロル!それは危険な思想だ。その考えは独裁と流血を生む。歴史がそれを証明している!」


「貴方が!貴方達がそれを言うんですか!」


 チロルは光の剣を発動させ、ロシアドに振りかざす。ロシアドも勇者の剣に光を発動させる。二つの光の刃が重なり、光の火花を周囲に散らす。


 光の刃の応酬は、二十合に及んだ。チロルとロシアド共に息が切れ、集中力が落ちて行った。その二人に、黒い巨体が近づいて来た。


 その黒い巨体は頭部が切り落とされ、左腕のドラゴンも胴体が引きづられ死んでいた。身体中の傷口から触手が伸び、両足は意志が無い動きをしていた。


 頭部を失った黒い巨体が、チロルの背後に迫って来る。頭部の傷口から白銀色の光が漏れてきた。 


「······自爆する気か!?チロル!逃げるんだ!」


 チロルの鋭い眼光は、ロシアドしか見ておらず、その耳にも何も入らなかった。チロルの激しい突きがロシアドの頬をかすめる


 ロシアドは剣を捨て、両腕でチロルを抱え込んだ。その瞬間、黒い巨体の身体が光と共に破裂した。


 他の賢人達が討ち漏らした黒い巨体は、制御を失い自爆した。地上で再び大爆発が発生し、周囲に居た者達を巻き込んでいく。


 救い難いこの戦争は、三度の悲惨な大爆発を経ても終息しなかった。賢人も魔物も兵士も、互いに目の前の敵にその刃を振るい続ける。


 炸裂音で麻痺していた耳が、徐々にその機能を回復してきた。チロルは耳を澄ませ、自分に何が起こったのか、目と耳で確認しようとする。


 チロルはロシアドに抱きしめられていた。あたりを見回すと、地面が大きく削られ、多くの魔物や兵士の死体が横たわっている。


 その中心に、自分とロシアドは居た。先程からロシアドが動かない。チロルはロシアドの肩を揺らしかけた時、肩に触れた指先に血が付いている事に気づく。


 ロシアドの背中は、爆発の高熱で焼けただれていた。ロシアドは爆発の瞬間、咄嗟に障壁を張ったが破られ、チロルを身を呈して守った。


 チロルの思考は停止した。言葉を忘れたかのように何も言えず

、ただ震えた手でロシアドの両肩を小さく揺らす。


「······無事だったか······チロル」


 薄目を開いたロシアドは、弱々しく少女に微笑む。ロシアドの声を聴き、言葉を思い出したチロルは、懸命に声を絞り出す。


「······ロシアドさん······どうして、どうして私を庇ったんですか?」


「······私の任務は、君の保護監視だ。自分の仕事をしただけだ······」


 チロルは腰袋から小瓶を取り出す。震える指先は上手く小瓶を掴めず、地面に二回落とした。


「これを。この薬水を飲んで下さい!ロシアドさんから貰った物です。これできっと傷は治ります」


「······もう遅い。その薬水は君が使いなさい」


 チロルの両目から大粒の涙が溢れ落ちる。チロルは小瓶の蓋を開け、薬水をロシアドに半ば強引に飲ませる。


 ロシアドは死が間近に迫るこの時に、心が落ち着いている事に驚いていた。視界に映る少女が泣きじゃくり何かを叫んでいる。この少女の行く末だけが気がかりだった。


「······チロル。強く生きなさい。この世界の闇に、負けないように」


 ロシアドはそう言い残し目を閉じた。チロルは大きな瞳を開いたまま石像のように動かない。


 別の戦場でまた爆音が轟いた。その音で、少女の叫び声はかき消された。


 ルトガルの眼前で、ターラとマサカドの攻防は続いていた。ターラの剣技を見るルトガルは思った。この灰色の髪の娘が、もし消耗せず万全の身体だったら。


 それはマサカドも考えていた事だった。マサカドが誇る妖刀の斬撃を、致命傷を負わず回避し続ける。マサカドはため息をつく


「······なんと恐ろしい娘だ。そして惜しいな。お前とは、対等の条件で戦いたかった」


 ターラは身体中に傷を負いながら、マサカドの妖刀を観察していた。そして、一つ気付いた事があった。


 マサカドが、いくつもの刀の残像を刃とし放った後、次発を撃つまで必ず一定の間隔が明けられる。


 あの技は連射出来ない。ターラはそう確信した。あの刀の雨を潜り抜ければ、マサカドに剣が届く。


 息切れする自分の呼吸音を聞きながら、ターラは体力の限界が迫っている事を感じていた。


 マサカドを斬り、後方に控えている魔法衣の男を倒す。ターラには最早、猶予が残されていなかった。


「マサカド。必ずその娘を仕留めてくれ。今日それを逃したら、我が組織はその娘にことごとく切り伏せられるかもしれん」


 ルトガルの中に、最大級の警戒心が生まれた。この娘は危険過ぎる。


「······と、言う訳だ、娘よ。世知辛い世の常だな」


 マサカドが再び刀で円を描く。妖刀の残影が十二本現れた。標的を射抜くように、マサカドの細い両目がターラを見据える。


 十ニ本の斬撃が放たれ、ターラを襲う。ターラは三本を避け、七本を剣で防いだ。残りのニ本はターラの両足をかすめていく。


 ターラは身に着けていたローブを、マサカドの前に放り投げた。ローブがターラの姿を隠すようにマサカドの視界を遮る。


「······陽動。転移の術か!」


 マサカドは直ぐ様、後方に振り返りターラの攻撃に備えた。だが、灰色の髪の女は現れない。マサカドは、自分が罠に落ちたと悟った。


 再びローブの方を見た時、ターラの左手はマサカドの胸に触れていた。次の瞬間、マサカドは空を見ていた。


 何故自分は空を見ているのか?つい数瞬まで自分は地に足をつけていた筈だった。数々の戦いの経験が、マサカドの脳裏に真実を天啓のように知らせる。


「······俺に転移の術をかけたのか?」


 ターラはマサカドに転移の術をかけ、五メートル程の高さに移動させた。マサカドの無防備な背中に、ターラが粉雪を蹴り迫る


 マサカドは本能だけで身体を捻り、真下に凄まじい勢いで刀を振り下ろす。


 マサカドは背中に熱を感じた。右肩から腰にかけて、一筋の線が背中に刻まれた。ターラの剣が、ついにマサカドを捉えた瞬間だった。


 マサカドは受け身も取れず、背中から雪上に落ちた。ターラは乱れる息を必死で抑えながら、疲れ切った身体を剣にしがみつき支える。


 マサカドは深手を負ったが、致命傷には至らなかった。ターラが跳躍しようとした時、足に力が入らず、届いた剣が浅かった。


「······見事。見事だ娘!俺はお前に惚れたぞ。お前を俺の妻とする。必ずだ!」


 マサカドは背中の苦痛を忘れたかのように、歓喜の表情で声高に叫んだ。


 マサカドの求婚の言葉は、ターラの耳には入らなかった。青い魔法衣の男を倒す為に、ターラは鉛のように重くなった両足で駆け出そうとしたが、足がもつれて倒れてしまった。


「消耗し切った身体で、マサカドを倒すか。この娘は生かしておけんな」


 ルトガルが杖を握り火炎の呪文を唱えた。巨大な火球が轟音と共にターラを襲う。ターラの瞳には、紅蓮の炎が死を連れてきたように見えた。


 ターラを燃やし尽くす筈の火球は、見えない壁に当たり四散した。灰色の髪の女は、火の粉が舞う視界の中で、見覚えのある背中を眺めていた。

 

 それは、使い古された革の鎧を身に着けた背中だった。 

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