血生臭い再戦は、朝食の後に行われる。
小さな街の壁上では、朝靄が立ち込め視界を遮っている。秋も深まって来たせいか、朝の気温は、一日ごとに下がって行くように感じられた。
全身に黒い衣服を身に着けた少年が、腰を降ろし足元に地図を広げている。その地図を囲うように、革の鎧を身に着けた男と少女、長い帽子を被った少年が、地図を注視していた。
「なる程。エルドの話では、緒戦は痛み分けと言う所か」
使い古した革の鎧を身に着けたタクボが、安物の魔法の杖を握りながら口を開く。前日の人間と魔物の戦いを、エルドは馬に乗りながら、つぶさに観察していた。
戦いは一進一退の後、ゴーレムの出現から人間達の総崩れかと思われた。だが、トワイス軍の中央突破により、魔物達は二つに分断された。
十カ国の決死の反転攻撃で、魔物達の半数を倒し、魔物達は後退した。だが、十カ国の軍も消耗、疲労ともに著しく、それ以上は追撃出来なかった。
日も暮れて、両軍は互いに距離を置き後退した。エルドは、両軍夜襲が無いことを見届けて、街の壁上に戻った。
「今日再戦するとしても、双方決め手に欠けるのではないか?」
甲冑を身に着けず、平服のヒマルヤが呟く。ヒマルヤは、タクボが勧める革の鎧を丁重に拒否していた。
「ヒマルヤの言う通りだね。このままだと、両軍消耗戦になる気がするよ」
エルドが両腕を組み、ヒマルヤの言葉に頷きながら、別の事を考えていた。ウェンデル達は、隣町まで無事に進んでいるだろうか。
あの正義馬鹿の事だ。不安がる住民達を、笑顔で励ましている事だろう。
「青と魔の賢人達は、いつ来るのでしょうか?」
師匠とお揃いの革の鎧を装備しているチロルが、落ち着かない様子で話す。このそわそわした感じは、空腹になった時の合図だ
。師であるタクボは気づいていた。
「エルド、皆。マルタナさんが朝食を作ってくれたわ」
シリスが階段から顔を出し、四人に食事の用意を伝える。シリスの後ろから、ロシアドも姿を見せた。
「師匠!取り敢えず、腹が減っては走り回れぬ、ですね!」
育ち盛りの胃袋は、待望の時を迎えようとしていた。チロルは今にでも駆け出しそうだ。
「チロル。その諺は間違っているぞ。腹が減っては一騎打ちが出来ぬ、が正しいぞ」
ヒマルヤが大仰に指を立て、チロルの間違いを諭そうとした。
「······二人共不正解だ。もっと教養を身につけなさい」
ロシアドが二人の後ろから、間違いを指摘する。チロルはきょとんとし、ヒマルヤは赤面している。
「ロシアドさん。正しくは、なんて言うんですか?」
チロルが無邪気にロシアドを見上げた。
「正しくは······」
言いかけてロシアドは沈黙した。金髪の美青年は、なぜこの時口を閉じたのか、自分でも分からなかった。
「この戦いが終わったら教えよう。それまで二人の宿題だ。それまで考えなさい」
素っ気なく言い残し、ロシアドは階段を降りて行った。ヒマルヤは納得出来ないという表情だったが、チロルは朝食を我慢出来ず、直ぐにロシアドの後を追った。
カリフェース聖騎士団は、街の北側に陣を張っていた。聖騎士団長ヨハスは、テントから出て空模様を伺っていた。
「今日は晴れそうか?ヨハス」
ヨハスの後ろから、長身の男が酒を飲みながら話しかける。
「ああ。今日は良く晴れそうだ。両軍共に、絶好の戦日和だろう」
ボネットは酒を一口飲んだ後、相棒のヨハスを真剣な表情で見る。
「ヨハス。ウェンデルをカリフェースへ連れて行った後はどうするつもりだ?オルギス皇帝の偉業に倣い、世界征服でも始めるか
?」
ヨハスは友人の意外な質問に眉をしかめたが、ボネットが意外に真面目な顔をしていたので、返答しない訳には行かなかった。
「ボネット。お前はオルギス教典は一読しているか?」
「あの無駄に分厚い教典か。お前がうるさく言うから、仕方なく読むは読んだぞ」
ヨハスは振り返り、ボネットの正面に向き合った。
「あれは、オルギス皇帝の表向きの姿を書いてある教典だ」
いつもの穏やかなヨハスの両眼が、冷徹な物に変わる。オルギス教典。それは、オルギス皇帝の半生を、壮麗絢爛に綴った英雄記だった。
教典の半分は、オルギスの出生から世界統一までの物語に費やされている。だが、その教典には、オルギスの裏の顔は記されていなかった。
教団には、オルギスの闇の部分が綴られた教典が存在した。一般の信者には存在すらも知らされず、教団幹部でも数える程の者しか目にできない禁書だった。
「なる程。闇の教典と言う所か。まあ、聖人君子に世界統一など無理な話だ。相当に後ろ暗い事に、手を染めていたか」
ボネットは千年前の皇帝にさほど興味は無かった。知りたいのは、ヨハスの今後の行動だった。
「······闇の教典か。いい得て妙だな。その闇の教典に、ある島の名が記されている」
ヨハスはボネットの言に苦笑した後、急に沈んだ声色になる。
「島か?」
「ガジスト島。裏の教典には、呪われた島と書かれている」
ガジスト島。大陸の西に浮かぶ大小二百ある内の島の一つ。オルギス皇帝の覇権が唯一及ばなかった島だった。
オルギス皇帝は、朝貢の命に従わないこの島を、三度遠征した。壮絶な戦いが続いたが、遂にこの島を落とす事が叶わなかった。
オルギス皇帝の配下には、十英雄と呼ばれる建国の功臣達がいた。その十英雄が、三度の遠征で半数が命を落とした。
オルギス皇帝は、鬼の形相で島を睨み、支配を断念したと教典には綴られていた。
「ほう。なかなか骨のある連中のようだ。だが、その島がどうかしたのか?」
世界征服者に屈しなかった島に、ボネットは感心した様子だった。
「······ガジスト島の民達が、もし皇帝の剣の事を知ったら。我々教団に、千年前の恨みを晴らしにくるかもしれん」
ヨハスは西の方角を向いた。その先に、皇帝の剣を甦らせた青年が、住民達を護衛している筈だった。
「千年前の報復か?しかし考え過ぎでは無いか?当時の関係者など、一人も残っておらんだろ」
ボネットの言う通りだった。しかし、オルギス教団は千年続いてきた。では同様に、ガジスト島の民達が千年の間、怨恨を語り継いでいたとしても不思議では無い。ヨハスはそう考えていた。
「ボネット。私は世界征服など興味が無い。あるのは、教団の発展と繁栄だ」
ヨハスは穏やかな表情に戻り、友人に笑みを見せた。それを見たボネットも、それ以上は聞かなかった。ヨハスの後ろから射す朝日の光に、ボネットは目を細めた。
日が登り始めた頃、人間と魔物の再戦が始まろうとしていた。戦場は小さな街から北東の位置だった。
トワイス国が帰国した為、九ヶ国になった人間達は、ここに来て全軍連携を組んだ。
負傷者を後方に移しても、全軍の兵力は尚五万ニ千を有し、整然と陣形を組む。対する魔物達も双頭の大鷲が五百羽、黒の傭兵が二千、冥府の一角獣が五千、ゴーレムが千五百残っていた。
再戦の火蓋は、双方遠距離攻撃から切られた。人間達から弓矢と火炎の呪文が、魔物達からは、弓矢と雷撃、ゴーレムの投石が放たれる。
爆発音と石が落ちる音が、各所で起こる。九ヶ国連合軍は、魔法と物理の障壁を張り、魔物達の攻撃を防ぐ。
魔物達は乱戦に勝機を賭け、突進して距離を詰めて行く。連合軍の最前列には、各国が雇った冒険者達が待ち構えていた。
「さあ!魔物狩りだ!」
歴戦の熟練者達が武器を振り上げ、魔物達に襲いかかる。練達の頂に到達した戦士ザックは、巨大な戦斧を持ち上げる。
ザックが戦斧を振り下ろす度に、魔物達の首が吹き飛んだ。黒の傭兵が、隙だらけになったザックの背後を槍で突こうとする。
たが、それはバレンタによって阻止された。女将軍と異名を持つバレンタは、金髪の髪を揺らし、銀の槍を黒の傭兵の首元に突き刺す。
ザックとバレンタに一角獣が雷撃を放つ。殺意の閃光は、魔法障壁に当り四散する。魔法使いにしては、逞しい身体をしたジムニが、素早く風の刃の呪文を唱え、一角獣と狩人を八つ裂きにする。
冒険者達は、仲間達と互いの背中を守りながら戦った。それは冒険者達の生存率を引き上げ、魔物達の死亡率を上げた。
進撃を止められた魔物達の中央に、サラント軍が突入して行く
。サラント軍が誇る二十人の千騎長は、前日の戦いで十三人が戦死した。
行き残った七人は、弔い合戦と言わんばかりに、凄絶な表情で大声を上げ、魔物達に襲いかかる。
千騎長ハッパスは、自らが囮となりゴーレムを引き寄せ、部下にゴーレムの背中を攻撃させた。
千騎長チフニトは、麾下の兵力を百人単位で行動させ、ゴーレム一体に百人で一斉攻撃させた。
サラント軍の千騎長達は、完璧な連携の元でゴーレム達を孤立させ、各個に倒して行った。昨日は自分達が孤立させられ苦渋を飲んだが、今日は魔物達を分断させ、犠牲を強いていた。
再戦から二時間が経過した頃、魔物達は後退を始めた。後退はやがて退却になり、退却はすぐに無秩序な遁走に変わった。
魔物達がバラバラに散って行った為に、連合軍は組織的な追撃が出来ず、陣形を崩した。逃げ惑う魔物の一部が、南西に向かった。
「魔者がこちらに来るぞ。エルド。数は分かるか?」
タクボが北門の壁上から、目を細めてこの街に進んでくる集団を見つめる。同じく北門に立つ警備隊員達も、緊張の表情に変わる。
「······ざっと八百って所かな。この街に逃げ込むつもりだね」
エルドが遠目を効かし、前方の魔物達を確認する。気が逸った隊員は、もう弓矢の準備をしていた。
「ヨハス達に任せよう。我々も援護の用意だ」
タクボは、北門の外に布陣しているカリフェース聖騎士団を見下ろした。聖騎士団の先頭に騎乗している白髪の男が、右腕を上げる。
「魔物達は少数だ。手元に引き寄せ、包囲殲滅する」
ヨハス率いる聖騎士団が、半月状に広がっていく。魔物達は街の北門を目指し真っ直ぐに突進して来た。
「突撃!」
ヨハスの号令の元、七千の聖騎士団は一斉に動き出す。半月状に広げた陣形を、一つに畳むように変化させて行く。
その間に挟まれた魔物達は、左右からの同時攻撃に為す術が無かった。ヨハスは、先祖代々引き継がれてきた家宝の長剣を振り、黒の傭兵の首を切断する。
ボネットは背中に背負っていた大剣を抜き取る。逞しい右手に握られた大剣の刀身は、黒かった。
ボネットは、黒の大剣を片手だけで軽々と振り下ろす。その一振りで、霧の狩人の首と一角獣の首を同時に切り落とした。
「坊主!振り落とされるなよ。しかし、戦場にまで付いてくる事はなかろう」
ボネットは、馬上で自分の腰にしがみつく少年に声をかける。少年モンブラは、ボネットに同行すると言って聞かなかった。
「僕の事はお構いなく!僕はボネット様にこれ以上指図は致しません。ただ、貴方の行動を見届ける義務があるんです!」
モンブラは落馬しないように、必死にボネットにしがみつく。自分はこんなにも頑固な性格だったかと、モンブラは内心驚いていた。
小さな街に近づいた魔物達は、聖騎士団の挟み撃ちによって全滅した。他の魔物達も各々バラバラになって逃げて行く。
「······ここまでやるとはの。人間共、ほめてやるわい」
一羽の大鷲の背中での上で、バタフシャーン一族の頭目は呟いた。地上を見下ろすと、離散した魔物達を追撃する連合軍も、陣形が完全に崩れ分散していた。
「べロット。残りの在庫も全て投入しろ」
頭目は、向かいに座る孫に指示を出す。べロットは小さいため息をつき、黄色い髪を西風に揺らしながら角笛を吹いた。
センブルク軍の歩哨は、四方に逃げて行く魔物達を見ながら、連合軍の勝利を確信した。連合軍の隊列は乱れバラバラになっていたが、人間達の勝利は動かない筈だった。
西の平地に新たな魔物の群れを見た時も、歩哨はすぐに自分の目を信じなかった。否、信じたくなかった。
その群れの数は、時間と共に増えて行くように見えた。その数一万か、二万か。更に多いように歩哨には感じた。
「いい加減にしてくれ!まだ魔物達は余力を残していたのか!?
」
歩哨は絶叫した。バタフシャーン一族の頭目は、この戦いの為に、一族の在庫を全て用意していた。
前列に銅貨級魔物、砦の尖兵二万。後列に金貨級魔物、黄泉の衛兵一万。合計三万の魔物達が、疲労が濃くなり陣形が崩れた連合軍に、その刃を向けようとしていた。




