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知りたくも無い、真実を知るのが人生。


 死神は、甲冑を身に着けていなかった。黄色い長衣を着ている。裾は靴が隠れる程長く、袖口が大きく開き、黒く長い帽子のような物を被っている。胸には龍と思われる金色の刺繍が施されている。


 宮廷での礼服に見えるが、異国の装いだろうか。大柄なウェンデルより更に長身だ。手には刀身が細い長剣が握られている。死神は、長い眉毛を僅かに動かした。


「ふむ。聞いていた報告より、兵士の数が多いな。不測の事態という事かな」

 

 その声は、宮廷で同僚に挨拶でもしてるかのような口調だった。

 

 死神が周囲を見渡すと、敵兵士達は後ずさる。味方の半数を失ったのだ。しかも全て首を切断されて。完全に戦意喪失している

。それは、ウェンデルに同行して来たこちらの兵士も同様だった

。 


「その馬車の荷台にある箱が、例の物かな」


 

 サウザンドの片手から、無数の光の玉が現れ、光の玉が光線を描き、兵士めがけて信じられない速さで向かって行った。その光が兵士の身体に触れた瞬間、爆発が起きた。

 

 タクボが殺される予定だったこの小さい森は、その姿を変えた。四肢が吹き飛んだ人間と同時に、木々もなぎ倒された。黄色い長衣の死神の周囲を遮る物が何も無くなる。

 

「奴のは、光と爆裂を合わせた呪文。私のは魔法障壁の呪文だ」

 

 兵士は全滅した。敵も味方も両方。タクボが唱えた呪文で、マルタナと馬車は、辛うじて命を繋げた。黄色い長衣を纏った死神は、タクボを静かな目で見据えた。

 

「そなたはかなりの使い手だな。私の呪文を防ぐ障壁を張るとは」

 

「まぐれだ。運が良かっただけだ。それより魔王軍ナンバー2が、共も連れず単独行動とはなぜだ?」

 

 とにかく時間を稼ぐ。タクボは、この場から逃げる為、風の呪文を使うつもりだった。その為に、魔力を練る時間が必要だった。

 

「私一人で済む事を、何も不要な配下を連れて来る必要はあるまい。人的資源の浪費と言うものだ」

 

「なる程。出来る上司は言う事も、装いも違うな。所で相談なんだが、勇者の武器は、大人しくそちらに渡そう。その代わり、我々を見逃してくれないか?」

 

 サウザンドは、自身か纏っている黄色い長衣に手を当てる。

 

「この衣服か?やはりそなた等には、物珍しいかな。この装いは、遥か東の果ての国のものでな」

 

「魔族が、何故人間の衣服を身に着けるのだ?」

 

「魔族の甲冑は、装飾過美のものが多く、私の好みで無いのだ。衣服だけでは無いぞ。私は、人間の文化に強い興味を持っている」

 

 サウザンドの話が、妙な方向へ変わって行く。


「そうか。ならば、人間を滅ぼす事など止めて、共存の道を歩まないか?」

 

「ふむ。魔族と人間の共存か。興味深いな。

互いの文化を混ぜ合わせれば、我が魔族の乾いた感性に、潤いが生まれるやもしれん」

  

 この黄色い長衣を纏った死神は、本気で考えて込んでいるように見えた。

 

「ならば······」


「だが、それは未来の人材に託す事としよう。今そなた等を見逃す訳にはいかん」

 

「上司の。魔王の命令だからか?」


「違うな。青と魔の賢人の命令だからだ」


「あ、青と魔の賢人ですって?」

 

 マルタナが、信じられないと言う表情を見せる。

  

 青と魔の賢人。それは、安い酒場で安い酒に酔った冒険者が、口にするような与太話だった。この世界を支配しているのは、各国の国王でも、魔王でも無い。青と魔の賢人と呼ばれる集団だと。

 

「与太話では無い。青と魔の賢人達は、実在する」

 

 サウザンドは、語り始めた。

 

 その昔、ある勇者と、ある魔王が幾度と無く死闘を繰り返した。決着は着かず、戦う内に勇者と魔王は、心を通い合わせ始めた。お互いの種族を尊重し、共存共栄を実現し、戦いの歴史を終結させる。

 

 勇者と魔王は、それこそが自分達の使命と信じ、戦いを止め、それぞれの国に帰還した。

 

 だが、夢と希望は絶望に取って代わった。勇者は、国王の御前で捕縛された。罪名は、魔王軍との内通罪だった。家族を人質に取られ、成す術も無く断頭台に連行された。

 

 断頭台の刃が、降ろされる瞬間、死刑場で、爆発が起こった。煙が収まった時、勇者の姿は消えていた。勇者を死地から救ったのは、宿敵だった魔王だった。

 

 魔王も勇者同様、同族から裏切り者扱いを受け、魔王の称号を剥奪され追われる身だった。

 

 勇者と魔王は、この世界に絶望した。そして、この歪んた世界を、正さなければならないと誓った。

 

「それが、全ての始まりだ。当時の人間、魔族。その浅慮が招いた結果だな」

 

 サウザンドは目を閉じ、溜め息をついたように見えた。

 

 勇者の卵。魔王の卵。人間と魔族で、そう使われている言葉がある。文字通り、将来、勇者や魔王になる資質を持った人材を指して言う言葉だ。

 

 人間と魔族に絶望した勇者と魔王は、その卵達の捜索に全てを注いだ。それは、砂浜から一粒の砂金を探すような、気の遠くなるような作業だった。

 

 だが、勇者と魔王はそれをやって退けた。卵達を見つけ出し、保護、教育、鍛錬を施した。そして、現役の勇者、魔王に遜色無い人材に育て上げた。

 

 彼等は自分達を、青と魔の賢人と名乗った。勇者、魔王クラスか複数いる集団に、抗う事の出来る者は存在しなかった。人間にも、魔族にも。


「彼等が歴史を操り始めたのは、それからだ」

 

「操る?どう言う事だ?」


「そなたは、不思議に思った事は無いか?我が魔族と人間の争いを」

 

 魔王は倒されても数年に一度、必ずまた別の魔王が現れる。それを倒す勇者も同様に。

 

「同時期に、魔王や勇者が。言い方を変えれば、その力を持った者達が、複数存在してもおかしい事では無いと思わぬか?」

 

「······まさか?管理されていたとでも言うのか?その集団に?」

 

「その通りだ。人間と魔族、その二つの勢力が拮抗するようにな

 

 青と魔の賢人は、魔王が人間をある程度、追い詰めた所で勇者に反撃させる。その間、他に卵が存在した場合は、世に出る前に自分達の集団に引き入れていた。

 

「なぜ、拮抗させる必要がある?どちらかに勝たせれば、戦いは終わるのでは無いか?」


「破壊と創造は、経済に必要不可欠でな。人間も、魔族も、それは同一だ」

 

 人間や魔族。どちらか一方が勝利しても、数年に一度は、経済活動が停滞し、民衆の生活は不安定になる。失業者が増えれば、治安の悪化を招き、国の根幹が揺らぐ。新たな争いの火種になる。

   

 街が破壊されれば、それを立て直すのに雇用が生まれ、経済活動が活発になる。

 

「つまり、勇者と魔王の戦いは、両種族が、不景気にならない為に行われているのか?」

 

 タクボは、開いた口が塞がらなかった。人間と魔族の戦いは、双方の公共事業だと。一体、どこから手を付けて考えればいいか、見当もつかない。

 

「真実を知らぬ勇者と魔王は、自分の種族の生存を賭けて戦っているがな」

 

 どうやら、青と魔の賢人に入会していない勇者と魔王は、とんだ道化を演じさせられているらしい。

 

「サウザンド。君の主君である魔王は、真実を知らず、なぜ君が全てを知っている?」

 

「我が君は、青と魔の賢人の存在まではご存知だ。決して逆らえない存在としてな。だが、真実までは知らされていない」

 

 青と魔の賢人は、魔族側の操り人形を、ナンバー2のサウザンドと決めたのだ。人間側も同様だろう。真実を知っている誰かが、賢人達に命じられ、武器輸送を立案し、サウザンドに知らせた。この任務に関わった者は全て消す。連中にとってタクボ達の命など、鳥の羽より軽いのだろう。

 

「私も含め、誰しも生まれた時から、配役が決まっている。死ぬその時までな。その役を演じるしか仕様が無い」

 

「その配役を、辞める方法があるとしたらどうだ?」

 サウザンドは、細い目を見開いた。

 

「これは、異な事を言う。辞める方法があると言うのか?」

 

「あるさ。劇自体から、降りてしまえばいいい。私は、冒険者を嫌々ながらしているが、もうすぐ引退するつもりだ」

 

「引退後は、何をするのだ?」

 

「何もしないさ。世界がどうなろうと、知った事ではない。穏やかに、慎ましく余生を過ごすのさ」

 

「ふむ。やはり人間という生き物は興味深いな。その話もっと拝聴したいが、私にも任務があってな。その勇者の武器が必要なのだ」

 

「別に興味はないが、一応聞いておきたい。勇者の武器をどうするつもりだ?」

 

「知れた事。私達が使用する。現在、急速に成長しつつある、勇者とその仲間達に対し、我々魔族は劣勢に立たされている」

 

 その片寄ったバランスを戻す為に、魔族に強力無比な武器を渡す。それが、青と魔の賢人の決定だった。

 

 サウザンドの左手から、矢のような形をした光が浮かび上がる。ウェンデルと黒衣の少年が戻って来たのは、サウザンドから、光の矢が放たれた瞬間だった。再び爆発音が森に響き渡る。

 

 この小さな森の出口に、一人の少女が立っていた。年はまだ10代前半に見える。少女の目の前に、一人の魔族が倒れている。その過度に装飾が施された甲冑は、身分の高い者のように思われた。息は無い。絶命している。

 

 少女は、2度目の爆発音がした方角へ歩きだした。その頬は、返り血で赤く染まっていた。 

 

 

 

 

 


 

 

 

 


 


 

 

 

 

 


 


 

 

 


 

 

 

 


 


 

 

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