白いローブの集団は、天変地異と共にやって来る。
小さな街の北側で繰り広げられていた戦闘は、最終局面を迎えていた。四方に逃げる魔物を追撃した為に、連合軍の陣形は崩れきっていた。
そこに三万の魔物達が、整然と隊列を組み突っ込んできた。銅貨級魔物、砦の尖兵は、疲れ切った人間兵士に容赦なくその剣を斬りつける。
金貨級魔物、黄泉の衛兵は、むき出しの骨の身体に甲冑を纏い、片方ずつに握られた二本の大剣を、人間達の急所に無言で突き刺していく。
バラバラになってしまった連合軍は、三万の魔物達に各個撃破されていった。前日の悪夢が再現され、九ヶ国の連合軍は総崩れ
、総退却となった。
だが、前日と一つだけ異なる点があった。昨日は東の方角に逃げたが、今日は南の方角にその向きを変えていた。
「いけない!戦場が街に移動して来る!」
人間と魔物の戦いを観察していたエルドは、馬を返し街に戻る
。北門の壁上に立つ魔法使いに、馬上からその事を伝える。
「タクボ!僕はこのまま、バタフシャーン一族の指揮官を探す。後は頼んだよ!」
タクボは馬上のエルドを見下ろし、頷く。エルドには単独で動いてもらう。エルドの足手まといにならない事が、彼の生存率を上げる唯一の方法だと、タクボは結論づけていた。
「エルド!無理はするなよ。無事に帰って来たら、高い酒を奢るぞ」
「財布の紐が堅いタクボが珍しいね。是非ご相伴に預かるよ」
エルドは陽気に笑い、再び馬の腹を蹴る。
「エルド!私も上等なワインをご馳走するわ。だから生きて帰って来て!」
タクボの隣でシリスが叫ぶ。エルドは片目を閉じ、シリスに手を振って馬を走らせる。エルドの姿は、殺戮の風が吹き荒れる戦場に消えた。
エルドは二日間に渡って戦場を観察し、バタフシャーン一族の指揮官が何処に潜んでいるのか考えていた。
戦場が見渡せる丘陵地帯の高台を見回したが、怪しい人影は確認出来なかった。戦況を望める安全な場所。
エルドは双頭の大鷲に注目していた。あの巨大な身体になら、二、三人乗る事が可能だ。開戦当初は大鷲の数が多く、見分けがつかなかった。
だが大鷲の数も減り、冷静に観察すると、一羽だけ戦闘に加わらず、一定の高度を保つ大鷲がいた。
指揮官はあの大鷲に乗っている。客観的情況と、己の勘がそう告げている。エルドは確信した。
身を隠し、大鷲が地上に近づく機会をエルドは待った。
六万を超える連合軍と、魔物達の軍勢が地鳴りと共に眼前に迫り、タクボ達は決断を迫られた。街から退くか、残るか。
「エルドが帰ってくるまでだ!それまで出来るだけ食い下がろう
」
タクボの言葉に、チロル、ヒマルヤが頷く。シリス、カヒラやコリト警備隊員達も弓矢を構える。ロシアドは無言で戦場を見つめていた。
北門のヨハス以下、聖騎士団も臨戦態勢を整える。
その時、タクボの足元が小さく揺れた。当初は目の前の大軍勢の地響きと思ったが、その揺れは刻一刻と大きくなり、大きな横揺れとなって行く。
「何だこの揺れは?」
タクボは周囲を見回したが、回答は得られなかった。
「師匠!あれを見て下さい」
チロルの指差す方角を見た時、タクボは絶句した。
センブルクの歩哨は、自分にはもう驚く事は無いと思っていた。そう考える程、今回の戦争で何度も絶望を見てきたからだ。
だが、今目の前に広がっている光景は、これまで感じた絶望の更に外にあった。地面に亀裂が入り、その亀裂が地震と共に広がって行く。
地面が、いや大地が切り裂かれ二つに割れた。人間達を追撃していた魔物達の半数が、裂かれた大地の底に落下していく。
それは人間達も同様で、ニ千を超える兵士達が谷底に落ちた。その光景を、バタフシャーン一族の頭目は空から凝視する。
「何じゃ!?何が起こっておる?」
頭目は、目の前に起こった天変地異に冷静で居られなかった。隣のべロットも言葉を失っている。
双頭の大鷲の群れが亀裂の中に急降下する。谷底に落下した仲間を救出に向かう為だ。大鷲達が亀裂の中に入った瞬間、また地震が起こり、裂かれた大地が再び元に戻った。
その光景を目にした者は、誰もが言葉を失い、その場に立ち尽くした。裂けた大地に落ちた者達は、外に出る機会を永遠に絶たれた。
「一体誰の仕業じゃあ!!」
頭目が髪を乱しながら絶叫した。連合軍に止めを刺す魔物達の半数が、一瞬で失われた。
「ルトガルよ。あんな真似が出来るのは、ルトガル以外に居ないわ」
地上を見下ろす頭目の背後から、女の声が聞こえた。ここは大鷲の背の上であり、空の中だ。孫のべロット以外、誰かがいる筈が無かった。
髪を乱したまま、頭目は後ろを振り返った。声の主は魔族の少女だった。白いローブを纏い、頬にはそばかすがあり、年齢は十二、十三に見えた。茶色い髪を三つ編みにし、足を組みながら大鷲の背に座っていた。
頭目は少女の姿を見た瞬間、大鷲の背を蹴り空中に身を投げた。落下しながら手にした角笛を吹く。
すると、近くを飛行していた別の大鷲が頭目の下に飛び込み、頭目は大鷲に着地し飛び去っていく。
「ちょっ、えええ?仲間残して、あんなに堂々と逃げる訳?」
飛び去っていく大鷲を、少女は呆気に取られ眺めている。
「やられたなメーシャ。お前が油断したからだぞ。まだまだ子供だな」
メーシャと呼ばれた少女の隣に、もう一人白いローブを纏った者がいた。波打った黒髪が風に揺れている。
「うるさいわねトロッコ!最年長のおじさんは黙ってて!」
最年長と言われ、トロッコと呼ばれた男は言葉に窮した。顔を歪め、不本意な表情になる。
「うるさいぞこのガキ!俺はまだ四十八だ!前中央裁行部が全滅して、急に組織の平均年齢が下がったのは俺のせいじゃないぞ」
メーシャとトロッコは、互いに広角を上げ言い合う。その様子を、べロットは固まったまま見るしかなかった。
「黄色い髪のお兄さん。貴方頭目?それとも孫のほう?ちなみに頭目の方は、抹殺命令が出てるんだけど」
そばかすの少女は、急にべロットを見た。べロットは必死に自分に言い聞かせた。ここからは言葉一つ誤ると命を落とすと。
「······孫です。私は頭目の孫のべロットと申します」
「そう。じゃあ、さっき逃げたのが頭目ね。孫見捨てて逃げるなんて最低。あ、貴方は丁重に拘束するようにと、アルバ議長から言われているわ」
逃げた頭目が幸運なのか。これから捕まる自分が不運なのか。黄色い髪の青年は、正しい答えが分からなかった。
突然起こった天変地異に、人間も魔物もすぐに次の行動に移れなかった。その両軍の目の前に、白いローブを纏った者達が並び立つ。
その数三十人。その内の一人、白いローブの下に青い魔法衣を身に着けた男が、一歩前に進み出る。
「ルトガル。我々の仕事も残して置いてくれよ」
ルトガルと呼ばれた青い魔法衣の男は、指で口元の髭を掻き苦笑した。
「努力しよう」
魔物達は本能的に悟った。自分達を襲った敵は、この白いローブの集団だと。敵を認識すると、魔物達は一斉にこの集団めがけて突撃する。
ルトガルが愛用の杖を空に掲げる。杖から光の玉が飛び出し、空に浮かんだ。その光の玉は時間と共に大きくなり、円周に雷を発生させる。
魔物達は、その光の大玉に一瞬気を取られた。それはまるで、太陽がもう一つ目の前に出現したかのようだった。光の大玉は、強烈な光を放った。
視覚のある魔物達は、その光に視力を一瞬奪われた。光の大玉から、無数の雷撃が地上に降り注いだ。
魔物達の断末魔の絶叫は、爆発音でかき消された。黒の傭兵の甲冑も、一角獣の頑強な皮膚も、ゴーレムの巨体も、この雷撃の前には無力だった。
光の大玉は、雷撃を放つ度に形を小さくしていき、やがて消えて無くなった。突然現れた太陽が消え去った後に、魔物達の死体の山が築かれた。
大地の亀裂の谷底から行き残った魔物達は、この雷撃で二割が即死した。そして三割が戦闘不能の傷を負った。
「大分魔力を使ってしまった。後は頼めるかな?」
二つの魔法だけで、二万余の魔物を屠ったルトガルが仲間達に振り返る。仲間の一人から、冷やかしのような言葉が飛んだ。
「ルトガル。君の通り名が色褪せてしまうぞ。いいのか?」
ルトガルに先制攻撃を許した者に、生き残った者無し。仲間に戦場での通り名を言われ、ルトガルはため息をついた。
「その通り名を廃れさせるいい機会だ。私は非力な人間だと言う事を忘れないでくれ」
ルトガルが大袈裟に肩をすくめた。それを合図にしたかのように、二十九人の賢人達が抜刀して行く。
長剣、大剣、槍、斧、魔法石の杖と、各自愛用の武器を構える
。太陽の光が武器に反射し、彼等を見る者は眩しさに目を細めた
。
「アルバ議長の厳命だ。五人一組の隊列を崩すなよ」
賢人の一人の声が、開戦の狼煙となった。青と魔の賢人達は、五人一組の小隊を六つに分け行動する。
目の前の敵は、地割れと光の大玉の雷撃から生き残った八千の魔物達。各国の連合軍は、三万の魔物達の奇襲と、目の前の天変地異を目撃し完全に戦意を失っていた。
連合軍は崩壊し、四方に散って行く。八千の魔物達も、連合軍に構っている暇は無かった。目の前の三十人を血祭りに上げる為に、全力で牙を剥く。
その戦況を、エルドは馬を駆りながら冷静に見つめていた。バタフシャーン一族の頭目が大鷲から大鷲に飛び移った瞬間を、エルドは見逃さなかった。
逃げ惑う連合軍の兵士を巧みに避けながら、エルドは暗殺すべき標的を追跡する。
一羽の大鷲が、戦場から距離を取り飛行している。大鷲の背に乗る頭目は、白いローブの集団が現れた方角を、忌々しそうに見る。
「おのれ賢人共め。奴等に相応しい相手を、これから用意してやるわい」
頭目は角笛を手にし、殺意を込めて吹いた。
八千の魔物達が、怒涛の如く賢人達に向かって行く。魔物の先頭集団に、三人の賢人が切り込んだ。
賢人バッハルは、細めの長剣を恐ろしい程の速度で振り抜き、二体の黒の傭兵の首を同時に切り飛ばした。
賢人ロールハックは、両手で槍を旋回させ、強烈な突きを連続で繰り出す。黄泉の衛兵と砦の尖兵は、剣を振る間もなく胸を突かれ倒される。
賢人シーナットは、大柄な身体と逞しい両腕で、長い棒状の武器を両手で操り、魔物達に叩きつけていく。一角獣は、頭部に長棒が直撃し眼球が飛び出し即死した。
三人が武器を振るう度に、魔物の首が飛び、腕が切断され、胴体が二つに分かれた。それでも魔物達は数に任せて三人を包囲しようと試みる。
だが、三人の後方に回り込もうとした魔物達は、黒い光の鞭を身体に刻まれた。三人の後ろに控えていた賢人、メイトスとブラームズの二人は、漆黒の鞭を操り、魔物達の包囲を許さなかった
。
更に五人の賢人が、風の呪文で空から戦況を伺っている。後方の魔物達が迂回行動を取った。地上の賢人達を側面から襲う為と思われた。
空の賢人達は、攻撃範囲が広い爆裂の呪文を唱え、怪しい動きを見せた魔物達を吹き飛ばす。危険の芽を事前に摘み取る事によって、地上の賢人達は前方の魔物達に集中する事が出来た。
太陽が真南に位置し正午になった頃、魔物達は積み上げられた仲間の死体に邪魔され、思うように進めなくなった。
通常魔物は息絶えると硬貨に変わるが、この戦いに投入された魔物達は、かなり時間が経過しないと硬貨に変わらなかった。
これは、連合軍に対して数が劣る魔物達の対策でもあった。魔物の死体を壁とし、連合軍の足を鈍化させる。頭目はその為に、魔物達がすぐに硬貨に変わらないよう調整を施した。
だか、賢人達に対しては完全にその対策が裏目に出た。仲間の死体に足を止められ、賢人達に一息つく時間を与えてしまった。
その光景を歯ぎしりしながら、頭目は睨みつけていた。頭目には確信があった。賢人は神では無い。
剣を振れば体力を使い、魔法を唱えれば魔力を消費する。八千の魔物達は三割が倒されたが、その代償として賢人達を消耗させた筈だった。
「······化物共め!しかし、そろそろ頃合いじゃのう」
頭目は角笛を再び吹く。賢人達の戦況に没頭する余り、自分が乗る大鷲を追ってくる一頭の馬に、頭目は気づかなかった。
正午を少し過ぎた頃、魔物の半数が戦場から移動した。その向かう先は小さな街であり、頭目の角笛による指示だった。
賢人達は街が襲われるのを静観するか、阻むか。もし上手く行けば、賢人達を分散させる事が期待出来た。
ニ千を超える魔物達が奇声を上げ街の北門に殺到して来る。タクボは北門の壁上から指示を出す。
「警備隊員は弓の用意だ!ヨハス達が討ち漏らした魔物達が壁に来るぞ!」
タクボは目の前で起きた地割れと、大玉の雷撃に関して深く考えなかった。理解出来ない事に時間を割いている余裕は無く、眼前の魔物達に対処する事で精一杯だった。
ヨハスは聖騎士団を二つに分け、故意に街の正面の道を開けた
。魔物達はその通り道を進み北門に接近する。
「今だ!魔物達を挟み撃ちにせよ!」
ヨハスの号令と共に、魔物達の側面に聖騎士団が突撃する。だが、数十体のゴーレムが身を投げ出し、聖騎士団に突っ込んだ。
「うわああ!」
飛び込んできたゴーレムの巨体に、何人もの兵士が吹き飛ばされ、下敷きなった。ゴーレムの巨体が横たわり、聖騎士団は思うように進めない。
「おのれ小細工を!ゴーレムに構うな!魔物達を街に近づけるな!」
ヨハスが先陣を切り、魔物に斬り込んで行く。だがゴーレムの妨害の隙に、魔物の一部が北門に取り付こうとしていた。
「な、何百体いるんだよコイツら!?俺達だけじゃ勝てっこない!」
コリトが大汗をかきながら絶叫する。隣のカヒラも顔を歪めている。
「喋っている暇があったら応戦して!門が破られたら終わりよ!
」
シリスが矢を構えながら、コリトに負けない声量で叫ぶ。シリスの放った矢は、北門を壊そうとする砦の尖兵の首を射抜いた。
「······まずい。数が多すぎる」
タクボは事態の深刻さに慄然とした。こうなると、魔力が尽きるまで、北門に群がる魔物を攻撃するしか手が無い。
タクボが杖を構えた時、北門を破壊しようとした黒の傭兵が突然炎上した。全身を火に包まれた傭兵は、味方の列に倒れて行く
。タクボはまだ、呪文を唱えてはいなかった。
「師匠!空が!」
チロルの指差す方向をタクボは見上げた。空には、巨大な炎の天井が広がっていた。




