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人生は、避けられない難事に出会う時がある。

 小さな街の町長、バッサムは朝から落ち着かなかった。今朝、ウェンデルと名乗る冒険者の訪問を受け、信じられない話を聞いたからだ。


 ウェンデルの名はバッサムも知っていた。安い報酬で、貧しい村々を魔物や盗賊から救うウェンデルは、既にこの地方で英雄視されていた。


 バッサムはこの英雄に、最初から好意的だった。だが、ウェンデルは茶飲話に来訪した訳では無かった。その内容は、この街の存亡に関わる事だった。


 人間と魔物、双方の大軍勢がこの街の近くで戦争を起こす。突拍子もない話に、バッサムは素直に信じられなかった。


 ウェンデルはこの戦争の背景を町長に詳しく伝えなかった。重要なのは、町長に事実だと認識させる事だった。


 町長はウェンデルの進言に従い、冒険者を雇って街の周辺の偵察に向かわせた。街に戻った六人の冒険者達から、揃って同じ報告がなされた。各国の軍隊が陣を張って駐留していると。


 報告を聞いてバッサムは恐慌状態に陥りかけたが、ウェンデルは力強く町長に断言した。自分の信頼する冒険者が、この事態を打開してくれるかもしれないと。


 一時間後、ウェンデルは冒険者の男を町長室に連れて来た。仕事が全く手に付かなかったバッサムは、狂喜して来訪者を出迎えた。


「ウェンデル君!彼がこの難局を打開しくれるかもしれない冒険者か!?」


「その通りです。バッサム町長。彼が何とかしくれるかもしれない魔法使いです」


「······初めまして。タクボと申します」


 ウェンデルの微妙な紹介に、タクボは気分が余り良くなかった

。だが、何分時間が惜しい。タクボは気分を切り替え、机の上に地図を広げた。


「この街周辺の地図です。各国の軍隊は街の北にある丘陵地帯に留まっています。つまり、ここが戦場になるでしょう」


 バッサムの額から、汗が流れ落ちる。タクボの説明は、偵察を依頼した冒険者からの報告と一致している。その戦場は、この街のすぐ側にあった。


 タクボは続ける。この街が危機に陥る可能性を上げていく。一つは戦場が広がり、この街まで移動した時。もう一つは、敗走した軍隊が、この街を利用しようとした時。


「······利用とは?」


「この街にも、街を囲う壁があります。ここに逃げ込み、砦として使用される恐れがあります」


 バッサムの質問に、タクボが丁寧に答える。街が軍隊に占領される。町長は想像しただけで身の毛がよだつ。


 街の住民達を隣の街まで避難させる。タクボはそれが最優先事項だと町長に言う。隣の街まては一山越えなくてはならなかった


 行路が近道だが、軍隊に封鎖されている可能性が高い。遠回りだが迂回して山を越えたほうが安全だとタクボは付け加える。


「······なる程。道理でここ数日、隣街からの商隊が途絶えていた訳だ。行路は既に、封鎖されていると考えたほうが良さそうだ


 バッサムの顔色は、刻一刻と青ざめて行く。タクボの言う住民達の避難には、大きな問題があった。


 只でさえ、街の外は魔物や盗賊の危険がある。行路を外れて行けば、その危険は更に高まる事になる。


「冒険者を雇い、住民達の護衛につけましょう」


 タクボの提案に、バッサムはうなだれる。冒険者に報酬を支払う冒険者職業安定所は、国の機関だ。つまり、大元は国庫から支払われる。


 報酬規定には、細かい定めがあった。今回の事態は、どの規定項目にも該当しない。該当しない以上、冒険者達に報酬を渡せないと言う事だった。


 バッサムは苦悶する。偵察の報告には、この街が所属する国の軍旗もあった。にも関わらず、軍隊からも王都からも、この街には何の知らせも報告も無い。


「恐らく忘れているのでしょう」


「······忘れている?」


タクボの言葉に、町長は口を開けてポカンとしている。各国の今回の出兵は、余りにも突然で、性急過ぎた。多分、兵士や将軍達は訳が分からないまま行軍して来たとタクボは断言した。


「町長。冒険者達への報酬は、これを使って下さい」


 タクボが大きな袋を机の上に置いた。重量感のある音が机に響く。タクボが袋を開けると、中には大量の金貨があった。


「ここに金貨二千枚あります。これを冒険者の報酬にして下さい


 大口を開けて固まる町長と、眼球が飛び出すと思われる程両目を見開いたウェンデルが、練達の頂きに達する魔法使いを凝視していた。


 町長室は、静寂に包まれた。



「あの守銭奴が身銭を切って街に寄付した!?嘘でしょう?絶対何かの間違いよ!」


「私もこの目で見たが、未だに信じられん!天地がひっくり返っても、あり得ん事だ!」


「二人共落ち着いて!タクボの事だ。絶対裏があるよ。後で倍にして返せって町長を脅しているんじゃない?」


 マルタナ、ウェンデル、エルドの三人は、昼食を〔朝焼けの雫〕で摂っていた。タクボの乱心とも言える行為に、三人は冷静で居られなかった。


「······お前ら。人の陰口は本人が居ない時に言え」


 マルタナの後ろに、噂の当人タクボが立っていた。


「タクボ。あなた気でも触れたの?大事な引退後の蓄えだったんでしょう?」


 タクボはため息をつきながら、暇人三人のテーブルに同席する。


「金など、死んだらあの世に持って行けん。先ずは生きる為に、出来る事をするだけだ」


 エルドとウェンデルは互いに顔を見合う。一体あの守銭奴は、何故こうも趣旨替えをしたのか。


 三人の疑問と疑惑と疑念を他所に、タクボは両腕を組み、紅茶色の髪の青年を見る。


「さっきヨハス聖騎士団長と会って話をつけてきた。ウェンデル。お前を売らせてもらったぞ」


 すました顔で、タクボは人権無視の発言をした。ウェンデルは珈琲を飲む手を止め、タクボを見返した。


 タクボは町長に金貨二千枚を渡した後、ウェンデルと別れ、ヨハスが泊まっている宿屋の部屋を訪ねた。


 ヨハスはタクボを歓迎した。ヨハスから見て、タクボはウェンデルから信頼されている人物と見たからだ。


「ヨハス聖騎士団長。貴方が率いる聖騎士団に力を貸して貰いたい」


 タクボはウェンデルに事前に確認していた。ヨハスは七千の騎士団を引き連れて、街の外に待機させている事を。


「ウェンデル殿の大切な街だ。我々も協力したい所だが、我々の目的はウェンデル殿をカリフェースへお連れする事なのだ」


 ヨハスは顎に指を添え、深刻に考える素振りを見せた。ヨハスの後ろにあるベッドに、ボネットが寝そべっている。ボネットは酒を飲みながら、二人のやり取りを眺めていた。


「ヨハス聖騎士団長。ウェンデルは真面目な男です。聖騎士団がこの街の為に戦えば、それを恩に感じ、貴方の要望を無下に出来ないでしょう」


 タクボは芝居がかった口調でヨハスに訴える。タクボとヨハスのやり取りは、下手な役者同士の茶番だとボネットは呆れた。


「······なる程。時にタクボ殿。我々が協力すれば、タクボ殿も我々に力を貸してくれるかな?例えば、ウェンデル殿を説得してくれるとか」


「勿論だヨハス聖騎士団長。微力ながら全身全霊を以ってウェンデルを説得しよう。何なら、エルドもおまけに付けよう」


 タクボとヨハスは、無言で握手を交わす。ここに、お互いに誠意と誠実さを欠いた口約束の協定が成立した。それは、言った覚えが無いの一言で崩れる、危うい協定だった。


 タクボが去った後、ボネットは酒臭い息を吐き相棒に忠告する


「ヨハス。あの男がさっきの約束通り、ウェンデルを説得すると思うのか?」


 ヨハスは胸のペンダントを指で掴み、静かな目でボネットを見る。


「分からんぞボネット。案外タクボ殿の説得で、ウェンデル殿はカリフェースに来てくれるかもしれん」


 それは、ヨハス自身にも確信があった訳では無かった。タクボという人物を見て、何となくそんな気がしたのだ。


「我が聖騎士団が街を守る為に血を流し、ウェンデル殿がそれを目撃する。姑息な手だが、彼の良心の呵責を利用させてもらう」


 ヨハスの両目から、いつもの穏やかさが消え、冷徹な策士の顔に変わっていた。ボネットは相棒を一瞥し、再び酒瓶を口に運んだ。



「······と、言う訳だ。ウェンデル、この戦いが終ったらカリフェースへ行ってくれ」


 タクボは軽い口調で、ウェンデルの肩を叩く。


「タクボ。それはあんまりだろう。私は王になる気も、カリフェースへ行く気も無いぞ」


「ちょっとタクボ。僕もつけるって、人をおまけみたいに言わないでくれるかな」


 ウェンデルとエルドが抗議する。タクボは面倒くさそうに手を振る。


「お前達が、カリフェースへ行けば万事収まるんだ。ケチケチするな。重要なのは、カリフェースへ行く事だ。それでヨハスとの約束は成立する。王になる事が嫌なら、観光でもして帰ってくればいい」


 タクボの不誠実な言動に、マルタナは呆れ返った。先日のチロルとの抱き合う光景に、涙した自分が情けなくなっていた。


 ともかく、午後には街に緊急避難の布告が出される。避難開始は、二日後とされる予定だった。


 チロル、ヒマルヤ、ロシアドが訓練から街に戻った時、小さな街の住民は騒然としていた。街の至るところに掲げられた布告は、住民達の日常をひっくり返す内容だった。


 小さな子供が、布告を見て青ざめている親を不思議そうに見上げる。何が書いてあるのか教えてとせがむ。親は子供を抱きかかえ、急いで荷造りする為に家に向かって駆け出す


「······皆、避難の準備を急いでいるみたいですね」


 チロルが、訓練で埃まみれになった髪の毛を手で掻く。


「うむ。住民達の避難が段取り良く進むと良いな。所でロシアド。そなた訓練では集中力を欠いておったぞ」


 ヒマルヤが、暗い表情のロシアドに文句をつける。金髪の美青年は、昨日から沈んでいた。


「ロシアドさん。組織からの連絡はまだ無いんですか?」


 チロルの質問に、ロシアドは黙って首を振る。青と魔の賢人の組織に置いて、新たな命令が無い限り、最初の命令を続行するのが決まりだった。


 ロシアドの任務は、勇者の金の卵チロルの観察、監視だった。それにしても事態が急変し過ぎている。


 ネグリット議長の死。各国の出兵。そして細菌兵器による虐殺計画。ロシアドは組織の中で、ただ一人取り残されているような感覚に陥っていた。


「全く、青と魔の賢人の組織と言う連中は、ロクな事をしない。私は前々から奴らが大嫌いだった」


 ヒマルヤを魔王の玉座に据えたのも、そこから引きずり降ろしたのも賢人の組織だった。ヒマルヤは組織に運命を翻弄された典型的な一人だった。


「だがロシアド。そなたは違うぞ。私はそなたが嫌いだ。そう思っている」


「······意味が分からないぞ。結局、組織も私も嫌いだと言いたいのか?」


 俯くロシアドは、目だけをヒマルヤに向けた。


「私の話を聞いていなかったのか?組織は大嫌い。そなたは嫌い。そなたには大が付いていない。これは天と地程の差があるのだぞ」


 ヒマルヤ少年の屁理屈に、金髪の美青年はため息をつく。


「つまり、ヒマルヤさんはロシアドさんが好きだと言う事です」


 チロルがロシアドの顔を除き込み、笑顔でヒマルヤの言葉の補足をした。ヒマルヤが血相を変えて、それは違うと叫ぶ。


 二人の子供に辟易したロシアドは、一足先に宿屋に戻った。白いローブと甲冑を外し、ベッドに倒れ込もうとした時、机に何かが置かれている事にロシアドは気付いた。


 手紙はアルバからの伝言だった。組織の使いの者がこの部屋に訪れたらしい。手紙には、これから起こる戦争の事が簡潔に記されていた。ネグリットや細菌の事については、一切触れられていない。


 ロシアドには、戦争の混乱からチロルを守るよう命令があった。手紙の最後には、新しい世界が近づいていると書かれていた。


「······新しい世界とは、細菌で人々を皆殺しにする事なのか?」


 ロシアドは、今まで信じてきた物が揺らぎ始めている事を感じていた。だが、今更信じた物を否定出来る程、自分は強くもない事も知っていた。


 静寂が支配する部屋で、金髪の美青年は自問自答を繰り返す。組織で称賛された明晰な頭脳も、アルバからのこの手紙も、ロシアドに正しい答えを教えてはくれなかった。

 



 

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