表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/95

退却する者、追撃する者、それを伺う者。

 少年ラストルは、魔物に包囲され窮地に陥っていた。まずい。少年は右手に握った剣を見てそう思った。


 包囲されている事が問題では無い。ラストルは逆境に追い込まれた時、手にした剣の刀身が光り輝く事があった。


 光を纏った刀身は、決まって砕け散ってしまう。兄の形見の剣を失い、この状況で丸腰になる訳には行かなかった。


「鎮まれ光!」


 ラストルは爆裂の呪文を唱えた。爆発音とと共に、ラストルの周囲にいた魔物達が吹き飛ぶ。包囲の一角が空き、ラストルはそこを疾走し、窮地から脱した。


 殿を務めた冒険者達は、多数の死傷者を出したが、その任を全うした。追撃してきた魔物達は、北の方角に移動して行った。


 ラストルは生き残った事に安堵し、負傷者の救出を手伝う。しばらくして、魔物達がサラント軍と戦闘に入ったと、他の冒険者が教えてくれた。


 それを耳にしたラストルは、主人を失い、戦場の跡を彷徨う馬に乗り、北に向かって走らせる。


 魔物達とサラント軍の戦場の中央に、ゴーレムは落下して来た。双頭の大鷲が運んで来たゴーレムは三千体。それが一斉に、地鳴りと共に大地に降り立つ。


 魔物と人間が入り乱れる場所に落ちた為、あるゴーレムは右足で黒の傭兵を踏み潰し、左足で人間の兵士を踏み潰した。


 十二メートルを超える巨体が動き出す。兵士達は、三千体のゴーレムの行進に圧倒され、歩みを止めてしまった。


「見た目に狼狽えるな!所詮ゴーレムなど土の塊だ!」


 千騎長ロザンは味方を鼓舞し、愛馬を駆りゴーレムに突進する。ゴーレムが右拳をロザンに振り下ろす。


 ゴーレムの拳は、炸裂音と共に土煙を起こす。ロザンは巧みに馬を操り、それを回避した。ロザンはゴーレムとすれ違い様に、ゴーレムの右足首に剣を叩き込む。


 ゴーレムの足首は半ば切断され、自身の身体を支え切れなくなったゴーレムは、その巨体を地に倒した。


 ロザンの勇姿に我を取り戻した兵士達は、

大声を張り上げながら、倒れたゴーレムに刃を突き立てる。


 ロザンの行動は、確実に兵士達の士気を上げたと思われた。その時、ロザンが愛馬を残し姿を消した。


 犯人は双頭の大鷲では無かった。ロザンはゴーレムの右手に掴まれていた。その右手は、土の色を帯びていなかった。


「······銀色のゴーレム?」


 ロザンを掴み上げたゴーレムは、他のゴーレムと違い、全身が鉄で出来ていた。鉄のゴーレムは、巨体にはあり得ない早さでロザンを狙い、掴み上げたのだ。


「······貴様がゴーレム共の首魁か」


 ロザンは全身を絞め上げられる苦痛に耐え、左腕で爆裂の呪文を唱えた。鉄のゴーレムの頭部に爆発が起きる。


 兵士達は、ロザンの反撃に歓声を上げたが、すぐにその声は収まった。鉄のゴーレムは眉間にひびが入ったが、何事も無かったようにロザンを握り潰す。


「ロ、ロザン千騎長!!」


 ロザンの部下達が絶叫する。千騎長ロザンは、叫び声を上げる暇も無く潰され即死した。


 鉄のゴーレムは、かつてのロザンだった身体を、無造作に放り投げた。そして他のゴーレム達を率い、人間達に襲いかかる。


「ロザンが戦死した!?」


サラント軍、リメルド大将は馬上で報告を受けた。千騎長ロザンは、将来サラント軍を統べる人材と期待されていた青年だった。


 貴重な逸材を失い、リメルド大将は歯ぎしりをする。凶報を伝えに来た兵士に、リメルドは前線の戦況を問い正した。


「はっ!ご報告致します。リメルド閣下が何者かに暗殺されました!」


 跪いていた兵士の言葉を、リメルドは一瞬理解出来なかった。その兵士が地を蹴り、リメルドの喉元に短剣を突き刺す。


「閣下!!」


 リメルドの周囲にいた近衛兵達が、狼藉を働いた兵士に斬りかかる。兵士は三人の刃を素早くかわし、馬に飛び乗り逃走しようとした。


 だが、近衛兵達が放った弓矢が兵士の背中に三本命中する。兵士は無言で落馬した。そこへ近衛兵が五人がかりで兵士を取り押さえる。


「······下弦の月一族!!」


 取り押さえられた兵士の手の甲に、月の入墨があった。バタフシャーン一族に雇われた最悪の暗殺者一族は、見事その大任を果たした。


 サラント軍の千騎長達は、魔物達に意図的に孤立させられていた。千騎長達は、単騎では勇猛果敢に魔物を打ち減らして行ったが、

味方から分断され、孤立無援の戰いを強いられていた。


 千騎長シーズアットは、槍と剣で三十五体の魔物を打ち倒した。だが槍は折れ、剣も三十六体目の魔物を切った時に砕けた。


 シーズアットは妻から護身用にと渡された短剣を手にし、一体のゴーレムと刺し違え息絶えた。


 千騎長バークレーは、最後の残った武器の弓矢を、正確に魔物の急所に当て倒して行く。だが弓矢が尽きた時、四方から突撃して来た四体の一角獣に串刺しにされた。


 千騎長ザイルは、自ら倒したゴーレムを盾にして魔物の攻撃を防いだ。機を見てゴーレ厶から踊り出て、魔物を槍で突き刺し、剣で切り払い、弓矢で射抜いた。


 だが体力の限界が訪れた時、一瞬の隙を狙われ、霧の狩人の矢で爆死した。一人、また一人と千騎長達は、次々と戦場に倒れていった。


「リメルド大将暗殺される!」


 劣勢に立たされたサラント軍に、絶望的な凶報がもたらされた。サラント軍の戦線が崩壊したのは、正にこの時だった。


 兵士達の動揺は絶望に変わり、絶望は兵士達から戦意を根こそぎ奪った。兵士達は吾先にと戦場から逃げ始めた。


 後から戦場に到着時した二カ国の軍も、ゴーレム達に陣形を分断され、各個撃破されていた。


 サラント軍と二カ国の軍隊が、東の方角に総退却を始める。戦場は、魔物達の一方的な殺戮の場となった。


 東に向かって逃走する軍隊の中に、逆方向に駆ける騎影があった。その一騎は、逃げ惑う兵士達をかき分けるように西に疾走する。


 馬を駆るのは、まだ少年だった。少年は紺色の髪を風に揺らしながら、視線の先に目標の相手を定める。


 ラストル少年の狙いは鉄のゴーレムだった。他のゴーレム達を率いている頭を倒せば、まだこの戦いに勝機は残っている。少年はそう信じていた。


 幸い、鉄のゴーレムは魔物達の先頭にいた。ラストルは敵に幻を見せる、幻影の呪文を唱えた。


 数体のゴーレムが呪文にかかった。幻を見たゴーレムは、目の前の人間に巨大な腕を振り下ろす。だが、それは標的である人間では無かった。


 振り下ろした拳は、鉄のゴーレムの右足首に鈍い音と共に命中した。鉄のゴーレムはバランスを崩し、全方にその巨体を倒した。


 ラストルは馬から飛び降り、鉄のゴーレムの後頭部に取り付く。その太い首に、至近から爆裂の呪文を唱えた。爆音と爆風が起こり、首に亀裂が生じた。


 ラストルは両手で剣を振り上げ、亀裂に斬撃を叩き込む。鉄のゴーレムが苦痛の奇声を上げる。


「······浅い!」


 鉄のゴーレムの首は、ラストルの斬撃により半分近く切断された。だが鉄のゴーレムは両腕を立て、立ち上がろうとする。


 ラストルは後方を一瞬だけ見た。幻影の呪文にかかった数体のゴーレムが同士討ちをしているが、ラストルに気づいた別のゴーレムがこちらに向かって来る。


 その時、ラストルが手にした剣の刀身が光り輝く。ラストルは選択を迫られた。兄の形見の剣を犠牲にするか、剣を携え退却するか。


「······ごめん、兄さん!」


 ラストルは光の剣を、鉄のゴーレムの首に振るう。その衝撃で、兄の形見の剣は砕け散った。その代償に鉄のゴーレムの首は切断され、頭部は中腰になっていた鉄のゴーレムの前に落ちた。


 鉄のゴーレムの敗北に、他の魔物達から動揺の奇声が起こった。ラストルは素早く馬に戻り、東に向かって駆け出した。


「ゴーレムの首魁は倒しました!今、魔物達は動揺しています。今こそ反撃の好機です!」 


 ラストルは逃げ惑う兵達に、声の限り叫んだ。だが恐慌状態の兵士達に、少年の声に耳を傾ける者は居なかった。


「······そんな!今しか反撃の機会は無いのに」


 兄の形見の剣を、犠牲にした成果は報われなかった。十五歳の少年は己の無力感に苛まれながら、後方を一度だけ振り返った。


 小さな街の北側に集結した十ヶ国の連合軍総兵力十二万は、四万余の死体を戦場に残し、東に向かって総退却を始めた。


 全ての軍が同じ方向に逃げた為に、十カ国の軍隊は皮肉にも一つにまとまった。一方、人間達とは対照的に一致団結している魔物達は、容赦ない追撃を行う。


 逃げる人間達、追う魔物達。遠目からみると、それは二本の長い線が続いているように見えた。丘陵地帯の高台から、その光景を眺めている男がいた。


 トワイス軍フィンド中将は、額の汗を拭いながらそれを見ていた。


「フィンド中将。魔物達の隊列は、細く長く伸びています。敵中央を分断出来る好機です!」 


 フィンドの後ろに控えていたルシンダが、今にも敵中に突撃しそうな勢いで、中将に進言する。


「まだ早い。我々が動くのは、魔物達の隊列がもっと長く伸びた時だ」


 フィンドは振り返らず、前方を見たまま答えた。ルシンダは顔を不満そうにしかめる。


「中将。ですがこのままだと、連合軍の被害が更に大きくなります」


 目にかかる前髪を払い、ドネルはフィンドに忠告する。事実、退却する人間達の最後尾は、魔物達に良いように狩られていた。


「我々の兵力では、今突撃しても大きな効果は期待出来ない。だが、中央突破が成功し敵を分断出来れば、この戦い、まだ勝機は残っている」


 自信の無い言い様だったが、フィンドは言い切った。伸び切った魔物の隊列を分断し、二つに別れた魔物達を各個撃破する。


 言い換えれば、人間達に残された勝機は、最早それしか残されていなかった。だが、この勝機には一つ条件があった。


 フィンド率いるトワイス軍が、敵中央を分断した時、それに連動して各国の軍が一斉に反転攻撃する必要があった。


「ドネル。一つ頼まれてくれるか?」


 フィンドは、緑色の甲冑を纏った美青年に声をかける。フィンドの意図を、各国の軍に伝えなければならなかった。


「はっ!承知致しました!」


 言うが早いか、ドネルは愛馬の腹を蹴り、颯爽と高台から駆け下りていった。


「ルシンダ。我々も、いつでも突撃出来る位置まで移動する」


「はっ!」


 ルシンダは長い黒髪をなびかせ、兵士達に移動を命令する。この絶望的な状況下に置いて、ルシンダもドネルも恐れを抱いていなかった。


 ルシンダとドネルは知っていた。この気弱そうな小柄な男が、いくつもの奇跡を起こしてきた事を。


 

 日が沈みかけた頃、必死に逃走する人間達を追う魔物達の陣形が崩れ始めた。魔物達の隊列は、細く長く伸び切っていた。


 その瞬間を、戦況を凝視し続けていたフィンドは見逃さなかった。


「我が軍はこれから敵中央を突破し、敵を分断する!私に続け!」


 夕日の残光を浴びながら、トワイス軍三千が動き始める。トワイス国は駿馬の産出国として有名だった。今回の出兵は三千と少数だが、兵士達は全て騎兵の為、機動力が群を抜いていた。


 魔物達は逃げる人間達を、背中から狙う事に夢中になり、北側から現れたトワイス軍に気づかなかった。


「四列縦陣!このまま突っ込め!」


 フィンドは自軍を棒状の陣形に組み、敵中央に突入した。その光景を俯瞰すると、縦に伸びた細い棒に、左から槍が突き刺さるように見えた。


 フィンドは馬上から細身の剣を振るい、黒の傭兵の右肩を切った。勢い余って剣を落としそうになり、必死に馬にしがみつく。


「中将!ご自分の技量を自覚して無理をなさらないで下さい!我々が迷惑します」


 容赦無い物言いで、ルシンダが上司を叱責する。ルシンダは長槍を右に左に繰り出し、魔物達を仕留めていく。銀色の神官衣が、返り血で赤く染まっていく。


 突然の側面からの攻撃に、魔物達はなす術無く倒されていく。トワイス軍は、魔物達の中央を見事に突破した。


「全軍反転!もう一度敵中央を突破する!」


 フィンドが汗を手で払い、大声で命令を下す。トワイス軍は一糸乱れぬ陣形で、再び魔物達の中央に突撃する。


 二度の中央突破で、魔物達の隊列は完全に分断された。その時、分断された魔物達の先頭集団に異変が起きた。


 それまで逃げ惑っていた人間達が、反転攻撃をして来たのだ。八万の軍勢が、分断された魔物達に復讐の刃を突き立てて行く。


 トワイス軍は敵中を突破した後、そのまま戦場から離脱していた。一頭の馬がトワイス軍に合流する。


「ドネル。良くやってくれた。君が将軍達を説得してくれたお陰だ」


 大任を果たしてくれた部下を、フィンドは笑顔で迎えた。


「口先三寸で言いくるめました。ですが正直、将軍達が動いてくれる自信はありませんでした」


 ドネルは安堵した様子で、端正な顔を緩めた。


「ドネルは口が上手いわよね。特に女性を口説く時」


 ルシンダが皮肉っぽく僚友を褒め称える。ドネル本人は、涼しい顔をして否定しない。


「ですが中将、我々はこのまま離脱してもよろしいのでしょうか?」


 端正な顔をした貴公子の言葉に、フィンドは頷く。


「寡兵の我々に、これ以上出来る事は無いよ。出兵命令の義理は果たした。我々はこのまま帰国する」


 仮にこの後、魔物達に勝利したとしたら。第一の功績をみすみす手放す事になる。ルシンダとドネルはそう思ったが、二人は分かっていた。


 二人が見つめる小柄な上司は、そんな事を望んでいない事を。


「さあ。我々の国に帰ろう。皆で」


 夕日に顔を紅く染めたフィンドは、部下達に振り返り、頼りない表情で命令を下した。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ